79.大天使ステラちゃん、広くて大きい
ご旅行から帰って来て数週間。
今日は、アリスの王都のほうのお家に、パパと一緒に行く日だ。
アリスのパパのワンダー侯爵様は、あれから約束どおり、お買い物の注文をパパのお店に正式にしてくれたの。
私たちより数日長く別荘にいたらしいアリスたちも、もう王都近くのお屋敷に帰って来てる。
ワンダー侯爵様はちゃんとお使いの人に『娘さんもご一緒に』ってご伝言を持たせてくれたから、私もパパが侯爵様に会いに行くのについてっていいんだ。
パパは私が預かってきたお手紙を読んでから、急いで侯爵様のお買い物のご準備をしたみたい。
パパは最近また一段と忙しいみたいで、ご旅行に一緒に行けなかったのも国の軍部っていうところからのお取り寄せの依頼があったりして、店長さんのパパが行かなくちゃいけなかったからなんだって。
パパのお仕事が忙しくなると私はパパとあんまり一緒にいられなくなっちゃうんだけれど、今日行く侯爵様のお買い物は私も一緒に行けるし、アリスにもまた会えるから、良いことなんだ。
何より、ご注文がたくさん来ると、パパがイキイキ、すごく嬉しそうになる。
今日までのご準備期間、とってもいい笑顔でニコニコしながら忙しい忙しいって言ってビュンビュン走り回るパパを、ママは「あらあら」って言いながら嬉しそうに見てた。
うんうん、とっても良いことだ。
偉い人のお買い物は、先にお使いの人や家令の人がお店にやってきて、『こういうのが必要なんだよ』っていう一覧表をくれるんだって。
それから、お店でそれならこれがオススメだぞと思うイチオシの商品を馬車に載せて、そうして偉い人のお家までそれを見せに行くんだ。
侯爵様は偉い人の中でも特別に偉い人だから、今日は商品をいっぱいに詰め込んだ馬車がたくさんで侯爵様のお屋敷に向かう。
先頭の馬車には店長さんであるパパが乗り込んで、それに続く馬車にも、商品の専門的な説明ができるような頼りになる従業員さんたちが何人も乗り込んだ。
私もそんな馬車の列の後ろの方の一台に乗り込むと、馬車はゴトゴト、街中の大通りを移動し始めた。
今日は私がアリスと遊ぶのもご予定に入っているから、私のサポート役としてダニーとポーギーも目一杯おめかしして、ご一緒の馬車に乗ってる。
私も今日は特別なワンピースだ。
今日ももちろんチャーリーが選んでくれたやつだけれど、選んだのは私のクローゼットの中からじゃなくって、パパのお店で最近売り出し中の、新しい子ども服のシリーズの中から。
今日着ている布がたくさん使われたワンピースも、質のいい糸や布で有名な隣国とお取引をして仕入れた素材で作ったもの。
その裾に、小さく磨かれ加工された色とりどりのガラス玉を糸と一緒に縫い込んであるデザインは、光が当たるとガラスがキラキラしてとっても可愛いんだ。
短いお袖はこの季節にピッタリで動きやすくって、女性使用人さんのレイチェルが選んでくれた、透けてるみたいに薄い布でできてるワンピースとお揃いの淡い色彩の大きなリボンが、動くたびにひらひら舞うのがちょうちょさんみたい。
パパのお店までついてきてくれて、馬車が発車するまでお見送りをしてくれたチャーリーも、何回も今日のワンピースとおリボンが似合っていて可愛いねって褒めてくれた。
ちなみに、今日はチャーリーはお留守番なんだ。
偉い人のお家にお邪魔するのに、商人が護衛を連れて行くと失礼になっちゃうからだって。
長旅なら移動中の荷物の警備をしなきゃだから護衛の人もついてって大丈夫なんだけれど、ワンダー侯爵様のお家は商会からすごく離れているわけじゃないから、今日は一緒にはいけないんだ。
ご旅行で離れ離れの時間が長かったからか、私はチャーリーがいないお出かけも一日くらいならへっちゃらになった。
その代わり、というわけじゃないけれど、今日はレミが一緒に来てくれてる。
今日アリスと遊びに行こうよってお誘いについて来てくれたレミは、今は同じ馬車の中、私の隣でやっぱりパパの商会の新作のワンピースを着て座ってる。
だけど、今日のレミはレミらしくない様子で、どこか心細げにも見えた。
「私、来ちゃってよかったのかしら……? だって、関係ないじゃない? こうやって着飾らせてくれたのはとっても嬉しいんだけど、平民どころか、私ただの孤児よ?」
不安そうに言うレミに、私は笑って返す。
「きっと大丈夫だよぅ。家令さんがね、確認してくれて、大丈夫ってなったみたい」
