75.迷いながらも進む騎士のタマゴの場合(マルクス視点④)
ついに明日! 書籍版発売です!! 作者は有休をとってセルフ祝日にします!笑
書籍情報はページ下部からどうぞ。手探りながら、帯付きの書影も貼り付けられました……! がんばった……!
そんな楽しい一週間も一瞬で、サーカスの当日がやってくるのはすぐだった。
大勢のお客さんを前にして、サーカス団の人らの顔は、昨日までともまた違った顔してる。
だって、昨日の晩、ステラがまたやらかしたから。
『今からここに、火をつけようね』
時が止まったみたいだったよ、ホント。
何を言われたか分からなくてポカンとしてる人がほとんど。
その中で同じテーブルにいたテテさんが激昂して、ステラに食って掛かった。
でもやっぱステラは流石でさ、オレには思い付けっこないことだけど、一週間も延ばしたサーカスの準備の時間も、この発言も、全部サーカス団の人らのためだった。
この人らの立場になれないオレらが、外からオレらの正義で言い聞かせるんじゃなくって、ステラはサーカス団の人ら本人に、自分の中で考えて、そんで答えを出してもらおうって思ったんだ。
サーカス団の人らの反応を見て、オレはそんなステラの気持ちが伝わってるのが分かって、なんか泣きそうになるくらい、嬉しかった。
そんでやっぱり、この人らにも幸せになってほしいって思えた。
一晩明けて、いざ本番。
それぞれのステージ衣装を着て、自分の出番を待つサーカス団の人らは、それぞれ、自分の中で出した答えと向き合ってるように見えた。
今日、良い結果を出そうって、そうしたらこれから、自分自身に後ろめたくない生き方ができるかもしれないんだって、そんな不安と、希望を宿した真剣な目をしてる。
本気の目って、オレ好きだ。
たとえ今日失敗したとしても、きっとこの人たちは、簡単には諦めないだろうなって、分かるから。
+ + +
「アーマッドは、サーカスに残らなくてよかったの?」
「ああ」
揺れる馬車の中、声がして、オレは思い出していた今日までの記憶から、今に意識を引き戻した。
馬車の座席の上で足がつかないステラが、揺れに合わせて両足をぶらぶらと遊ばせながらアーマッドに聞いてる。
そんなステラに、なんてことないように簡単に返したアーマッドは、小さなジュニアが転げないように抱き寄せるように対面の座席でジュニアの体を抱き寄せてやっていた。
そうか、アーマッドはサーカスに残らないんだな。
この一週間、アーマッドはサーカス団の人らとの間にあったわだかまりみたいなのがすっきり無くなったみたいだった。
テテさんからも、サーカス団の仲間にって、改めて誘われていたみたいだ。
これからのことを聞くステラに、まだ決めてないけど、この国で妹のジュニアと生きていくって答えてる。
ステラが、無意識に対面の座席に座るアーマッドのほうへ身を乗り出していってるから、オレはそんなステラの体が座席から飛び出さないように、さりげなく腕をステラの前に出してやった。
「どうして?」
「してえことができた」
「そうなんだ! ナイフ投げのお仕事?」
「ちげえ」
二人の会話は気安くて、一度は張りつめて爆発してしまいそうなほど追い詰められていたアーマッドも、今は自然体って感じだ。
アーマッドは興味津々って感じのステラがまだ回答に満足してないのを見て取って、言葉を付け加える。
「……ちげえ、けど、まあ、似たようなもんなのかもな」
「ふうん?」
その言葉の意味はオレにも分からなかったけど、でも、アーマッドがやりたいことを見つけたのはすげえ良いことだ。
オレもなんかアーマッドに聞いとこうかなって思った時、オレより先にステラとアーマッドの会話に参加したのは、意外な人だった。
「あんたたちに、感謝しなきゃいけないね」
言ったのは、ばっちゃんだ。
オレもステラも、アーマッドもびっくりしてばっちゃんを見る。
ガタゴト揺れる馬車の中、ばっちゃんは一度深く呼吸をしてから、もう一度口を開いた。
「あんたたちが動いてくれなきゃ、ここまで丸く収まりはしなかっただろう」
「そうなの?」
「ああ、一週間前のあの日から、何度も、あの時の状況と平時の対応から、どんな結末になっていたかを想定し直したさ」
「?」
キョトンとするステラに、ばっちゃんは小さく笑って、「もう少し荒っぽいことになってただろうってことだよ」と簡単な言い回しで言い直してくれる。
それでもステラは「うーん」と、斜め上を向いて頭を捻り、よく分からないでいるようだった。
「例えば、アーマッドが情報を持ち込んでくれなきゃ、町で火の手が上がってたかもしれない」
「ああ」
ばっちゃんの言葉に、アーマッドは応え、ステラもコクコクと頷く。
ばっちゃんは続けた。
