51.ジャレット家門番によるお泊り会ウォッチング(ヒノサダ視点)
こんばんは。
普段はジャレット家のお屋敷で昼の門番をしている二人のうちの背が高いほうの俺です。
みんなからはヒノサダって呼ばれてます。
身長は六尺三寸、あ、この国でいうところの百九十センチメートルくらい。
ちなみに名前は偽名とかではないんですけど、里で小さい時から呼ばれてたあだ名をそのまま本名みたいに名乗ってます。
親とかいないので、本当の名前はわかりません。
あとは、変装とかしやすいように前髪伸ばしてるからか、たまに目隠れとか呼ばれることもあります。
そっちからは目元が見えなくても、こっちからは見えてるっつーの。
なんにしろ、ただのヒノサダ。それが俺です。
同じ里で兄弟みたいに育ったナベテルと昼は一緒に門番をしていて、夜には夜で別の任務を任されています。
まあ、夜のそれは半分趣味のようなものでして、それについてはまた追い追いお話しできればと思います。
なんたって、今まさにその任務兼趣味の真っ最中なもんで。
「みんなでごはんだ! 嬉しいねえ」
「はい、とっても嬉しいです、ステラ様」
「ポーギーったら、もうお仕事のお時間はおしまいなんだよう」
「うーん、じゃあ、特別にちょっとだけね。ステラ、今日はいっぱい楽しもうね」
「ふふふ、うん!」
このかわらしい笑い声を交わしてらっしゃるのがジャレット家のお嬢様ステラ様と、そのご友人で女性使用人見習いのポーギーです。
天使かな。
ちなみに、今日のジャレット家はいつもとはひと味違ってます。
旦那様であるゲイリー様と奥様ディジョネッタ様が連れ立ってお出かけされちゃったので、今晩この屋敷の主たるジャレット家の方はステラ様ひとりだけ。
初めての一人おるすばんな夜です。
しかし、安心してください。
そんなお嬢様には我々使用人一同が付いてます。
この広いお屋敷で働く使用人は多くいますが、その中でも住み込みで働いてる面子はみんなお嬢様大好きな心強い味方ばっかりですから。
いつも天真爛漫で使用人にも明るく優しく接してくださるお嬢様は、みんなにとって大切な御方なのです。
それに、今日はそれだけじゃなくって────。
「なにこれなにこれなにこれなにこれ! おいしすぎるうぅ~~~!」
「うまっっっ!!」
「美味しい!!」
「あ! マルクスくん卵焼き独り占めしちゃだめだよ!」
階下で次々と響く嬉しそうな声。
なんとも子どもらしい元気な声の数々、その正体こそがステラ様のご友人方のものです。
今日はご両親のご不在にあたって、ステラ様のご提案にてご友人方を招いたお泊り会が催されているのです。
今はみなさんお風呂を済ませた後の晩餐の真っ最中。
ポカポカゆったりと当家自慢の大浴場を堪能されたみなさんはすでにパジャマ姿で揃われています。
今は当家の料理人が腕によりをかけて作ったお子様プレートにすっかり夢中な様子。
あれにテンションの上がらない子はいないでしょう。
色とりどりに盛り付けられた料理の数々はチーズの入ったハンバーグ、具がゴロゴロのカレー、甘酸っぱいドレッシングのサラダに黄色が眩しいオムレツにとちょっとずつを色んな種類が食べ放題です。
ご友人方の好物だという唐揚げや卵焼きもテーブルの上に並べられていて、俺も食べたい。
既に昼からお屋敷にて過ごされたご友人方ですが、お泊りの為の準備もすっかり整えて、今はそれぞれ個性の出ている楽な服装をされてます。
いわゆる部屋着やパジャマ姿。
ステラ様がみんなを待っている間にと着替えようとしていた矢先にお泊り準備を整え終えた面々が屋敷に戻られたので、それならいっそとみんなでお風呂を先に済ませて着替えちゃったわけです。
日中は使用人の白衣やお仕着せを着ていたダニーとポーギーは、さすがにいきなりラフすぎる格好で客前に出るのははばかられたのか、シンプルで品が良い子供服姿。
きっと彼らの養父となったショーター医師のチョイスでしょう。
お利口さんな二人がちょっと気恥ずかしそうに普通の子供服を着ていると、使用人仲間としていつもの彼らを知っている俺としてはなんだかほっこり。
それに、二人がおもてなしする側でいようとしながらも、ちょっと高揚しているようなのが見ていて可愛いです。
わかります、わかりますとも。
ステラ様とそのご友人方とのお泊り会なんて、一世一代の大イベントですもんね。
二人が楽しそうで俺も嬉しいってなもんです。
マルクス少年は、安定の半袖に短パン姿。
いかにもあの年頃のやんちゃ坊主って感じで、きっと一年中半袖短パンでいけるんだろうなと思わせる元気っ子っぷりです。
けど流石と言うべきか、騎士団長子息だけあって、目立ちはしないものの生地とか縫製とか良いやつっぽいです。
良いとこのお坊ちゃんなのに、彼の家がそういう考え方なのか、さり気ないんですよね、彼。
それに対してザ・お坊ちゃまなのがルイ少年です。
日中には彼のとこの使用人さんがお泊りセットを持ってきてくれたので俺も門番として一言二言会話したんですが、ものすごくちゃんとした使用人さんでした。
うちは使用人一同個性豊かで和気あいあいとしてますが、ルイ少年の家ではそういうの無い感じ?
