68.小悪魔ステラちゃん、魅了する
一週間のご準備期間を経て、無事に迎えることができたサーカスの当日。
みんなでご準備したサーカスは、大成功だった。
この街にいる人みんななんじゃないかってくらいの大勢の人が集まってきてくれてる。
大人も子どもも、みんなみんな。
たくさんの人がサーカスを見に来てくれていて、私やアリスが小さい子たちと一緒にダンスのお披露目をしたときも、客席の中から悲鳴みたいな大きな叫び声が上がっていて、すっごく盛り上がったんだ。
後でアリスに聞いてみたら、一番大きく叫んでくれていたお声は、アリスのパパのお声だったんだって。
一週間前からアリスは家出をしてマルクスのお婆ちゃんのところにいたことになっていたから、サーカスに呼ばれて来てみたらアリスが踊っているのが見れて、アリスのパパはとっても嬉しかったんだろうなあ。
『あれはアリス!? アリスなのか!? なぜそんなところに!? 一体今まで、というかそこで一体何を……! それにそんなに短いスカートで、ヒェッ、危なっ!? えっ!? 飛んだ!? そんな! こんなことって! ダイナミックッ! でも危険すぎる、っファンタァスティック!? やめっ! うわ! そんなことまでぇ!? すごすぎ! うそ! アッメェージング!! エクセレンッ!! ブラーボォー!! フゥーーッ!! ハァ、ハァ…………』
私たちが一生懸命に考えて練習したダンスに、アリスのパパはずっと悲鳴みたいな歓声を上げてくれてた。
ヘイデンやヒノサダたちが黒い布を纏った裏方の黒子さんに変身して、ステージに上がる私たちを補助してくれたのもあって、飛んだり跳ねたり、すごくいいダンスになったと思う。
他の演目では、テテとアーマッドがナイフ投げのお披露目をした。
テテとアーマッドは一週間の準備期間の間、練習の合間に何度も街へ行って、お客さんを集めるためのパフォーマンスと宣伝をしてくれていたんだ。
ステージでの本番、テテとアーマッド二人の技が成功するたびに、二人を目当てに来てくれてたお客さんも多かったみたいで、会場中が二人の演技に盛り上がった。
二人が最後に披露した大技は、筒の上に板を渡して、その上にもう一度筒と板を乗せたような不安定な足場に乗って、交互にナイフを投げるやつだ。
バランスを取りながら不安定な足場の上に立つ二人が、遠く離れた的にナイフを当てるたび、木でできた的は大きな音を立てて割れてお客さんみんなが興奮に沸いた。
私とアリスも舞台袖から見ていたんだけれど、二人がヒノサダとたくさん練習をしていたことを知っていたから余計にドキドキで、全部を成功させたときにはすっごく嬉しくてアリスと一緒に飛び跳ねちゃった。
そのあとも演目が進んで、サーカスのクライマックスは、マルクスとイソシギとサーカス団の男衆みんなでする、剣舞っていう剣を使った舞いのお披露目だった。
私も客席で見せてもらったんだけれど、サーカスの出し物の中で一番の大勢で披露する集団での剣舞は、みんなが揃った動きで大きな剣を振っていて、とっても格好良くてすごく綺麗だったんだ。
お揃いの衣装は襟元まで詰まった赤の配色が印象的な黒の衣装で、上着には深いスリットが入っていて舞うたびに広がり、音を立てはためいて、回る。
大ぶりの剣が振るわれたり投げられたりするたびに、剣の持ち手についた長くて赤い飾り紐が、空間に線を引いていくみたいに華やかに踊った。
客席から見る集団剣舞は、黒と赤で何枚もの絵をステージ上に描いていくみたい。
そんな煌びやかな剣舞が終わると、お客さんみんなから拍手が起きる。
しばらくして、剣舞を終えたみんなが整列をした状態からステージの外側へと広がっていき、ステージを円く囲むみたいに大きな人の輪を作った。
みんなが中心に体を向け、そして一斉に身を低くする。
そんな中で、輪の両端に位置していたマルクスとイソシギだけが立ったままじっとその場に残っていた。
二人はお互いをまっすぐ見合ってる。
ううん、それよりもっと強く、互いを見定め合っている感じ。
新しい始まりを知らせるように、ステージの周囲で拍子木が数度、間隔を開けて打たれた。
マルクスとイソシギは、先ほどより派手な装飾の二本の剣を渡され、それを両手に携えて中央に向かってゆっくりと歩み出る。
