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81.大天使ステラちゃん、想像と創造

「ワンダー侯爵令嬢様は、ステラお嬢様とはどういった出会いをされたんですか?」

「あらあら? お聞きになっていないのかしら」


 アリスはダニーのことを聞きたがっていたけれど、ポーギーはそれとは違った切り口で質問をしたみたい。

 アリスはポーギーをきょとんとして見返してる。

 続けて、「実はまだお聞きしておらず……」って言うポーギーに、アリスはパアっと、輝くような笑顔になった。


「あらあら、まあまあ! そうですの! それではわたくしが、わたくしとステラの出会いの物語を教えてあげますことよっ!?」

「ありがとう存じます、ワンダー侯爵令嬢様」

「よよ、よろしくてよ!?」


 ポーギーは使用人さんだ。

 丁寧なお言葉遣いでぺこりと頭を下げたポーギーに、アリスはドギマギしながらも、なんだかすごく嬉しそうにソワソワしてる。


 もしかしたらアリスは、サーカスで私とアリスが仲良くなったときのお話を、誰かに話したかったのかもしれない。

 サーカスでの出来事は、私もパパとママにたくさんお話を聞いてもらったくらい、新鮮な驚きでいっぱいだった。


 満面の笑顔になったアリスが、ポーギーの手を引いて、私たちにもこっちこっちって声をかけてくれる。

 アリスが向かったのは、床に座って囲める背の低いテーブルのところだ。


 さっそく床に座ったアリスは、テーブルに備え付けるように置いてあった籠から慣れた様子で何枚かの用紙と色鉛筆を取り出した。

 アリスは、テーブルの上、大きく広げた用紙に上体を乗り上げるように前のめりになって、絵を描きながらサーカスであった出来事を教えてくれたんだ。



 = = =



 おやまを こえて たにを こえ また もうひとつ やまを こえたころ

 そこには おおきな テントが ありました


 おひさまの ひかりが さんさん

 テントの なかには ふしぎな ものどもが いっぱい います


 あかのひとは いいました

 〝アンタも こっちにおいで〟

 あおのひとは いいました

 〝おまえなんて しらない〟


 テントの なかには まよいこんだ おんなのこが ひとり

 けだかく うつくしい おんなのこは アリスと いいました


 アリスは テントで ひとりぼっち

 あおのひとは アリスを しらんぷり



 おひさまが だいだいいろに なったころ テントに だれかが やってきます

 ちいさくて かわいい おんなのこ

 くろくて もっと ちいさい おんなのこ


 かわいい おんなのこは ステラと いいました

 ステラは いいました

 〝おともだちに なろう!〟

 くろいおんなのこは ジュニアと いいました

 ジュニアは いいました

 〝だあ!〟 


 アリスと ステラと ジュニアは おともだちです

 アリスは もう ひとりぼっちじゃ ありません



 = = =



 アリスが床にぺたんと座っていると、ゆるくウェーブがかった赤い髪が床に広がって、赤い布が波打つ綺麗なドレスを着てるみたい。

 まるでお姫様みたいなアリスが色鉛筆で絵にしながら語ってくれるお話に、私たちは自然と聞き入ってしまっていたの。



 = = =



 おつきさまが かおを だすと あかいひとは いいました

 〝まちへ わるいことを しにいこう〟

 あおいひとは いいました

 〝おまえには どうせわからない〟


 よるに なって テントの なかの ものどもは

 わるい かいぶつに なってしまいました


 けだかく うつくしい アリスは ふるえてばかり

 ちいさい ジュニアは なにが おきているか わかりません


 かわいい ステラだけは アリスと ジュニアの まえに たって

 わるい かいぶつに たちむかいます 


 あおいかいぶつが ステラを のみこもうと おおきな くちを あけました

 ステラは それでも かいぶつに なった あおいひとを しんじていました


 〝まちなさい!〟


 おおきなこえがして テントに きしが やってきました

 わるいかいぶつを つかまえに きたのです


 あかいかいぶつが つかまって

 あおいかいぶつが つかまります


 なんとステラは たすけを よんでいたのです

 ステラが やってきた きしに おれいを いいます


 〝ありがとう〟

 〝だけどわたしは こちらの みかたよ〟




 = = =



 アリスのお話は、私が覚えているのとは違ったところも、たくさんあるみたいだった。

 だけど、そんなことが気にならないくらい、ワクワクして、どんどん引き込まれていっちゃうんだ。


 本当にあった出来事から素敵で壮大な物語まで、アリスの語り聞かせてくれるお話には切れ目が無くって、私たちはそんなアリスが語り聞かせてくれるお話と絵の中の世界に夢中になっていった。

