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72.迷いながらも進む騎士のタマゴの場合(マルクス視点①)

マルクス視点の、もう一つのご旅行編

例の如く、書いてたら楽しくなってしまったので何話か続きます〜

 揺れる馬車の中、後ろの小窓からサーカス団員たちに手を振り続けていたステラがやっと満足したらしく、正面に座り直そうとしているのが分かって、オレはステラに手を貸してやる。

 席の上に膝立ちになっていたステラは、真剣な顔をしてオレの手に掴まり、慎重に座席に座り直すと、パッと嬉しそうに笑って「ありがとうマルクス!」と言った。


 いつもと変わらないステラの様子が微笑ましくてオレも笑顔になって、ステラっていつも礼儀正しいよななんて思う。

 それからハッとして、でもやっぱステラってとんでもねえよと思い直した。


 だって、ここ一週間に起きたこと、ステラがやったことを思い出すだけでも、オレにとったら生きてきて一二を争うくらい、驚かされっぱなしなことばっかだったんだから。




 + + +



 

 日差しが強くなって暑くなってくると、オレの家族は毎年じっちゃんばっちゃんが住んでる町に行く。

 その町は母ちゃんの生まれ育った町でもあって、元々父ちゃん家の別荘もあって、王都の人たちから『ヒショチ』って呼ばれてる、景色が綺麗な良いところだ。


 オレが物心つく頃にはもう、『暑くなったらばっちゃんたちんとこに行く!』ってのが毎年の恒例だった。

 それが、だんだん父ちゃんが忙しくなり、父ちゃんと母ちゃんが喧嘩することが増えて、前の前の年ぐらいから、父ちゃんと、オレと母ちゃんみたいな感じで、家族別々のタイミングで滞在することになったりしていたんだ。


 まあそれが今は父ちゃんと母ちゃんは前以上にすっげえ仲良しだし、別荘に行くのも、夫婦二人であれがしたいこれがしたいって、何カ月も前から楽しそうに旅行の計画を立ててたわけだけど。

 だいたい今から一年前くらい、父ちゃんと母ちゃんの誤解を解いて、オレの話を聞いてくれて、そうやってオレたち家族を元に戻してくれたステラとステラの家族の人たちには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。


 騎士団長の父ちゃんは今年も相変わらず忙しいみたいで、オレたちとずっと一緒には居れないみたい。

 だけど、仲直りしてから最初の長い休暇っていうのもあってか、忙しいなりに母ちゃんと相談して、この町に来てからの社交? っていうのにも二人で行こうとか、そういうのを決めたみたいだ。


 実際、町に着いてからというものオレはばっちゃんたちと留守番ばっかで、父ちゃんは母ちゃんと馬で遠乗りに行ってみたり、父ちゃんが母ちゃんに前に家族三人で選んだドレスを着せて、色んなとこに見せびらかすみたいに出掛けて行ったりしてる。

 なんかすげえ楽しそう。


 いつもまとまった休みも取らない寡黙な父ちゃんが、今回の旅行はちょっとはしゃいでるみたいに見えて、ちょっと意外な感じだ。

 まあ、そんな父ちゃんと母ちゃんを見てオレもなんかウキウキするし、いいんだけど。


 この調子だと日程の途中で父ちゃんが王都に帰る時、母ちゃんも一緒に帰りたいって言いそうだな、とか。

 まあそうなったらそうなったで、オレは日程いっぱいまでこっちで遊んでたいし、オレだけ残ってステラたちと一緒の馬車で帰るよって、父ちゃんたちが変な気を使う前に先手を打って言ってやったんだ。


 そう、今年はステラも別荘に来てくれることになったんだ!

 オレは昔っからしょっちゅうステラの屋敷に遊びに行ってるし、こないだも一晩泊めてもらったり、美味い飯も菓子もいつもいっぱい食わしてもらってる。


 だから、オレもオレのばっちゃんたちのいる別荘と町を、ステラやステラの家族の人に体験してほしいなって思ったんだ。

 父ちゃんも母ちゃんもステラやステラの家族のことが大好きだから、オレの思いつきにすげえ乗り気で、すぐに誘ってみようってことになった。


 話してみたら、ステラの家族は忙しくて無理だったんだけど、ステラは行きたいって、すげえ喜んでくれた。

 遠出で日数もかかるからって、旅行のために勉強の先生の予定とか、付いてくる使用人の人のこととか、色々と調整してくれたみたいだった。


 オレもステラも予定が近づくにつれて楽しみでワクワクで、オレはばっちゃんのことやこの町のことを、事前にいっぱいステラに話して聞かせてた。

 そうして、オレたち家族より数日遅れた日の朝、ステラがばっちゃんたちの住むこの町にやって来てくれたんだ。


 馬車に乗ってやって来たステラは、見たことのある女性の使用人さんと、意外なことに、チャーリーじゃない護衛の男の人と一緒の、三人で来たみたいだった。

 護衛の男の人はイソシギさんっていうらしくて、わりとどこにでもいそうな見た目の二十代半ばくらいの人だ。

 最初誰だって思ったんだけど、言われてみれば、ステラの家に遊びに行ったときに見たこともあるような、無いような……?


