75 火傷
流し飴細工の砂糖を熱していた。
「120℃……125℃」
湯気が立ち上がり、甘い香りが漂う——その瞬間
「——っ!」
マナが咄嗟に手を引いた
「マナ!」
松永の声が鋭く響く。
熱した飴の一部が跳ねマナの腕にかかった
マナは腕をぎゅっと握りしめ、見つめた。
火傷の赤みが、じわじわと広がっていく。
「大丈夫か? 先に飴、水で洗い流して」
マナはすぐ流水で飴を流し、冷やす。
松永はすぐに冷凍庫から保冷剤と救急箱から包帯を取り出した。
「1時間くらい固定すればだいぶ収まる…」
松永は手際よく保冷剤を包帯で固定しようとする
「……じっとして」
火傷した手首を支えながら、マナの袖をゆっくりとまくる。
その瞬間——
肘のあたりに、火傷の痕が見えた。
「──!」
マナは、咄嗟に袖を引き戻そうとした時、松永の声が響いた。
「隠さなくていい」
静かながら、はっきりとした言葉。
「……え?」
マナは戸惑いながら、腕を抱き込む
「その傷、全部、マナが頑張ってきた証拠だろ」
松永の視線はまっすぐだった
「見せて」
マナは迷ったが、ゆっくりと袖を戻す
火傷の痕が淡く浮かび上がる。
「……ホテル時代、オーブンの1番上の段でフィナンシェ焼いてて、バランス崩しそうになって、肘が直に当たって数秒離せなくて……痕が残りました」
「そうか……それは痛かったな…」
(200℃近くの直のオーブンで数秒か……
傷が塞がるまで数週間がかかっただろうな…)
(そういえば夏の時もマナはずっと長袖か、なにか羽織っていたな…)
松永は視線を落としながら、ゆっくりと保冷剤を固定する。
「この仕事、手を使うから傷は避けられない
でも、それはマナがむしゃらに頑張ってきたんだろ。俺にはわかる」
マナは息を詰まらせる。
「……恥ずかしいです」
「なんでだ」
「だって、きれいな手じゃないし……」
松永は短く息をつき、静かに言った
「パティシエの手はきれいかどうかじゃない。 どれだけ努力したかと俺は思う」
「隠さなくて良い」
マナは言葉をなくし、じっと自分の腕を見つめた。
(そんな風に思った事…無かったな…)
松永は、そんなマナを見て、ふっと口元を緩める。
「……ま、もし傷のことを悪く言うやつがいたら——俺がしばいてやる」
「えっ?」
松永が笑う
「本気だ」
マナは一瞬驚いたものの、思わず笑いがこぼれた
「ふふ……なんか松永さんらしいですね」
マナの手をそっと離し
「今日は飴細工の練習やめてコーヒー飲むか 身体暑いだろ。アイスコーヒー用意してくる」
「ありがとうございます」
──
マナはそっと腕をさすりながら、小さく微笑む。
(ずっと汚い腕だと思っていた……けど初めて肯定してくれる人がいた)
甘い飴細工の香りが、静かに広がっていた——。
続く




