74 最新のケーキ屋さん
11月中旬、ケーキ屋の風が変わる
11月中旬、店の近くの紅葉は鮮やかな赤に染まり、景色を一変させていた。
仕込みの合間、小さな休憩をとったマナに、松永がタブレットを手渡す。
「クリスマスまでの流れを簡単に説明すると——」
「今週から焼き菓子の仕込みを通常の倍で冷凍ストック。12月上旬からはプチガトー、
中旬からスポンジを焼いて、22〜24日はひたすら仕上げ作業になる」
マナは頷きながら画面を覗き込む。
「仕込みが終わったら、ここに仕込んだ個数を入力。
これで冷蔵・冷凍の在庫もまとめて見られる」
今度は厨房を出て、昨日からレジカウンターに設置された端末を指差す。
「明日からはこのレジになる。セルフ精算機で、クレジットもQRも全部対応。
在庫連携もできるから、こっちで管理しなくていい」
「……田舎のケーキ屋さんなのに、めちゃくちゃ最先端ですね」
「オーナーの近田さんの奥さんの希望でな。
繁忙期だけはどうしても効率優先でって——。
開業時は俺ひとりだったから、最初はこのシステムだったんだけど……」
少し間を置いて、松永は笑った。
「……でも、お金をいただく時くらい、お客さんの顔見て“ありがとう”って言いたいから。
普段は普通のレジに戻してる」
*
「それで、23・24日はその奥さんが東京から来て接客してくれる。
俺たちはひたすらケーキを仕上げればいい」
「……奥さんひとりで接客全部やるんですか?」
「基本はネット予約&事前決済だけ。
ホールケーキはそのまま渡す。プチガトーも予約済みの分を箱詰めして並べとく」
「セルフレジで会計済ませる感じですね?」
「そう。ライブカメラを置いて、当日の様子をSNS配信もする。
奥さんはスマホ持ってない年配の方だけを担当してくれる予定」
*
以前、鉄板が落ちたときに労災の手続きで話したことがあった。
電話越しでも伝わった明るく元気な声が印象に残っている。
会ったことはまだなかったけれど、不思議と親近感があった。
「奥さんは、昔この場所が喫茶店だった頃、ひとりで店を回してたらしい。
だから要領がいいんだ。あと……クリスマス前は帰宅がどうしても遅くなる。
22・23日は、たぶん夜中までやってるけど、大丈夫か?」
マナは笑って頷いた。
「大丈夫です。両親も繁忙期は理解してくれてるので……。
クリスマスの2日間は、店の近くの漫画喫茶で仮眠します。
ホテル時代はカップル席に女子3人で交代でシャワー借りて寝てたので……」
「はは、パティシエあるあるだな。
ひどい時は風呂すら入れないし……俺も30超えてからは徹夜が堪える」
「松永さんは、ご自宅この近くですよね?」
「ああ。車で5分、歩いて15分くらいのところに住んでる。
開業当初は名古屋の実家から通ってたけど、片道45分かかってな……
寝不足のまま運転するのが危なくて、こっちに越してきた」
「……わたしも気をつけます」
*
松永はタブレットを閉じ、背筋を伸ばす。
「じゃあ、さっそく仕込みに戻ろうか」
「はいっ!」
赤く染まった窓の外に、今年も冬の入り口が見えていた。
ケーキ屋の繁忙期が始まる。
──つづく。
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