 赤と青の怪物さんは〝ステラ〟の説得と〝アリス〟の魔法の力で人の姿に戻って、それから〝ジュニア〟は言葉を取り戻したの。


 騎士を従えて旅を始めた三人は、ジュニアのお兄ちゃんを探す旅に出た。

 だけど、薔薇と雪が舞う妖精の国で見つけたジュニアのお兄ちゃんは、黒と赤銅色の二人に分かれちゃっていたんだ。


 アリスの魔法の力はすごいし、そこに隠されている出生の秘密っていうのも気になっちゃう。

 途中、ダニーやポーギーやレミが旅の仲間に加わってきたのもすごくびっくりしてドキドキしたし、妖精の国で思わせぶりに語りかけてきた〝黒薔薇の君〟が果たして敵なのか味方なのか、まだ何も分からないままだ。


 少しずつ言葉を取り戻していくジュニアの確信めいた言葉の一つ一つが物語を次の展開に導いていく中で、旅のお供の騎士の一人がステラと一緒に姿を消した。

 ───パパが私たちを迎えに来たのは、そんな、これからどうなるんだろうってお話が最高潮に盛り上がっている時だった。


「続きのお話も、次に会った時には必ず聞かせてねっ」

「分かったわ、約束よ」


 私がお願いすると、アリスはしっかり頷いてくれる。

 それから、アリスは私を自分の胴体からベリべりって引き剥がした。


 私はまたアリスにしがみついちゃってたみたい。

 アリスは柔らかくって良い匂いがするから、この間アリスを引き留めて以来、私はついアリスにしがみついちゃう癖がついちゃったみたいなんだ。

 そんな私をべりべりするのを手伝いながら、ポーギーとレミもアリスに笑いかける。


「とっても素敵なお話でした。ありがとうございました、アリス様。良ければまた続きを聞かせてください」

「才能よねぇ」


 二人ともアリスとすっかり打ち解けて、ポーギーもアリスのこと『アリス様』って呼ぶようになった。

 ダニーもそんな二人に同意するみたいにうんうんって頷く。


「絵本の作家さんとかになんねえのか?」


 ダニーはそう言ってから、慌てて言葉遣いを直して「ならないんですか」って言い直す。

 アリスはそれに驚いたように目を見開くと、それからすぐ堰を切ったように笑い始めた。

 突然のことに驚くダニーの隣、ポーギーが呆れるようにお顔を曇らせて、ダニーの横腹を肘で何回か突いた。


 アハハハ、ケタケタって、声を出して笑うアリスは笑いすぎてついにお腹を抱えちゃってる。

 ポカンとしてアリスを見ていたダニーは、しばらく笑い続けるアリスを見ていたけれど、「あっ」って、何かに気付いたみたいで途中から気まずそうなお顔になった。


 笑っているアリスは、なんだかこれまで知っていたアリスとも違った素の姿でいるみたい。

 その姿は、なんだか私よりちっちゃな子どもが笑ってるみたいにも見えた。


 笑いすぎたのか最後少しだけ苦しそうに息をしたアリスは、息を落ち着けるように下を向いたまま、ダニーに明るいお声でお返事をした。

 

