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【書籍化決定感謝SS】大天使ステラちゃん、特別で大切な一日

このたび、「大商家の愛娘(幼女)ですが、毎日元気いっぱいに暮らしていたら攻略対象の過去トラウマを一掃しちゃってたみたいです」を、株式会社マッグガーデン様のレーベル【マッグガーデンノベルズ】にて書籍化していただくことが決定いたしました!

すごい、すごいよステラちゃん!

ここまで小説を書き続けて来られたのもひとえに、小説を読んでくださるみなさまのおかげです。

いつも励まされております、ありがとうございます!


発売時期なども含め、書影や詳細は随時追ってご報告・公開させていただきます。

まずはこの驚きと喜びのままに、感謝のSSを捧げさせてください!

時期は一巻に収録されるであろう初期に遡りまして、「4.ゲームでは医者見習いのダニー(ダニー視点)」の後くらいのお話です。

 暖かな日差しと心地よい風。

 穏やかな気候の続くある日、今日はそんな中でも大商家ジャレット家にとって、特別で大切な一日。



 こんにちは!私の名前はステラ。ステラ・ジャレットっていうの。

 今は私のお部屋で、先日私のお家の使用人さんになってくれることが決まったダニーとポーギーと一緒に、今日はどんな遊びをしようかなあって考えているところ。


 二人ともまだお家で使用人さんになるって決めてからそう時間が経っていないし、ポーギーもやっと体調が良くなったばかりだから、働くためのお勉強は朝ごはんの後に少しだけなんだ。

 朝ごはんを食べて、少しの時間お勉強したあとは、いつもこうしてお昼ごはんの時間まで三人で遊んでいるの。


「何をするのがいいかなあ」

「ステラのやりたいことをやろうぜ」

「うーん」


 私は初めてできたお友達とはどんな風に遊ぶのがいいのかなって、毎日色んな遊びを考えているの。

 ダニーはお兄さんだからか、いつも私のしたいことをしようって言ってくれる。

 ポーギーはしたいことはないかなって見てみるけれど、ポーギーも私がどんな遊びを言うのかなってウキウキしたお顔で待ってくれていた。


 私が、これぞ!っていう案が思い浮かばなくて「うーん」って悩んでいると、開いたままのドアを小さくコンコンってノックする人がいた。

 ヘイデンとチャーリーだ。

 私は二人の元へ駆け寄って、それからもうお昼ごはんのお迎えに来てくれたのって聞いてみたんだけれど、二人は互いにちらっと目線を交わしてから私に向かって笑顔で首を振った。


