24 若桃の甘露煮
マナは冷蔵庫から桃のケーキを取り出す。
セルクルの外側をガスバーナーで軽く温め、静かに外す。
ゼリーがしっかりと固まり、桃で作った薔薇の花が美しく形を保っている。
その下に、柔らかな桃のムースの層、さらに、アールグレイの生地が綺麗に重なっていた。
「綺麗なケーキだな」
松永が、ふと声を漏らす。
「ありがとうございます」
マナはその言葉に、少しだけ安堵しながら微笑む。
2人はスマホで写真を撮った後、カットして試食を始めた。
───
(さっきの会話は忘れて、真剣に向き合うか)
松永は真剣な表情で、一口目を食べる。
層のバランスを確認しながら、また一口
最後のひと口をゆっくりと食べ終え、静かに考え込む。
しばらく沈黙が落ちる。
そして、ふっと視線を上げる。
「薔薇の桃は、良いな」
マナは、少し緊張しながら頷く。
「ゼリーはゼラチンよりアガー(海藻由来の凝固剤)の方が、口当たりが良い。それと、生地に何かアクセントを加えると、もっと締まる」
「美味しいけど、ケーキを食べ進めるうちに、最後の二口くらいで少し単調になるな。アールグレイ生地になにか食感のあるものを加えたい。……ナッツだと主張が強すぎるか」
マナは考え込む。
「食感があって、桃と相性が良いもの……」
ふと、手元のメモを指でなぞりながら口を開く。
「あっ……若桃の甘露煮とかどうですかね?」
松永が眉をひそめる
「若桃?」
「桃って5月頃に摘果するんです
摘み取った実が『若桃』で、梅に似た緑色をしています。大きさは500円玉くらい。
そのままだと硬いので、甘露煮にするんです。軽く煮るとサクサクした食感になって、ほんのり桃の風味と爽やかな後味が残ります 。畑に捨ててしまう農家さんも多いんですが、祖母はカリカリ梅みたいに、おやつとして食べていました」
松永は静かに聞いていた。
そして、目を細めながら口元に手を当てる。
「……摘果は知ってたけど、食べられるとは知らなかったな」
ゆっくりと頷く。
「良いアイデアだ【フードロス】のテーマに、さらに沿っていて、すごくいい」
「それと、デザインですが……」
マナはノートを開き、松永に見せる。
「廃棄される果物から、新しい樹が育ち、次世代へ受け継がれていくイメージです。
樹から新しく実が成り、
父親が果実を摘み、母親が子どもへ桃を託す 。今のところ、大樹は飴細工で大きく作り、
葉はシュガークラフト、親子と桃はマジパンで表現しようと思っています」
松永は、ノートのデザインをじっと見つめる。
「……良い。綺麗な絵だ」
「このアイデアは……休みの日に、台所でジャガイモの芽が伸びてしまい、母が捨てようとしていた時のことがきっかけなんです。
父が庭に植えれば育って収穫できる、と言っていて……その会話を聞いて、ふと浮かびました」
松永はその言葉に頷く
「……制限時間内に作れるか、まだ分からないですが……」
「桃の樹は、飴を流し込んで固める。
マジパンの親子は少し小さめにして、葉っぱは型で一気に抜いて時間を短縮する。 服装もほぼ同じにすれば、作業がスムーズになる。
上のデザイン部分は、書類審査通過後に練習すればいい」
「……しかし」
松永は、マナの顔をじっと見つめた。
「よく……ここまで一人で考えたな 」
その言葉とともに、松永は静かに微笑んだ。
次回へ続く