「─────わたくしは、絵本の作家さんにはなりませんわ。侯爵令嬢でございますもの」


 言いながら、ゆっくりと背筋を伸ばし直すアリスは、元のいつものアリスに戻っていく。

 お嬢様らしくって、頑張り屋さんな、いつものアリス。

 さっきまでお腹を抱えていた両手は、今は腰元で品よく重ねられ、揃えた両足と、伸びた背が豪華な服装とよく似合ってる。


 顔を上げ、笑いすぎて目尻にたまった涙を軽く指で拭う仕草もお上品で、凛と張りのあるいつもの声で明るく言ったアリスを、私は格好いいなって思ったんだ。

 ここにいる侯爵令嬢のアリスは、魔法の力を使わないけど、だけどやっぱり〝けだかくうつくしいアリス〟に違いないねって、私は思う。


 私は、アリスのことがやっぱり大好きだなって思って、またしっかり助走をつけ、もう一度アリスを羽交い締めにした。

 飛びついてくる私を引きつったお顔で受け止めたアリスは「ゲフッ」って言う。

 だけど、小さくフフって笑ってきゅっと抱き返してくれて、さっきよりも少しだけ長めに耐えてから、やっぱり最後は耐え切れずに膝を震わせながら、みんなに助けを求めて私を引き剥がしたんだ。





「また来るね!」

「絶対ですわよ!」

「うん!」


 みんなで玄関に向かい、アリスとはいよいよお別れの時間だ。

 侯爵様が、パパや私たちみんなは表の玄関から出たらいいよって言ってくれたから、広くて大きいお屋敷の中を、来たとき通った広くて大きな廊下とは別の、さらに広くて大きな廊下を通って玄関に向かう。


 一緒に来たお店のみんなは、お品物を見せ終わってすぐにお品物を持ってお店に帰ったんだって。

 お店の馬車も全部帰してしまったから、パパや私たちは侯爵様が呼んでくれた馬車でこのままお家まで帰るんだ。


 玄関までは、私たちをお見送りしてくれるアリスも一緒に移動した。

 私とダニーとポーギーが豪華な廊下にまた目を奪われている間、すっかりアリスと打ち解けたレミはアリスのところに行って、二人で色々とお話しをしているみたいだった。


『物語は素敵……でも空想……ほどほどに……』

『ダニー……ステラが……』

『……叔父さん……』


 お話の内容はこしょこしょで聞こえなかったけど、レミがアリスにいくつかアドバイスをしてあげてたみたい。

 レミは物知りさんだし、みんなの色んな未来を知っているから、アリスにもきっと気を付けたほうがいいことなんかを教えてあげていたんだねって思う。

 レミは、今日来ることになったときにもアリスと初対面をしたときにも何かを心配していたみたいだったから、アリスと会ってそれが解決していたらいいなって思った。

 

 エントランスホールっていう、お出迎えやお見送りをするための広いお部屋に着くと、アリスが侍女さんと一緒にバイバイって手を振ってお見送りしてくれる。

 玄関扉をくぐればもう外だ。


 パパや私たちは、アリスに振り返ってバイバイしながら、大きな大きな玄関扉を開いてもらい、ゆっくりとくぐった。

 日の落ちかけたお外には、玄関から続く階段とスロープの先に馬車が待ってくれていて、侯爵様が御者さんに玄関先まで馬車を回しておいてもらえるように頼んでくれていたみたいだ。


 最後まで見送ってくれるアリスにもう一度バイバイをして、私がパパと御者さんに手伝ってもらって馬車に乗り込もうとした時だった。


「ジャレット商会様、すみませんが少々お待ちいただけますか」

「はい」


 不意に声がかかって、パパがそちらを見ると、エントランスホールの奥からこちらへやってくる人影があった。

 若い男の人で、たしか、侯爵様のそばに控えていた侍従さんのうちの一人だ。


 侍従さんは途中追い越す形になるアリスのそばで止まって一礼すると、それから私たちのいる馬車のところまでやって来てくれた。


「つい先ほど、旦那様が国からの書状をお受け取りになりました。内容は、近く城で行われる裁判へ出席するように、とのことです。これに貴方がたも伴いたいと、旦那様より言付かっております」

「……承知いたしました。ご同行させていただきます」

「ありがとうございます。改めて詳細を中で───」


 私は、頭上で交わされる侍従さんとパパのお話を、お口を開けて見上げて聞いてた。

 裁判って、どこかで聞いたことがある気がする言葉だけれど、なんだったかねえ。


想像力豊かなアリスちゃんの、小さい頃からの夢は〝うつくしくけだかいおひめさま〟。

侯爵令嬢たらんとする健気な九歳。

偉いんだぁ

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