「いいえ、こちらをお嬢様へお届けに参りました」


 チャーリーが後ろ手に持っていたものをゆっくりとした動作で差し出す。

 見てみると、それは小さくて白い封筒だった。


「なあに?」

「ご覧になってみるのはいかがですか」


 封筒はパパやママが使うようなものの半分の半分くらいの小さなもので、ヘイデンに促されて受け取ってみると、微かにインクの良い香りがした。

 私はまだ全部の文字を読めないけれど大丈夫かなって思いながら、手に持った封筒の蓋を開けてみる。


「何だ?」

「誰からかしら。ねえステラ、読んでみてよ」


 ダニーとポーギーも、私が開く封筒を横から覗き込んで、興味津々だ。

 糊付けされていなかった蓋は簡単に開いて、中には小さなカードが一枚入っていた。


『りぼんをつけてみよう』


「り…ん…、つた…? け? てみ…う?」

「?」

「?」


 そこに綺麗な字で書いてある文章を、分かるところだけ読んでみるけれど、よく分かんない。

 ダニーとポーギーもまだ文字が読めないから、私が読み上げるそれを聞いて私と一緒に首を傾げた。


 私はヘイデンとチャーリーが読んでくれるかなって思って二人を見上げてみる。

 最初に目が合ったチャーリーがヘイデンを見て、ヘイデンは私に笑顔を向けると「もう一息ですよ」って言った。


「り…ん…、つけてみ…よう?」

「……あ!」


 私が一文字ずつ繰り返し読んでみていると、ポーギーが何かに気が付いたみたいに声を上げた。

 身を乗り出すと、カードの文字の下、ピンクと赤で描いてある絵を指さした。


「ステラ! 見て! もしかしてここに描いてあるの“リボン”の絵じゃないかしら」

「なるほどな、じゃあ『りぼん、つけて、みよう』か!」

「あ! そうだよ! 『りぼん』だ! すごい」


 ポーギーに言われてもう一度カードのリボンの絵と文字を確認すると、たしかに『りぼん〇つけてみよう』って読むことができる。

 すると、私たちがカードを読めたのを確認したヘイデンとチャーリーがニコニコ笑顔で教えてくれた。


「リボンでしたら、女性使用人に聞いてみるのはいかがでしょうか」

「うん! そうだね!」

「行こうぜ!」

「うん!」


 私たちは大きく頷いて、女性使用人さんたちを探しにお部屋を飛び出した。



 ◇ ◇ ◇



 お家の中で、女性使用人さんたちを探す。

 ポーギーがこの時間に女性使用人さんがするお仕事を覚えてくれていたから、その姿はすぐに見つかった。


 お家で働いてくれている女性使用人さんは二人で、ママと同い年くらいの人と、いつも私のお着替えを手伝ってくれる若い人だ。

 廊下で、大きなシーツなんかの洗濯物を籠に入れて運んでいた二人にカードを見せると、二人はニコニコで応えてくれた。


「リボンでしたら、こちらをどうぞ」


 ママと同い年くらいの女性使用人さんがお仕着せのエプロンのポケットから取り出してくれたのは、紐状のリボンを木でできた薄い筒に巻き付けているものだ。

 若い女性使用人さんが私の前で身を屈め、リボンを私の髪にかざしてうんうんと満足そうに頷く。


「よろしければ、お付けいたしましょう。髪のセットとお召し変えもリボンに合わせたものにするのはいかがですか」

「うん!」


 私は若い女性使用人さんの提案に頷いてから「あっ」て気が付いた。

 今はダニーとポーギーと一緒だったと気が付いて二人を振り返ると、二人が何かを言うよりも先に若い女性使用人さんが「ダニーとポーギーも」と、二人のお着替えもあるよって言ってくれる。


