17 パティシエコンクール
松永がマナに1枚のチラシを差し出す。
「洋菓子技術協会のパティスリーUCHIYAMAの内山シェフから預かってて、
“若手さんに渡してください”って言われた。 目通しておいて」
チラシには、金色のロゴとひときわ目立つタイトル
「……第四回 U-20 パティシエコンクール……」
松永がコーヒーを飲みながらざっくりと説明する。
「開催年の応募締切時点で20歳以下って条件で 、今年は7月31日だな。
毎年テーマがあって、それに合わせたオリジナル作品のレシピとデザインを送る。」
「書類審査に通ったら、来年の3月、東京の本選でその作品を実際に作って、味や見た目、表現力で審査される。若手の育成が目的で、優勝したらフランス研修、全部タダ」
「すごい……」
「で、今年のテーマが【フードロス】。 廃棄予定の食材をアントルメに活用して、マジパンとか飴細工でそのテーマを表現するって書いてある」
マナは詳細を読み上げながら、ふと声のトーンが変わる。
「……フードロスなら、私ちょっと得意かもしれないです。私実家農家で、傷んだ果物とか使ってよくケーキ作ってたので」
「マジパンと飴細工は製菓学校で少しだけ、シュガークラフトは……やったことないです」
「おぉ……興味あるか? 出たいって思ったら、全力で応援する。去年の作品もウェブに出てるから、あとで見てみな」
「……はい、ありがとうございます」
───
その夜
マナはチラシをテーブルに広げたまま、手を止めていた。
ふと、自分の“この先”について考える。
幼い頃からの夢だった、パティシエ
ホテル時代には、その夢が折れそうになったこともあった。
でもいま、マナは心からこの仕事が好きだと思えている。
松永と出会い、共に働き、少しずつ自信も戻ってきた。
だけど——
3年後、5年後、そのもっと先はどうなっているのだろう。
結婚しているかもしれないし、子どもを育てているかもしれない。
松永と、いつまで同じ厨房に立っていられるのだろうか——。
どれもまだ、まったくわからない。
でも、わからないからこそ——
“今しかできないこと”を、ちゃんとやっておきたい。
今年の9月に21歳の誕生日をむかえる。
このコンクールに出られるのは今年だけ。
マナの中で、ひとつの音が静かに鳴った。
───
定休日が明けた朝
マナはひと段落したタイミングを見計らって、まっすぐ松永の前に立った
「松永さん……私、コンクールに挑戦したいです」
その目はまっすぐで、いつもより少し強かった。
松永は微笑みながら、言葉少なにうなずく
「……いいと思う」
その一言だけで、マナの心はきゅっと引き締まった。
次回へ続く




