50.何も知らない男はいそがしい(ルイ視点)
2023.8.7 49話と50話の話順を入れ替えました。
「今日はみんなでお泊りだよう! 楽しみだねえ」
「楽しそうだな」
ステラが体を揺らし、はしゃいで言うのに私は適当に相槌を打った。
私が楽しみというより、ステラが楽しそうで何よりという意味の『楽しそう』だ。
ステラは日暮れ近くになってまで相変わらず元気だ。
……ま、まあ、他の五月蠅いやつならともかく、ステラの声は不思議と不快ではないのだから存分にはしゃげば良いと思うが。
私は今、ステラと二人、毛足の長い絨毯の上に並んで座って時間を潰していた。
ステラによると、今日はこのままジャレット家に遊びに来た面々で朝まで過ごす事になったらしい。
それにしても、昼前に合流してからずっとステラは元気いっぱいなままだ。
本当にこいつはいつでもいつまでも元気なやつだと私は呆れてしまう。
それでも、元気なステラと過ごす時間が日暮れ後もまだまだ続くというのは、悪くない気分だった。
それから、二人きりというこの状況もなかなか珍しいかもしれないと思う。
「ルイ! ルイのお父さんのニールさんもお泊りしていいよって言ってくれたんだって!」
「そうらしいな。ま、まあ、夜通しでショーター医師の蔵書に目を通せるのは貴重な機会かも知らんな」
「うーん、お医者の先生のご本はお医者の先生のだから、夜の間ずっとはダメだと思うなあ」
「……フンっ」
私まではしゃいでいると思われたくなくてショーター医師の蔵書の話を出してみたが、ステラにきょとんと至極真っ当な返事を返され、私は鼻を鳴らして返事とした。
事実、ステラの屋敷に興味深いものは多い。
大商家らしい豪華で珍しい調度品はもちろん、ショーター医師の蔵書も素晴らしいし、料理人のサッチモ氏が作るお菓子は上流階級であるはずの私が口にした事がなかったほどの絶品で、他にも珍しい草花が咲き誇る庭や芸術家肌のディジョネッタ夫人の描く独創的な絵画など、他では見られない物ばかりだ。
こういった環境こそがステラの特異な才能を伸ばしているのだろうなとしみじみ思う。
今、私がステラと二人きりになっているのは他でもない、他の面子が泊まりの準備を済ませてくるのを待っているのだ。
先ほど、今日ステラと共にジャレット家の留守を任されていた副商会長の男は帰って行った。
ステラの提案で今日はなにやら副商会長の男を囲む会とかいう意味不明な催しが開かれ私も渋々と参加したが、終わってみればなかなかに充実した時間だった。
副商会長の男が作った菓子はさすがはサッチモ氏の監修と言うべきか非常に美味だったと思う。
『あんこ』とかいう豆を甘くしたものを使った『どらやき』というのも初めての食べ方だったがとても美味しかった。
私は人よりも優れた頭脳を持つため脳が消費する熱量も多く、その動力源たる甘味を強く欲する。
………つ、つまり、私は甘いものが好きだ。
なので仕方なく、そう! 本当に仕方のないことに私は『どらやき』を早々に食べ尽くしてしまい、それから、その、ちょっとだけ、ほんの何個かだけ、人から分けてもらったのだ。
どらやきを分けてくれたレミとかいう名の少女はなかなか良いやつだと思った。
レミという少女に限らず、ステラの友人たちは中々見どころのある者ばかりだ。
以前であれば庶民の子どもなどと思い私が相手にする事もなかった者も居ただろうが、ステラに会って以降はその見方も変わっていた。
例えば、先日から親しくしている医師見習いのダニーなどは、田舎の村出身で読み書きも最近覚えたばかりだと言うが、彼の記憶力が驚嘆するほどに優れている事を私は知っている。
彼の妹のポーギーもそうだが、ジャレット家で日々学びを与えられている彼らの勉強への姿勢はとても真摯で、私も見習いたいと思ってしまうほどだ。
───正直、彼らと出会って私は庶民を見下していた己を愚かだと呪った。
こんなにも優れた人材を見逃すところだったのかと、正直にいえば、この出会いをくれたステラにも、ダニーやポーギーにも感謝している。
ステラが今日はみんな泊まりだと言い出した時、もう各々の家とも連携済みだという事が伝えられた。
それを聞いたみんなは驚き喜んだが、それを聞いた私はただ『そうか』とだけ思った。