「いいんですか?」

「もちろん」


 どこか不安そうに言ったポーギーにも笑顔で応えてくれて、それから私たちは一度私のお部屋に戻ってお着替えをしたの。



 ◇ ◇ ◇



「もん…んい? はなし……こう……?』

「今度はさっきよりも難しいわ。描いてある絵は何かしら」


 お着替えをして、リボンを付けてもらった私たちは、お仕事に戻っていく若い女性使用人さんから今度は果物みたいな香りのする飾り付きの小さなカードを受け取った。

 カードにはやっぱり綺麗な文字と絵が書いてあって、書いてある文字はさっきよりも多くなってる。


『もんばんにはなしをきこう』


 ポーギーも覗き込んで描いてある絵を見てくれるけれど、今度の絵は黒のペンで書かれたドームのような形に縦の縞々が入ったもので、ポーギーにも何だか分からなかった。


「なあ、この格好、窮屈だぜ。脱いじゃダメか?」

「ダメだよ! お兄ちゃん似合ってるもの。ねえ、ステラ」

「うん。とっても格好いいよう」

「………そうかよ」


 ダニーはお着替えした服がいまいち気にいらなかったみたいだけれど、ポーギーと私が似合うよって言ったら脱ぎたいお気持ちは減ったみたいだった。

 今の私たちはお着替えをしてもらって、どこか特別なお出かけにでも行けそうなお姉さんとお兄さんな格好だ。


 私とポーギーは、布がたくさん使われたスカートがふわっと広がるお揃いのワンピース。

 ダニーはツヤのある生地を使ったズボンとシャツに、上から紺のジャケットを着ている。


 もちろんリボンも付けてもらっていて、私は高い位置で左右に結んだ髪に結んでもらい、ポーギーは一つに結んだ髪に、ダニーは着替えたシャツの首元に結んでもらった。

 一本の長いリボンを三つに分けて結んでもらったから、本当に三人でお揃いで嬉しい。


 私はそれから、もう一度手に持つカードに視線を戻した。

 機嫌を直してくれたダニーも一緒にカードを覗き込んでくれるけれど、私が覚えていない文字が多くて何て書いてあるのか分からない。


「誰かに読んでもらおうぜ」

「ヘイデンもチャーリーも、さっきはねえ、読んでくれなかったよう」

「レイチェルさんたちはお洗濯へ戻ってしまったでしょうし……」


 ダニーの提案に私とポーギーが悩んでいると、ダニーが何か言い出しにくそうにしながら口を開いた。


「…………じゃあさ、先生に聞いてみたら、いいんじゃね」

「あ、そっか! お父さんならきっと医務室にいるもんね!」

「ダニーすごい、ナイスアイデアだ」


 私はダニーの提案がすごくいいなあって思ったんだ。

 ダニーが先生って呼ぶのはお医者の先生で、ダニーとポーギーがこのお家に来ることが決まったときに、二人のお父さんになってくれた人で、今は医者見習いとして働いてくれるダニーのお仕事の先生でもある。


 ダニーが頼りにしているお医者の先生はすごい先生だから、私もお医者の先生に聞いてみるのがいいんじゃないかなあって思った。

 私たちはさっそく、お医者の先生がお仕事をしているお部屋に行ってみることにした。

  

 そうやってお医者の先生のお部屋についた私たちだったけれど、お医者の先生は出かけてるみたいでお部屋にはいなかった。

 そのことになんだかダニーが一番ショックを受けていたんだけれど、よく見ると、お部屋の真ん中のテーブルの上に一枚の大きな板が置いてあることに気が付いたの。


「あ! これ、『あいうえお』の表だ!」

「本当だ。そうか、これを見ればいいんだよステラ」

「私も、これを見て文字を習い始めたところだから、きっと力を合わせればカードの文字も読めるはずよ」


 置いてあったのは、ひらがなとそのひらがなが付く物が格子状のマス目に書いてある『あいうえお』の表で、私も文字を読む練習に使ったことのある物だった。

 最近はダニーとポーギーもこれを見て文字を教えてもらうことがあるみたいで、三人で表の文字や絵をヒントにカードの文字を読んでいく。


「「「も・ん・ば・ん・に・は・な・し・を・き・こ・う!」」」


「門番さんのところへ行けばよかったのね、この絵はきっと門の絵よ」

「よし! 行こうぜ!」

「うん!」


 私たちはお医者の先生の部屋を飛び出して、お家の外にあるお庭を抜け、門のそばでお家を守ってくれている門番さんたちのところへ一直線で向かった。

 だから、私たちが医務室からいなくなったのを確認したお医者の先生がそっと戻って来て、五十音表を棚にしまい直すのには気が付かなかったの。



 ◇ ◇ ◇



「いらっしゃいませ、お嬢様、ダニー、ポーギー」

「こんにちは、どうされましたか」


 私たちが門へ行くと、そこには門の左右にいつものように立つ門番さん二人の姿があった。

 背の高い門番さんが笑顔で迎えてくれ、大柄な門番さんが私たちの用件を聞くために声をかけてくれる。


 代表して私がカードを二人に見せると、門番さん二人はなるほど、と大きく頷いた。

 それから、背の高い門番さんが「では」と言って一つ咳払いしてからお話をしてくれた。


「とっても素敵なリボンを付けたステラお嬢様、今日はこれからダニーとポーギーと三人で力を合わせて、カードを辿って行ってみてください。きっと、良いことがありますよ」

「わあい、本当? すごいねえ、ありがとう」


 パチンとウインクしてくれた門番さんにお礼を言うと、門番さんは一瞬口角に力を入れて何かを堪えようとして、でもすぐにニヘラっとした笑顔になってくれた。

 それを大柄な門番さんが一言「だらしない顔になっているぞ」と言って、それから大柄な門番さんもその大きな体を小さく丸めるように屈んでくれる。

 胸当てを少し浮かせるとその隙間に手を入れ、胸ポケットから取り出したものを差し出してくれた。


「これを」

「次のカードだねえ、ありがとうぅ」

「いえ」


 大柄な門番さんは寡黙な雰囲気のとおり口数は少なくて表情も分かりづらいけれど、全然怖くない。

 私はカードを受け取ると、いつも優しい二人のお仕事のお邪魔にならないように、ばいばいって大きく手を振ってその場を離れた。


 もらったカードを持ってダニーとポーギーのところに行くと、三人で一緒にカードの中を見る。

 二つ折りにされていたカードは、開くとお風呂の湯気のような優しい香りがした。


『にわしにあいにいこう』


 今度も三人でカードに書かれた文字を読む。

 さっき『あいうえお』の表を見ていたときに私もきちんと復習したし、ダニーの思い付きで、私が苦手な字をダニーとポーギーで手分けして覚えてくれることになったから、完璧だ。


