41 皆で食べるチョコレートケーキ
ケーキの仕上げを終えたあと、
松永とマナは厨房で静かにアイスコーヒーを飲んでいた。
カラカラ——
扉の鐘が、小さく鳴った。
「いらっしゃいませ」
出迎えたマナの前に立っていたのは、
この前、アレルギー対応ケーキを予約してくれた女性と、小さな男の子だった。
「先日、アレルギー対応のケーキをお願いした者です」
「ありがとうございます。少々お待ちください。担当をお呼びしますね」
マナと入れ替わるようにして、松永がカウンターへ出る。
「お待たせしました。まず、受け渡し前に原材料のご確認をお願いします」
そう言ってリストを示しながら、ひとつひとつ丁寧に読み上げていく。
「……全部、大丈夫です。丁寧にありがとうございます」
「こちらがご注文のケーキになります」
「 ぼくケーキ見たーい!」
松永はくすっと笑ってショーケースの横へ。
片膝をつき、視線を男の子と合わせるようにしゃがんだ。
「……これ、ぼくの? チョコレートケーキだよ? 食べても……だいじょうぶ……なの?」
男の子が、隣のお母さんの顔を不安そうに見上げる。
「大丈夫よ。パティシエさんが、あなたのために作ってくれたのよ」
「……ほんとに? やったー!!」
無邪気に両手をあげる男の子。
横でマナが、箱とろうそくの準備をしていた。
そのとき、男の子がふと松永を見て話し始める。
「ぼくねー、おともだちとおんなじの、いつも食べちゃダメなの」
松永は静かに、目を合わせて聞いていた。
「たべたらね、のどがいたくなっちゃうの」
「このまえ……えんそくで、おともだちとこっそりおかず交換して…… すごくせんせいに怒られたの。おともだちも、いっしょに怒られちゃったの」
「おにいちゃんたちも、ケーキがまんしてるの」
「……そうか」
松永の声は、やさしかった。
「でも今日はね、みんなで、おんなじケーキたべれるね! チョコレートケーキ、ぼく初めてなの!すっごく嬉しい!」
その言葉に、お母さんは声も出せないまま、
目元をぬぐうように笑った。
「ありがとう、パティシエのおにいさん! すごいね、かっこいい!」
「よかったな。お誕生日、おめでとう」
松永も、目を細めて優しく微笑んだ。
「ばいばーい! ありがとう!」
母子は何度も会釈をしながら、ケーキの箱を大事そうに抱えて店をあとにした。
───
カラカラと扉が閉まり、
店内に静けさが戻る。
松永はふぅっと息を抜いて、アイスコーヒーをもうひと口。
「……喜んでもらえて、よかったな」
「はい…… ケーキって、こんなに人を笑顔にできるんですね」
「……いい仕事だろ?」
「……はい!」
(それはきっと、 松永さんがお客さんの要望とずっと向き合ってきたからなんだと思う)
厨房へ戻ると、マナは冷凍庫を開けた。
奥にしまわれたケーキが、静かに目に入る。
「……あ、さっきのガトーショコラ。もう一台、残ってるんですね」
「念のため、予備でもう1台焼いておいた。
来週から少し気温が落ち着くらしいし、カットしてプチ・ガトーで出すか」
「はーい!」
最近、マナは“接客”が好きになりはじめていた。
ただ笑顔をつくるだけじゃなく、
人の気持ちを、ケーキに乗せて届けられる気がしたから。
けれど——
数日後、
まさか“接客”でトラブルに巻き込まれて
松永の前で泣くとは
その時は、まだ知らなかった。
次回へ続く