「それから犯人が彼らだと分かったとして、相手が組織立っていたなら、騎士たちは犯行後の彼らのテントに奇襲をかけることになっただろう。そうすれば、おそらく戦闘になり、相当数の怪我人が出ていた」
「ああ」
淡々と返すアーマッドの声に固さを感じて、オレは、ん? と思う。
オレがその状況を想像するよりも先に、ばっちゃんの口からその答えが続けられた。
「騎士側が、テント内にいる子どもたちの存在に事前に気付けたかは、分からない」
「ああ」
そうか。
オレは納得し、それから、今こうしてみんなが無事なことに心底ホッとした。
例えばアーマッドがあの日オレたちに助けを求められなくて、そのまま翌日ジュニアのためにサーカス団の人らの犯行に参加させられていたら────。
あのテントの中で、アーマッドも、ジュニアも、無事ではいられなかったかもしれない。
アーマッドもジュニアも、騎士から見ればサーカス団の人らと同じ、素性の分からない、どこかの誰かだ。
攫われていることも把握しようがなければ、踏み込んでからでしかその存在に気が付けなかったんじゃないだろうか。
「よく、勇気を出してくれたね」
「…………」
ばっちゃんが、真剣な言葉でそう伝えると、アーマッドは押し黙り、俯きながら小さく「手を、差し伸べてくれた、から……」とだけ言った。
そんなアーマッドにばっちゃんは目元を緩ませると、それからもう一度真剣な顔になって、ステラのほうへと向き直った。
「ステラ」
「うん」
「ありがとう」
本当に真剣な、感謝の言葉だと思った。
じっと、ばっちゃんがステラを見て、それをキョトンとした顔のステラが見つめ返す。
ステラはやがて、にぱっと笑って「えへへ」って言って照れた。
ばっちゃんも目尻を下げて笑う。
「私は長いこと騎士をやってたけどね。こんなに手際のいい大捕り物は、なかなかお目にかかれるもんじゃあないよ。誰も傷つけず、全員を改心させてさ。……いや、改心じゃないね。私たち騎士と、あの子らを、あんたが近づけてくれたんだ」
「えへへ」
ステラは分かってるのか分かってねえのか微妙な様子だけど、褒められてるのは分かってるみたいで、嬉しそうに笑ってる。
ばっちゃんがこんなに褒めるなんて、すげえことなんだぞ、分かってんのかステラ~。
そんな風に思いながら、でも、気付いたらオレも笑顔になってる。
だって、ステラの凄さをばっちゃんも気づいてくれたんだって思ったら、嬉しくて。
「勝手に抜け出したことは叱っても叱っても足りないくらいだけど、アーマッドやサーカス団の彼らのためにあんたが尽くした優しさも、献身も、本当に尊くて素晴らしいことだ。私はあんた、ステラを尊敬するよ」
「うふふ」
ステラが両手で自分の頬っぺたを挟んで、嬉しそうに笑ってる。
赤くなった頬っぺたがすごく可愛い。
ステラが嬉しそうだと、オレも嬉しい。
そう思ってると、ばっちゃんと目が合った。
ばっちゃんは、オレのことも褒めるみたいに、そして少しだけからかい混じりに目を細めて見てくる。
オレは照れくさくて、だけど誇らしい気持ちが勝って、わざと歯を見せてニッて笑ってやった。
「なあアーマッド! これからどうすんのか、オレにも教えてくれよ!」
「あ? だから決まってねえって────」
照れ隠しにオレが大きな声でアーマッドに聞きたかった話を蒸し返すと、アーマッドは不貞腐れるようにそれに返そうとして。
そこで、別の声が割って入った。
「失礼。もし本当にお決まりでないようでしたら、一度王都へいらしてみませんか?」
控えめだけど良く通る声。
声のしたほうを向くと、使用人用の座席スペースにいたうちの一人、ヘイデンさんが微笑んでいた。
「実は、旦那様が近々、大々的に売り出す商品がございまして。アーマッド様と、ジュニア様。お二人にその商品の売り出しのお手伝いを願えないかと思っておりました」
「商品?」
素直にそう聞いたのはステラで、ヘイデンさんはステラに向けて一層笑みを柔らかくして答える。
「はい。『カメラ』というそうですよ。そちらを宣伝するのに被写体になっていただくべく、目を引く容姿の方を、ぜひ商会にお招きしたいと前々から旦那様は考えておられまして。アーマッド様たちお二人の外見を拝見し、ぜひ一度旦那様へご紹介させていただけないかと思っておりました」
「アーマッド、格好いいもんねえ」
「かっ……!?」
馬車がガタンと一度揺れる。
アーマッドが、ジュニアごと一度跳ね上げた体を、まるで取り繕うように慌てて座席に収め直した。
「ご無理にとは申しません。これからなさりたいこともあるでしょう。しかし、もし、一度考えてみていただけるようでしたら、ぜひに」
笑顔で畳みかけるヘイデンさんに、アーマッドと一緒に王都に帰れるかもしれないと分かったらしいステラも、目を輝かせてアーマッドを見ている。
オレはそれを見て、この後の展開が分かった気がした。
「………いいけど」
やっぱりな!