向かい合った二人はお互いの間合いの一歩手前で止まると、まるでこれから戦うみたいに、剣を持って体勢を低くした。
体格の大きな大人のイソシギと、まだ子どもで体格の華奢なマルクス。
緊張感が漂う静寂の中、二人は対になるみたいに、ゆっくりと剣を構えた。
次の瞬間。
突然それは始まった。
剣舞だということを忘れ、本当に戦いの幕が開かれたのかと思ってしまうほどの、鋭い剣の応酬。
打ち合い、いなし、切り結ぶ。
まるで本気で戦っているかのような、たった二人きりの、苛烈な剣舞が始まった。
二人の剣舞は実際に剣同士を打ち合わせながら行われていて、金属と木でできた剣がぶつかり合う音がカァンカァンと、まるで鋭く舞いの拍子を取っているように響く。
どんどんとその速さと激しさを増していく二人の剣舞は、たった二人だけなのに、さっきのたくさんのみんなでの舞いにも負けない迫力があった。
二人の剣戟の音の間隔はどんどんと短くなり、目で追うのもやっとなほどに速くなっていく応酬に、お客さんたちからも思わずといったようにワッと声が上がる。
カッカッカッカッと、ついに打ち合う音が途切れず聞こえるほどの速さになったころ、ステージの周囲でも、団員さんたちの手によって鐘のような金属製の楽器が打ち鳴らされ始めた。
布を巻き付けて作られた撥が分厚い金属を打つと、ゴゴゴゴゴゴゴ、ゴォンゴォンって、低く響くような重厚な音が響いた。
その音は、強く、弱く。
何度も剣同士がぶつかって上がるカァンという音を、金属の音が包んで支え、音全部が押し流す波のようにテント中を反響する。
ゴォンゴォンゴゴゴゴゴゴゴゴ。
カァンカァンカァンカァン。
マルクスが跳んで、空中で剣を振り上げる。
そんなほんの一瞬の動きでさえ、やたらとスローモーションに見えちゃうくらい、もう見ているお客さんも、私も、二人の剣舞に見入っちゃってた。
イソシギが回転して放った大振りの横薙ぎに、転がる動きで合わせたマルクスが、しゃがんだ姿勢から体ごと打ち上がるみたいにイソシギに向かって剣を突き上げる。
それに剣をぶつけ、その勢いを使って回転したイソシギは身を反らすと、回転軸を後ろへと移動させ、伸身のまま後方の地面へと手をついた。
手をついた体勢で、脚を下から上へと放り出すように蹴り上げ、弧を描くように半身で後転してみせる。
それと同時、突きの姿勢で跳び上がっていたマルクスも、イソシギと対をなすように空中で大きく後転して、弧を描いた。
くる、くると、黒と赤の二つの円が外側に描かれていくのに、つい見惚れてしまう。
二人は再び間合いの位置まで戻ってくると、まるで始まりのときと同じように、沈み込むように低く、剣を構え合った。
止まったのは一瞬、二人は同時に地を蹴る。
ゴォ、ゴォ、ゴォ、ゴォ。
叩かれる金属の反響音がひときわ激しさを増す。
ゴンゴンゴンゴンゴゴゴゴゴゴゴゴ。
音の轟きがついに頂点を迎えたとき、二つの切っ先は互いに鋭く突き出され、交差し、そして瞬間。
ピタッと。
全ての音が、同時に止んだ。
剣を交えた二人も、鋭い突きを放ったその姿勢のまま、時が止まったかのように静止している。
止まっていてなお感じる二人の勇ましさに、美しさに、それを見ていた全員が感じた。
完成した、って。
そう思えるくらい、音が、動きが、呼吸が、その全てが、そのとき完結していた。
静寂はたった数秒で、その後すぐに爆発した。
ワアァッと、その日一番の大歓声が、マルクスとイソシギ、二人を讃えていた。
大雨のように拍手と喝采が降り注ぐ中、マルクスとイソシギはゆっくりと立ち上がり、それからお客さんの声援に応えるように見回しながら手を振る。
見回し始めてすぐに私を見つけてくれたイソシギが、私に向けて大きく手を振ってくれたあとにマルクスにも私があそこにいるよって伝えてくれた。
ちょっとだけ探すような動作をしたマルクスも、私と目が合うとパァッと笑顔になって、ぶんぶんって大きく手を振ってみせてくれる。
「マルクス! イソシギ! かっこうよかったよおー!」
「「おう!」」
聞こえるかなって思いながらも呼びかけた声は、ちゃんとマルクスとイソシギに届いたみたいだ。
応えてくれる声は嬉しそうで、歓声と拍手が鳴り止まない中、私は笑顔の二人と手を振り合っていた。