 でもどっちにしろステラと話してる印象のない人だったし、なによりチャーリーがいないしで、こんな遠くの旅行にそんなの初めてじゃねえのかって聞いたら、ステラも初めてだって言うし。

 ステラは慣れない顔ぶれと慣れない場所にずっとソワソワ、なんだか落ち着かない感じに見えた。

 オレはいつもの元気なステラになってほしくて、すぐステラを町の外に連れ出そうって思ったんだ。


 そうして昼前くらいまであちこち案内してやってると、オレの思ったとおり、ステラはいつものワクワクした明るい雰囲気に戻った。

 オレはそれがすごく嬉しくて、達成感みたいなのがあったんだ。


 途中、山小屋でアーマッドってやつと出会って仲良くなった。

 あんま見かけない外国人風の顔立ちと肌の色で、結構ボロイ感じだったから、ステラとか護衛のイソシギさんとかが嫌がるかもって一瞬だけ思ったけど、それはオレの心配しすぎだった。



『私ステラ、ステラ・ジャレットっていうの! あなたのお名前は?』


『アーマッド! ……と、遊びたいんだけど、ダメかなあ……?』



 やっぱステラだよなあって、なんか笑いがこみ上げた。

 ステラにはそんなの関係ないんだって、オレも知ってたはずなのに、今さらやっぱり嬉しくなる。


 オレは父ちゃんが騎士団長だけど、友達は町のやつらばっかだし、貴族とかが開くパーティーの雰囲気とかもまだ全然慣れなくって、下町の感じのほうが馴染みがある。

 だから、すっげえお嬢様なステラが、そういう見た目とか格好とか関係なく、怖いもの知らずに誰にでも友達友達って突っ込んでいくのが、なんかすげえ嬉しいんだ。


 まあ、正直危なっかしいって思うこともあるから、だからやっぱオレがステラを守れるように、立派な騎士にならなきゃなって思うんだけど。

 こんなステラが変わんなくてもいいように、安心して色んなやつに『友達になろう!』って突撃していけるように、優しいステラが心地がいいって思っていられる、平和な国とか町とかを守っていってやりてえなって、思うから。




 それから、オレと、ステラと、アーマッドと、とにかくすっげえ怒涛の一週間が始まった。


 一週間前、山登りしてた最中に、アーマッドがなんか思い詰めてて、オレたちに助けを求めてきた。

 オレは大雨でステラもみんなも濡れちゃってたこともあって、元騎士団長だったばっちゃんを交えて詳しい話を聞こうって言ったんだ。


 そんでばっちゃんの別荘でいざ話を聞いたら、『サーカス』っていう見世物の興業の一団を装って、この町に来てる金持ちの人らを標的に、放火して泥棒をする計画してる悪いやつらがいるってことが分かった。

 しかも、アーマッドはそんなやつらにまだ赤ん坊の妹を攫われて、人質にされてるらしい。


 アーマッドは頼れる大人がいなくってたまたま知り合ったオレたちに勇気を出して頼ってくれたんだ。

 でもオレ、そんなに怖い事件にアーマッドが巻き込まれてるなんて思ってなくて、ただ、ばっちゃんのいる別荘には護衛の騎士もいるし、どんなことでも内容さえ聞けば解決できるだろうって、簡単に考えてただけだったんだ。


 アーマッドを助けて、悪いやつらを逃がさず捕まえるためには色々なことを考えなきゃいけなくって、ばっちゃんやイソシギさん大人たちがアーマッドに話を聞きながらたくさん相談していた。

 そんで、後で来るって言うチャーリーたちステラの護衛も巻き込んで、捕縛と救助のための計画ができあがった。


 その話し合いは、十三歳くらいのアーマッドでも聞かれてるのに答えるだけで精一杯って感じの、すごく難しい話し合いだった。

 だからしょうがないのかもしれないけど、まだ八歳のオレは、アーマッドの力になるどころか、その話し合いの中にすら入れてもらえなかった。


 まだ子どものオレにはできることがないんだって、まだ力も知識も体力も、何もかも足りねえんだなってちょっと悔しく思いながら、気付いたらオレと同様話し合いに入れてもらえなかったステラと一緒に寝ちまってた。


