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73.迷いながらも進む騎士のタマゴの場合(マルクス視点②)

まさかの『あの人』が活躍します!

 は? え? 助けに来てくれるまでの間? 一緒に?

 なんで、助けに行くために準備してる側のステラが、助けに来てもらう側の話してんだ?


 ……それに、さっき言ってた『私も行く』って言葉と、アーマッドが居ても立っても居られないだろう気持ちを考えたら………。

 考えの足りねえオレにも、ようやくステラが何をおっぱじめようとしてるか分かったぞ……っ!

 おいおいおいおい!


『マルクスったら、内緒だよぅ。きっとバレたら叱られちゃうからねえ』

『ッバ! おま! 何しようとしてんだ!』

『しーっだよう』


 コイツ……っ!

 これだからステラは危なっかしいんだ!

 ステラは、アーマッドとここを抜け出して、アーマッドの妹のいるとこに行こうとしてやがる。

 あり得ねえだろ! いや、ステラだからあり得るのか!?

 もう、訳わかんねえっ!


 アーマッドは想像通り妹のとこ行くって言い始めるし、ステラのことは置いてくって言いながらも絶対突き放すって感じじゃねえ。

 オレ、こういう勘は鋭いんだ。

 アーマッドも、一緒に行くって言ってるステラに『ソレモヤブサカジャナイ』って感じだ。

 分かるよ! こういう時のステラって、なんかすっげえ頼もしいもんな……!

 で、でも、ダメだろ! 大人に黙って子どもだけで悪いやつらのとこに行くなんて!!


 オレ、アーマッドが妹のことすっげえ大事に思ってるみたいにさ、オレもステラのこと妹がいたらこんな風かなって思うくらい、家族と同じくらいすっげえ大事なんだ。

 オレはアーマッドの気持ちにも気付いちゃったからアーマッドを強く引き止めることはできないけど、でも、ステラが危ないって分かってるとこに行くのは絶対阻止しなきゃって思った。


 ────なのに。


『人からの評価で変わっちゃうような立場のために、今この瞬間に私を形作る価値を(おとし)めるの。………そんなのやだもん』


 ほらまた。

 そうやって、ステラはオレよりずっと、大人みたいに。


『マルクス私ね、今アーマッドのこと助けに行かなかったら、後できっと私が私のことを好きなお気持ちが減っちゃうと思うんだ。誰でも助けるんじゃなくって、今、私が助けたいアーマッドを、私が助けるだけなんだよう』


 分かんねえんだよ、まだ足りてない、オレにはさ。

 ステラが見せつけてくる、その“正しさ”ってやつは、いつだってオレには眩しく感じちまう。


 オレって、ステラの言葉に、なんだってこんなに弱いんだよ……。

 オレは結局、大事なステラが、ステラ自身を大事にするために、危険に飛び込んでいくのを止められなかった。


 ────足りねえよ、やっぱり。

 ステラが危ない目に遭わないでも大事なステラ自身を守れる、そんな方法を今まだ選ばせてやれないのが、剣で打ち負かされるよりもずっとずっと悔しい。


『………オレも行っちゃダメかな』


 情けない声を出しちまう。

 ついてけないんだろうなって分かってるのに、他にいい方法も思いつかねえんだもん。


『マルクスはねえ、みんなが戻ってきた時に私たちが行っちゃったから作戦で一緒に助けてねって教えてあげてほしいなあ』

『それ、ぜってぇめちゃくちゃ叱られるやつじゃんか…………』


 ほらな。

 あー……、それにやっぱ残ったオレ、ばっちゃんに怒られるよなあ。

 ハァって、ため息をついちまった。


 そんなオレに向かって『私もアーマッドもイソシギも、後でたくさん叱られちゃうんだから一緒だよぅ』なんて言うステラに、オレは『ゲッ』って、反射的に正直な反応を返しちまう。

 それから、まあオレにあとできるのって、代表してばっちゃんに叱られるくらいだよなって情けなく思いながら『イソシギさん、完全にとばっちりじゃん』なんて軽口で言って苦笑するしかなかった。


