38 胸の鼓動
「マナ!」
「マナ!!大丈夫か!」
松永が覗き込む。
意識がはっきりしてきた。
「うぅ…………いたた……」
左側の頭がズキズキする……
床に鉄板が落ちているのが見えた。
先程の鉄板がバランスを崩し、
自分の頭に落ちてきたのを理解した。
「立てるか?」
腕を使って立とうとするが力が入らない…
その瞬間、迷わず松永の腕が伸びた
「無理だな…いくぞ」
そう言うと、マナの体を軽く抱え上げた。
「えっ、ちょっと……!」
気づけば、しっかりと松永の腕の中に収まっていた。
「近くに、脳神経外科があるだろ。走った方が速い」
ぐらつくことなく、強い足取りで疾走する。
腕の中に感じる筋肉の硬さ
がっしりとした腕に支えられ、落ちる気配すらない。
松永の息遣いが荒くなり、鼓動が身体越しに伝わる。
ドク、ドク、ドク——
速い鼓動
マナは咄嗟に松永の服を握りしめた。
松永の腕が、少しだけ力を強める。
───
病院に到着すると、すぐに検査が始まった。
松永は腕を組みながら、淡々と医師の説明を聞いていた。
マナはベッドの上で横になりながら、少しぼんやりしていた。
まだ頭の奥に鈍い違和感が残っている。
(……大丈夫、かな)
何度か目を閉じたり開いたりしていると、ようやく医師が戻ってきた。
「検査結果ですが——特に異常はありませんね」
その言葉に、マナはほっと息を吐いた
松永も短く息をつく。
「ただ、軽い脳震盪を起こしています」
「……脳震盪」
「衝撃によって一時的にめまいが出ることがありますが、時間とともに回復するでしょう
今日と明日は安静にしてくださいね」
松永が腕を組んだまま、医師に視線を向ける
「何か気をつける事はありますか?」
「強い頭痛や吐き気が出るようならすぐに来院してください。それと、熱い鉄板じゃなくて本当に良かったですね。
もし熱を持っていたら、火傷と脳震盪のダブルでしたよ」
「……確かに」
マナはその言葉に、今さらながらゾッとした。
(熱いやつだったら……大変だったかも)
松永はゆっくりと息をつきながら、マナに目を向けた。
「……まあ、大事にならなくてよかったな」
「そうですね……」
マナは、言葉を交わしながら、ふっと肩の力が抜けるのを感じた
安心した——
本当に、心の底から…
───
病院を出て
松永はちらりと隣を見る。
「……抱えようか?」
マナは、少し驚いたように顔を上げる。
「いえ、大丈夫です」
そう言いながら歩き出そうとするけれど、足がふらついた。
反射的に松永が腕を伸ばし、支える。
「それ…全然大丈夫じゃないだろ」
「……うぅ」
マナは仕方なく視線を落とす。
すると、松永がふと口を開いた。
「おんぶならいいか?」
その言葉に、一瞬躊躇ったものの——マナは頷いた。
「お願いします」
松永はマナの足に手をまわし
しっかりと持ち上げる。
(……広い背中)
支えられた腕の感触
安定した歩み
マナは、そっと背中に手を置く。
指先に伝わるのは、予想以上に硬い筋肉
服越しでも分かる、しっかりとした肩と背中の厚み
(松永さん、こんなに筋肉質だったんだ……)
「力抜いて」
「え、はい……」
松永の声に従い、マナはそっと力を抜く
その瞬間、頬が松永の背中に触れた。
耳元で、ゆっくりとした鼓動が聞こえた。
規則的なリズム
落ち着いた鼓動は、不思議なくらい安心感を与える。
「松永さん……」
「ん?」
「あの…私、約束守らなくてごめんなさい」
「なにが…?」
「重い鉄板1番下にって言われてたのに、勝手に移動させちゃったから」
「いや、俺が鉄板の転落の危険性も最初に話しておくべきだった…」
「また迷惑かけちゃってごめんなさい……」
「迷惑なんかじゃない、本当に軽症で済んで良かった。焦った。明日はゆっくり休みな」
「ありがとうございます……」
マナはそっと目を閉じた
松永の背中は、大きく温かかった
そして心地が良かった
夕暮れの空の下、静かに歩き続けた——
次回へ続く




