51 あの夜から R15
R15の内容になります。※性描写あり
仕事は、相変わらず忙しかった。
最初の頃は、テーブルに食事が並んでいた。
「おかえり」と笑う葵の姿があった。
それがいつしか、食事にはラップがかけられ、 冷蔵庫の棚にしまわれるようになった。
ダイニングの灯りは消え、
葵は寝室でひとり、スマホを見ながら無言で横たわるようになった。
すこしずつ離れていくのを感じだ
(修復しないと、と何度も思った。……でも、何から崩れていったんだろう)
(あぁ……あの夜からか)
───
結婚して半年
夜中の12時すぎ。
玄関を開けると、リビングの明かりがまだ灯っていた。
「……まだ起きてたのか、珍しいな」
「おかえり。すぐシャワー浴びてきて」
「……ん? ああ、わかった」
葵はソファに座ったまま、無表情で目を伏せていた。
──
シャワーを終え、寝室で
部屋着を持ちながらふと訊く
「何かあったのか? もう寝るぞ」
その声に、葵がぽつりと告げた。
「……今日、排卵日なの」
「…………」
「……男の人は、いつでもいいのかもしれないけど。 女には……そうはいかないのよ」
松永は視線をそらす
「……明日、朝4時起きなんだ…ウェディングの納品、入ってて……」
「なんで……仕事ばっかりなのよ」
葵は言葉を詰まらせたまま、するりと松永に腕を絡めた。
顔は見えなかった。
それでも、その身体から伝わってくるものに、松永はぎこちなく肩をこわばらせた。
手が、そっと腰から下へ移っていく
思わず、声が漏れた。
「葵、今日は無理だって……すまない」
「……ほんとに、悪いって……思ってる?」
松永は押し殺したような声で言った
「……今日は……手をどかして……」
けれど、彼女は返事をしなかった
「やめろって葵………マジで明日は……8時までに……納品しないと………」
「……やめてくれ……頼む」
そのまま、夜が終わっていった
───
目を覚ました瞬間、壁の時計が目に飛び込んだ。
**4:56**
一瞬、頭が真っ白になる。
「……ヤベっ、寝坊した!!」
跳ね起きて、支度を雑に整えながらバッグを掴んで家を飛び出す。
まだ冷たい朝の空気が、肌に痛いほど染みる。
店に駆け込む。
「すみません! 遅れました!」
すでに厨房にいた同期の宮脇が、生クリームをミキサーで立てながら
「お前が寝坊とか……珍しいな。サンド用のフルーツのカットぜんぶ済ませてる。ウェディングの納品朝8時だろ!」
「……悪い。助かった……!」
息を整える暇もないまま、松永は前掛けを締め直した。
「後は、焼場の田中貸すから、補助に使え」
「田中! 焼場の仕事後回しにしていい! 先に松永のウェディングの仕事手伝ってくれ!」
「本当にすまない……」
頭はまだ重い。
でも、それ以上に、胸の奥のざわつきが消えなかった。
厨房に立っていても、
昨日の手の感触が、目を逸らした葵の表情が、
じんわりと指先にこびりついて離れない。
「松永さん! サンド用の生クリーム準備出来ました!」
「田中ありがとう! 次はナッペ用の生クリーム用意頼む!」
厨房はいつも通りで、
自分だけが、少しずつ何かを落としているような気がした。
──崩れていた。気づかないうちに、確かに。
次回へ続く