 ステラたちが抜けだして行った後、一部始終を見てたらしいイソシギさんが現れて、すげえびっくりした。

 それから、あのとき『ゲッ』って言って反応したのがオレだけじゃなかったんだってことも知ったんだ。


 オレもイソシギさんも、『ゲッ』って思うのに、それでもステラの気持ちのほうをずっと大事にしちゃうんだよなって、ちょっと親近感が湧いた。




 ステラたちが抜け出して、そのことがバレたあとは、別荘中が『テンヤワンヤ』ってやつだった。

 右に左に、上に下にの大騒ぎ。


 オレは叱られるのもそこそこにばっちゃんやじっちゃんにジジョーチョーシュされまくったし、そこから怒涛の緊急作戦会議。

 あと、なんかステラにお仕えする? 従者としての真の覚悟?? とかいうのに目覚めたらしいイソシギさんが、人が変わったみたいにやる気に満ち溢れてて、すげぇびゅんびゅん走り回ってた。


 文字通り、猛ダッシュで疾走。

 後続のチャーリーやヘイデンさんらに早く連絡取らなきゃいけなくなったんだけど、どうやって連絡取ってんのかと思ったら、イソシギさん、王都方面への道を身一つで、すげえ速さで駆け抜けてくの。


 実際は連絡のための中継地? みたいのがあるらしいんだけど、それを初めて見た時は『物理的に伝えてんのかよ!』って思わず声出たわ。

 大地を走るイソシギさんは一瞬で目の前から消えるくらい速いんだけど、一瞬目で追えるイソシギさんは美しいフォームっつーのかな、肘も膝も直角に曲げて、指先まで神経の張った前傾姿勢でピュンって行っちまうんだ。


 で、走ってったと思った次の瞬間にはもう、土煙上げながら王都方面から走って戻ってくるイソシギさんが見えるってわけ。

 イソシギさんはどんだけ走っても息一つ乱さずケロッとしてて、何か話し合いで決まる度にすげえ速さで連絡しに走ってく姿を見ながらオレは、やっぱステラん家の使用人ってすげえなあって、これまで何度思ったかも知んねえ感想を抱いて、遠い目になった。




 チャーリーとヘイデンさん、それからもう一人たぶんいつも門で出迎えてくれる門番の人が道中を急いでくれたみたいで、ステラたちがいなくなった日の晩のうちに合流できた。

 そのまま、合流した彼らとイソシギさんと、騎士数人を連れたばっちゃんがサーカス団のやつらのとこに突入した。


 オレは本当は留守番だって言い聞かされたけど、見張りになったじっちゃんを説得して、一緒にみんなの後を追った。

 じっちゃんを説得する時、ちょっと抜け出したときのステラの真似みたいになったのは内緒だ。


 だって、心配で、今大事なステラのことを助けに行かずにいたらオレ、ずっとこの先後悔すると思ったから。

 オレ、オレ自身のこと嫌いになっちまうかもって、本当に本心で思ったからそう言ったんだ。


『じっちゃんも、ばっちゃんが危ねえって分かってんのに、黙って待ってられんのかよ!?』


 最後、そう言ったオレに、じっちゃんは一言『……無理』って言って、分かってくれた。

 じっちゃんは本を読むのが好きであんま体を動かすことがない、オレの家系には珍しいタイプの人なんだけど、じっちゃんは誰より“果敢な人”なんだって前にばっちゃんから聞いたことがある。


 そうは聞いていても今までじっちゃんのそんな一面を知らずにいたけど、今回のことでオレもじっちゃんのことがもっと分かった気がする。


『……あい分かった。じゃあ、行こうか』

『行くって……、じっちゃんも?』

『当然だよ。僕の奥さんは若い頃からすぐに危険なところへ向かうからね。僕も、それ相応の“装備”というのは揃えているさ』


 そう言って、玄関で待っていてくれと言われてからほんの数分で現れたじっちゃんは、普段のクラシックなダブルスーツ風のジャケットに仕立ての良いスラックスから、一変した姿で現れた。

 というより、変わり果てた姿と言った方がいいかもしれない。


 嫌味の無い、清潔なスーツジャケット姿のイメージが強いじっちゃんは、今はジャケットの代わりに、ワイシャツの上から謎の鉄板を繋ぎ合わせて自作したであろう鎧もどきで胸を覆っている。

