32 男だけのパリの夏休み②
次の日
ホテル前で待ち合わせる。
「どこか行きたい所あるか?」
桂が目を輝かせながら言った。
「今日はビストロで何か食べよう!」
「桂、俺あんまり給料もらってないから、あんまり付き合えないぞ」
桂はニヤニヤしながら言う
「ふふ……金はある」
「ん?」
「辞めるとき、スーシェフを脅して口止め料たくさんもらったからな。その金でフランス来たんだ。美味いもの食べようぜ!」
松永は目を丸くする
「お前、やっぱりすごいな……」
───
ホテル近くに賑わっているビストロを見つけた。
「ここにしよう」
「良いのか?調べなくても」
「大丈夫でしょ」
桂はすぐ店の中に入る。
店名をチラリとみるが
(えーと…なんて読むんだ?分からないな)
フランス人しかいない、穴場のビストロらしい。もちろんメニューはすべてフランス語
松永が電子辞書で調べようとすると、桂がさっさと決める。
「俺、この店の一番人気頼むぜ! 一番上のメニューにする」
「俺は無難に豚とかにするよ……」
「これください!」
桂は、横を通った店員に日本語で元気よく注文する。
「早いな……じゃあ俺はこれで」
松永はフランス語で頼む。
すると、店員は桂に向かって、
「本当にこれでいいのか?」
と少し心配そうに聞いてきた。
桂はウインクしながら答える。
「大丈夫!」
店員は苦笑しながら、メニューを下げた。
(さっきの何だったんだ……? 値段はそんなに高くなかったけど…… 羊の何かって書いてあった気がした……)
───
10分後、料理が運ばれる
「まっちゃん……どうしよ」
「……俺はしらんぞ」
松永はちらりと桂の皿を見る
そこには—— 羊の脳みそが丸々とのっていた。
「ハードすぎるだろ……これ」
「日本でなかなか食べられないものを食べたいって言ってただろ。頑張れ」
桂は、ひとつ深呼吸し、スプーンで羊の脳みそをすくう
「そうだな……ソースもあるし」
恐る恐る口に運ぶ
松永も、その様子をじっと見つめる。
すると、桂の表情が、次第に緩んでいった。
「ふーん……なんか白子みたいな……想像よりうまいな」
「良かったな」
「でも、醤油つけて食べたいな。いや、ポン酢かな」
「それだと日本の味になるぞ」
二人は、はは、と笑った。
「やっぱりフランス面白いな。勉強になるわ」
───
会計を済ませ、店を出る。
店の横に置かれた手描きの看板をよく見ると、羊の全体図と部位の説明が描かれていた。
「ここ、羊料理がスペシャリテだったんだ……」
「すまない、フランス語だいぶ話せるようになったけど、まだ完全には読めない」
桂は肩をすくめる
「いいよ……羊の睾丸が出てこなかっただけマシだわ」
二人で大笑いした
───
ホテルに戻ってから、近くのスーパーに入った。
生ハムやチーズをカートに入れる。
ワイン売り場に着くと10メートルくらいの列にすべてワインが陳列されている。
松永が赤ワインをカートに入れる。
桂が驚く
「まっちゃん…お酒飲むんだ?ルールとか守りそうなのに」
「フランスは16才から飲酒いいからな」
ドヤ顔する
「まっちゃんやっぱり真面目だな…」
────
「苦い…」「渋い…」
ワインを一口飲んで、ふたりして渋い顔をする
ホテルに戻り味見しようと赤ワインを開けていた。
「こんな渋い飲み物が良いのか?良さが全く分からん…」
「ぶどうジュース想像して飲んだけど…大人になれば分かるのかな……」
「まてよ…」
ふと思いついたように桂は、一緒に買ったカマンベールを取り出しフォークで切り、食べる
「やっぱり」
「ほらまっちゃん、チーズと赤ワイン交互に食べると渋さがまろやかになるよ」
差し出されたチーズを食べ、赤ワインをのむ
「なるほど これは大丈夫だな」
「これで俺達ワインを楽しめる大人になったわけだ」
ははと笑う
───
ふと時計を見て
「おっと19時だ。もう俺帰るわ」
「もうそんな時間?フランスって日没遅いから時間の感覚おかしくなるよね」
窓から外をみる 外は明るく人が多く通っていた
「今の時期だと日没22時くらいだからな」
「そういえば、明日ピエールが休みで、車を出すって言ってた。パリを案内してくれるらしいけど、どうする?」
「いいのか? ぜひ!」
「じゃあ、明日ピエールと車で迎えに行くわ」
「また明日」
続く——




