(閑話)ジャレット家のメイド見習いによれば(ポーギー視点)
五月病という名の大病を患ったり(その他ほんとに体調崩したり)していたせいで全く更新できず。
というわけで、せめてもの閑話でございます。文字数も少なくなっちゃいましたが、平和な一幕をお楽しみいただけると嬉しいです。
「ねえねえ、おばけ?」
流石は、私たちのステラね。
私は心臓がバクバクしながらも、思わずニヤリと口元が笑ってしまうのを自覚した。
私にもお兄ちゃんにもできないことを、サラッとやってのけるステラ。
そこに思わず憧れちゃうわ。
私やお兄ちゃんを救ってくれた日から、私にとって、ステラは絶対。
そしてお兄ちゃんと並んで、私にとって一番に幸せであってほしい存在。
だから今日アリス様がお兄ちゃんに興味を持ったそぶりをされて、お兄ちゃんが困った顔をしていたときにも、ステラの話を振って話を逸らしたわ。
ステラの話に食いつかない人なんているはずないんだから!(※過信)
それに、お兄ちゃんの想い人がステラなのは、妹の私から見れば明白。
私は、ステラとお兄ちゃんが一緒に幸せになる未来を模索することこそが己の天命だって信じて、これからも突き進んでいくわ!
そして目の前、おばけに臆さず話しかける強すぎるステラに憧れと感動を覚えていた私は、ふと、小さい時にお兄ちゃんと二人で夜のトイレに行った時のことが脳裏をよぎった。
小さい頃私たちが住んでいたのは、自給自足が基本の村で、村人みんなが農作業をしているから、水汲みだって堆肥作りだって村人みんなの仕事だった。
トイレだって家の中には無くって、トイレに行きたくなったら家を出て、村に点々とある堆肥小屋の隣の共用トイレまで行かなきゃいけなかった。
お兄ちゃんは小さい頃からお父さんやお母さんのお手伝いを自分から買って出ていたしっかり者。
お父さんやお母さんはお昼に畑仕事や水汲みをして疲れてるからって、二つ下の私の面倒はいつだってお兄ちゃんが見てくれていたわ。
私をトイレに連れて行くのもお兄ちゃんのお仕事で、私が夜にトイレに行きたくなってお兄ちゃんを起こしても、お兄ちゃんは嫌な顔ひとつせず、ただ眠そうに目を擦りながら、トイレまで手を引いて行ってくれたっけ。
『お兄ちゃんー?』
『いるよー』
『お兄ちゃんいるー?』
『いるよー』
トイレをしている間、お兄ちゃんは虫と臭い避けのための草が植えられたトイレ前で、私がトイレを済ますまで待っててくれた。
夜の村は明かりなんて無くって、月の隠れる真っ暗な夜はなおさら怖くって、私はトイレの間中ずっとお兄ちゃんのことを呼んでた気がする。
今五歳の私より小さかったはずのお兄ちゃんは、暗い夜道に怯える私をいつだって励ましてくれた。
お兄ちゃんは、昔っからずっと、頼りになる私のヒーローなの。
今だって、お兄ちゃんは隣の布団から手を伸ばして、やってきたおばけに私が怖い気持ちにならないようにって手を握ってくれてる。
お兄ちゃんにこうしてもらっていれば、私、おばけだって怖くないんだから!
「ねえねえ、おばけ? あ、おばけさん?」
重ねて問いかけるステラは本当に強い。
ステラ? たぶんだけど、おばけは敬称が付いてないから怒って無視してるとか、そういうわけではないと思うわよ??
暗いし、私はおばけが来たと思った瞬間からしっかりと布団に頭をうずめてしまっているから、ステラの声しか聞こえないけど、たぶんいつものきょとんとした顔で不思議そうに呼びかけてるんだろうなっていうのは分かった。
「ステラやめてぇ~……」
「しゅ、しゅてらぁ……」
ステラのいるあたりから、ステラじゃない女の子のか細い、ともすれば涙声のような声が聞こえる。
この声はレミとアリス様だ。
二人は、おばけに話しかけちゃってるステラの行動に半泣きになっているみたい。
たしかに私だってステラのことをまだよく知らない頃だったら、びっくりして泣いちゃっていたかも。
でも、こう見えても私、ステラと出会ってからもう二年も経っているのよ、もうステラのこれくらいの行動じゃ動じたりしないんだから!