滅私! って感じのちゃんとした使用人さん。
それもそのはず、ルイ少年のお家は代々宰相職を任されるような名家らしいです。
宰相様といえば王様の側近、権威でいえば侯爵様にも引けを取りません。
ルイ少年のお父様が現職の宰相様その人なんだとか。
相変わらずお嬢様の交友関係の凄まじさを感じてしまいますが、そんなお家の使用人さんが持ってきたパジャマに袖を通したルイ少年はめちゃくちゃ良いとこのお坊ちゃんなスベスベ生地の真っ白パジャマ姿です。
うーん、似合う!
あとは、レミ少女は、いつも昼着と同じタイプのワンピース姿で就寝しているとのことで、今日も着替えと一緒に持ってきたというそれを着ています。
うん、打って変わって親近感。
レミ少女と同じく普通庶民のミシェル女史も髪色と同じピンクのかわいらしいパジャマ姿です。
ステラ様たちとパジャマを見せ合いながらお母さんが繕ってくれているんだと話していたミシェル女史は、胸元のウサギさんのアップリケをみんなに褒められて嬉しそうにはにかんでました。
守りたい、その笑顔(ガチ警備)。
そうそう。実は、ミシェル女史とは一度お祭りの日の夜に村でお会いして以降、俺とナベテル門番組はミシェル女史とアイコンタクトを交わし合う仲だったりします。
遊びに来たときとか目だけで『こんにちわ』みたいな、通じ合ってる感。
こっそりはにかみ笑顔で挨拶してくれます。カワイイ。
ミシェル女史はたぶん、いやきっと、村の俺たちが門番の俺たちだって理解ってます。
ステラ様は気付いてないみたいですけど。
変装してたんだけど、やっぱり子どもの中にはそういうの聡い子いますね。
変装って、手品と一緒で意識の隙をついて別人だと思い込ませるみたいなとこあるんですけど、まあ俺もこんな身長で得意なのは女装だったりしますし、まあ、そういうのが素直すぎる子ども相手では十分に発揮できないこともあるんですよね。
それに、ミシェル女史は特別、村で会った俺たち二人を意識してたみたいでしたし。
色々察してか、ステラ様には内緒にしてくれてるみたいなので、感謝とかの気持ちを込めて脳内では聡い彼女をミシェル女史と呼んでいます。
さあ! そして! 我らがステラ様はといえば!
こちらもパジャマ姿でいらっしゃいます!!
これがまたかっわいいんだ!!