 目が覚めたとき話し合いは終わってて、オレは、あとはばっちゃんやイソシギさんたちに任せることになるんだなあって、ボーっと思ってた。

 アーマッドもきっとこのまま泊まることになるよなとか、晩飯を一緒に食って、それから今日はあと何をしようかなんて、本当に、ボーっと。


 オレは他人任せにするのに少しの罪悪感はあっても、やっぱりどこか他人事で、そうやって、やっぱり考えが足りてなかった。

 オレ、一年前ステラに気付かされて、母ちゃんともちゃんと話し合って、あれから自分なりに精一杯勉強したり、考える癖ってのを付けようって、努力してきたつもりだった。


 大人たちが出て行ってすぐ、ステラは窓辺でじっとしてたアーマッドのところに行って、寄り添ってやった。

 それを見て、ああ、オレにはまだまだ足りないんだなって。


 相手の気持ちに気付くとか、相手のために行動を起こすとか。

 きっと立派な騎士になるために必要な、そういう色々。

 勉強するだけでも、体を鍛えるだけでも身に付かない、そういうの。


 でも、見本がいる。

 でっかい見本が。

 ステラっていう、オレより三つも下の、“そういうの”が大得意な頼もしい味方。


『私も、行く』


 ステラが、迷いもせずに言う言葉は、いつだって真っ直ぐで、色んな段階をすっ飛ばしたみたいに、オレには鮮烈だ。

 一体どういう意味だってびっくりしたオレの頭が答えを見つける前に、ステラは続けて言う。


『心配だもんねえ』

『お前…………』


 ステラと、ステラに返すアーマッドの言葉を聞いて、オレはやっと気が付いた。

 ───当たり前だ。

 気付いて、オレ、何ボーっとしてたんだって、自分で自分をぶん殴りたいくらいにショックだった。


 家族を攫われて、囚われて、そんなの、心配じゃないはずがないじゃんか。

 血は繋がってないけど妹だって、アーマッド言ってたじゃんか。

 妹のこと話すアーマッドから、あんなに心配で、苦しそうで、心の底から大事な家族なんだって、オレにだってたくさん伝わって来てたのに。


 なんでオレ、気がつかなかったんだろう。

 ばっちゃんたちに任せてれば何とかなるなんて、オレにはもうできることはないなんて、まだそうやって簡単に考えちまってたんだ。

 

 アーマッドにとったら、オレたちに助けてくれって言ったのはきっと、『ワラニモスガル』ってやつだったんだ。

 助けてくれるはずって期待したわけじゃなくって、もしかしたらとか、ダメでも何もしないよりはとかって、それくらい最後の最後の悪あがきだったんだ。


 オレも、ステラも、イソシギさんも、ばっちゃんも。

 アーマッドにとったら今日会ったばっかりの相手で、そんなオレらに頼ろうって思ってくれたとしても、任せきりにして安心してなんていられるはずない。


 ばっちゃんが元騎士団長だったとか、そんなのもアーマッドには関係ないことだ。

 だってアーマッドは何度も言ってたじゃんか、頼れる大人がいなかったって。


 それって、家族の大人がいないとか、そんなことじゃなかったんだ。

 親も、近所の知り合いのおっちゃんも、じっちゃんばっちゃんも、町の見回りの騎士だって、アーマッドにとったら頼れる大人じゃなかったってことだ。


 肌の色とか外国の血が入ってるからとか、そんなことで、アーマッドとアーマッドの妹は、家族からも町からも弾き出されてきてて。

 それはきっとオレには想像もつかないくらい辛いことで、誰かが何とかしてくれるなんて思えないくらい大変なことで、今だって、ただ黙って大人たちの決めた計画でどうにかなるなんて、思えるはずないに決まってるじゃんか。


 ステラは気が付いてたんだ。

 だからすぐアーマッドに寄り添って、アーマッドと同じになるように今どうしたいかって考えて、それでアーマッドのしたいこととか、アーマッドのためにできることを見つけてた。


 だからステラは『私も行く』って言って…………。

 ん? 待て待て、行くってなんだ?

 どこに行くんだ??

 えっと、やっぱり分かんねえぞ、ステラ。

 行くってどこに────。


『助けに来てくれるまでの間、私も一緒にいるよ。二人よりも三人のほうが、きっともっと安心だよう』

『……っステラ! ちょ、今、何言った!?』


 思わず叫んだ。

 待て待て待て待て!

 

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今世のマルクスの父ちゃん母ちゃんが、ステラとのお茶会からここまで仲良くなるに至ったエピソードも書き下ろしてます♪(今回のサーカス編ともリンクしてます)

他にも、書き下ろしたっぷりの一巻です! ぜひお手に取ってみてください〜

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