「に・わ・し・に・あ・い・に・い・こ・う」

「庭師のおじいちゃんのところに行くんだねえ」

「すごい、私たち三人いればどんなカードも読めちゃうわね」


 私たちは、お花とシャベルの絵が書いてあるカードをもう一度二つ折りにしてポケットにしまうと、庭の外れにある庭師のおじいちゃんの小屋へ向かったの。

 お庭にはたくさんのお花が咲いていて、色とりどりのお花で飾られた舗道の敷石を、三人で跳ねるみたいに駆け抜けていった。



 ◇ ◇ ◇



「よくぞここまでいらっしゃいましたじゃ。さあさあ、こちらへどうぞですじゃ」

「え!? わ! すごい! すごいわステラ!」

「とっても素敵だねえ、すごいねえ!」

「すっげー……」


 小屋を訪ねた私たちを小屋の前で待ってくれていた庭師のおじいちゃんは、小屋の扉を開けてくれる。

 開いた扉の中、私たちは目にした光景に目を見開いて大きな歓声を上げた。


 小屋の中は花、花、花で埋め尽くされていて、庭に咲いていたいっぱいのお花がここに全部集まっているみたいだ。

 小屋に入ってよく見てみると、茎を均等な長さで切られたお花を束ねたものが飾り付けてあったり、花瓶に差してあったり、花で編んだ飾りもある。


「これも、これも、すっごくいいなあ」

「ありがとうございますですじゃ。さあステラ様、こちらをどうぞですじゃ」

「わあ! すごいね、お花の冠だ。すごくかわいいねえ!」


 おじいちゃんがニコニコで、私にお花でできた大きな冠を差し出してくれた。

 私は頭に乗せてもらえるのかなって思っておじいちゃんに頭を差し出すと、おじいちゃんは一瞬あわあわっとたじろいだあと、それを見ていたポーギーに手伝ってもらって冠を乗せてくれた。


「わ、俺はいいよっ」

「ダニーもねえ、今日はお揃いの日だからねえ」

「お兄ちゃん、ステラとお揃いよ」


 それから、私はポーギーの花冠を選んでおじいちゃんと一緒にポーギーの頭の上に乗せてあげて、ダニーにもお花で出来た飾りを選んでジャケットの胸ポケットへ差してあげた。


「とっても素敵ね。庭師のおじいちゃん、ありがとう」

「……ぐっ。ど、どういたしまして……グス、ですじゃ。あの、これを……ですじゃ」


 素敵な服を着て、お揃いのリボンに、お揃いのお花。

 私はすごく嬉しくて庭師のおじいちゃんにお礼を言った。


 すると、どうしてだか潤んだ目になったおじいちゃんはお顔をくしゃっとしたあと、ゴツゴツとした大きな優しい手で小さな筒のようなものを差し出してくれた。

 受け取って見てみると、それは繊維の見える不思議な紙でできていて、微かに草の良い香りがする。

 紙をくるくると筒状に丸めてできているみたいだった。


 私は庭師のおじいちゃんに促され、筒を留めていた紐を取って丸まった紙を広げてみる。

 そこには他のカードと同じく、綺麗な文字で文章が書いてあった。


『おいしゃさんからうけとろう』


 私とダニーとポーギーはこんなカードもあるんだねって、たぶん聴診器だろう絵が描いてあるその紙をよく見てみる。

 それから、ちゃんと読めた文章のとおり、庭師のおじいちゃんにばいばいをしてからお医者の先生を探しに行くことにした。



 ◇ ◇ ◇



 さっきは見つからなかったお医者の先生を探すため、私たち三人はママのピアノの練習室やヘイデンたち執事さんたちの執務室、ダニーやポーギーがお医者の先生と普段生活するのに使っている場所なんかを回ってみたけれど、お医者の先生はいなかった。