「ねえねえステラ、もう一回フード被ってみてよ」
「いいよう~」
「わあ! かわいい! ネコさんですね!」
「ねえ、私ぎゅってしたいわ、ステラ」
「いいよう~」
「やったっ」
「えっ! 私もぎゅってしていい? ステラ」
「ミシェルもレミもポーギーも、みーんないいよう~」
「「「わぁい!」」」
「私も……」
「お前は違うだろルイ」
「なんでいけると思った」
「ぎゅむぎゅむだあ~」
「ふわふわだわ!」
「触り心地も最高~」
「ステラ様可愛い! よしよし……」
「ふふふ」
おお、見ている間に女子たちによる癒し団子が出来上がってる。
抱きしめられているお嬢様もお幸せそうに笑ってらっしゃって何より。
ちなみにルイ少年も抱きしめる会に参加したかったみたいですが、下心なんてなさそうなので一旦はセーフ判定です。
マルクス少年やダニーが苦笑して止めていたし、未遂だし。
ってこらこらチャーリー、壁際からすごい眼光で睨まない。
あんなにふわふわでお可愛らしいステラ様を見たら誰だって抱きしめたくなるだろうに仕方ないでしょーが。
ん? あれ? もしかしてチャーリーも抱っこしたかっただけかもしらんな、アレ。
まあ俺らの後輩でもある彼もまだまだ修行中の身です。
とりあえず、真に大人な俺は目の前の幸せそうなステラ様たちの光景を見て癒されるのです。
はあ~、浄化される~、明日の仕事も頑張れるわあ~。
………コホン。
で、ステラ様がどんなお姿に着替えられたかというとですね。
まずは髪形です。
お風呂上りのステラ様は女性使用人に結ってもらったらしく、髪を耳の上でツインテールにしてもらっちゃってます。
毛先が顔の横で跳ねるのがお気に入りみたいで、ご機嫌なのがなんとも可愛らしい。
そしてそして、パジャマは淡いベージュのモコモコ生地のやつです!
モコモコのステラ様、超かわいい~~!
あ、“超”っていうのは俺の故郷の国の言葉で“すごく”みたいなニュアンスです。
ステラお嬢様のかわいいはかわいいを超えちゃってるので!
超かわいい!!
お嬢様は普段からモコモコの部屋着がお好きでよく着てらっしゃるんですが(超かわいい)、今日のはなんと! ネコさんの耳がついたフード付き!
先ほどからレミ少女が何度もステラ様にフードを被ってもらっては可愛い可愛いと愛でてらっしゃいますが、よくやったとしか言えません。グッジョブすぎる。
フードを外したときもぴょこんとツインテールが飛び出してきてまた格別。
上下モコモコのズボンタイプのパジャマ、それを埋もれるようにして着てらっしゃるステラ様は、足元もお揃いのモコモコ猫さんが付いたスリッパを履いてらっしゃる隙の無さ。
完全無敵☆カワイイ宣言!
我らがお嬢様は王国一!
───っと、俺が荒ぶっている間に、みなさん食事を完食され、食休みも済んだみたいですね。
みなさんしっかりしてはいても、まだお小さいことに変わりありません。
夜はしっかり寝ていただかなければ。
今日はたくさん遊んで疲れたでしょうし、早速お布団のあるお部屋に移動されるようです。
先導するチャーリーに付いてずらずらと廊下を進む姿はアヒルの親子のようでこれまた癒されます。
「今日はみんなで川の字で寝ようねえ」
「カワノジ?」
「カワノジとはなんだステラ」
「うん、あれ? なんだろうねえ」
「あはは、分かんないか」
「並んで寝ようねってことでしょ? ステラ」
「うん! そう! みんなで並んで寝ようねぇ」
「そうだな、カワノジしようぜ」
「カワノジしましょ」
アハハ、と、楽しそうな声が客間に響きます。
疑問に思ったことは素直に聞くポーギーやルイ少年に、ステラ様の言う事をいつも楽しそうに聞くダニー、物知りでフォローもできるレミ少女に、面倒見が良くてみんなのまとめ役なマルクス少年とミシェル女史。
みなさんいいご友人方です。
移動してきたのは屋敷の中でも広く作られた客間、ここが今日のみなさんの寝室です。
みなさんが揃っておやすみになれるよう、昼のうちに使用人たちの手によって家具の配置を動かし十分な量の清潔な寝具が運び込まれています。
毛足の長い絨毯の上に厚みのある布団が一面に敷かれているため、たくさん寝転がっても広々と自由に過ごしてもらえそうです。
それに、あちこちに置かれている星型のクッションは女性使用人の遊び心でしょうか。
白い布団のシーツが広がる上に散りばめられた星たちを見ていると、まるで絵本に出てくる雲の上の世界みたいでウキウキしますね。
みなさん嬉しそうに布団にダイブしたり、何回も転がってみたり。
………ん? どうして私がそんなに細かくみなさんの様子を見ていられるかですか?
そうですね、私の夜の任務について話す時が来たようです。
それは、旦那様ゲイリー・ジャレット様と里長であるヘイデンさんから賜った密命。
それこそ! ステラお嬢様ひいてはこの屋敷全体の警護です!
