20 コンクール試作②
「松永さん、これがフードロスから考えたアントルメです」
マナは皿にのせた桃のムースをそっと松永の前に置く。
「あと、簡単に上にのせるデザインです」
ノートを広げると、アントルメの右側には薔薇が五輪、左側には、男の子と女の子が並んで座り、桃を食べている——
(さてと……真剣に向き合うか)
松永はキリッとした真剣な表情で、ムースの側面を確認する。
ノートのデザインにも視線を落とし、しばらく黙って見つめていた。
「アントルメ、カットしていいか?」
「はい」
「桃のムースとアールグレイの生地……スポンジベースだな?」
「そうです」
いつものように無口で真剣なまなざしで、松永はカステラ包丁をガスバーナーで温め、アントルメを八分の一にカットする。
そっと小皿に乗せる。
マナは少し緊張した。
「頂きます」
一口食べる
少し考え、またもう一口
無言のまま、最後まで食べ終えた。
マナは、胸の奥が高鳴るのを感じながら、松永の言葉を待った——
「美味しいよ……」
その言葉に、マナは安堵しそうになる
しかし、続く言葉は慎重だった
「美味しいけど、物足りない……」
松永は静かに分析する
「生の桃か、シロップ煮の桃を別の層に入れると、白鳳の桃の良さがもっと引き立つ」
「生地も美味しいが、少し薄い。上にマジパンや飴細工をのせるなら、重さで沈む可能性があるから、もう少し厚めの方がいい」
「デザインは高さを出した方がバランスが良い。飴細工で上に動きをつけて、下にマジパンで【フードロス】のテーマをしっかり表現するといいかもしれない」
マナは頷きながら、慌ててメモ帳に走り書きをする。
松永はハッとする
(しまった……集中するといつもこうなる)
「……一方的に話してしまった、大丈夫か?」
「いえいえ、すごく参考になります!」
松永は軽く息を吐き、カップに手を伸ばす。
「フードロスは、ケーキ業界の長年の課題だからな。洋菓子技術協会も、大会を通して若いパティシエたちに意識してほしいんだろうな」
松永はコーヒーを口に運びながら続ける
「うちの店は廃棄率が低い方だけど、百貨店は違う。夜遅くまでケーキを並べないといけないから、廃棄率が高い。ブランドイメージを守るため、値下げせずに営業終了後はすべて廃棄……」
その言葉に、マナは小林ファームの鶏のことを思い出した。
「材料は大切にしないと、って俺は思うよ」
「デザインでフードロスを表現……うーん……」
マナはノートの端を指でなぞりながら、考え込む。
「詰め込みすぎなくていい」
松永は腕を組み、ふっと笑う
「応募締め切りまで、まだ一ヶ月近くある。それに、マナちゃん家の白鳳の収穫時期はあと二週間くらい後だろ? 次回の試作は、桃を収穫してから試せばいい」
「……分かりました」
「お疲れ様。今日は早く帰って休みな」
「ありがとうございます」
マナは厨房を片付け、着替えを終えて店を出ようとする。
そのとき——
「松永さん」
マナは立ち止まり、深々と頭を下げた。
「今日はたくさんアドバイスをいただいて、とても参考になりました。ありがとうございました」
松永はふっと微笑み、手を軽く振った
車へ乗り込む
(……ほんとに、素直な子だな……俺も頑張らないとな)
エンジンをかける
続く




