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53.大天使ステラちゃん、不思議の住人

 頭の中で、ばちりばちりと何かが弾ける。

 見た事の無い色彩の少年は、マルクスよりも大きくて、チャーリーより小さいくらいの身長をしている。

 華奢だけど、たぶん十三歳くらいのお兄さんだ。


「私ステラ、ステラ・ジャレットっていうの! あなたのお名前は?」

「………アーマッド」


 アーマッドは、顔立ちは少し厳めしくて、お声は低い男の人のお声。

 私の勢いにわずかに目を丸くした彼は、けれど少し考えた後にお名前を教えてくれた。

 ご挨拶はとっても大事だ。

 初めてのお友達とも元気いっぱいにご挨拶をすれば仲良くなれるかもしれない。

 私はご挨拶に続けて、さっきアーマッドのことを怖がってしまったことをごめんねって謝った。


「別に」


 素っ気ないお返事のアーマッドは、もう私たちに興味が無いみたい。

 入り口にもたれかかるようにしていた体を起こし、反転して小屋の中に戻っていく。

 私の知らなかった山の中の世界、そこで出会った少年は目を引く容姿を持っていて、まるで別の世界からやってきた人みたいに思えた。

 白い髪も、日に焼けたようで単純な日焼けとも違った浅黒い色の肌も、少なくともこの国の人にはない色彩だと思う。

 年頃の割に彫りの深い顔立ちも珍しくて、私はそんな彼を、なんだか近寄りがたいけれど雰囲気のある子だなと思った。


 仲良くなりたくて、もう少しだけ何かお話がしたいと思って言葉を探していた私より先に、小屋へと消えるアーマッドの背中に声をかけた人がいた。

 マルクスだ。


「なあオレら、どっかで会った事ねえ?」


 マルクスの顔を見れば、何かを思い出すような、いまいちすっきりしないお顔をしてる。

 その声掛けに、再びのっそりと怠そうに顔だけを出した少年は、マルクスの顔を改めるようにじっと見て、それからふいと視線を外した。


「……さあな。テメェこのへんのやつじゃねえだろ」

「まあ、普段は王都にいるけど。でもじっちゃん達こっちだし、毎年来てる。知らね? ミラーって家名なんだけど」

「………あの騎士団の家か」

「おう! なんかお前会った事ある気ぃするんだけど、去年とか遊んだりした?」

「生憎、俺はずっと山ん中だ。ここへ来てたなら一度や二度はそういうこともあったかもな」

「そうか」


 マルクスは何かを納得したようにうんと一つ頷いた。

 たぶんアーマッドは、マルクスが去年かその前か、この町へ遊びに来たときにお友達と遊んだうちの一人だったのかもしれないねって思う。

 私はそれならと、これから山登りをするのに、アーマッドも誘おうと思った。

 いつもならチャーリーにお誘いしていいか聞くんだけど、今日一緒なのはイソシギだ。

 私がイソシギを見れば彼はまた「?」のお顔をしていたから、私は知らんぷりしてアーマッドを誘っちゃうことにする。


 なんとなくイソシギの事を分かって来た気がするけれど、たぶんここで誘っていいか聞いても、イソシギは『いいんじゃないスか』って言うと思った。

 たぶん間違ってない。

 マルクスやレミたちはチャーリーが過保護だっていうけれど、それを言うならイソシギは放任っていうやつだと思う。

 けれど私のことがどうでもいいって風でもなくて、イソシギはすぐ二言目には『大丈夫です、守るんで』って簡単な事みたいに言うんだ。

 それも、いつも私を心配して危険から遠ざけようとするチャーリーと違うところだなって思った。


 もういいだろうとでも言いたげに再び小屋の中へ入っていくアーマッドに、私は繋いだ手のままイソシギを引っ張るみたいにして一歩山小屋の中へ彼を追いかけ入った。

 足元は石のように固い床が平に敷いてあって、光源が無いせいで、日が遮られる分だけ暗くて寒い。

 ここだけがさらにまた別の空間みたいだ。

 日が入らないせいで濡れたままの足元が、私が一歩進むたびにぴちゃぴちゃ鳴った。


「アーマッド! ……と、遊びたいんだけど、ダメかなあ……?」


 暗くて仕切られた狭い空間では、私が勢い込んで発した第一声は思ったよりも大きく響いた。

 それにびっくりして続けようとしていた言葉は尻すぼみになっちゃう。


「何。テメェもミラーのとこんやつか」

「違う、けど……」

「ステラはオレの友達ー。オレとは違って良いところのお嬢様だから、“テメェ”とか言わないでやってくれ」

「……」


 アーマッドは追って声をかけたマルクスの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、特になんの感情も浮かばない目でまっすぐ私を見ていた。