オレは渾身の笑顔で、アーマッドを見た。
「やった! アーマッド、これからも、よろしくな!」
「…………王都で話聞いてみねぇと、どうなるか分かんねえだろが。そのダンナサマって人が俺見てどう思うかも分かんねえし」
「きっとねえ、パパもアーマッドのこと、好きになると思うなあ!」
「父親かよ」
「そうだよぅ!」
アーマッドはハァとため息の様に息を吐いたけど、オレの目に映るその顔はやっぱ『ソレモヤブサカジャナイ』なんだよなあ。
嬉しそうにニコニコしてアーマッドを見ていたステラが、ふと何かに気付いたみたいに言う。
「ねえねえ、アーマッドのしたいこと、できなくなっちゃわない? かな?」
「………」
ステラの問いかけに、少しの間ふむって考えたアーマッドは、誰もいない馬車の窓の方へと顔を向けると、ハッと笑いをこぼしたみたいだった。
「好都合かもな」
アーマッドは少し間を置いてからそっぽを向いたままで言う。
「……白状しちまうと、オレは、ジュニアみてえなやつがもう出てこねえように、俺らみたいみてえな見た目のやつが弾き出されねえために、何かしてえって、そんだけだったんだよ」
珍しく上機嫌な声音でそれだけ言うと、何かがツボに入ったらしく、そっぽを向いたままくつくつと肩を揺らしてしばらく笑った。
そして言う。
「クク、やっぱお前、とんでもねえよ、ステラ」
「っ同感!」
馬車の中だってことも忘れ、オレはアーマッドに向かって身を乗り出した。
真っ直ぐと、勢いよく手を差し出す。
まるで握手を求めるように差し出したオレの手に、気付いたアーマッドはオレに向けてニヤッと笑うと、パァンと、小気味いい音を立てて強く手同士を打ち合わせた。
やっぱステラって、とんでもねえよ。
どこでだって、誰とだって、友達になっちまうんだもん。
ステラと一緒にいるオレの周りも、どんどん人が増えて、にぎやかになってく。
ステラに釣られて、みんな笑顔になっちまうんだ。
ステラが嬉しそうに笑って、ジュニアも笑って、ばっちゃんやヘイデンさんたちがそんなオレたちを微笑ましげに見守ってくれる。
それから帰り着いたばっちゃんの家で、ようやく当初の旅行の目的だった念願のお泊まり会をオレは叶えた。
違ったのは、それが予定より一週間遅れだったことと、それから、お泊まり会の参加者が予定よりずっと多いこと。
オレとステラだけじゃない、アーマッド、ジュニア、それに明日こそ本当に家に帰るというアリスも、みんな一緒だ。
みんなして、オレのばっちゃんじっちゃん父ちゃん母ちゃんに、この一週間であったことを、これでもかってほどたくさんたくさん話して聞かせた。
オレは、友達になったみんなのことも、もっともっとたくさん話した。
家族と友達と。
みんなで過ごした旅行最後の日の夜は、最高に楽しくて、この先ずっと、ずっと、きっと一生忘れられない思い出になった。
これにてご旅行編完結でございます!
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
このあとは閑話かSSを挟んで、次章アリスちゃんにスポットが当たる予定です。
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明日は発売日です……! 0:00に記念SSを投稿したい所存……!(まだ書いてる)