「そ、そうなの!? うわあ、すでにご貴族様の使用人さんのお手を煩わせてたのね……、恐れ多いわ……」
「うふふ、レミったら、お姉さんみたいなお話の仕方だ」
元々、ダニーとポーギーを連れて行くのをパパが確認してくれていて、その時にワンダー侯爵様がお友達を連れてきても構わないよって言ってくれたんだ。
だから、私は他にもお友達を誘いたいなって思った。
なんだか、そうした方がいいって、そんな気もしたから。
ご旅行から帰ってきてからも、アリスのことを考えると時々、雷の光が体の中を駆け巡ったときに似た感じがすることがあった。
その時はぼんやりとだけど、“こうしたほうがいいよ”って誰かに教えてもらってるみたいな感じがするんだ。
私はなるべくたくさんお友達を誘ってアリスのお家に行こうって、そう思ったんだけれど、結局当日になって来られたのはダニーとポーギー以外にはレミだけだった。
この間まで一緒だったマルクスはご旅行ではしゃぎすぎたのかお熱が出ちゃっているそうで会えなかったし、ルイは何かお家で大発見があったとかどうとかって言ってて、それどころじゃないんだって。
もちろんミシェルも誘いに行ったんだけれど、ミシェルはママさんと一緒にご旅行に行っちゃったのか、お家には誰もいなかった。
レミも最初はご貴族様のお嬢様のところに行くんだよって聞いて行かないよって言っていたんだけれど、私が、お熱で来れないマルクスの分までアリスと楽しく遊びたいこと、楽しく遊ぶためにはお友達たくさんで行ったほうがいい気がすることを伝えると、何か考えたあと、渋々だけど一緒に行くって決めてくれた。
私が雷の光と、それがきっかけでそう思うようになったことを言ったら、レミは長い間何かを考えてたみたいだった。
私がご旅行から帰ってきたあの日から、レミは私に秘密のお話をしてくれるようになった。
今も、私の隣に座ったレミは、グーにした手をお口に当てながら、こしょこしょのお話し声で秘密のお話だろう何かを呟いてる。
「これから行くのは、ワンダー侯爵様のお屋敷だっけ? 学ヒロキャラに侯爵家の人なんていたかなあ……? うーん、思い出せない。てか、そもそもゲーム関係ないかもだしなー。うーあーでも、ステラのゲームキャラ遭遇率、えぐいしなぁ」
「?」
「ああ、ステラは気にしなくていいのよ。隣で一人ブツブツと、ごめんなさいね」
「ううん、分かんないけどねえ、私、レミのお話聞くの好きだよぅ」
「ステラ……っ!」
レミは物知りさんで、色々と考えてくれていて、だけどそんなレミの考え事や、してくれるお話は私には難しくって、全部をちゃんとは分からない。
あれからレミには色々なお話を聞かせてもらったけれど、そのお話によると、レミはこれから起こるかもしれないいくつかの出来事を知っているんだって。
それは何か、レミがもっとお姉さんだったことがあって、その時に好きだった、うんっと、『おとめげーむ』っていう物語? そういうののお話に、私の知ってるお友達のみんなが出て来てて……? あれ、えっと、なんだっけ。
たしか、レミは、お話に出てくるみんなと私の知ってるみんなが、お名前とか、お家のこととか、それ以外にもたくさんがすごくよく似ているから、だから似たような出来事が起きちゃうんじゃないかなって心配してくれているんだったと思う。
それを聞いて、私もレミがあの日マルクスやアーマッドにそのことを教えてあげたいって、一生懸命に言ってくれてた理由が分かった気がした。
しばらくワンダー侯爵様のことで悩んでいた様子のレミだったけれど、諦めたみたいに一つ軽い息を吐く。
それから、私を覗き込むみたいにしてお顔を寄せてくると、口を尖らせて小声で言った。
「まー、関係ないかもね。結局、アーマッドのことも杞憂だったし」
「きゆう?」
「心配しすぎってこと」
「へええ、レミはやっぱり物知りさんだねえ、すごいんだ!」
レミは本当に物知りさんなんだ。
私の知らない言葉も、たくさん知ってる。
大人の人みたいに難しいことをたくさん考えていて、それを私に分かるように説明してくれるのがお上手なレミのことが、私は大好きだ。
あの日から、私は前にも増してレミのことをすごいなあって思うことが増えた。
お話を聞くたび、大人の人みたいに私に私の知らないお話をしてくれるレミはすごいなって、私は思うんだ。
