45 松永の風邪
店の閉店準備が終わり、厨房には静けさが戻っていた。
マナは、ふと松永を見つめる。
動きがいつもよりゆっくりで、顔が少し赤い。
「……松永さん、体調大丈夫ですか?」
松永は、ふっと息を吐く
「バレたか……朝から熱があってな。多分上がってきた」
肩の力が抜け、呼吸も浅い
(……しんどそう)
「松永さん、明日は予約もないので、休んで大丈夫ですよ」
松永は、一瞬目線を上げる。
「……そうか」
「はい。無理しないでください」
「……じゃあ、休む…すまない」
その言葉に、マナは少し驚いた。
普段なら「大丈夫」とか言って、休まなそうなのに
(やっぱり相当しんどいんだ)
松永は、静かに厨房を後にした
───
次の日、仕事が落ち着き
マナはスマホを開き、メッセージを送る
「松永さん、差し入れ持って行ってもいいですか?」
返事はすぐに届いた
『大丈夫だありがとう』
(……断られた)
けれど、しばらくしてもう一度通知が鳴る。
『……やっぱり、経口補水液お願いしていいか?すまない』
マナは小さく微笑んだ
(やっぱり、相当しんどいんだ)
仕事後、スーパーへ寄り、経口補水液、お粥のレトルト、栄養ゼリーを買い揃える
簡単な袋にまとめ、送られた住所を頼りに松永のマンションへ向かった。
───
インターホンを押すと、数秒の間があった。
「……悪い」
ゆっくりと扉が開く
松永は半袖Tシャツと短パン で立っていた
(えっ……松永さん…けっこう筋肉質)
二の腕はしっかりとした筋肉がついていて、肩のラインもはっきりしている
普段は長袖の白衣に隠れていた体格が、思った以上にがっしりしていた
(かっこいい……)
目を逸らすべきなのに、無意識に視線が引き寄せられる。
「松永さん……しんどそうですね」
「あぁ……まあな」
掠れた声のまま、静かに袋を受け取る
少し乱れた髪、紅くなった頬、しんどそうな目——
「……すまない 明日には行けると思う。あと、これ代金……」
「いえいえ、受け取れませんよ」
「……頼む、受け取ってくれ」
そのままじっと見つめられ、マナは息を止める
「……わかりました」
ふと、色っぽく見えてしまい、思わず目線を落とす。
(こんなに弱ってる松永さん初めて見た……)
短パンから伸びる脚は、余計な脂肪がなく引き締まっている。
ただの職人ではない、鍛えられた体
(普段からきっと鍛えてるんだな……私が鉄板落ちて倒れた時も抱えて走ってたし、おんぶしてくれた時も、背中の筋肉けっこうしっかりしてたし……)
「ちゃんと休んでくださいね」
「……ありがとう」
長居はせず、その場を離れる
けれど、胸の奥が静かにざわつく
(白衣だと隠れて全然分からなかった……)
松永の二の腕を思い出す
(ヤバっ!かっこいい!)
顔を覆い車に乗り込む
ほんの少し、心臓が落ち着かなかった——
───
次の日
松永は、いつもの白衣姿で店へ現れた。
「マナちゃん、昨日は助かった。ありがとう。おかげでかなり楽になった」
「いえいえ、良かったです!」
松永は少し照れたように手で顔を押さえる
「……あと、あんな部屋着で出てしまってすまなかった。ぼーっとしてた」
「いえいえ、大丈夫です!気にしないでください」
(松永さんの二の腕見てドキドキしたなんて、絶対言えない……)
「松永さんが元気になって、本当に良かったです」
「……ありがとう」
つい松永の白衣姿を見てしまう
(白衣着ると体型わかりにくい……)
「どうした?」
「なんでもないです!ケーキの仕上げしていきますね」
(仕事に集中!集中!)
そして、厨房の忙しさが再び戻っていく——
次回へ続く