 お腹がすいてご飯を食べているんじゃないかなと思って食堂にも行こうとしたけれど、その前に廊下でチャーリーと出会って、お医者の先生は医務室にいるはずだよって教えてもらえた。


「さっきはいなかったからねえ、どこにいるのかなって思ったんだけどねえ、ここにいたんだねえ」

「探させてしまってすみませんでした。先ほどは、ほんの一時部屋を離れてしまっただけだったのですよ」

「そうなんだ」


 お医者の先生は申し訳なさそうに私に謝ってくれたけれど、お医者の先生に会いたかったのは私たちのほうだから、お仕事をしていただけのお医者の先生は悪くないんだ。

 ダニーが「せっかく読み方を聞こうと思って一回来たのに、先生いねえんだもん」って口を尖らせていたけれど、ポーギーがそんなダニーを「まあまあ」ってなだめてた。


「あのね、今日ね、私たち三人でカードを辿って良いことを見つけるの。次はお医者の先生から『うけとろう』なんだけど、何かわかるかなあ」

「はい、ステラお嬢様。それでしたら、こちらをお渡しいたしましょう」


 私が聞くと、お医者の先生はお仕事のときに着ている白衣のポケットから何かを握って取り出した。

 それが何かを確認しようとする私たちに、お医者の先生は身振りで手を出すように促す。


 私とダニーとポーギーが前に出した両手の平を上に向けてお椀を作ると、お医者の先生は握った手から一本、また一本と白いそれを私たちの手の平の上に落としていった。


「なあに?」

「ろうそくですよ。折れやすいのでそっと扱ってくださいね。はい、ステラ様にはもう一本」


 ダニーとポーギーには一本ずつ、私には二本のろうそくをくれたお医者の先生に、ダニーとポーギーはろうそくを見ながらも不思議そうに口を開いた。

 

「分かった。けど、こんな小さいろうそくを何に使うんだ?」

「ろうを使うものって、何かしら」

「その答えはカードを辿った先にあるさ。さ、もう一息だ。ステラ様と一緒に頑張っておいで」

「「はあい」」


 励ますみたいなお医者の先生の言葉に、ダニーとポーギーは声を揃えてお返事をした。

 家族になったお医者の先生とダニーとポーギーは息ぴったりみたい。

 私たち三人はろうそくを一旦ポケットにしまい、お医者の先生が再び白衣のポケットから取り出して机の上に差し出してくれたカードを受け取った。


『りょうりにんがしっている』


 私たちはお野菜の絵が描かれた、消毒液のスッとする香りのするカードを持って、ろうそくを折らないように慎重にお医者の先生のお部屋から出て、それから待ちきれずに早歩きになって駆けだした。

 次に向かうのは調理場。

 料理人さんがこの時間、お昼ご飯の準備をしてくれている場所だ。



 ◇ ◇ ◇



「こんにちは、ステラお嬢様。ダニー、ポーギーも。三人とも、今日はいつにも増してとっても素敵ですね」

「ありがとう! お洋服とおリボンはね、若い女性の使用人さんがやってくれてね、お花は庭師のおじいちゃんがたくさん用意してくれたのよ」

「そうなんですか。ほっぺとお鼻も少し赤くなって、とっても可愛いですねえ」

「あ、それはね、たくさん走ってきたからねえ、うふふ」


 辿り着いた調理場でお料理をしていた料理人さんは、突然やってきた私たち三人を快く迎え入れてくれた。

 通いで手伝いに来てくれている他の料理人の人へお昼ごはんの準備の続きをお願いして、私たちのお話を聞くために調理場の隣のお部屋に移動してくれる。


「あのね、カードがね、料理人さんが知ってるってなってね、あのね、お医者の先生がね、ろうそくをくれたんだけどね」

「大丈夫、知っていますよ。さあ、ここからは、僕に任せてください」


 私はお仕事のお邪魔をしちゃだめだなあって思ったんだけれど、一生懸命早くお話しようとすればするほど、何を伝えたらいいのか分かんなくなっちゃった。

 だけれど、料理人さんはそんな私が落ち着けるように、ゆっくり話して背中を撫でてくれる。


「さて、お三方はカードを見てここまで辿り着けました。とてもすごいです。そして、僕はカードに書いてあったとおり、ちゃんと知っているのです」

「「「うん」」」


 料理人さんが語って聞かせてくれるのに、三人で大きく頷く。

 それを見てから料理人さんは続けた。


「お医者さまから預かったものがありますね、それは今日、とっても大事なものです。さあ、それを手に持って、こっちへ来てください」


 言いながら、料理人さんはポケットからそれぞれろうそくを取り出す私たちの、頭に乗った花冠の位置を調整したり、駆けてきて乱れていた髪や服の裾なんかを丁寧に整えてくれる。

