表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/90

60 名古屋のお店帰り

「宮脇、久しぶり。2号店、開店おめでとう」


「ありがとう。今は責任者やらせてもらってるよ」


松永がマナに目線を向けて紹介する。


「こいつ、同期」


「はじめまして。瀬川といいます」


「あっ、もしかして……あの、コンクールに応募した子?」


「はい、そうです」


───



宮脇はふたりを連れて勝手口の外へ出る。


「ここだけの話ね、斎藤シェフと書類選考の手伝いしてたんだけど……

あの桃のケーキ、評判良かったよ。予選、通るかもね」


「……本当ですか? ありがとうございます」


「期待してるよ。……っていうか、松永、

お前こそ最近大丈夫か? 2号店オープンの手伝いでも来たかと思ったわ」


「……いや、ただのご挨拶。

そういえば、お前2人目産まれたばかりだよな? 帰ってやれよ」


「出た……離婚経験者のひと言、重みが違うね…」


ふたりは苦笑し合う。


「俺みたいになるなよ」


松永が目を細める。


「こっちも昔よりずいぶん環境改善されたからさ。

……斎藤シェフ、めちゃくちゃ丸くなったよ」


「それはありがたい。……無理すんなよ」


「お互いさま」




ふと宮脇がマナの方を向く。


「瀬川さん……だったよね」


「はいっ」


「あのケーキ、本当にすばらしかったよ。

でも……土台にゼリー使ってたでしょ?  あれ、上の飾りが重いと揺れやすいから気をつけて」


「……はいっ、アドバイスありがとうございます!」


「松永、また落ち着いたら飲みに行こうな」


「……あぁ、連絡する」


──



帰り際、焼き菓子を数点買って車へ向かう。

助手席のシートベルトを締めながら、マナがぽつりと口を開いた。


「……松永さん、皆さんからすごく信頼されてるんですね」


「ま、今日いた子たちは5年か6年一緒に働いてたからな。 店は違っても、たまに飲みに行ったりする」


「……そうなんですね」



(……自分だけ、特別に優しくされてるのかな。

そんな気がしてたの、……ちょっと恥ずかしい)


そう思って口を閉じかけたとき。

松永が、前を見たままぽつりとつぶやいた。



「……でも、独立してから“この子と働いてみたい”って思ったのは——マナだけだよ」

「え……そうなんですか?」



「なんで、ですか?」

「ああ……なんだろうな……」


少しだけ目尻をほころばせて、

松永は前を向いたまま言う。



「……勘かな」


助手席のマナは、声も出せずに、顔をほんの少しだけそらした。


(……それって、どういう意味だろう)



車内は、ゆったりとした沈黙に包まれていた。

金色の夕陽が窓から差し込んで、

ハンドルを握る松永の横顔を、やわらかく照らしている。


マナは気づかぬうちにまぶたを閉じていた。




「……マナ、マナ」


誰かに名前を呼ばれて、ハッと目を開ける。



「マナ着いたぞ」



(───!)

「……あ……すみません、寝てました」




(いつもより、顔近いし!)

(──かっこいい!)


マナは頬を赤らめて、慌ててシートベルトを外した。


(松永さんの運転……丁寧で心地よくて、つい……)



「今日はありがとう。楽しかった」


「……こちらこそです。

 普段とは違う松永さんが見れて、良かったです……」




言ってから、しまった、と思う。



「……っ、い、今の、なんでもないです!」

(やばい、やばい! 寝起きで本音が……!)



「……それは、よかった」


松永は、ほんの少しだけ笑った。

いつもの優しさに加えて、なぜか今日は——

少し、やわらかい。



「明後日お店で」


「はい。……お疲れさまでした」




車を降りてドアを閉めたあと、

マナは一度だけ振り返って、

まだ駐車場にいる松永の姿を見つめた。





ただ観葉植物を渡しに行っただけのはずだった。

だけど、帰ってくる頃には——


この日が、心のなかで「特別な日」になっていた。








続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