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73 初めてのご飯

松永はチョコレートを刻み、マナはプリン用のキャラメルを作っていた

焦がし加減がちょっと不安になり

 

「松永さん…これで良いですか?」

 

「あぁ…いいよ」 

松永は生クリームを沸騰ギリギリに火を止め、刻んだチョコレートに注ぐ

 

相変わらず仕込中は真剣で無口だ 

 

けど、休憩中

松永がふと口を開いた。


「……マナ、今日仕事終わったら飯行くか」

目線を少しそらしたその仕草に、どこか不慣れな照れが混ざる。 

 

「もし嫌なら…」

いつもの調子なのに、どこか探るような口調。 

 

「行きたいです」

その返事に、松永はほんのわずかに肩の力を抜いた。



──


仕事が終わった夜、ふたりはそれぞれの車で店を出た。

目立たないけれど雰囲気の良い、小さな定食屋。

窓際の席に座る。


「苦手なものある?」

「えーとパクチーくらいです」

 

ふっと笑う松永

「……さすがにここでは出ないな」

 

厨房より穏やかに笑う。

 

松永は、ごはんが運ばれてくると

「いただきます」と手を静かに合わせた。


その仕草が、やっぱり丁寧で、マナは少し見とれてしまう。


「……いただきます」


マナもそっと手を合わせる。


ふたりとも運転だからお酒はなし。

でもそのぶん、食事の音と、静かな会話が自然に流れていく。



「……松永さんって、食べるの丁寧ですよね」

マナがぽつりと言うと、松永は箸を持ったまま少し考えるようにして、答えた。


「……作る人間だからな。食うこと雑にしたら、怒られる気がして」

 

(なるほど……)

 

「……そう言えば松永さんって、休みの日、何してるんですか?」


何気ない口調。でもちょっとだけ、気になっていたこと。


「んー……小林ファームの手伝い、試作、買い出しと、……あと家事、筋トレとか」


「それ、仕事の日とあんまり変わらないじゃないですか」


「そうだな」


ふっと笑い合う。

そのタイミングで、松永が箸を置いた。


「……そういえば」


「?」


「マナは、今……彼氏とか、いるのか?」


マナは目を丸くする。

でも、問いは柔らかく、ただ会話の延長のようだった。


「えっ、私?……いないですけど」

「……ふーん」


「なんで聞くんですか?」


「……いや、なんとなく」

目線をそらす松永

 

「これから忙しくなるし、クリスマスとか時間取れないから……悪いなって思っただけ」


(あれ……このセリフ……。前、私が松永さんに聞いた時と似てる)

そんなことを思いながら、マナは言葉を飲み込む。

(たまたまか……)


「田舎のケーキ屋でもクリスマスは忙しいからな」

「去年、無理しすぎて……年末年始、熱出て寝てたわ」

「えー!」

 

「でも今年はマナがいるから助かる」 

顎に手を添えて、穏やかな眼差しでマナをみる。

 

(こんな仕草、絶対厨房ではしないのに…)


「良かったです」

  

 

  

そして、食後。


テーブルでお茶を飲んでいたマナが、ふと立ち上がろうとすると——


「えっ? お会計は?」


松永は、もう伝票を手にしていなかった。


「済ませた」


「えっ……えっと……ごちそうさまです」


「こっちから誘ったからな。気にしなくていい」


それだけ言って、さっと立ち上がる。


レジに行く時間すら与えられなかったそのスマートさに、

マナはちょっとだけ口を尖らせた。


でも、心の中ではひっそり嬉しかった。



駐車場までの帰り道。

夜の空気は少し冷えていたけれど、胸の中にはやわらかな温度が残っていた。

 

店を出た帰り道、駐車場で自然と並ぶ。


「……今日はありがとうございました」


「こちらこそ。これから忙しくなるから、気合入れとけよ」


「はいっ」


「……風邪、ひくなよ」


「……はい」


マナの返事は、少しだけ声が揺れていた。



 

続く


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