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69.小悪魔ステラちゃん、宴のおわり

今月も、月末月初の地獄レースを抜けました・・・

 全部の演目が終わったあと、カーテンコールっていう、出演者みんながステージ上に揃ってお客さんにご挨拶するやつをやった。

 みんながお辞儀をするのを横目で見て、ちょうど同じになるようにタイミングを合わせてペコってお辞儀をする。


 それから一人、前へ出て代表でご挨拶をしてくれたのは、テテが「姉さん」って呼んでるサーカス団みんなのリーダーなお姉さんだ。

 お姉さんは、お客さんに向けて今日サーカスに来てくれたお礼を言って、それから、出演したり裏方を手伝ってくれたサーカス団以外の人たちへのお礼を言ってくれる。


 それからお姉さんは、今日の公演の収入のうちの一部を、サーカスのみんなみたいな、国の支援を受けづらい人たちの役に立てたいってお話をお客さんに向かってした。

 この支援のお話は、『サーカスを一週間後にしよう』って決めたときに、私からサーカス団のみんなにこうしたらどうかなって提案したお話だ。

 私たちもサーカスのご準備や盛り上げるのを手伝うから、サーカス団のみんながこの先『悪いこと』をしないで済むように、サーカスの売上やお客さんに集まってもらった場を使って、宣伝になることをしてみようよってお願いしたんだ。


 お姉さんは今日になるまでずっと、そんなにお客さんが入るはずないって、どうせ無駄だって、私の提案はお話半分で考えていたように見えた。

 だけれど、実際にサーカスをやり切ってみて、お客さんにそのお話をしてみようって決めてくれたみたいだ。


 お姉さんは、意を決したような、強い決意に満ちた目をしてる。

 サーカスにすっかり熱狂していたお客さんたちも、お姉さんのお気持ちが伝わったのかお話をウンウンって大きく頷きながら聞いてくれていて、中には、サーカス団のみんなが育ち暮らしてきた環境を知って涙を流してる人もいた。


 退場の時間になって、サーカス団のみんなはテントからの出口でお客さんたちのお見送りをしながら、寄附のご協力のお願いもした。

 団員さんたちが手作りの箱を持って、サーカス団とその取り組みを応援してくれる人に、入場料以外でも寄附をお願いできませんかって呼びかける。


 お客さんたちのほとんどは協力的で、サーカス団のみんなのお気持ちに同情して協力してくれる人もいれば、今日のサーカスに感動したからそのお礼の投げ銭だって言ってお金をくれる人もいた。

 よその街から避暑のご旅行に来ていた人たちには裕福な人が多くって、お金の使い道に詳しい人が、寄附のお金はこういう風に使ったらいいよってアドバイスをくれることもあったみたい。


 私は、もらった寄附もサーカス団のみんなで使ったらいいよって思ってした提案だったんだけど、それを寄附を募っていたお姉さんのところに行って言ったら、お姉さんがすごい勢いで噴き出した。

 お姉さんは慌てた様子で周囲を見回すと、私の口を手で覆って、私の背を物陰のほうに押していく。

 

「ちょっ! ちょっとこっち、って、無意味に踏ん張るんじゃないよ! ほら、そこまで歩きな!」

「うふふ」

「あんたステラ、可愛い顔して、ちょろまかすつもりで寄附だなんだと言ってたってのかい!?」

「泥棒するよりきっといいよぅ?」

「そ! それはそうかもしれないけど……、ったく。私が言っても説得力なんてないかもしれないけどさ、私は、こんな風に街の人らが私らのこと考えて金まで預けてくれるなんて、思ってもみなかったんだ」


 今でも信じられないけど。そんな風に言ったお姉さんは、いつもキリッとしたお姉さんには珍しく眉の下がった表情で、私の頭を一度撫でてくれる。


「……私は、団のやつらのために精一杯やってるつもりでいた。盗みに手を染めるのも、やつらのためにやってやってることだって。どれだけ『悪いこと』だって知ってても、あいつらの()()にしてやってることだって、まるで『良いこと』だって思い込もうとしてるみたいにさ」

