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48 予期せぬトラブル、近づく距離

※ゴが最初につく黒い奴の話です

定休日の前日、厨房の片隅で、松永は銀色の缶を手にしていた。



「今日の夜バルサン焚いとくな。休み明けは、ゆっくり来ていいぞ。俺が先に入って全部死骸処理しとくから」


「そう言えば、ここの厨房、ゴ……っ……黒い奴見ませんね……」

(名前だけでもゾワゾワする……)



 「月1焚いてるけど、ここらへん飲食店ないから。どんなに綺麗にしていても、あいつら戻ってくるからな。いつも休みの日来て処理しているが、明日用事があって休み明けの朝一処理する」



「ゴ……黒い奴……苦手だろ?」

「は……い」



目を細めながら

「絶対いつもの時間通り来ないように……悲惨だぞ」


「ありがとうございます……」



ゴが頭につく黒い奴が苦手すぎるマナは、内心全力で感謝していた。



──


そして、休み明け。

厨房に入るなり、松永は実に晴れやかな顔だった。


「全部、処理終わったぞ」



「……ありがとうございます!!」

(神か……!黒い奴……無理、マジで無理)



着替えが終わり


手洗いしようとハンドソープを押すと

「ちょうどなくなった……在庫下にあったかな…」

シンク下にしゃがむと



カサッ。


足元に、ゆっくりうごめくでかい影。

しかも、すでに半分裏返っている。


(……うそ、うそ、うそ……)


「いやーーーああああっっっ!!」


思わず悲鳴を上げて、

反射的に近くにいた松永に飛びつくようにしがみついてしまった。



マナの顔は、白衣の胸元に半分埋まっている。


「……っ!!」

松永の身体が、ピクリと固まる。




そのまま数秒、動きが止まるふたり。 


松永の速い鼓動が聞こえる


「え、あ、すみません!!すみませんっ!!」



我に返って慌てて後ろに飛びのくマナ。

顔は真っ赤、耳まで熱い。




松永はというと、目をまんまるに開いていた。

パレットを持った手が、宙で止まったまま。


「……い、いきなり……どうした」


「ご、ごめんなさいっっ!!ゴキブリが、う、う、うごいてて!」



「……そ……そうか」


少し間をおいてようやく絞り出された声は、微妙に裏返っていた。


「松永さん……その、びっくりしましたよね……?」



「………俺なら……大丈夫だ」


マナは両手で顔を覆いながら後ろを向く。


(も、もう終わった……恥ずかしすぎて死ぬ……!!)



松永は手早く“現場”を処理し、

すっと手洗い場へ戻っていった。



その背中をこっそり見ると——

耳が、少しだけ、赤くなっていた。


(……あ、やっぱり松永さん、びっくりしたのかな……)


(もしかして……すこし照れてる?)

 


───

 

仕込みが落ち着いた午後、マナはばんじゅうを拭きながら、

ちらっと松永の背中に目を向けた。


(……言うなら今のうち……)


「あの、朝のこと……すみませんでした。驚かせちゃって……」



その瞬間、ビクッと

「……あぁ……」



松永の手が一瞬、止まった。


顔を上げかけて、なぜか視線をよそにそらす。

「……俺も男だから……流石に照れる」



「えっ…」


少し間を置いて、声のトーンを戻す。


「いや……包丁とか持ってなくてよかったな。   あのタイミングで飛びつかれたら、下手すりゃ刺さってた」


冗談のように言って笑うが、その笑みはどこかぎこちない。


「……たしかに」



マナも笑って返すけれど、どこか胸がざわついた。


(……やっぱり、ちょっと動揺してる……?)



それ以上、ふたりとも何も言わずに、

またいつものリズムで作業に戻って、仕事は無事に終わった。




「お疲れ様でした」


「あぁ……お疲れ様」


(松永さん……今日あんまり目線合わせてくれない……嫌だったのかな……)


空いたグラスをシンクに置いて帰宅した。



────


松永は自宅に戻り、コーヒーを淹れながらひと息つく。


(……今日は、さすがに驚いたな)



マグカップの湯気が上がるのを見つめながら、心の中でつぶやく。


(……いや、あれは……動揺した、だな)



仕事場では冷静でいられるはずだった。

なのに、あの瞬間——



マナが勢いよくしがみついたとき。

胸元に顔を埋める姿。



鼓動が速くなって、自分がそれを止められなかった。

(俺が……照れた……?)


思わず口元に手を添え、ため息。



(……10歳以上離れてる。マナはただの従業員で、後輩で、……俺の弟子みたいなもんだろ)



なぜか

マナの顔が赤かったのが、頭から離れない。


“嫌だった”のか?

“照れてた”のか?


それとも、ただの驚きだったか。


(……照れ、なんて。ありえないだろ)


(俺みたいな年上に……マナが意識するわけ、ない)


そう思おうとしてるのに、心の奥がうまく納得しない。


(抱きつかれただけで……俺はガキか……)


カップに残ったぬるいコーヒーを口に運びながら、少しだけ目を閉じる。



(情けないな……)



 

次回へ続く。

お読み頂きありがとうございます。

タタンです。

過去の第13話『月のもの』、第22話『マナのうつ状態』、第26話『重なる手』を改稿しました。松永が薬局に行くシーンや、松永視線でマナと初めて出会ったシーン、パレットの持ち方を教えるシーン、その後の松永の心情を追加しました。


私の書き方が未熟で、最初の頃の松永の会話が優しすぎて、一部修正しました。

本当にすみません……。

これからもいい作品作り頑張りますのでよろしくお願い致します。


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