29 松永のフランス修業
松永は夜、フランス・パリに到着した。
初めての地での不安を考え、空港近くのホテルに泊まり、
翌朝から地図を頼りにパティスリーへ向かう。
店に着くと建物は古いが店内は洗練され、
ショーケースは日本であまり売っていないケーキが並び、焼き菓子やクロワッサン、ブリオッシュなどが並ぶ
松永は売り場の店員に練習したフランス語で話すが、ぽかんとされる…
(全然通じない……)
「お前がたいきか?」
裏から厳格そうな50代後半のフランス人が出てきた。
「はいっそうです」
「おいで」手で合図される
奥の厨房に入り
シェフは手を叩き、作業中のスタッフが手を止めこちらをじっとみる。
一瞬厨房がピリつく
「日本人のたいきだ 今日から一緒に働く フランス語は苦手だからジェスチャーで教えてやれ。おいピエール、お前日本のマンガ好きだろ?お前がたいきの面倒みろ」
「わかりました」
ピエールは合図して、松永を呼び、着替えの場所を教え、
材料の位置を丁寧にフランス語で話していた。
レシピと測りを指差し、計量しろと。
松永はピエールについていくので必死だった。
2時間後、またシェフが手を叩く。
すると皆、帽子や前掛けを一斉に取り出す。
「たいき 昼めしだ こっち」
ピエールは初めて松永に笑顔をみせる。
丸いテーブルに全員座り、
シェフはスタッフ6人の名前をゆっくり松永に教えた。
松永が必死にメモしようとすると、シェフは松永のメモに取り上げ、代わりに名前を書いてくれた。
名前の横にスタッフの簡単な似顔絵を描く
下手過ぎてスタッフ全員は大笑いする。
シェフもハハハと大笑いする。
松永はやっと力が抜けた……。
(ここでは、仕事中は真剣 でも、昼休憩はこうしてみんなでテーブルを囲むんだな)
赤ワインが並々と注がれる。
午後から仕事が残っているはずなのに、スタッフは水のようにごくごくと飲む。
松永はジェスチャーで、「今、19歳なのでお酒は飲めません」と伝えた。
すると、シェフは肩をすくめて笑いながら言った。
「ここはフランスだ!16歳からお酒、大丈夫!」
またみんなが笑い出す。
(そっか……日本と法律が違うのか……)
結局、ピエールが代わりに飲んでくれた。
昼休憩が終わると、シェフが松永を呼ぶ、ゆっくりしたフランス語で話す。
「この近く、私の家がある、君は、私の家、住む、わかった?」
「良いんですか?」
「もちろん」
仕事が終わるとシェフとピエールに呼ばれる
ピエールが自分とシェフを指差しながら
「俺、シェフ、の子供」
「そうなんだ」
シェフの奥さんが出迎えてくれた
「たいき、ここの部屋好きに使って良いわ。夜ご飯出来たら、呼ぶから食べにいらっしゃっい。後は自由に過ごしなさい」
シェフは仕事中、スタッフをよく叱るので厳しい人だと思っていたが、 夕食をともにすると、まるで別人のように優しい顔をしていた。
息子のピエールと同じように、松永を可愛がる。
食後、電子辞書を使いながらフランス語を教えてくれた。
温かい家族の団らん
この時間は、松永にとってとても懐かしかった。
久しぶりに、母と父との食事を思い出す。
目頭が、少し熱くなる——
次回へ続く