実は、ここだけの話、俺やナベテルのいた里というのが、東国の忍びの隠れ里なのです(コソッ)。
俺たちはいわゆる忍者の一族 (コソッ)。
その中でも幼い頃から訓練を重ねた戦闘特化の精鋭こそが、この屋敷で門番を務める俺たちなのです(コソコソコソッ)!
どうです、驚きましたか。
……なんですその顔は。まるで知ってたみたいな反応は求めてません!
ええーって言ってください。ほら、ええーって。
ちなみに、こうして語り掛けている風の俺ですが全てひとりごとですからね。
さすがの忍者パワーも次元の壁は超えられないのです。
ん? 怪しい? そこは俺、ミステリアスキャラでやらしてもらってるんで。なんて。
まあ、そういうわけで、俺やナベテル、それに今は夜の門番をしているクラクやウゲツはこうして交代で隙なく屋敷の警護をする任務を受けているわけです。
旦那様の勅命ですから、屋敷内で物陰や屋根裏伝いにお嬢様たちを見守るのももちろん任務のうち。
他の使用人にバレないようにですとか、お風呂や私室などプライベートな部屋に立ち入ったりしないのは大前提です。
常識ですって。
正直、屋敷の中くらいなら気配で人の数や動きくらい掴めるので、実際目にしながら警護することは少なかったりします。
だから、こうしてステラ様たちを見守るのは半分趣味、というわけです。
「……ステラ………」
「好きな…………」
「……………気になる……?」
「それって、初恋…………」
「…………っ!…………じゃなくて…………!」
っと、ん??
何やら話に夢中になっている間に、みなさんの様子が変な感じになっている気がします。
なんだか急に静かになって、みんなの動きがほとんど無くなってます。
まるで身じろぎ一つするのも恐れるみたいな。
気配や漏れ聞こえる音だけでは何が起きているのか分からず、そっと客間の中の様子を確認します。
広い客間の中、先ほどまでよりずっとここにいる人の数は減っています。
何せこれからおやすみされるのですから、使用人が何人もおそばにいてはゆっくりしていただけません。
ここまで案内してきたり寝具を整えていたチャーリーや女性の使用人たちももう下がったあとのようでした。
部屋の中にはステラ様とそのご友人方だけ。
あ、よく見たら白猫のリリーっちもいつの間にか来てますね。
何やらリリーっちとルイ少年だけ自分たちの世界って感じで端っこで二人で何かしてます。
リリーっちはさすが元は野生だったというべきか、気配を消すのが上手です。
それに、他の住み込み使用人と同様に危険を起こす可能性が低い存在なので意識の外にやりがちですね。反省反省。
さて部屋の中はなんだか静か。
かといってみなさん寝たというわけではないみたいですし、ううん? どうやらステラ様、レミ少女、ポーギー、ミシェル女史の四人が円になって寝転びながら顔を突き合わせてこそこそ話をしているようです。
では男の子連中はといえば、こちら、所在なさげにしているような、聞き耳を立ててるような、変な感じにジッとしてますね。
なるほど。理解。
まあ、分からんでもないです。
ガールズトークが始まると、男ってのはどうしていいか分からんくなるトコがありますからね。
「じゃあステラ! 好きな人ってこと!?」
「「「!!!?」」」
な!?
思わず声に出しそうになり自身の口を押さえました。
今、何やらとんでもない発言が飛び出しませんでした!?
「もう! レミったら声が大きいわ」
「しいだよぅ、うふふ」
「しーですよ〜」
「やだ、ごめん。興奮しちゃった! 内緒話よねっ」
「そうそう…………」
「………でね……」
「え、………」
「……素敵…………」
キャッキャと楽しそうに声を掛け合った女の子ズは、俺と同じように驚き固まっている男子連中になど気にもとめず、再びコソコソと小さな声の内緒話に戻ってしまいました。
おいおいおいおい。
こらこらこらこら。
お嬢様に、好きな人……?
え………??
早くない???
っじゃ! なくって! 俺はただの警備の人。
主人のプライベートを盗み聞くなど言語道断です。
安全が確保されていることは確認できたので、声の聞こえない距離まで再び音もなく離れます。
んああああ、気にならないと言えばあ、嘘になるぅ。
いやでも、ステラ様ももう五歳でらっしゃって、ご友人方にも恵まれ、そのうち将来はお婿さんとか取るんだから心の準備はしなきゃ……。
いやいや、そもそも門番風情が心の準備って何様って話だし、きっとこのお屋敷の主人方のことだから素敵で非の打ち所もないようなお相手を見つけてくるんだろうし。
…………わかっててもおおお〜、いやだあ〜〜、ステラ様は俺らのステラ様だもんんんんんん(もだもだもだもだ)!!