ただ、普段ステラの元へ遊びに来た際の帰り際に感じる物足りなさのような何かを今日は感じずに済むなとなんとなくほっとして体がふわふわと浮き立ち心臓がどきどきして顔が紅潮して鼻息が荒くなり両手をぎゅっと握って上下にふんふんと動かしてみただけだ。
気付いたマルクスに「お、ルイもご機嫌だな」と言われたが意味がわからない。
まったく、何を言っているんだ♪
日頃からステラの家で遊んだ日暮れにも『もうちょっとダニーと本を読むのもいいと思うのだが』とか『共に夕食をとってやってもいいぞ』とか言って泊まってやってもいいぞと伝えてきた私を、いつもマルクスは『やめとけ、迷惑になるだろ』と一蹴して引きずり帰ることが多かったので何か勘違いをしているのかもしれないな。
まったく、泊まりが決まって私がご機嫌だなんて、一体どこを見て言っているんだ♪♪
そうして、それから何人かが一旦家へと帰って支度をしてくると張り切りだしてから色々とあり、今ステラと私は二人きりの状況になっている。
最初に帰りたいと言い出したのはレミとかいう少女で、少女はどうやら孤児らしく、世話になっている孤児院で夕食の手伝いだけでもしてきたいと言う。
なるほど、普段から大人数で生活しているからこそ私へどらやきを分けてやろうと思えたわけだなと、ステラと同い年で私より四つ下の少女の大人びた様子にも合点がいった。
それから、レミがそう言うのを聞いたミシェルという少女も、マルクスも、自分も夕食の手伝いをと言って一旦帰宅して出直すことにしたらしい。
彼らは着替えなども自身で取ってくるからと言って出て行った。
私は使用人に任せればいいのではないかと思ったが、そういえば家に使用人のいるような人間はこの中では私とステラだけだったかと思い直す。
孤児であるレミはもちろん、庶民だというミシェルも家には家族だけだろう。
父が騎士団長であるマルクスは身分でいえば使用人が居ても不思議ではないのだが、かの家は質実剛健とした騎士団長殿の性格を反映してか、王都郊外で贅沢をほとんどしない質素倹約とした暮らしをしている。
私が家の使用人が届けてくれた泊まりの用意を受け取る中、マルクス・レミ・ミシェルは一時帰宅のためにバタバタと慌ただしく出掛けて行った。
騒がしいやつらだ、とは思いつつ、置いて行かれたようで少しさびし…………、いや! さ、寂しいなんて思ってないぞ! 決して!
と、とにかく! その後もジャレット家の使用人であるダニーとポーギーが仕事を片付けてくると行ってしまい、残ったのは私とステラの二人きりだったというわけだ。
そういった紆余曲折を経て、私とステラは二人、使用人たちに世話を焼かれながら案内された部屋でする事も無くぼうっとしているところなのである。
「みんないつ頃になるかなあ」
「そうだな。みな片道で三十分もかからない距離だと言っていたな。用事を済ませても二時間もあれば戻ってくるのではないか」
夕食の手伝いというのにどれくらい時間がかかるものかは分からないが、だいたいそのくらいだろう。
それより遅くなればステラがみんなで夕食を食べたいと言っていたのに間に合わなくなるだろうし。
「ねえねえルイ、二時間ってどれくらいのこと?」
「ぐっ!」
“二時間とは何か”
これは難問だ。
たびたび尖った発想力で私たちを驚かせるステラだが、五歳になったばかりであるのは確かなようで、まだ“時間”というものの概念が薄いらしい。
時間とは何か、それは難しい命題だ。
時間の分からない人間に説明してやるのは難易度が高いぞと、私は脳内で様々な高等定理を展開していき解説を試みようと考え巡らす。
そうした一瞬の間のうちに、ひょいと身を乗り出した人物がいた。
気配を消して控えていたはずのフットマンの青年チャーリーだ。
「今からちょうど夕食の支度が整う頃まででございますよ、ステラお嬢様」
にこやかに告げた青年に、ステラはあっさりと「そっかあ! ありがとうチャーリー」と返事をした。
にこにこと笑顔を交わし合っている。
な、なんだ! そんなことで良かったのか……!
私はなんとなく釈然としなくて「………簡単なやつめ」とぼそりと呟いた。
べ、別に、私が教えてやりたかったとか、そんなこと思ってないんだからな!