それに、レミが言う『おとめげーむ』とか『がくひろ』ってお言葉は、知らないはずなのに、だけど聞くと心がムズムズして、レミにお話をしてもらうたびに胸がふわっと、なぜだか懐かしい感じがする。
それがどうしてか分からないけれど、私は、私の知ってるみんなとよく似た『がくひろ』の人たちが活躍するお話を、レミに教えてもらうのが最近の一番のお気に入りの時間だった。
あの日の次の日から、私はもっとお話聞かせてほしいって毎日孤児院のレミのところに突撃して行ってたの。
そんな私に、レミはなんだから照れくさそうにしながらも、物語の中のダニーやポーギー、マルクス、ルイ、チャーリー、それにこの国の第二王子様によく似た登場人物たちの活躍するお話を私にだけ、こしょこしょ、内緒で、たくさん聞かせてくれた。
『私の知ってるのと、全然変わっちゃってる人もいるの。だからゲームとこの世界は私が思ってるのとは違って、全く関係ないのかもしれない。……だけど、もしかしたら、変えられるってだけで、放っておいたらやっぱり悲しい出来事が起きるのかもしれないじゃない?』
レミは苦笑いしながらそう言ってた。
もしかしたら変な事を言ってる子だって思われちゃうかもしれないけど、レミは、レミが知っててどうにかできるかもしれない範囲のことだけでも、動かなきゃって思うんだって。
レミって優しいなって、私は思う。
レミってなんだか、私の知ってる誰かに似てるみたいって。
それが誰だったかは思い出せないんだけど、私はやっぱりその誰かのこともずっとずっと大好きだった気がするから、だから私はそんなレミのお手伝いをするねって、もう一度改めて言ったんだ。
あの日レミが心配していたことはアーマッドには起きなかったみたいだけれど、私もレミが言うみたいに、それが“きゆう”だったなら、それはそれでいいんだって思うから。
あの日再会できたアーマッドは、ジュニアと一緒に、ジャレット商会で働く従業員さんのための寮ってところで暮らし始めたんだって言ってた。
寮っていうのは、お食事もお風呂なんかも共用で、守らなきゃいけない規則も多いみたいなんだけれど、アーマッドによると『何かと世話焼きな大人に囲まれる生活も悪くないかもな』だって。
あの時アーマッドは、私が帰って来たって知った使用人さんが呼んで来てくれたみたいだったんだけど、もうパパとのお顔合わせは済んでいて、新商品のカメラっていうのの広告塔のお仕事をすることが決まったんだよって言ってた。
働いたらその分のお給料も出るからって、今はひとまず生活の場を整えながら、これからどんな風にお仕事をしていくのか、商会の人たちと相談しながら決めていくみたい。
移動やアーマッドの不在の間、ジュニアは他の人に預けられることが多くなっちゃったらしくって毎日「だあっ!」って、文句タラタラなんだって。
そう話すアーマッドは口をへの字にしながらも器用に笑ってて、私はジュニアも王都やこれからの生活を気に入ってくれたらいいなって思う。
だって、パパのお店もこの街も、私の大好きな場所だから。
アーマッドもジュニアも、二人が気に入って、帰ってきてくれる場所になったらいいなって思うんだ。
レミとお話をしたりそんなことを考えている間に、馬車の列は間もなく、アリスのお家であるワンダー侯爵様のお屋敷に到着した。
◇ ◇ ◇
「なんか、そんな気はしてたのよ…………」
真っ白に、ぐったりとなってそう言うレミを、隣に立つ私はどうしちゃったのかなって思って眺めた。
レミは色々なことを知っている分、きっと『気疲れ』っていうのをしやすいんだねって思う。
「大丈夫よ、ステラ……。そう、ステラが会わせたかった新しいお友達っていうのは、“アリス・ワンダー”侯爵令嬢様だったのね……」
「うん、そうだよぅ!」
「フフフ……、なんで私、ワンダー侯爵様のお名前で気付けなかったのかしら………」
レミは一人で小さく呟きながら、くつくつと笑った。
なんだろう、レミは『これもお約束ってやつ……? なんだかようやくこの世界のルールが分かってきた気がするわ』とか『私はつまり、そういう役回りって、コト……?』なんて言ってる。
レミがしてるのは、もしかしたら前にルイが言ってた“哲学”のお話なのかもしれない。
レミはやっぱりすごいや。
ワンダー侯爵様のお屋敷についた私は、商品の搬入っていうのをするために残った従業員さんとは別に、パパと、レミと、ダニーとポーギーと一緒に、ワンダー侯爵様へご挨拶に行くためにお屋敷の中へと入った。
