18 マナと松永の決め事
コンクールのエントリーを決めた後、
マナと松永はひとつの約束を交わした。
——この挑戦は、マナが主役であること、
松永は、あくまでそれを支える側でいること。
「コンクールって、いろんな考えの人いて、正解はないと思う。でも最初から俺があれこれ言うと、マナちゃんの個性や想像力が消える気がして」
松永は手元のメモを閉じながら、静かに続けた。
「せっかく挑戦するなら、“やってよかった”って思える経験にしてほしい。俺ができるのは、マナちゃんの後ろで全力で支えることだけ。マナちゃんの方が、俺が思いつかないような素敵なアイデア、出せると思う」
「……ありがとうございます」
少しうれしそうに微笑むマナに、
松永はふと、あることを思い出したように言った。
「そういえば……マナちゃんの実家、農家だったか? 廃棄される果物って、何を作ってるの?」
「……白鳳っていう、桃の品種です。あと2〜3週間くらいで収穫なんですけど」
「えっ、白鳳って……百貨店で1個1000円超えるようなやつか? それって、B級品でも買取つかないのか?」
「少しでも傷がついてたり、ヘソが取れてたりすると…… "クズ桃”って呼んでるんですけど、市場の規格に入らなくて、大きなコンテナ単位じゃないと買い取ってもらえないので、うちみたいな小さな規模だと売ることもできないです」
「昔はそのまま畑に捨ててたって、母が言ってました」
「白鳳を畑に……俺だったら、全部食べるけどな」
「私たちも食べるんですけど、さすがに毎日は飽きてしまって、母は、リンゴみたいにちょっと固めで甘さ控えめな桃が好きって言ってました」
「……桃農家、なんか贅沢な悩みだな」
マナは小さく笑いながら言った
「それで、コンクールにはその“クズ桃”を使ったケーキを考えようと思ってて、デザインは、過去の作品を見ながら研究してみるつもりです」
「いいね。俺も概要、ちゃんと目を通しておく」
少しだけ間があって、マナがふと思いついたように尋ねた
「そういえば、クズ桃って……お店で使わせて貰えるか?」
「もちろん。取りに来てもらえたら、持ってってもらって全然いいですよ」
「それ……ほんとか?よかった」
「……桃の収穫始まったら、店の定休日に俺、手伝いに行っていいか? それで、桃も一緒に持ち帰らせてもらうとか」
「いいですよ。ぜひ来てください」
そのときの松永の顔はとても、嬉しそうだった。
次回へ続く
松永とマナの会話だけ見ると仕事中ずっと話してるように感じますが、実はケーキ仕上げ中、仕込み中はけっこうお互い無言で淡々としています…
松永はパティシエの技術はありますが、世間話を話しながら出来る程器用ではない職人です
ケーキの仕上げが終わった後の小休憩、仕事終わりに2人で会話してる感じです