「それじゃあねえ、それまで何をするのがいいかなあ。私たちもみんなみたいに夕ごはんのご準備をお手伝いするのもいいし、ママとピアノを弾くのも楽しいよねえ」
「ステラ、私はピアノは弾けないぞ。それに食事の準備って、またエプロンに着替えて料理をするのか?」
「んー、それもいいけど、お食事を食べるところでテーブルを拭いたり、スプーンやフォークのご準備をしたり、お花を飾ったりするのはどうかなあ。女性の使用人さんたちがいつも準備してくれるんだよう。一緒にやろうって言って、私もたまにお花を選んだりしてお手伝いさせてもらうの」
「そ、そうなのか……。うーん、しかし、いまいち惹かれんな。ダニーのところに行って本を読むのでは駄目なのか?」
「ダニーはきっとお医者の先生とむつかしいお仕事をしているからねえ、お邪魔になっちゃうかもなあ」
「そうか、うーむ」
私とステラはまた二人で絨毯の上、足を投げ出し座ったままでぼうっと考え始めた。
いつもは大抵マルクスが一緒にいるから、あいつがあれこれと案を出すのを選べばいいだけなのだが。
居なくなって初めてマルクスの有難さのようなものを感じた気がする。
あいつは親しくなってから知ったが案外面倒見がいいというか痒い所に手が届くというか、私より一つ年下のくせに何かと気が利くやつなのだ。
ステラもステラで色々と思いついて提案してくれるが、今挙げられた案の中には残念ながら私が惹かれるものは無かった。
ステラもとりあえず言ってみただけなのか、本命も特になかったようで「それじゃあねえ、うーん……」と言ってまた考え始める。
それにしても、と私は思う。
先ほど夕食の準備手伝いと言われ、私は料理のことしか頭に浮かばなかった。
ダイニングテーブルやカトラリーの準備のことなど、思い付きもしなかった。
食事と言えば料理のこと。
そのメニューについて希望を聞かれることはあっても、料理を食べる道具や場所の支度は普段使用人が済ませているのが当たり前すぎて、気にした事も無かったのだと気が付く。
毎日の事だというのに、私にはまだ知らないことが多いのだなと改めて思った。
ステラと過ごすといつもこうだ。
私には知らない事がまだまだあるのだと知らしめられる。
私はずっと天才だと称賛されて育ってきた。
全てを知っているつもりでいた私だったがしかし、ステラと過ごすと不思議と気付きが多い。
ステラと出会うまで、私は自身が優秀だという自負があったし、父や母や教師たちも私を褒め称えた。
学問についてそこらの大人と比べてもより多くを修めていたし、ベルニクス先生のような突出した人物を除けば負けるとも思わなかった。
けれど、ステラに出会ってから、それが狭い視点での話だったのだと思うようになった。
私の世界には、私と両親と教師しかいなかった。
それしか見えていなかった。
けれど、改めて見渡せば私は身の回りを庶民出の使用人たちに囲まれていて、親の付き合いで参加する催しでは同世代の子どもと関わる機会は多かった。
私は必要なんて無いとそれらの人物を視界にすら入れずにいたが、ステラと過ごしながらそんな彼らから得られるものも多いのだと知った。
実際に一念発起し話しかけてみれば、ステラのジャレット家の使用人たちほど突飛な者はいないにしろ、私の知らない庶民の考え方や暮らしぶりを知れ、そして様々な事情を持つ気のいい者たちに囲まれ暮らしていたのだと気付いた。
最近では家の使用人も私が好みそうな菓子の話など多少砕けた話も教えてくれることが増え、私の知らない話が彼らから出るたびに学びというのは際限が無いものだったのだなと痛感している。
学問に収まらない、学びの、その果てのない道のりに気付いた私はもう、全てを知っているなんて思えない。
それは決して後ろ向きな変化ではなく、むしろ、以前よりも更に“知る事”を楽しくするものだ。
その時ふと、ステラが何かに気付いたように部屋の入口へ顔を向けた。
「あ、リリーだ」
「ん? ああ、今日は姿を見ないと思っていたが、やっと出て来たのか」
「可愛いねえリリー、こっちへおいでー」
「…………なんだ来ないでは無いか」
「リリーは気まぐれだからねえ。可愛いよねえ」
ステラの飼い猫である白猫のリリーがやってきた。
そばまで来るかと思ったが、今日はステラが呼んでも知らん顔の日らしい。
相変わらず気まぐれだ。
決して、来るかなと思って期待したりなど私はしていない。していないったらしていない!
今いる部屋はステラと遊びに来た際によく通される部屋だが、昼はいつも扉が開け放しにされている。
この部屋に限らず、ジャレット家の屋敷はほとんどの部屋が扉が閉められていないのだ。
部屋数でいえば私の屋敷のほうが多いだろうが、ジャレット家は開け放たれた部屋の数々のせいか不思議と我が家よりも広々と開放的に感じた。
もちろん警備の都合などもあってのことだろうが、私はリリーの出入りの為に開けられているのではないかと思っている。
中には厨房のように重厚な扉でしっかりと出入口が閉じられている場所もあるが、それはステラやリリーが一人で入れば危険だからなのだろう。
白猫のリリーは、私の動物嫌い克服のきっかけとなった存在だ。
ステラの元へ遊びに来ることが増え彼女を身近で観察していたこともあってか、私は今では彼女に対して恐れたりすることは無い。
以前ステラも「知らないから怖いんだよ」と言っていたことがあったが、本当にその通りだと思う。
知性の無い獣は野蛮で理解の範疇にないと思っていたが、彼女を観察していればただ奔放で本能に忠実であるものの、彼女もまた『命』であって意思ある『生命』なのだなと実感できた。
それに、ただそれだけではないというか、知れば知るほどリリーは特別というか、リリーを見ているとふわふわとしてきて、胸がきゅっとなって、近くに行きたいような、触れてみたいような、いっそあの白い毛並みに顔をうずめてしまいたいような……、そんな意味のわからない気持ちも湧いてくるのだ。
ステラがよく言う『リリーが可愛い』というのが理解できるような…………、い、いや! ちがうちがう! 私はリリーのことがとっても可愛いなんて、まだ思っていないぞ! そろそろ一度くらい撫でさせてほしいなんて、思ってないんだからな!!
