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76.大天使ステラちゃん、おしゃべりしかばね

新章突入です!

 こんにちは、私の名前はステラ。ステラ・ジャレット。

 私はステラで、ステラなのよ。


「はっ、放してくださいませ!」

「…………」

「やめて、ちょっとっ! 離れてくださいませってばっ」

「…………」

「ね、ねえ、そこあなたたちも見てるだけでなくて、助けてくださいませんこと!?」

「…………私ステラっていうの………」

「知ってますわあ!? ステラあなたさっきからどうしたんですの!? いったん、離れてくださいませんこと!? キャア!?」

「ステラ………なのよ………」

「うええ、ステラが引っつきお化けになっちゃいましたわぁ……、やだぁ……」


 お外では雷がゴロゴロぴしゃん。

 雨がすっごくザーザーで、アリスをお迎えに来た馬車の人も、今はすぐに出発できないからって外にあるお馬さんたちのお家の屋根の下に避難してる。


 マルクスのおばあちゃんによると、この町は山に囲まれていることもあって、暑い季節にはたまにこうして“にわか雨”っていう短い時間だけの強い雨が降ることがあるんだって。

 そういえばマルクスとイソシギとアーマッドとお山に登ったときも雨が降ったねって、朦朧としてる頭の隅で思い出した。


 まだお昼前なのに空を覆った灰色の雲のせいで室内は薄暗くて、チカリと不意のタイミングで稲光が部屋の中を照らす。

 

「…………私ステラっていうの………」

「なあにぃ……本当になにぃ……」

 

 瞼が落ち、ぼーっと遠のいていく意識の中、私はついにお鼻をすすり始めちゃったアリスの声を近くに聞いていた。




 滞在最終日、マルクスのおばあちゃんのお家でのお泊り会から一夜明け、翌日の朝にはもうヘイデンとイソシギ、それから門番のヒノサダは王都のほうへ帰って行った。

 アーマッドとジュニアも、ヘイデンたちと一緒の馬車で戻って、先にパパにご挨拶したりするんだよって言って行っちゃった。


 残ったのは私とチャーリーと女性使用人さんのレイチェルで、このあと、今日のうちにマルクスと一緒にこの町を出発して帰ることになっているの。

 だけどその前に、お友達になったアリスとはここでお別れだから、アリスのお迎えの人が来るまでの間お庭で遊ぼうって言って、お外でアリスと二人で遊んでいたのよ。


 急にお空の雲行きが怪しくなってきたのは、もうすぐお迎えの約束の時間になるってときだった。

 お空は朝から雲が多かったのだけれど、おっきな雲の塊が私たちの上まで流れてくると、ついにゴロ……ゴロ……って、雷の音がしてきたの。


 しゃがんで小さなお花を見ていた私たちに、遠くでおばあちゃんが、天気が崩れてきたからお家に入ってって呼びかけてくれる。

 もうすぐ約束のお時間だし、お家の中に戻ろうかって私が言うより前に、アリスが立ち上がりかけた私の服の袖口をきゅっと摘んで言った。


『………ステラ。ステラとわたくしは身分が違いますわ。わたくしが家へ帰れば、きっともう会えないんでございますことよ。ですけど、わたくし、ステラにはわたくしの名前も、家名も、ちゃんと覚えていてほしいんですわ』