◇ ◇ ◇
翌朝、まだ日の出始めたばかりの早朝にご当主夫妻が帰ってこられました。
ステラ様が初めての一人おるすばんということは、ご両親であるゲイリー様やディジョネッタ様にとっても同じなわけです。
一晩だけといっても随分と落ち着かなかったご様子で、まだステラ様たちがお眠りになっていることを伝えると、昨晩は何事もなかったか、寂しがっていなかったかと心配気に起きていた使用人に聞き回ってらっしゃいました。
奥様付きの女性使用人がステラ様の笑顔に陰りが無かったことだけをお伝えして、それからソワソワしっぱなしのご夫妻をまだ時間があるからと夫婦の寝室に放り込んでました。強い。
それからみなさんが起きる時間になって、ステラ様とご友人方、ステラ様のご両親と、それに俺たち使用人も交えた楽しく賑やかな朝ごはんの時間です。
今朝の朝ごはんはまた料理人が趣向を凝らしたようで、ビュッフェ形式というらしい立食パーティーみたいな形での提供でした。
温かいまま種類ごとに提供された料理の数々を自由に選び取って食べるやつです。
みなさん楽しそうに料理を選び、あれが美味しかった、これも好きだって言葉を交わしながら舌鼓を打ちます。
俺もビュッフェ楽しかったです。
そしていよいよ、ご友人方が帰宅されるお時間。
ステラ様も大きな笑顔で、ご友人方もみなさん非常に充足されたご様子。
楽しいお泊まり会になったようで何より何より。
マルクス少年を始め、男の子連中がほんの少しだけ寝不足のような顔をしていたのは、昨晩の話題を考えれば苦笑する他ありませんね。
「お気をつけて、お気をつけて、お気をつけて〜」
「お気をつけて」
ナベテルと二人、門の両側に立って出かけていかれるみなさんを一人ずつお見送りします。
すると珍しく、ミシェル女史がナベテルのほうへ、ててて、と歩み寄っていくのが見えました。
「あの、ナベテルさん」
「ん? ああ、ミシェル・ペトルチア嬢。どうされましたか?」
「その…………」
「?」
「い、いえ、何でも無いです」
ナベテルのところまで行き見上げるようにしたミシェル女史は、ナベテルの服の袖を右手できゅっと握って、何か話しかけてます。
なにか言いたげな様子に俺もそれを不思議に思って見てましたが、最終的には何も言わずにナベテルにペコリと頭だけ下げて門をくぐって帰っていきます。
落ち着かない様子で駆けるように帰っていこうとした彼女は、数歩進んだところで何かに気付いたようにピタリと止まり、それからくるりとこちらに向き直って俺の方にも改めて「お邪魔しました」と深いお辞儀をペコリとしてからまた駆け出して行きます。律儀。
呆気に取られていた俺とナベテルですが、とりあえず駆けていく背中が無事に転ぶことなく角を曲がったのを確認してから、さてと正対します。
「どしたの?」
「分からん」
即答でした。
ナベテルは平常通りの無表情で、全く心当たりが無いと言わんばかりです。
堅物で真面目なこいつが言うのだから、まあ本当に突然のことだったのでしょう。
ただ、気になるのは───。
『あの、ナベテルさん』
声をかけた時の、ミシェル女史のりんごのように赤くなった頬。
まっすぐナベテルを見る視線、緊張にか震えていた指先。
「…………ふうん」
「なんだ」
「内緒」
「なんだそれは」
ミステリアスで売ってますのでね、俺。
なるほどね、と、とある可能性を心の中にそっと仕舞い込みます。
これ以上の詮索をすることは、決してありません。
俺がその可能性を思いついたのは、本来なら絶対に知り得ないはずの情報の寄せ集めの結果なのですから。
それに、もしかしたらただの俺の思い違いで、男性の使用人には言いづらい用件だったーとかだけなのかもしれませんし。
ただ、いくつかのピースが一つに集まるように、そこに出来上がった一つの可能性に気づいてしまった俺は、どうかこのきっかけが、今ある幸せの綻びになどなりませんようにと願うばかりです。
一つ言えるのは、俺の自慢の幼馴染は罪作りなやつだなってこと。
この、男前め!
以上、ただの門番ヒノサダでした。
大集合の章・完!
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