広くて大きな門をくぐって、広くて大きなお庭を抜けて、その先の、“御用商人”さんが使う扉に案内された私たちは、やっぱり広くて大きな廊下を通って、ピカピカ豪華なお部屋に通された。
侯爵様のお屋敷は、なにもかもが大きくて、ピカピカで、パパ以外のみんなと一緒に「「「ふわあ〜」」」って、お口も目も大きく開いて、壁や天井を見回しちゃう。
そうして案内されたお部屋で少しの間待っていると、お部屋のドアがノックされ、ワンダー侯爵様がやってきてくれた。
お部屋に入ってくる侯爵様に、家令さんから言われたとおりに頭を下げて身を低くしていた私たちは、侯爵様から許可をもらってお顔を上げる。
そうして見てみれば、侯爵様の後ろにはアリスもいて、アリスはそわそわ嬉しそうにこちらを見ながらも、お口を意識的にきゅっと噤んで、お嬢様らしくちょこんとおすまし顔をしてた。
パパは侯爵様に向かって改めて頭を下げると、今日の御礼とご挨拶の口上を始める。
そんなパパの後ろ、アリスを見るなり哲学のお話を始めたレミの横で、私はアリスに向かってまた会えて嬉しいなってお気持ちを込めてニパッって笑って見せた。
それに気付いたアリスも、おすまし顔がはにかみ笑顔に変わる。
あ、腰のあたりで両手を小さく振ってくれてるねぇ! 私も手を振り返そうっと。
「───さてさてジャレットくん、それくらいにしておこう。今日はこちらが御礼をしたくて呼んだんだよ。堅苦しい挨拶は抜きにして、さっそく君のところの品物を見せておくれ。なるべくたくさんがいい。そうだな、まずは娘のドレスから見せてくれたまえ。それが終われば、残り予定していた調度品なんかの購入は、家令に任せてしまうからさ」
「承知いたしました」
私たちの様子に気が付いてくれたのか、侯爵様はパパの口上を制止すると、さっそくお買い物を始めようって言ってくれた。
パパがそれにかしこまって答えると、お部屋にはすぐにたくさんのドレスが運び込まれてくる。
「ステラ! ね、一緒にドレスを見ましょう!」
「うん! あのね、アリスにきっと似合うねって、パパと言っていたドレスもあるんだよぅ」
「そうなのね、ねえっ、お父様! もうステラのところへ行ってもいいでしょう!?」
「ああ、構わないから、もう少し落ち着きなさいアリス。せっかく上手になってきたレィデイの言葉遣いも乱れてしまっているよ」
「あ! はあい、お淑やかにいたしますわっ」
パッと、嬉しそうに笑顔になったアリスが、私のところに駆けてきてくれる。
侯爵様はそんなアリスを見てやれやれってお顔で笑ったあと、私を見てくれていたパパと目が合うと、何かお互い分かり合ったみたいにウンウン頷き合ってた。
今日のアリスは、侯爵家のご令嬢として、きちんとご挨拶を済ませられれば後は自由に私と遊んでいていいってワンダー侯爵様とお約束をしていたんだって。
アリスは本当に私と再会するのを楽しみにしてくれていたみたいで、『ステラの父君とお父様がご挨拶する間、がんばって我慢してたんですのよ!』って、後で教えてくれた。
「あのねアリス、今日は一緒にレミもいるのよぅ。それに、ダニーとポーギーも」
「ふうん……?」
私を引っ張ってドレスのところまで行くアリスに、私は今日一緒にやって来たレミと、ダニーとポーギーを紹介する。
三人は緊張したご様子で、そんな三人にアリスは視線をスイと向けると、少しだけ何かを考えたあと腰に手を当て胸を張り、「よろしくてよっ!」と元気に言った。
「ステラのお友達でしょう? それなら、特別に一緒に遊んであげますわ!」
フフーンって、顎を上げ、目を閉じた自信満々のお顔だったアリスは、それから三秒と経たずにチラッと片目を細く開けて三人の反応を確認する。
そんなアリスに三人はキョトンと見返した。
アリスは、お嬢様らしくしようっていつも頑張っているけれど、まだ自信が持てないときもあるみたいなんだ。
アリスのそんな部分に気が付いたレミやダニーやポーギーも、なんだか緊張が解けたみたいでふわっと笑った。
アリスは慌てて一層高く顎を上げてフフーンのお顔をし直したけれど、みんなはもうそんなアリスに緊張することはなくなってる。
アリスもみんなも、とっても優しいお友達同士だから、今日はきっとみんな仲良くなれるって、そう思うんだ。
ステラパパ「(娘かわいい)」
アリスパパ「(娘かわいい)」
そして通じ合う、娘持ちの父たちの心。