 けれど、その作り物めいた顔を一瞬だけ歪ませ、それから私やイソシギとすれ違うようにして小屋を出た。

 マルクスのところまで行くと、さして構えるでもなく口を開く。


「で、何すんだ」

「別にー。ステラが山登った事無いって言うから、そしたらこの山登ってみるかってなって、今」

「……こんなチビに上までいけんのか」

「だいじょうぶだいじょうぶ。ステラって結構体力あるんだぜ。馬車移動してきて、今日着いたのに町からここまで歩いてきてこんなに元気だし」

「……テメェ、チビ相手に容赦ねえな」

「マルクス! オレの名前な!」

「……」


 二人の会話に、私は顔を明るくした。

 どうやらアーマッドは、私たちと一緒に山登りをしてくれることになったみたい。

 マルクスと言葉を交わしながら、ふと私に向けられた視線がどこか心配してくれているようにも見えて、無愛想なだけできっと悪い子じゃないんだねって分かった。

 山小屋を出て、マルクスとアーマッドが小屋の横の井戸から水を汲み始めたのに合流する。

 相変わらず足元が濡れていて歩きにくそうにする私に、マルクスがこのへんはあちこちで湧き水もあるから転ばないようにって手を貸してくれた。

 山小屋の中がとびきり温度が低かったからか、外の空気を目一杯吸い込むととっても気持ちがいい。

 風が吹いて、葉を揺らし、木漏れ日が周囲を眩しく照らしてる。

 私は、山の空気って好きだなあって思った。


「冒険の旅に、出発だあ!」

「おうステラ。さすが、元気いっぱいだな」

「最初に飛ばしすぎて後でバテるぞ」


 私、マルクス、アーマッドが並んで、イソシギは一歩後ろで付いてきてくれながら私たちは山道を登り始めた。

 私が一番小っちゃくて、イソシギが一番大きい。

 背も年もバラバラで、だけどみんな一緒になって登った初めてのお山はとっても楽しかった。



 ◇ ◇ ◇



「すごーい! 海だよ!」

「あれは湖だステラ」

「うーみーだーよーー!」

「湖だって」


 初めて見る山頂からの景色に、私は大興奮だ。

 町を見下ろし空に向かって叫ぶと、声が広がって響くみたいでとっても楽しい。

 私の足でも登れた山は、マルクスが言うようにそれほど高い山ではないんだと思う。

 けれど、その頂きからの眺めはとっても素敵で、マルクスのお爺ちゃんたちがいる町も見えるし、その先に大きな水たまりがあるのも見えた。


 私、『海』の事は知っていたけれど、それを本当に見るのは初めて。

 孤児院でレミに歌って聞かせてあげた海のおうたをまた歌おうかと思ったけれど、マルクスに海じゃないって訂正されちゃった。

 あんなに大きな水たまりだから、あれはきっと海でいいのにと思う。


 私はまだまだ元気いっぱいで、道中ずっと「バテるぞ」と声をかけてきてくれてたアーマッドは、山頂までくると「本当に元気なチビだな」と一言言ったきり呆れちゃったみたいに肩をすくめた。

