64 告白
「剪定、やっと終わったー」
手袋を外したマナが、手のひらを空に向けて伸ばす。
栗の木の枝が風にゆれ、淡い光が畑に差し込んでいた。
そのとき、不意に航が一歩前へ出る。
「マナ、少し時間いい?」
「いいよ。休憩しようか」
二人は並んで、コンテナの縁に腰を下ろす。
剪定されたばかりの栗の木が、風の中でかさりと揺れていた。
航はしばらく何かを探すように空を見て、それからゆっくり口を開いた。
「……俺たちってさ、付き合い長いよな」
「うん……そうだね」
「マナが年少、俺が年長。最初に会ったの、田んぼだったな」
くすっと笑うマナの気配。航の口元にも、わずかに笑みが浮かぶ。
「俺が小3の帰り道、お前俺のほっぺにチューしたの覚えてる?」
「……そうだっけ!?」
「なんだよ……覚えてねぇの? まぁいいや」
「……中学のときは、俺ちょっと荒れてて……マナ、風紀委員でガチで怒ってたな」
「懐かしいよね……。あの頃の航、金髪だったし、凄く怖かった」
ふたりに、思い出がふわりとほどける。けれど、航の声が次第に落ち着きをなくしていく。
「高校の……あのときの部屋のことは……ま、今はいいか」
一瞬、言葉が途切れる。
それでも、航は息を吸い直し、視線をまっすぐマナに向けた。
マナは首をかしげる。
「ねえ……どうしたの? 今日、なんか変だよ。真剣な顔して」
その問いに、航の声が低く、熱を帯びた。
「……俺さ、マナの家業も継ぐよ」
マナは一瞬、目を瞬かせる。
「え?」
「勝さん達のことも、果樹園の仕事も好きだし……
マナがパティシエやりたいなら、俺が支える。ちゃんと。全力で」
マナは息をのんだまま、航を見ていた。
「婿に入るとかでも、全然いい。——俺、そういうのどうでもいい」
次の言葉は、止めきれずにこぼれ落ちた。
「だから……俺じゃ、ダメかな」
言い終えた瞬間、航は衝動のまま
マナをぐっと抱きしめた。
マナの身体が軽く浮いた。
「……っわ、航!?」
思わず声をあげたマナは、驚いて両手を浮かせたまま固まっている。
航の腕は思ったよりしっかりしていて、
背中にまわされた手に、確かな力がこもっていた。
「……好きなんだ。……ずっと、昔から」
しぼるように出たその声に、マナはただ、目を見開いていた。
言葉が出てこないまま、鼓動だけが高鳴っていく。
しばらくして、ゆっくりと航の腕が解かれる。
マナは目線を落としたまま、静かに息を整えていた。
航はもう一度、少し照れたように笑って言った。
「返事は……すぐじゃなくていい。来週、剪定の処理でまた来るから。そのとき聞かせて」
それだけ告げると、航は軽く手を振って畑を後にした。
風が吹き抜けて、剪定された木の枝がふたたび揺れる。
マナの胸の奥にも、さざ波のような何かが、まだふるえて残っていた。
───
軽トラの中
軽トラのドアを閉めたとたん、航は両手で頭を抱えた。
「……やっちまった……」
シートにもたれ、ハンドルに額を押し当てて深く息をつく。
夕暮れの山あいの空が、薄紫色ににじんでいる。
(あぁ……手、勝手に動いてしまった……)
あの一瞬のマナの驚いた顔が、頭の奥から離れない。
「……マジで、びっくりしたよな」
けれど、ほんの数秒——
腕の中にいたマナの体温と香りが、まだ肌に残っていた。
目をぎゅっと閉じたあと、航は小さくつぶやく。
「……でも、止められなかったんだよな。どうしても」
そう言いながら、窓を少しだけ開けて、冷たい風を吸い込む。
(返事はちゃんと待つ。焦るな、俺)
エンジンをかけながら、ハンドルを握る指にもう一度力を込める。
「……次は、もうちょい大人っぽくいこう……俺」
前を向いたその目は、先ほどより少しだけ澄んでいた。
続く




