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65.小悪魔ステラちゃん、懐柔する

 ─────私を守るみたいにしてヘイデンとイソシギが前に立ってくれている。

 ご旅行に来て以来、久しぶりに会えたおじいちゃん執事さんのヘイデンは、いつもと同じ優しい笑顔を私に向けてくれた。

 大丈夫だよ、守るからねって言ってくれているみたいで、それに、なんだかとっても嬉しそうで私まで嬉しくなる。


 逆に、ご旅行のあいだ一緒だったイソシギは、なんだかキリリなお顔になっている気がした。

 イソシギはあんなお顔だったかなあ。


 お目々のまぶたの二重が線で書いたみたいにくっきりになっていて、お鼻もこーんなに高くて尖って見える。

 眉毛なんてとってもぶっとくなっていて、『クッキリ!』って感じだ。


 たまに、私に何かお願いされないかなって言うみたいにこちらをじっと見つめてくるイソシギは、黒目の中に大きなお星さまがいくつもキラキラ輝いているみたいで、深くなった彫がお顔に陰影をつけている。

 いつも今のイソシギでいてくれたら、前よりもっとお上手な似顔絵が描けそうだなあと思った。


 私の右隣には、私と手を繋いでくれているチャーリー。

 私がチャーリーを見上げると、背筋をピンと伸ばしたチャーリーは顔を上げて、まっすぐ前を向いていた。

 すごく自信に溢れてる感じ。


 さっきは久しぶりに会えたチャーリーがなんとなく元気がなさそうに見えて心配だったんだけれど、ボーちゃんを貸してあげたら元気になってくれたみたいでよかったなあって思う。

 私はチャーリーの右手に輝くボーちゃんを見て、やっぱりボーちゃんは格好いいもんなあって思った。


 見れば見るほどボーちゃんは格好よくて、チャーリーも元気になったことだし、やっぱりボーちゃんは私が持ちたいなって思い始めていると、私たちと対面していたマルクスのお婆ちゃんが「……もうそろそろ、いいかい?」って、なんだか疲れたみたいに言ったのが聞こえたの。

 私はそっかって思って、お婆ちゃんにご説明をする。


「あのね、私ね、こっちの味方するからねえ」

「ステラよ、それをやめてくれないかい。というか、その言い方をさ。あんたがそれを言うたび、あんたの周りのやつらがやたら生き生きした目でこいつらを見定めてきてるんだよ」


 こいつらって言いながら、お婆ちゃんはお婆ちゃんの後ろにいる騎士さんたちを目線で示した。

 そういえばさっき飛び出してきていた人がいたなって思い出して、私はその人がどこに行ったかなって思って探してみた。


 見ると、お婆ちゃんの後ろまで下がっていたみたいで、両隣を騎士さんに挟まれて座ってる。

 私と目が合ったその人は「ひっ」って言った。


「あのね、テテがね、私、良いか悪いか分からなかったからね、一回はテテの味方をしようって思ったからねえ」

「ステラ、おーいステラ。こっち、こっちを見ておくれ。この騎士がさっき無礼を働いたのは謝るよ、すまなかったね。続きは私に話しておくれ」

「ひいぃ……!」


 なんとなくさっきの騎士さんを見たままお話の続きをしちゃった。

 間違えちゃった。

 さっきの騎士さんが、私たちから集まる視線に緊張しちゃったのか、もっと後ろに引っ込んじゃった。


 私は改めてお話をするため、お婆ちゃんへと顔の向きを戻す。

 お婆ちゃんは私だけを見ていて、もうヘイデンやイソシギじゃなく、私を見てお話をしようとしてくれてるのが分かった。


「あのね────」


 私が話し始めようとした、そのとき。


「────!!」


 急に騒ぎ声がして、お部屋の外が騒がしくなった。

 それからすぐ、勢いよく部屋に駆けこんできた二人の姿に、私は目を丸くした。


「ステラ! 良かった、無事で……!」

「……ジュニアもチビも、問題なさそうだな」

「マルクス、アーマッド……」


 現れたのは、マルクスとアーマッドだった。

 アーマッドは近くの建物でサーカス団の人たちと明日のご準備をしていたはずだけれど、マルクスはどうしてここにいるんだろう。

 マルクスは別荘のおうちにいたはずだけれど、お婆ちゃんと一緒に来たのかな?

 私がそう思っていると、お婆ちゃんがマルクスを睨んでた。


「マルクス、屋敷で待っているよう言ったはずだよ」

「ごめんなさい、ばっちゃん。でもオレ、心配で……」

「ハァ、どいつもこいつも……」


 マルクスは、マルクスのお婆ちゃんに内緒で来ちゃったみたいだった。

 お婆ちゃんにため息をつかれてしょんぼりしちゃったマルクスだったけれど、それからふと、この場の雰囲気に疑問を覚えたみたい。


「……ステラ? えっと、なんかこれ、どういう状況だ? なんでばっちゃんたちとステラたちが向かい合ってんだ?」


 さっき駆け込んできた勢いで部屋の中央まできていたマルクスだけれど、今はお婆ちゃんと私たちに挟まれるような立ち位置になってしまっていて、なんだか所在なさげにしてる。

 私は、そんなマルクスに教えてあげることにした。


「あのね、私ね、サーカス団の味方をすることにしたんだあ」

「おう。……え?」


 私が笑顔で言うと、マルクスが固まった。

 私はそれだけじゃ分かんないよねって思って、続きをお話する。


「サーカス団の人たちが良いか悪いか分かるまで捕まえないで欲しいんだけどね、でも騎士さんたちにはきっと難しいからねえ、これから、()()()()()をするんだよう」

