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66.浅黒の少年と治外法権(アーマッド視点/前)

おしらせ

本作【大商家の愛娘~】の書籍版の発売日が決定いたしました!


2024年 4月 10日 書籍版発売


なんと発売まで、もう二ヶ月を切っております……!

信じられない、アメージング……ッ!

作者本人が一番楽しみにしている書籍版ですが、表紙イラストやご予約情報など、このページの下部や活動報告にて随時ご紹介させていただいております。

ぜひ、『れんた先生』の表紙イラストだけでも……! 可愛すぎるステラちゃん、必見でございます!

「俺もこっち」


 意味わからん。

 そう思いながら、俺は騎士たちのいる側から離れ、ステラたちのほうへ歩いていった。

 ステラたちの側というより、ジュニアのいる場所に向かうだけだが。


 マルクスとステラは何かいい落としどころが見つかったらしく幸せそうに見つめ合ってやがるし、マルクスのバアサンは「マルクス、お前もか……」なんて言って項垂れてやがるが、放っておく。

 どうせ、ここで騎士かステラか選べと言われれば、自分が迷わずステラの側につくだろうことくらいは自覚があった。


「ジュニア、(わり)ぃな」

「え!? あ、この子のお連れ様ですのね! ま、まあ、よろしくてよ!」


 ジュニアのところへ行って声をかければ、隅のほうで丸くなっていた真っ赤な髪の女児、おそらく九歳くらいだろうそいつが、何やらビクッと焦ってから偉そうに胸を反らして返事をしてきた。

 ついいつもの癖でジュニアに話しかけたが、ろくに話せもしねえ赤ん坊相手に話すほうが変だったかと気付き、俺も適当に相槌を打っておく。


「こいつの面倒、お前が?」

「その、いえ。お世話というほどのことは何も……」

「あっそ」


 見るからに偉そうなお嬢様然としているくせに、喋ってみれば気の小さそうな女だ。

 実際にどこか偉い家の娘なのか、そういうのに憧れる年頃なのか。

 まあ、俺には関係のない人間のことだ、さほど興味は湧かなかった。


「にぃ」

「おう、待ったか」

「おせえ~」


 俺に気が付いたジュニアが、横着にも寝ころんだままこっちへ手を伸ばしてきやがるから、俺はジュニアの体の下に片腕を入れてひょいと持ち上げてやる。

 分かって言ってやがるのか、迎えが遅いなんて言いやがるジュニアは、けれど抱き上げてやった俺の顔が近づいたのが嬉しいらしく手で触っては笑ってやがった。

 

 隣で見ていた女が「ジュニアちゃんったら、お口が悪いですわ……」などと、何やらジュニアの発言にショックを受けた顔をしている。

 どう言われようと、ずっと俺しか話し相手がいなかったんだから、こんな喋り方になるのは当然だろう。

 ジュニアがやっと話すようになった言葉は二音か三音程度だが、それはどれも俺の真似したものばかりだ。

 言いたいのが『もっと女らしく』なんて意味なら、そのお嬢様言葉を覚えさせてやればいいだろうがと思った。


「にぃに~」

「んだよ」


 しかし、ジュニアのどんな状況だろうとお構いなしで機嫌が左右されないとこは、一体誰に似たんだか。

 騎士が殴り込んでこようが、マルクスが取り乱そうが我関せずで泣きもしなかったこいつは、赤ん坊のくせに肝が据わってやがる。


「……ま、あのチビ(ステラ)ほどじゃねえけど」


 ぽつりと呟く。

 比べるのも可哀想か、なんて思いながら、俺は柄にもなく口元に笑みが浮かびかけるのを堪えた。


 思い出すのは、とんでもねえ今日一日の出来事。

 小せえ体で、大人でもそう楽でもねえ山道をぐんぐん登って、雨に打たれても腹が減っても上機嫌なままで、ついには罪の告白なんてもんを始めた俺みてえなのにさえ笑いかけやがった。