ステラと暮らす日々はね、毎日が驚きでいっぱいなの。
ステラは、ある日突然家を抜け出して知らない人の馬車で姿を消しちゃったりもするし、宰相様の息子さんと喧嘩しちゃったり、突然偉いご貴族様からご招待を受けちゃったりもして、まるで突拍子がない。
それに、それと同じくらい突拍子なく、いつの間にかステラのことが大好きな友達が増えちゃっていたり、誰かの気持ちを救ってしまっちゃってたり、誰かの大切な存在になっちゃっているんだ。
私にとって、お兄ちゃんとステラは私のヒーローで、私の絶対なの。
だから、二人のヒーローがそばにいるんだから、絶対大丈夫。
おばけなんて知らない。おばけなんてへっちゃら。
今、私は村にいたときとは全然違う生活をしていて、だけどそばにはいつだってお兄ちゃんがいてくれて、ステラがいてくれて、それにお屋敷に帰ればお医者の先生もいてくれる。
それが、絶対無敵の、完全完璧の、私の百点満点なんだって、私知っちゃってるもん。
不意に、小さい頃に死んじゃった、もう顔もおぼろげなお父さんの笑顔が頭の中に蘇った。
『もうこれで負けないって、そんな条件が揃った時をな、こう言うんだ───』
村の大人たちとゲームをするのが好きだったお父さん。
そんなお父さんが、特別にご機嫌な日に教えてくれた、魔法の言葉。
それを聞いたお母さんが笑いながら呆れてた、そんな小さかった頃の、数少ない両親との記憶の一端。
おばけがすぐそこにいたって、お兄ちゃんが手を繋いでくれていて、ステラがいる。
だから、これは絶対負けない勝負。
それはつまり。
『勝ち確定─────つまり、【勝ち確】だ』
ドクン ドクン
心臓が、打つように脈動する。
全身に血が巡って、体がホカホカして、目にカッカと熱が集まってくる。
手を握ってくれているお兄ちゃんの手を握り返す力を強めると、潜めた声で「どうした?」とお兄ちゃんが訝しむように声をかけてくれた気がした。
早く早くと、抑えられない衝動のまま、私はステラの問いかけからこちら、黙って棒立ちになっているおばけに向かって叫んだわ。
「………なっ、何とか言いなさいよっ! このおばけ!」
私が叫ぶと思っていなかったのか、「ポーギー!?」ってお兄ちゃんのびっくりした声がした。
だけど私は止まらない。
なんたって今は【カチカク】なのよ!?
鼓動が激しさを増し、頭が熱く、止まらない興奮に鼻息まで荒くなる。
フーッ、フーッって、強く鼻息を出しながら、握るお兄ちゃんの手を握り潰す気持ちで握り込む。
こんな私、知らない。
私、どうしちゃったのかしら。
「おばけ! このっ、おばけ!」
「ポーギー、落ち着けっ」
「ポーギーどうしちゃったの? 大丈夫だよぅ」
おばけめ! 観念しなさい!
こっちには、お兄ちゃんも、ステラもいるんだから!!
叫ぶ私を落ち着けようと、お兄ちゃんが私の手を強く握り返して、何度も名前を呼んでくれてる。
ステラが心配そうに私の名前を呼んでいるのが分かるのに、私は止まらなかった。
もう悲鳴みたいになっている私の叫び声に驚いたのか、布団で丸まってるレミとアリス様がキャーって悲鳴を上げる。
私は「おばけっおばけっ」って叫びながら、訳が分からなくって、頭は布団に押し付けたままで空いている手でそのへんにある枕やら何やらをがむしゃらに掴み、無茶苦茶な方向にとにかく投げまくった。
鼻の奥がツンとして、涙が込み上げてくる。
あ、私パニックになってる。
頭の中の、冷静な部分の私がそんな風に思った。
『勝ち確だぞ勝ち確! よしっ、行け! そこだ! 行けーっ!』
『やめてよお父さんったら。娘に変なこと教えないでよ』
『おとたん、このカードね、つおい? つおい?』
『ああ強いぞ! 勝ち確だ! よし、今だ! そのカードを切って』
『ただいまーって、ああ゛っ!? 父ちゃんコノヤロッ! ポーギーにカードやらせんなって言ってんだろ! まだ小さいのに、変な言葉覚えるっつってんだろが!』
『へっへ~ん。ダニーが付き合ってくれないから、ポーギーを立派な勝負師に育てるんですぅ~』
『この馬鹿親父!』
『……あ・な・た?』
『あ、嘘ですスミマセン。ポーギーほら、それを置いて、ね? こっちで朝採れ野菜を見せてあげようね?』
『おとたん、かちかくはぁ?』
『あ・な・た??』
『ひえぇっ』
『きゃっきゃっ』
小さい私と、お父さんにお母さんに、怖い顔をしてるけどお兄ちゃん。
これって走馬灯。
おぼろげなりに、私ちゃんと覚えてたんだな、お父さんとお母さんのこと。
「~~勝ち確なの、勝ち確なのよっ、お兄ちゃああんっ! やだ、お化けやだぁっ!」
「カチカク……? って! あんっの馬鹿親父! だからせめてもっと役立つ言葉教えろっつったんだ!!」
わあわあと、騒ぐ私たちに気付いた侍女さんたちが様子を見に来てくれるまで、部屋の中はちょっとした混乱状態だった。
大☆混☆乱
ちっこい子どもにろくでもない遊びを教える父¯\_༼•́͜ʖ•̀༽_/¯ヤレヤレ
ポーギーは田舎生まれ孤児育ちの、作中でも上位の雑草魂溢れる女の子です。(生い立ちで張り合えそうなレミは女子高生時代の記憶あるし)
夏の田舎の夜って独特の空気感がありますよね。虫もカエルもやばいし。でも蛍が見れたりして、私は好きです。
次話からは新しい人物(おばけ?)との絡みがスタートです〜。