「うん」

「でも、実際にこうなっちまえば、話は別だ。他にいくらでもやりようはあったんだ。私は、私らは、もっと正々堂々とあがいてみるべきだったんだ」

「知らなかったんだもの、仕方ないよう」

「知ってたんだよ、悪いことだって。少なくとも私ら大人連中はさ」


 私は、首を振って悲しそうに言うお姉さんの言葉に、首を傾げた。

 勘違いしている様子のお姉さんに、私は笑顔で言ったの。


「『ほかにいくらでもやりよう』は、今日知ったばっかりだったんでしょう。これからも、教えてあげるからね、分かんないことは聞いたらいいからねえ」


 お姉さんが、目を見開く。

 それから、笑顔の私に釣られたみたいに、フッて小さく笑った。


「………悪い子だね、あんた。駄目になっちまいそうだ」

「?」

「分からなくていい。そのままでいな」


 お姉さんはもう一度私の頭を撫でてくれる。

 ぐりぐりと、撫でられる力がさっきより少しだけ乱暴で、私の髪がちょっとぐちゃっとなった。


「あう、あう。なあにぃ?」


 髪が邪魔でお姉さんのお顔が見えない。

 しばらく撫でられる力に翻弄されたあと、やっと離してもらって見上げたお姉さんの目元は、ちょっとだけ赤くなってる気がした。




 全部が終わってお客さんもみんな帰った日暮れごろ、マルクスのお婆ちゃんが、あの時の騎士さん何人かを連れてサーカスのみんなのところにやってきた。

 サーカス団のみんなの他にも私とマルクス、ヘイデンたち、ジュニアを抱いたアーマッド、アリスも、今日サーカスに参加したみんなが揃っている中、サーカス団のリーダーのお姉さんと、他に何人かいる大人のサーカス団員さんたちがみんな騎士さんのほうへ歩いてく。


 最初から、そういうお約束をしてた。

 一週間のお時間をもらってサーカスをやってみて、サーカス団のみんながこれまでしていたことが『悪いこと』だってはっきりしたら、『悪いこと』をしていたサーカス団の大人の人たちを騎士に引き渡すって。


 マルクスのお婆ちゃんは私がそう納得したら引き渡すんだよって言っていたけれど、今はサーカス団のみんな自身が納得して、騎士さんたちのところに行くって決めてくれてる。

 騎士さんの用意した何台かの馬車まで大人の団員さんたちが歩いて行く中、リーダーのお姉さんが立ち止まってこちらを振り返った。


 夕焼けの橙の光を背に受けたお姉さんは、まっすぐ私だけを見てる。

 私と目が合ったお姉さんは、穏やかで、すっきりとした表情に見えた。


「ステラ」

「うん! 今日、すっごく楽しかったよねえ!」

「…………そうだね。ありがとう」


 お姉さんが優しく笑ってくれたのが嬉しくて、私ももっと笑顔になっちゃう。

 お姉さんは、サーカスのこととか、これからのこととかをテテに簡単に引き継いで、それから騎士さんたちと一緒に街に向かう馬車に乗り込んだ。


 お姉さんたちの乗った馬車を見送るテテやサーカス団のみんなは、涙を流してた。

 馬車が最後の一台になったとき、マルクスのお婆ちゃんがテテに言った。


「そう心配しなくてもいい。言ってあったとおり、それほど長期間の拘留にはならないはずさ。それまで、これからの身の振り方をきちんと考えて、この場所を守っておくことだね」

「……わかった」

「良い公演だった」

「……見てたのかよ」

「当たり前だろう? 孫の晴れ舞台だよ」

「ハハッ」


 いくつか言葉を交わしていた二人の雰囲気が柔らかいものになる。

 お婆ちゃんは、テテの肩にまるで気合を注入するみたいにパンッと強めに手を置くと、それからテテを真剣なお顔で見た。


「あんたらももう、孫の友人だ。どうにもなんなくなる前に私んとこを訪ねな」

「……ああ。そうなんねえように、頑張る」

「気張りな!」


 短いやり取りの最後にお婆ちゃんがバンとテテの背を叩くと、テテはぐいっと一度腕で顔を拭って、それから顔を上げた。

 テテはもう、泣いてなかった。


 大人のいなくなったサーカス団のみんなを残し、私たちもお婆ちゃんと一緒に、馬車に乗り込む。

 これからまだサーカス団のみんなは数日ここにいるそうだけれど、私たちは一旦ここでお別れだ。


 私は乗り込んだ馬車の座席によじ登って膝立ちになり、後ろの小窓から、小さくなっていくテテたちを見てた。

 馬車を見送ってくれたテテは、夕日を正面から浴びながら、まっすぐ前を向いていた。


 明るい夕暮れだった。

 

=おしらせ=

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― 新着の感想 ―
[良い点] ステラちゃんは前から大好きですが今回のサーカス団のお話は本当に素敵でした。 暗くて辛くて理不尽な現実だからこそこういった温かい大団円を迎えるお話が尚一層読みたいです。 子供が主人公のお話も…
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