「え……、ええっ!?」


 私の言葉に徐々に目を見開いていったマルクスが、言葉の意味を全部飲み込めたと同時に、驚きの声を上げた。

 見開かれた目をそのままに、大きく身を仰け反らせてる。


 そのお顔のままでガバッって、勢いよくお婆ちゃんを見て、それからチャーリー、ヘイデン、イソシギと、首がちぎれそうな勢いでバッバッってみんなの顔を見回した。

 それから最後に私へと向き直すと、目の前までズイっと身を乗り出してくる。


(こぶし)で!?」

「うん?」


 マルクスの言った意味がわかんなくて、私は聞き返した。

 だけど、マルクスはそれを肯定されたと思ったみたいで、「ええええー!!??」って、さっきよりももっとすごい大声で叫んだ。


「だ、駄目だよ! ステラ! 騎士とステラが戦うなんて! 駄目! 駄目だっ!」

「マルクス、落ち着いて。大丈夫だよう、ちゃんと()()()()()()()()()()だけだからねえ」

「や! やめろよ! それって拳でってことだろ!? 肉体言語に頼るのは良くないって、いっつも父ちゃん言ってるぞ!?」


 マルクスがわーって騒ぎ始めちゃって、私は慌てた。

 叫ぶマルクスのお顔がどんどん赤くなっていく。

 見たこともないくらいに必死なマルクスの様子に、私はびっくりして言葉が出てこなくなっちゃった。

 マルクスは、ひたすら狼狽えてから、今度はキッとお婆ちゃんに顔を向けて叫んだ。


「やめろよ、なんでだよばっちゃんっ! なんで……っ!」

「!」


 これにはお婆ちゃんもびっくりしちゃったみたいで、面食らって何も言えないでいた。

 マルクスのお隣で、アーマッドが怪訝そうなお顔で私を見てる。

 私は違うよって意味を込めて首を振ってそれに返して、それから、興奮しちゃってるマルクスを落ち着かせるためにマルクスのところに駆け寄った。


「マルクス、大丈夫だよ、すぐ終わるよ」

「そりゃこのメンツが出てきたら、いくら騎士だってひとたまりもねえって!!」


 私はマルクスをなだめようと思ったんだけど、マルクスは止まらない。

 マルクスはお婆ちゃんを睨んでいたみたいで、私のほうへとお顔を戻してからも眉が吊り上がったままで、眉間にぎゅっと力が入ってた。


「オレ、オレ、ステラの騎士になるって、決めたんだ……っ! 騎士が、きし゛が、ステ゛ラだちと戦う゛なんで……っ! オレ、やだよ゛………っ!!」

「ああ! マルクス、泣かないで」


 ついに、ぎゅっと力の入ったお目々を水の膜が覆った。

 今にも涙をこぼしてしまいそうなマルクスに、私も慌てちゃう。

 私よりもずっと背の高いマルクスの腰のあたりにぎゅっと抱き着いて、伸ばした右手で背中を、左手でお尻を急いでたくさんなでなでした。

 

「マルクス泣かないで、怖いことないよ、大丈夫だよう」

「オ゛レ、ステラの騎士になるって、言ったのに……。ごめん、でも、騎士とステラが、戦うなんて、そ、想像も゛、じでなぐで……。どうしていいか、わがんねえよ……!」

「うん、うん、大丈夫だよぅ。私も騎士さんたちも、ヘイデンたちもね、みんな、戦ったりしないからねぇ」


 ヘイデンがいるあたりから「えっ」ってお声がした気がしたけれど、私は目の前のマルクスを慰めるのに一生懸命で気が付かなかった。

 マルクスは将来マルクスのパパみたいな騎士になるっていつも言っているのに、お友達の私が騎士さんと対立しちゃってるみたいだったから、びっくりしちゃったんだ。


 マルクスはきっと、私たちがお話し合いじゃなくって、戦って決着をつけようとしてると思っちゃったんだね。

 私はマルクスに何回も「戦わないよ」「大丈夫だよ」って繰り返した。

 マルクスは何度も声を震わせたけれど、歯を噛みしめて、涙が零れないように我慢してる。


 騎士さんになるんだって言うマルクスは、強くなるためにいつも色んな努力をしてるんだって教えてくれた。

 私はマルクスが泣かないようにしているのも知っていたのに、びっくりさせて悲しいお気持ちにさせちゃったのは私が悪い。


「マルクスごめんね」

「違う。ステラのせいじゃ、ねえ……」

「あのねマルクス、私のお話、聞けるかなあ?」

「おう」

「私ね、アーマッドとサーカス団へ来て、ジュニアや、アリスや、テテと会ったの」


 それから、私はマルクスにどうしてこうなったのか、私がここへ来てから起こった出来事を全部お話してあげた。

 マルクスに抱き着いたまま、お尻をポンポンってしてあげながら、テテのお気持ちを教えてもらったこと、テテたちサーカス団の人たちが悪いのかどうか分からなくなっちゃったことを一つずつ伝えていく。

 それから、味方のいないテテたちサーカス団の人たちに、私が一回は味方になってあげたいって思ったんだってお話もした。


「……わかった」


 私のお話を全部聞いてくれたマルクスが、お尻をポンポンしていた私の手を優しく掴んだ。

 それからゆっくりと、抱き着いていた私の体を離す。

 そっと見上げれば、少しだけ目元の赤くなったマルクスは、優しい眼差しで私を見てくれてた。


「わかった。オレも、ステラの味方だ」

「! ありがとうマルクス!」

 

 マルクスがニッて笑って、さっきのお返しみたいに私の頭をポンポンってしてくれる。

 そんなマルクスの向こうで、マルクスのお婆ちゃんが声にならない悲鳴みたいなお声を上げた。


マルクス、お前もか

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