 アリスの何かを決心したような言葉に、私はアリスの目を正面から見て背筋を伸ばし、笑顔で言った。


『私はステラよ、ステラ・ジャレットっていうの!』

『まあ! ジャレットっていったら()()!……そう、そうなの。ふふ、嬉しいわステラ、ご挨拶ありがとう』


 私のお名前に少しだけ驚いた顔をしたあと、アリスは柔らかく微笑んで、それから『わたくしも、返礼させていただきますわ』と言う。

 アリスはスッと立ち上がると足をちょんと揃え、お人形さんみたいにお上品な笑顔を浮かべてお嬢様の“カーテシー”をして見せてくれた。


『わたくしはアリスと申します。ワンダー侯爵が娘、()()()()()()()()。それが、わたくしの名前ですわ』


 アリスがそう言い終わったその瞬間、ピシャン! って、私の背後で雷が落ちた。

 私は、目を見開き固まる。


 パッと、周囲がひときわ眩しく光ったと思うのと同時、耳から聞こえてきたアリスの名前の響きと、落雷の発光と、それから何か分からない衝撃が体を走り抜けた。

 私はアリスを見つめたまま、動けなかったんだ。


 光から遅れて少し、ゴゴゴゴって、先ほど雷が同じ地平線に落ちたためか、地面が伝ってきた振動に揺れる。

 だけど、私はそれすら気にする余裕も無いくらい、ただ衝動にかられ、一体どうしたらいいのかも分からないまま、急き立てられるようにすぐさまそれを行動に移していた。


『え!?』

『ステラ!?』


 びっくりしたみたいな声はアリスのだったのか、それともすぐに戻ってこない私たちを迎えに来ていたおばあちゃんのものだったのか。

 ドサッと、草の地面の上に落ちる、二人分の体重の音がした。


 私は、ただ我武者羅に、何も見えない、聞こえない。

 ただ今はそうしなきゃって衝動のままに、アリスの胴体に腕も足も力強く抱き着いて、ひっしとしがみついて放さないでいたの。




 

 ゴロゴロぴしゃんでザーザーになった雨を背景に聞きながら、私たちはみんなおばあちゃんの家の中に移動していた。

 私は移動する間もアリスにしがみついたままで、おばあちゃんにアリスごと運んでもらったんだと思う。


「ね、ねえステラ。雷に驚いたのよね? 分かるわ、わたくしも驚いたもの。けれどわたくし、このままでは一人で立ち上がれもしませんことよ。……ねえ、もう室内に移動したのだし、そろそろお放しくださらないかしら?」

「……私………ステラ……、アリス………放す……だめ………」

「す、ステラ?」

「私……ステラ……って……いうの………」

「だっ、だめですわあ! ステラがもう、おしゃべりする屍みたいになってますわあ!」

「ちがう……、おしゃべりしかばね……ちがう……、私……ステラ……」


 アリスは涙目になりながらも、何度も私に向かって諭すように話しかけてくれていた。

 だけど今、私はそれどころじゃない。


 とにかく、このままアリスとお別れするのは何かが違うって、なぜだかそう思うから。

 私は、頭の中でガンガンと鳴らされる警鐘に従って、ひたすらにアリスを羽交い締めにし続けたの。



 ───そして、そのまま寝ちゃってた。



 私の名前はステラ。

 ステラ・ジャレット。

 アリスとは一週間前に初めましてをしたばかりで、お友達になったばかりなの。

 だけど、アリスの本当のお名前の、アリス・ワンダーは………。



 どうしてだろう?

 なんで知っている、気がするんだろう?



 アリス・ワンダーは、その子は、だって。

 私、知ってる。

 私じゃない、私…………?

 だって、一人でおうちに帰ったアリス・ワンダーは、だって、だって、これからその子は─────。






 ◇ ◇ ◇






「───それで、雨が止んでも離れないものだから、この状態のままで帰って来た、というわけだね」

「うわあん、おとうさまぁ! ステラが引っ付いたまま、呼んでも摘んでも、撫でてもツンツンしても、起きてくれないのですわあ」

「うーむ、しかしなあ。かといって、無理に引き剥がすわけにもいくまい。話を聞く限り、この子はアリスの恩人じゃないか。それに、お友達になったとさっき教えてくれただろう? サーカスで二人が一緒にトレヴィア~ンなパフオゥマンスをしているのを、僕もこの目でしかと見たとも!」

「そ、そうですわぁ。ステラはわたくしの恩人で、お友達ですわぁ。でもっ、でもっ、しがみついたまま寝ちゃうのは! 違うとっ、思うんでっ、ございますことよっ! うわあん!」

