25 コンクール試作最終日
休み明け、マナは仕事を終えるとすぐに試作に取りかかった。
祖母から譲り受けた若桃の甘露煮を粗く刻み、アールグレイ生地の表面に散らして焼き上げる。
ゼラチンはアガーに変更したことで、急速冷凍が可能になり、作業効率が格段に上がった。
ふと時間を確認する。
(……今日が、最後の試作だ)
厨房の空気はいつもと変わらない。
でも、マナの心の中だけは違っていた。
松永と、この1ヶ月間、ずっと試作を繰り返してきた。
何度も修正し、何度も改善し、その時間は特別なもののように感じられた。
(もう終わるんだ、この時間)
そう思った瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空くような感覚があった。
コンクールの試作が終われば、この時間も終わる。
松永と過ごす、仕事とは少しだけ違う特別なひととき——
───
松永は、いつもと同じようにカットしたケーキを手に取り、一口目を食べる。
層のバランスを確かめながら、もう一口
そして、最後のひと口を食べ終え、静かに考え込む。
「……やっぱり、アガーに変えたことで口どけと食感が良くなったな」
「生地の若桃もアクセントになっているし、軽やかだけど、桃のムースの邪魔にはならない……」
その声は、いつも通りの冷静な分析
でも、その言葉を聞くたびに、マナの心の奥が疼く。
(……なんだろう、この気持ち……)
ただの尊敬じゃない。
憧れとも違う。
もっと個人的で、もっと心の奥に響く感情——
(私、松永さんのことが……好きなんだ)
気づいた瞬間、指先がわずかに震える
けれど、その感情を口にすることはできない
この関係を壊したくない。
「完成だな」
松永の低い声が響く。
マナは息を詰めながら、ケーキをじっと見つめる。
安堵する気持ちと、同時にこみ上げる寂しさ
矛盾した感情が、胸の奥で交差していた。
「よく頑張ったな……」
その言葉に、マナは静かに微笑んだ。
(試作の時間……終わっちゃった……でも、すごく私らしいケーキができた)
───
翌日
マナはレシピとケーキのデッサン、必要書類を東京の洋菓子技術協会事務所へ送った。
結果は、来年1月上旬、
書類審査が通れば、3月末に東京会場での大会となる。
コンクールの試作は終わった——
また、普段通りの一日が始まる。
次回へ続く




