番外編 航とマナの17年 専門学生と社会人
「航、これマナちゃん家に持ってってくれない?」
夕方。畑から戻ったばかりで、作業着の袖をまくったまま、キッチンを通る。
母さんがビニール袋を手渡してきた。中にはキャベツと、タッパーに入ったシチュー。
「昨日のシチューの残り。温めて食べなさいって伝えて」
「……あぁ」
土の匂いを少し残したまま、マナの家の玄関チャイムを押す。
マナは製菓学校に通い始めて半年。バイトや課題で忙しいって聞いてたけど、会うのは久しぶりだ。
ドアが開く。
「……あ」
「……マナ?」
髪は低めの位置でひとつ結び。
目が合った瞬間、息が止まった。
「うちの親に、これ頼まれて」
袋を渡すと、マナは小さく笑って受け取った。
「ありがと」
それだけで帰るはずだった。
「……ねえ、航。少しだけ、話せる?」
心臓が、軽く跳ねた。
「……いいよ」
(高校の時、手出しそうになってから気まずくて、農作業以外で……2人きりで会うの久しぶり)
──
マナの部屋。
製菓の教科書やノートが机いっぱいに広がっている。
「……高校生の時、ごめん」
なんで今さらそんなこと言ったのか分からない。でも、言わずにはいられなかった。
マナはスカートの端を指でつまみながら、小さく笑った。
「……ううん。謝らなくていい。びっくりしただけ。……小さい頃からのお兄ちゃんって感じだったのに、いきなり“男”で来るからさ」
「……マナは、そういうの、ちゃんとしてると思ってた」
「うん。……わたし、たぶん、好きな人としか、できないと思う」
やっぱり。
そういうところが、ずっと好きなんだ。
───
ふいにマナが言う。
「でもさ……もし30歳まで、誰ともそういうことしてなかったら……そのときは、航に教えてもらおうかな」
軽口のつもりだろう。
だけど、先に、心臓が反応した。
「……それまで俺、待てるかな」
声は冗談じゃなかった。
ほんの少しだけ震えてた。
マナが息をのむ。
でもすぐに笑ってごまかす。
「……冗談だよ」
「は? 冗談かよ」
笑って肩をすくめたけど、本当は流されたくなかった。
続く