「うーむ」


 私は、なんだかいい匂いがする気がして、ゆっくりと目を開けた。

 アリスの声と、知らない男の人の声がする。


 視界にゆるく流れる綺麗な赤色が見えて、これはアリスの髪の色だねって思う。

 私がもぞもぞっと顔を上げると、『あ!』ってお顔のアリスと目が合った。


「あ〜! やあっと起きましたわぁ!」

「? おはよ……ぅむにぁ」

「起きて状況が分からなくても、すぐにご挨拶できるステラは偉いですわぁ」


 涙目のアリスが「おはようございますですわぁ」とお返事をしてくれる。

 そのお顔はなんだかやたらと至近距離にあって、私は眠る前に何をしていたんだったかなぁと、まだ寝ぼけたまんまの頭で考えた。


 まだ眠たくて、目の前の布に一度ぐりぐりと顔を擦り付けてから、ぐるりと周囲を見回した。

 えっと、ここは。


「知らなぁい……」

「そうですわねぇ、我が家の別荘を、ステラは知らないですわねぇ。合ってます。合ってますわぁ」

「アリスのおうち?」

「そうでございますわ。ここは、わがワンダー侯爵家の持つ別荘のうちの一つですの。ねえそれよりステラ。そろそろ起きるのがいいとわたくしは思うのですけれど、いかがでございましょうか?」

「?? あのね、私ねえ、起きたよぅ」

「違いますわ」


 私が、まだ眠たい顔をもう一度ぐりぐりと目の前の布に擦り付けると、その布、というかその服を着ているアリスが肺をぐりぐりされて『ぐぅ』と唸った。

 私はぐりぐりしてちゃんとすっきりしたお顔をアリスに見せて、私は起きたよってアリスに教えてあげる。

 

 だけど、アリスが私にしてほしいことは、それじゃなかったみたい。

 アリスはすごく近くで分かっていない私のお顔をじーっと見たあと、ゆっくり、胸が大きく膨らむくらいいっぱいに息を吸った。


「ぅ起き上がりたいからぁ! この抱きついてるのを、放してほしいんですわぁ!」

「わあすごぉい! 大きなお声が出るんだねえ! うふふ」

「ちっがぁうっ!」

「うふふ、揺れて楽しい」

「もおおお!!」


 上等なソファーの上に、仰向けで横になっているアリス。

 アリスが大きくお声を出すたび、アリスのお腹と体が揺れた。


 アリスの上に乗っかる形で羽交い締めに抱き着いている私は、アリスの『も』『お』『お』『お』に合わせて揺れて、それが変な感じで、すごく楽しいんだ。

 私はそっかあと思って、寝る前にあったことを思い出す。

 私はあのまま、アリスを羽交い締めに抱きしめたまんまで、アリスのおうちまで来ちゃっていたんだねえ。


「───やあ、こんにちは。僕も話に参加してもいいかな、レデイ?」

「? こんにちは!」


 ふいに、優しそうな男の人の声がして、私はそちらに顔を向けてご挨拶を返した。

 アリスが下で「どんな状況でもすぐにご挨拶、えらいですわぁ……」って、なんだか放心しながら言ってくれてる。


 アリスはどんなときも私のことを褒めてくれるから、アリスはみんなの良い所を見つけるのが得意なんだねって思う。

 男の人はそんな私たちを微笑まし気に見て、どこかアリスに似てる気がするお上品な笑顔で、続けて言った。

 

「僕はアリスの父で、ワンダーという名前で侯爵をしているよ」

「私ね、私ね、ステラっていうの! ……あっ! えっとねっ、ステラです!」

「よろしくステラ。ご挨拶が上手だね。ああ、敬語は使わなくても大丈夫。娘のお友達なんだろう? 友達の父親に話すようにしておくれ」

「! うん!」


 アリスのパパはアリスと同じで褒めてくれるのがお上手な、優しそうなパパだ。

 口元の、フサッとした羽箒みたいなおひげが素敵。


「その体勢はお気に入りかな?」

「んっと、アリスがやわらかくってねえ、あったかくていい匂いがして、いい感じだよぅ」

「そうか、それはよかった。けれど、せっかく娘のご友人に来ていただけたものだから、張り切ってお茶の準備をさせてしまったんだ。よければだけど、そこの席について一緒におやつでも食べて行かないかい?」