 それから、お部屋を出て調理場のほうへ戻ろうとする料理人さんへ言われたとおりについていこうとした私たちだったけれど、料理人さんはピタリと歩みを止め、くるりともう一度私たちに向き直った。


 ニコニコの笑顔で、料理人さんはピッと指を一本立てると「最後にひとつ、大切な確認を」と言ってから私たちに質問した。



「お腹は空きましたか?」



 ◇ ◇ ◇



 それから私たちが見たのは、人と料理の無くなった調理場、調理場を抜けた先、食堂に続く廊下には誰もいなくて、それから珍しく閉ざされている食堂の両開きの大きな扉。

 普段と違うお家の雰囲気にダニーとポーギーと顔を見合わすけれど、二人も不思議そうにするばかりだ。


 そんな私を、料理人さんは閉まった扉の前に立つように促した。

 両手に一本ずつろうそくを握っていた私はなんだか緊張して、胸元でろうそくをぎゅっと握りしめた。


「さあ、お嬢様、前を向いて。皆さまお待ちかねですよ!」


 言うが早いか、バーンと、勢いよく両開きの扉が開け放たれる。

 開いた扉の先、食堂は大きな窓から差し込む昼の光で眩しく照らされていて、眩む目が慣れるまでの一瞬で、わっと大きく歓声が上がったのを感じた。



「ステラ様!」

「お嬢様、おめでとうございます!」

「おめでとうございます、ステラお嬢様!」



 知っている声が、たくさんする。

 大きな声、笑った声、嬉しそうな声。

 明るく照らされたその場所で、賑やかで温かな空気がわっと押し寄せてくる。


 パチリ、パチリと大きく二度瞬きをした後、ようやくしっかりと見えるようになったそこには、私が大好きな、このお家で暮らすみんながいた。


「パパ! ママ!」


 見つけた姿に思わずダッと駆け出した私を、同じく駆け寄ってくれたパパとママが受け止めてくれる。


「ステラ、驚いたかい?」

「ああ、今日は一段と可愛いわね。ほら、お花がこぼれちゃうわ」

「パパ! ママ! あの、あのね!」


 食堂の中、そこに広がっていた光景は、今まで見た中で一番にキラキラしていて。

 ぶわりと、浮き立つ気持ちがいっぱい溢れて抑えられない。


 笑っているパパとママ、それにヘイデンやチャーリー、今日会ったたくさんの使用人さんたち、さっき調理場にいた料理人さんもいて、みんなニコニコで、私を拍手で迎えてくれている。


 ママに頭の花冠を押さえてもらいながら、パパにぎゅっと抱き着いたままで食堂の中を見回すと、机の上にはぎっしりと料理が並んでいて、庭師のおじいちゃんのところで見たたくさんのお花で飾られていた。

 まるでお花畑みたいに素敵な広い食堂の中、パパやママを始め、みんなが普段とは違う華やかなお洋服を着て立っている。


 何が何だかわからなくて、何を言っていいのか、高揚した気持ちで大きく息を吸い込んだら、お料理のとっても良い匂いがしてお腹が鳴った。

 今日はダニーとポーギーと一緒にカードを読んで、お家の中を駆け回って、もうお腹はペコペコ。


 私はパパに抱きあげられながらたくさん並んだお料理のことを考える。

 今日は朝ごはんだけじゃなくきっとお昼ごはんもみんなで一緒に食べられるのねって、すごく嬉しくてパパの胸から顔を上げると、嬉しそうに笑ったパパが抱き着いたときに落としてしまっていたたろうそくを私の手に渡してくれた。