 敵のアジトだっつーのに平気でついてくるわ、誰を相手にしても、牢屋に入れられても物怖じせず、俺の気なんて知らねえで呑気なチビ。

 今だって騎士を引き連れたマルクスん家のバアサンを振り回してやがるそいつを見て、ついに堪えきれずに笑いが漏れた。


「に?」

「なんでもねえよ」


 今朝までの、あの絶望が嘘みてえだ、なんて。

 そう冗談みたいに思えるくらい、ステラが現れてから見えてる景色が目まぐるしく変化して、ずっと現実味がない。


 まだ決着なんてついてねえのに、きっとなんとかなるって、もう信じちまってる。

 ステラが信頼してるやつらが集まっていて、あんなに強い護衛(イソシギ)がステラを守るっつってて、ステラが悲しむような結末なんざ許されるわきゃねえんだから。


「───分かったから、孫まで人質に取るんじゃないよ。ったく。ただでさえ過剰戦力のくせして、一体私に何をさせたいってんだい」

「ばっちゃん! ちげえって! 俺はステラの騎士で……!」


 ほら、もう冗談みてえに話が纏まろうとしてやがる。

 俺も、抱えたジュニアへ一度視線を投げてから、渦中へと一歩踏み出した。

 

「俺らも行くか」

「あい!」

「え、ちょっとあなた、行くって一体どちらに……」

「正義の味方」

「え?」


 振り返りもせず言ってから、似合わねえセリフだなと自嘲した。

 あいつが味方するっつってんだから、さんざん味方してもらった俺が、黙って見てるだけなわけねえだろうが。


 ここで動かなきゃ、一生頭が上がんなくなっちまう。



 + + +



 あれから、ステラがまとめちまった話に俺はもう笑いが止まんなくなっちまった。

 本当に意味のわかんねえチビだ。


「それで? サーカスさせんのかよ」

「そうだよ」


 俺が聞くのに、ステラはなぜそんな質問をされるのだろうとでも言いたげに不思議そうに応え、それから「だからお手伝い頑張ろうねえ!」などとよい子の号令をかけた。

 頬が引きつるが、それと同時に口角が勝手に上がっちまう。

 

 あれからステラはマルクスのバアサンを強請(ゆす)り(ステラいわく説得し)、サーカス団のやつらの件を一時預かりとした。

 サーカス団のやつらもこれまでそれほど酷い罪を犯したわけではないらしく、手配されてるわけじゃねえ。

 少なくともこの国に入ってからはまだ何もしてねえんだからというのが、ステラやステラの味方をしてる連中の意見だった。


 火事や大規模な盗みを計画をしてやがったのはこの耳で聞いたとおり確かだが、それも未遂どころか実行に移す前なのだから罪に問えないだろうというのがステラの執事らしいジイサンのした話。

 バアサンは子どもを攫っているのはどうなんだって問い詰めたけれど、俺やステラ、それに真っ赤な髪のアリスというらしい女も自分の意思でここに来ていたし、ステラの味方をすると決めた俺がジュニアの件をお咎めなしにすると言えばバアサンも諦めた。


 今でもサーカス団のやつらのことはよく分かんねえ。

 俺は犯罪の片棒を担がされようとして逃げ出したし、ジュニアだって人質に取られた。

 だけどサーカス団へ戻ってみればジュニアはいいご身分で飯食わしてもらってるし、俺も何のことはねえ、当たり前みたいに、サーカス団の他のやつらがそうするように準備を手伝わされた。


