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40 アレルギー対応ケーキ製作

お店の扉がカラカラと鳴る。


「いらっしゃいませ」


「すみません……こちらで、アレルギー対応の誕生日ケーキってお願いできますか?」



30代後半くらいの女性が、どこか申し訳なさそうに声をかけてきた。

マナはうなずいて、にこやかに答える。


「一度、確認しますね」



「松永さん」


「ん?」

「アレルギーのケーキをお願いしたいってお客様がいて……」


「……わかった。俺対応する」


───


数分後、松永がレシピ本と注文用紙を持って接客に出る。


「卵と乳製品、両方アレルギーなんですね?」


「はい……特に卵白は重度で、エピペンを持っています」


「そうですか」


松永はメモを取りながら、声を落とす。


「器具類は全て洗浄してから使います。ただ、厨房では日常的に卵や乳製品を使用しています。空気中の飛散なども含めて——」


「製造ラインのコンタミは大丈夫です」


「……わかりました。確認ありがとうございます」


松永の手がさらさらとノートに走る。


「実は……うちの子、チョコレートケーキが食べたいって言ってて、でも、やっぱり厳しいですよね?」


「大丈夫ですよ」

ふっと、松永が柔らかく笑った


「ガトーショコラ風で仕上げます。卵も乳製品もなしで。

カカオマスとココアパウダー、メープルシロップでコクを。油分はなたね油で、風味を損なわずにしっとり焼きます」


「……本当に?」


「はい。うちで何度か試作してるので」


「……ありがとうございます。息子、きっと喜びます」


「よかったです。では、記入内容をもう一度確認させてくださいね」


松永は注文票を差し出しながら、ひとつひとつ丁寧に指差しで確認していく。



───


その後ろ姿を見送りながら、マナがぽつり。


「……長い打ち合わせでしたね」


「そうだな。アレルギーケーキは慎重に確認しないといけない。命に関わるからな」



「……」

固まるマナ


「怖かったか?」

「……私だったら怖くて、きっと断っちゃいそうです」


「まぁ、最初から断る店も多い。でもな、誕生日くらい食べたいケーキがいいだろ?」


マナが静かにうなずく。


「明日の営業終わってから俺がひとりで作る。 他の仕込みと一緒にやると、卵とか入るかもしれない、計量を間違える可能性があるから」


「明日、横で見ててもいいですか?」

「いいよ」



───


次の日

閉店後。


松永が真剣な顔で、ハンドソープの裏を見つめていた。


「松永さん、それ裏見てるんですか?」



「牛乳石鹸とかあるだろ?乳成分使ってたらアウトだからな……これは大丈夫だな」

「えっ、食べ物じゃないのに!?」


「洗った手に乳成分がついてたら意味ないだろ。今回はコンタミは大丈夫って聞いたけど出来る限り避けたい」



「松永さんすみません……コンタミ…?って、なんですか?」


松永は手を止めて答える。


「“コンタミネーション”の略。原材料として入れてないのに、微量に混入することだな」


「えーと…?」


「たとえば……厨房で小麦粉を振るった粉ふるいを洗わずに、そのまま次に振るった米粉の方にも、微量に小麦粉がつく。そういうのが“コンタミ”」


「……なるほど…」


「だからこそ、説明のときに“厨房で使用してる環境です”って必ず伝える。

たとえリスクが小さくても、知ってもらわないと意味がないからな」


マナはこくんとうなずいた


(……知らなかった。アレルギーって、ここまで繊細なんだ)



「今から、唾液飛ばないように俺しゃべらない。計量に集中する」


松永は水を飲んでからマスクを二重にし、手を洗い直した。


使う器具を2回洗ってペーパーで拭き、材料の一つひとつを指差しで確認しながら、静かに計量していく。



(いつも丁寧だけど……今日はさらに緊張感がある……)


焼き上がったガトーショコラにはしっかりと

《卵・乳製品不使用》と赤ペンで書いたメモを貼り、

普段使わない密閉容器に移して冷凍庫へ。



───



「……やっと終わった」


帽子とマスクを外し、少し息を吐く。


マナがコップを差し出す。


「アイスコーヒーどうぞ。」


「助かった……ありがとう」

「絶対のど乾いてると思ったので」



「仕込み中、牛乳入ってたら絶対飲めないからな。念の為」


(なるほど……ほんとに、徹底してる……)



ふと松永が、真面目な顔でつぶやく。

「……海外で、ピーナッツアレルギーの子がいたんだ。

その子の恋人が知らずにピーナッツバターのサンド食べて、歯磨きしてたのに……

キスしただけで亡くなったって」


「……!」


マナは一瞬、固まる。


「ん?びっくりしたか?……でも、そういうことも起きる。だから慎重さは大事だ」

 


「……そうですね」


(……真面目な話でいきなり

“キス”って言うから焦っちゃったなんて、絶対言えない……)  



「グラス一緒に洗っときます」

「ありがとう」




(邪念…きえろ…きえろ…)

マナは空いたグラスをいつもより念入りに綺麗に洗った






次回へ続く

アレルギー対応ケーキについてはお店により考えや対応が異なります 

こちらの話では私の経験を元に書いていますが、お店に必ずご確認下さい


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