「ステラ、気付いているかい? 今日は、ステラの誕生日だね。みんなでお祝いをしようと思って準備をしたんだよ」

「え!」


 パパに言われて気が付いた。

 今日は私の誕生日で、このお料理も、綺麗なお洋服で集まってくれたみんなも、私をお祝いしてくれるために集まってくれたんだ。


 驚いて周囲を見回したら、ママが料理人さんと一緒に銀色のドームで蓋がされた何かを持ってやってくるところだった。

 その横にはダニーとポーギーもいて、二人も驚きと興奮がまぜこぜになったみたいにフンフンッてしてる。


「ステラ、あなたの四歳のお誕生日を、本当に喜ばしく思うわ」


 すぐそばまで来てくれたママがそう言うと「お誕生日おめでとう」と言って銀色のドームを持ち上げた。

 そこには───



「ケーキだ!」



 とっても豪華なケーキ。

 大きくて、いちごがたくさん乗った真っ白いケーキがお盆の上にどーんと乗っていた。


 お盆の上、ケーキの周りはやっぱりお花で色とりどりに飾られていて、とっても可愛い。

 私がパパの腕の中で喜びの声を上げると、パパが体を震わせて笑ったのが伝わって、もっと嬉しくなる。


「ステラ、さあここへ座って、手に持っているそのろうそくで仕上げをしよう」


 パパに抱っこのままで運んでもらい、食堂に置かれた大きな大きなテーブルの、その一番端に用意された席に座らせてもらう。

 パパの言いたいことが分かって嬉しくなった私はケーキに手を伸ばす。


 ダニーとポーギーも、嬉しそうに私の座った席まで駆け寄って来て、それぞれお医者の先生と若い女性の使用人さんに抱え上げてもらってテーブルの上に置かれたケーキに精一杯手を伸ばした。

 手に持ったろうそくが、一本、また一本とケーキに刺さり、合わせて四本のろうそくが立てられた大きなケーキが私の前に完成した。

 ヘイデンがそっと、火の灯った柄の長いキャンドルでろうそくに火をつけてくれる。



「「「ステラ様、四歳のお誕生日、おめでとうございます!!」」」



 使用人さんのみんなが、私に改めてお祝いの声をかけてくれる。

 それから、大好きなママが私のためにお誕生日の歌を歌ってくれて、歌の最後、私はろうそくの火を勢いよく吹き消したの。



 私のお誕生日プレゼントを、何日も前からずっと考えてくれていたパパとママ。

 それに私はプレゼントは未来のお友達にあげてねって言ったの。

 そんな私の四歳のお誕生日だったけれど、私はお家のみんなにお祝いしてもらえて、おっきなプレゼントをもらったみたいに、すっごくすっごく幸せだったんだ。







 ◇ ◇ ◇



「あのときね、どうしてイソシギはいなかったのかなあ」

「誰かの代わりに、誰かが仕事をこなさなきゃいけない、そんな時も、ある……。ただそれだけのことっス…………」


 マルクスの別荘へ初めての遠出と長いご旅行をすることになった私は、そんな大切で幸せな思い出を、あのとき一緒にお祝いできなかったイソシギにも教えてあげた。


「五歳のお誕生日はマルクスやマルクスのパパとママも一緒だったしねえ、六歳のお誕生日はイソシギも一緒にお祝いできたらいいねえ」

「本当に、そう願ってるっス」


 そう言って苦笑いしたイソシギだけれど、それがちゃんと本心から思ってくれていることなんだっていうのは分かって、私は心が温かくなった。

 次のお誕生日も、みんなと楽しく幸せに過ごせる日になったらいいなあって、私は思ったのよ。


 お誕生日。

 それは私と、みんなの、特別で大切な一日。


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☆大幅加筆☆ ⇒ 書き下ろし2本(全282ページ中63ページ分が書き下ろしです!)
☆購入特典☆ ⇒ 電子書籍:書き下ろし1本(約1万字)・書泉様芳林堂書店様:SSペーパー(約1000字)
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― 新着の感想 ―
[良い点] ステラちゃんのキャラクター、「〜なのよう」などの語尾の可愛さ、ステラちゃんを愛する周りの人たちそれぞれのキャラクター [一言] 書籍化おめでとうございます!! いつもステラちゃに癒しをいた…
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