 そうしていたら、ぐぅ、と小さな音が鳴る。


「お腹なっちゃった」

「今のステラ様でしたか?」

「たぶん」


 私が自分のお腹を見下ろしながら言うと、イソシギが不思議そうに聞いてくる。

 いつもはチャーリーが私のお腹の音がするとなぜか誤魔化そうとするから、こういうところもチャーリーとイソシギは違うなって思った。

 自分のお腹の音って、聞こえるけれど鳴ったかどうかいまいち分からない。

 触っていたら『ぐう』って動くのが分かるから、私は自分でお腹に両手を当ててもう一度鳴るのを待ってみた。

 イソシギもそんな私の隣で待っていて、二人で私のお腹をじっと見つめる。

 そんな私たちを見て、アーマッドが一つフゥと息を吐いて口を開いた。


「……腹減った」

「アーマッドもお腹すいたの?」

「ああ」

「オレもお腹空いたかもー。ステラ、昼飯どうする? 帰って食べるか?」


 マルクスも続いて、そういえばお昼ご飯のこと考えてなかったねって思う。

 マルクスの別荘に帰るのもいいけれど、せっかくここまで来たのにすぐ帰っちゃうのはもったいない。

 私がうーんと考えようとしたとき、スッとイソシギが手を挙げた。


「何でもいいなら、準備あるぞ」

「本当? イソシギ」

「ステラ様の口に合うかわかんねっスけど、一応」


 イソシギは、手を挙げた勢いのままもう片腕も上げてぐっと伸びをした。

 それから持ってくれていた私の荷物をそっと下ろしてそばに屈み、レイチェルが準備してくれていた荷物の中身を改める。

 それから一度うんと頷いて荷物の蓋を閉じ直し担ぎ直すと私に顔を向け、「薪の調達行って来ていいっスか?」と聞いた。

 私がよく分からなくてマルクスのほうを見ると、マルクスがみんなで拾いに行こうと言って、みんなで薪拾いをすることになる。


「山頂だし、んーそのへん日当たりいいかな。マルクス、乾いてる枝拾ってもらえるか?」

「イソシギさん山登りとかよくするんですか? 途中も獣の対処すごかったし」

「山登りってか、山ん中での生活が長かったかな。まあ慣れっこだわな。それに獣っていってもただの猪かなんかだったし」

「え、でもアレ結構でかかったですよ」

「そうかあ?」


 マルクスは山頂までの道中でイソシギととっても仲良くなった。

 途中、山間で小さく谷のようになっている場所、アーマッドが沢って呼んでる場所でひと休みしたときに、私たちは大きな動物と遭遇した。

 私が振り返った時にはもう去っていく影しか見えなくて、すごく大きくて毛むくじゃらな黒い何かってことしか分からなかった。


 イソシギによると、たぶん水を飲みに来ただけだろうけど、危ないから一応追っ払ったって。

 マルクスは大きな獣だったのに気配に全然気が付かなかったって驚いていて、でもイソシギが動物を追い払うところは見れたらしく、鼻先を音も無く振り上げた脚の一蹴で撃退してみせたって、大はしゃぎして教えてくれた。

 アーマッドもしばらく口が開いたまま目を丸くしていて、それからのマルクスとアーマッドはイソシギを見る目がちょっとキラキラだ。

 今も、薪拾いの指揮を執るイソシギに、マルクスもアーマッドも黙々と手を動かして、良さそうな枝や枯れ木を見つけてはイソシギに知らせて、褒めてもらおうと思ってるみたい。

 私も足元を見ながら進んでいると、いい感じの枝を見つけた。


「イソシギイソシギ、これは?」

「お~! いい枝ぶりっスね!」


 なかなかの反応に、私は胸を張る。

 拾った枝は私の手で握るとちょうど良い太さで、長さも私の腰くらいまでありそうな立派なやつだ。

 けれどちゃんと乾いているから軽くって、ブンと勢いよく振ってみたら空気を切るような感触があった。

 見ていたイソシギが、顎に手を当て目を細めてうーんと唸る。


「見れば見るほど良い枝っス。……それ薪にするのもったいないです」

「薪にならない?」

「いえ、ただ燃やして使うより、火かき棒にしたり、旅のお供にしたほうが楽しくないスか」

「…………たしかに」


 私も目を細め、改めて枝を見た。

 見れば見るほど、良い枝な気がしてくる。

 太さもちょうど手に馴染んでいて、ちょっとやそっとじゃ折れたりしなさそうなところも良い感じ。


「ボーちゃん……」

「ステラ様?」

「これは、『(ボー)ちゃん』と名付ける」

「おお……!」


 こうして、私はボーちゃんを手に入れた。


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