21 桃農家の手伝い
7月上旬
果樹園では、桃の収穫が始まっていた。
お店の定休日、松永は約束の時間にマナの実家の果樹園へ軽トラで向かう。
果樹園に到着すると、腕を組んだマナの父・勝が無言で松永を見つめていた。
「ちょっと、そんな怖い顔しないでよ…」
マナは、小さく父に苦笑する。
口数の少ない父と松永がうまくやれるか——それが少し心配だった。
勝はスポーツ刈りの細身の体に麦わら帽子を被っている。
寡黙な男の背に、果樹園の青々とした葉が揺れていた。
───
「今日はすみません。松永と申します。マナさんにはいつもお世話になっています」
松永は、勝と里美に向かって軽く会釈した
「いえいえ、こちらこそ。娘がいつもお世話になっております」
里美は穏やかな笑顔で返す
「お休みの日なのに、手伝ってもらえるなんて……ありがとうございます」
「松永さん、今日のお手伝いですが、コンテナを運ぶ作業を父と一緒にお願いできますか?力仕事ばかりですみません」
「了解です。力仕事なら任せて」
松永と勝は、果樹園へと歩き出した
───
倉庫では、里美とマナが収穫した桃を仕分け、梱包していた。
「松永さん、けっこうイケメンじゃない?この前やってたドラマの俳優さんに似てない?
シェフって聞いていたから、もっとぽっちゃりしてるかと思ってたわ」
「ちょっと…そういうこと言わないでよ」
「ふふ……でも今日会えてよかったわ。いい人そうで安心した」
マナは、桃をひとつ手に取りながら小さく頷く。
「すごく優しいし、技術も本当にすごいと思う」
里美は桃を箱に収めながら微笑む
「あの時、お店に行ってみたら?ってマナに勧めて本当に良かったわね」
「私も、松永さんのお店で働けて本当に楽しい」
倉庫の中には、桃の甘い香りがゆっくりと漂っていた——
───
松永と勝は、果樹園の間を往復しながら桃の入ったコンテナを運び続ける。
一通り作業を終えると、勝は日陰に入る
コンテナの上にやかんとコップを置いた。
「ちょっと休憩するか」
「はい、ありがとうございます」
麦茶を注ぎながら、しばし静寂が流れる。
風が木々を揺らし、葉擦れの音がさわさわと響いていた。
勝は、ゆっくりと電子タバコを吸う。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……松永さん」
「はい……?」
「娘は……ちゃんとうまくやれてますか?」
松永は、一瞬だけ息を整え、しっかりと答える。
「はい。仕事を覚えるのが早く、本当に助かっています」
勝は何も言わず、また電子タバコの煙をゆっくりと吐き出した。
しばらく沈黙が続いた後——
「……マナは、ホテルを退職してから、あなたに会うまでの1ヶ月間のことを話したりしましたか……?」
松永は、勝の静かな横顔を見つめた。
果樹園の奥で、風がまた一度、葉を揺らした。
次回へ続く