 それから気になって仕方がないのは、肩や膝を守るようにあちこちぶら下げられた、小さな古びた小さなフライパン(スキレット)たち。


 ガチャガチャと重そうで軽い金属音をやかましく鳴らしながら、いつもきっちり撫で付けられている白髪を底の深い鍋で覆ったじっちゃんは、いつもと変わらぬ優しい微笑みをたたえていた。

 じっちゃんの被った金色の鍋が、玄関の明かりを反射してギラついている。


 いつもピカピカに磨かれた革靴を履いているじっちゃんは、下町の少年が履き潰したような布の紐靴で地面を踏みしめ玄関を出てくると、オレに向かって脇に抱えていた謎のギラつく塊を差し出した。

 金属製の、なんだこれ……。


『行こうマルクス。僕にはこのスペア一式があるから、ほら、お下がりで悪いけれど、僕の一張羅は君が着けるといいよ』

『い、いらない……』

『なぜ! why!?』


 ずいっと迫られ、オレは同じだけ後退った。

 じっちゃんが身に着けた金属製の鎧(?)の一式は見るからにボロボロで、差し出されているそれも同じくボコボコのボロボロだ。


 じっちゃんの口ぶりから、もしかしたら現役時代のばっちゃんが参戦してきた戦場に、じっちゃんはこの格好で突撃していったことがあるのかもしれないって想像できてしまう。

 それも、たぶん一度や二度じゃない。

 なぜか自信ありげなじっちゃんの様子から察するに、何らかの実績もありそうだ。


 オレは傷や凹みはそのままに、金属の光沢そのままに錆一つなく輝くそれらを見て思った。

 じっちゃん……、頭いいのに何してんの……。


 ばっちゃんが、あえて『果敢』って言葉を選んていた気持ちが、分かった気がした。

 あまりに大胆すぎるよ、じっちゃん……。


『じっちゃんて、そんな心配性なのに、ばっちゃんが騎士団長時代は平気だったの……?』


 そんなことを聞いている場合じゃないのに、つい気になって聞いてしまったら、じっちゃんはキョトンとして『心配性? 普通じゃない?』だって。

 戦えねえのに鍋被って戦場まで追っかけてくのは普通じゃねえよ……。


 じっちゃんって、『果敢』っていうより『天然』なんじゃね? と思ったオレだった。




 それから、なんとかじっちゃんを説得して鎧も脱いでもらい、オレに着せようとしてくる鎧も一旦置いといてもらい、それから屋敷の馬は出払ってしまっていたから使用人さんに頼んで馬を借りてきてもらい、もう一度じっちゃんを説得して鎧を脱いでもらい(いつの間にか着てた)、じっちゃんが操る馬で二人でばっちゃんたちを追いかけた。

 じっちゃんの乗馬の腕前は失礼ながら心配してたんだけど、ちょっとびっくりしてしまうくらいに上手かった。


 風を切って、ぐんぐん加速して、上り坂も木々も、どんな障害物だって関係なく景色が飛んでく。

 出遅れちゃったオレたちだったけれど、これならすぐばっちゃんたちが向かったサーカス団のやつらのアジトまで行けそうだ。


 初めて会う馬なのに、騎士じゃなかったじっちゃんなのに、なんでこんなに馬を上手に操れるんだって不思議で、オレはじっちゃんに聞いてみる。

 じっちゃんはいつものように微笑んで、今度馬の乗り方を教えてくれるって言ってくれた。


 じっちゃんはこの鎧(結局着てる)と乗馬の腕で、どんな戦場だってばっちゃんのところまでたどり着けたんだって、ちょっとだけ誇らしげに言う。

 そこまで言われたら、オレだってこのちょっとヘンテコな鎧姿が、なんだか格好良く見えてくる気がした。

 ……あの鎧、オレも着せてもらえばよかったかなとか、ちょっとだけ思う。


 オレ、今まで馬には乗ったことなかったけど、将来は騎士になるんだから、やっぱり馬にも乗れなきゃな。

 来年からは、ばっちゃんたちに会いに来たら馬に乗る練習も絶対しようって決めた。

 それからあの鎧も、お下がりじゃなくって、オレ用に作り方とか、聞いたりとか、さ。


『さあ頭を下げて。速度を上げるよ』

『オウ!』


 前傾になったじっちゃんの胸の鎧に背中を潰されながら、オレは気持ちよさそうにビュンビュン加速していく馬の背にしがみついてた。

じっちゃーん!

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