「いいの? ありがとう!」


 嬉しくて、私はバンザイをしてアリスの上からぴょんと飛び上がった。

 アリスが俊敏な動きで私の下から滑り出る。

 ソファーから転げ落ちながらも抜け出たアリスは「や、やりましたわ……」と、息を切らしていた。


 そのあとは、私、アリス、アリスのパパのワンダー侯爵様の三人で、楽しくおやつを食べた。

 ワンダー侯爵様はアリスのことをたくさん私に教えてくれた。


 アリスは今九歳で、お嬢様のお勉強をしているけれど、実はお転婆なこと。

 赤くてゆるくウェーブした髪は今日はお出かけしてるアリスのママに似ていること。

 それから、家出をしてしまっていたけれど、これからちゃんとアリスとワンダー侯爵様はお話をするんだよってこと。


 お話を聞くうちに、私はあのとき雷と一緒に走り抜けた『アリス・ワンダー』のことを、すっかり忘れてしまったみたいだった。

 どうしてあの時、アリスを一人で帰しちゃいけないと思ったのか。

 どうしてそれを私が知っていたのか。

 すっかり忘れちゃったんだ。


 お茶を一杯飲んでから、お土産のお菓子ももらって、私はアリスの別荘のおうちを後にした。

 別れ際、ワンダー侯爵様が、王都に戻ったらパパの商会にたくさん注文をするからねって言ってくれて、注文のときは王都にある侯爵様のおうちに呼ぶから、私もそのとき一緒においでって言ってくれた。


「まあ! まあ! では、王都に戻っても、またステラと会えるんですの!?」


 アリスはワンダー侯爵様に確認するみたいに聞いて、お目目をキラキラさせた。


「ああ、これからは度々、ステラのお家の商会を呼ぶことになるだろうねえ。アリスも欲しいものがあれば頼むといい」

「はいっ!」


 ワンダー侯爵様は優しい笑顔で、嬉しそうなアリスの頭を一度撫でてる。

 私もそれを見ていたら嬉しくなって、いっぱい笑顔になった。


 ワンダー侯爵様は、私たちがアリスの家出先だったサーカスでアリスと一緒にいたり、マルクスのおばあちゃんにサーカスのことを伝えるお手伝いをしたりしたのに感謝をしてくれているみたいで、お礼がしたいって思ってくれてるみたいだった。

 私がジャレット商会の家の子だって分かってからは『これは今後、贔屓にしないとなあ』って言ってくれたりしたんだ。


 帰ったらパパにアリスとワンダー侯爵様のことを教えてあげようって思いながら、私はアリスとワンダー侯爵様と別れて、もう一度マルクスのおばあちゃんのおうちに戻った。

 それから、改めておばあちゃんたちにお礼と、また来るねってご挨拶をして、チャーリーとマルクスと女性使用人さんのレイチェルと一緒に王都に戻る馬車に乗った。


 来たときと同じ、だけど来たときとは違うみんなで、これから何日かかけて帰り道の馬車のご旅行の始まりだ。

 私は帰りの道もすごく楽しみで、でもマルクスのおばあちゃんたちや、サーカスの子どもたちのいるあの町もすっごく好きで、離れがたかった。


 馬車の中、座席に後ろ向きに乗って、離れていく山々を、忘れないようにずっと見てた。

 マルクスがまた来年も来ようって、今度はマルクスのパパとママとも色んなことをしようって言ってくれて、私は来年また暑い季節が来るのが楽しみになる。


 帰り道はすごく順調で、チャーリーやマルクスに、来るときに寄った大きな切り株のテーブルのあるお店のお話を教えてあげたりした。

 帰りにもまた寄れたらいいねって、そんな風にお喋りしながら、私たちはまたゆっくりゆっくり、いつもの日常の待ってる王都に帰って行ったの。


 手には、たくさんのお土産。

 それに、パパにもママにも、使用人さんのみんなにも、白猫のリリーにも、帰ったら教えてあげたいご旅行のお話が、たくさんたくさんあるんだあ。






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『もしもうっかり、攻略対象者たちが乙女ゲームの記憶を思い出したら』

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1561278/blogkey/3278975/


大遅刻ですが、エイプリルフールにちなんだ『もしも』なお話を書き下ろしました。

お楽しみいただけたら嬉しいです♪

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