『良いか悪いか分かんないからねえ』


 ステラの言ったそのまんま、俺が感じていたことを言葉にされた思いだった。

 こいつらのしていることの中には明らかに悪いことだってあるのに、こいつらはそれを良いことと変わんねえ扱いでやりやがるんだ。


 ステラはそれを分かってんのか分かってねえのか知らねえが、嚙み砕いた言葉でバアサンやジイサンやマルクスたちに伝えて、ひとまず黙らせちまった。

 それで、ステラとしても良いか悪いか分かんねえうちは味方するってんだからやっぱり変わってやがる。


「サーカス、まだ一週間あるからねえ。ご準備たくさんあるからねえ」

「へいへい、分かった。まずは?」

「これをね、うんしょ」

「貸せ」


 ステラが明らかに持ち上がらないだろう荷物を運ぼうとしやがるから、手を出して俺が持つ。

 代わりに「チビはこれな」と言って今俺が持ってきていた包みを適当に渡せば、ステラはやたらと使命感に燃える顔つきでそれを受け取って、慎重に運び始めた。

 そんなの雑でいいから前を向け。


 ステラは結局、明日の予定だったサーカスの日程を一週間後まで延期させた。

 それから、自分も連れの連中もサーカス団のキャンプで寝泊まりさせろっつって簡易な宿泊設備を作っちまった。


 サーカス団のやつらは騎士に睨まれてるから渋々ながらも言いなりだし、騎士のやつらは騎士のやつらで何があったか知らねえがステラの言いなりだった。

 このキャンプ地はもはや法の外、治外法権。

 ステラをトップにした独裁状態だった。

 ようはこの一週間でサーカス団のやつらを見極めるから時間を寄越せということらしい。


 話がまとまると、騎士のやつらはバアサンの家の警備やら本来の仕事があると言いながら逃げるように帰って行ったし、バアサンも今日こそ初日だからと居座るらしいが、問題なければたまに様子を見に来るだけになるという。

 夜が明け、早速サーカスの準備だとステラが色々と連れのやつらを通して指示を出すと、不思議なほど滞りなく準備が始まった。


 俺がステラと共に荷物を持ってテントに入ると、そこでステラの護衛のイソシギとサーカスのやつら何人かとで何やら話していたマルクスが寄って来た。


「荷物あんがとな。なぁなぁ、アーマッドは何するか決まった?」

「さあ。決まってねえ」

「ふうん。俺はさ、イソシギさんらに剣舞教わってやろうかなって思ってんだー」

「へえ」


 隣で話を聞いていたステラがキラキラした目をした。

 嫌な予感がする。


「ねえ、アーマッドはさ、私とアリスと一緒にダンスをしようよ。お揃いのお洋服を着てね、踊るんだよう」

「ぜってー嫌だ」


 ステラの提案で、ステラや俺も含めて、騎士たち以外の全員がサーカスには参加することになっている。

 イソシギさんや執事たち、それに本来サーカスのほうには出る予定のなかった団員も含めて全員だ。

 一緒にやったほうが楽しいから、だとさ。


 家出中らしいアリスは、結局あのままの流れでサーカスのほうに参加することにしたらしかった。

 バアサンを言いくるめた直後のステラに誘われて、ビビッて嫌って言えなかっただけだろってのが俺の予想だ。

 ただ、今はなにやら吹っ切れたようで、楽しそうにあれこれサーカスのやつらのとこにも参加してやがるし、家族にはバアサンの家に一週間泊まると伝わっているらしく、実際にバアサン家から毎日サーカスまで通ってくるらしいので問題はないんだろう。


 ステラは、屋敷から連れてきたらしいメイドを巻き込んで何やらピラピラした洋服の用意をしていて、それを着て、アリスやガキどもと一緒に踊りを披露するのだと言ってやがった。

 俺は、ステラが何か言い始める前に、テテがいるだろうナイフ投げのところにさっさと行っちまおうと決める。

 どの演目にしようかなんて悩んでるうちに、踊りのメンバーにされちまったらたまったもんじゃねえ。

 何せ、ここではステラが絶対だ。

 ステラに強く望まれれば最後、気の抜けるような踊りをマジでこいつらとさせられかねない。


 背後から、ステラの「そっかあ」というひどく残念そうな声がしたのに多少の罪悪感を抱きながら、俺は戦略的撤退を決めた。

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