私がそんな考えを振り払うようにブンブンと頭を振って気を散らしていると、リリーは絨毯の上をトットッと軽快に部屋奥まで歩みを進めた。
それから部屋の隅に目を留め動きを止めると、音も無く数度跳ねてそこへとたどり着く。
壁のほうを凝視したまま数秒静止し、それから何やら言い始めた。
「にゃっ、にゃっ」
「なあにリリー、何かいるの?」
ステラが不思議な鳴き方をするリリーに声をかけ、リリーのそばまでにじにじと寄っていった。
座った体勢からだったため、絨毯の上を四つん這いだ。
私もそれに続くようににじにじ寄って行く。
膝立ちで。
「あ、虫さんだ」
「ゲッ! 虫がいるのか!?」
ステラの言葉ににじり寄る膝を一歩分退けた。
体勢を逸らしておののく。
「小さな虫さんだよう」
「にゃっ、にゃっ、にゃ」
「げえぇ、リリーお前やめておけよぉ虫だぞぉ」
「ルイ、ブルブルだ」
虫は苦手だ!
動物嫌いは随分と克服したつもりだが、虫はまだまだ駄目だ。
あいつらを理解するのは非常に困難であると言い添えておく。
知らず嫌いは良くないと図鑑などで学んでみようと試みたが、知った上でも苦手なものは苦手だった。
単純に見た目と動きが怖い。
リリーはそんな私やステラを気にせず虫相手に真剣な様子だ。
肩に重心を置くようにゆっくりと体を伏せ、普段とは違った声を出している。
狩りでもするつもりなのだろうか、やめろリリー、勘弁してくれ。
私は武者震いするようにプルプルと勇ましく身を震わせながらステラの背に回り、後方を守る体勢に入った。
よ、よし、後ろは任せろ、前は任せた。
私達は前から虫、リリー、ステラ、私の順で並ぶ形になる。
ステラは笑った。
◇ ◇ ◇
しばらくリリーの様子を見、本当に見事に狩り上げてしまったリリーに私が悲鳴という名の勝鬨の声を上げてしばらく、今日の仕事は上がったらしいダニーとポーギーがはにかみながら私服姿で戻ってきた。
「ダニーも、ポーギーも、使用人さんじゃないお洋服なの珍しいねえ!」
「ステラも部屋着に着替えてきたら駄目なのか?」
「!」
ステラにしげしげと見られて恥ずかしそうにしたダニーがステラに着替えてはどうかと言い、一瞬驚いたステラは顔をパアと輝かせて「そうだね! あとは夕ご飯とお風呂と寝るだけだもんね、ナイスアイデアだ!」とはしゃいだ。
チャーリーを伴って出て行く。
私はと言えば私服姿のダニーもポーギーも初めて見るので、なんだか二人に対してぎこちなくなってしまった。
「………」
「ルイ様、どうしたんだ? 疲れたか?」
「お兄ちゃんっ! 敬語!」
「あ、すまん、じゃなかった、すみません!」
私がまさか緊張などするはずが無い……!
し、しかし、見慣れない姿の二人がなんだか知らない他人のようでうまく言葉が出なかった。
二人と私だけになりどうしていいか分からなくなった私に、けれど私の様子を伺うよう声をかけてくれたダニーのいつもの声と力の抜けた顔になんだかほっとした。
ダニーはお仕着せを脱げばプライベートな気持ちになるのだろうか、敬称で呼びつつも友人に話すような言葉遣いで私に声をかけ、それをポーギーが焦ったように注意する。
私はそうして言葉を正したダニーの様子に、普段通りのはずなのに、なんだか勿体ないと思ってしまった。
つい言葉が口からこぼれる。
「……………いい」
「え?」
「いい、から。使用人の仕事は終わったんだろう、これからは、友人として話して、くれ」
「……いいのか?」
「いいと言っているだろ、ダニー」
「!! サンキュ、ルイ」
「ルッ!」
「あ、やっぱり『ルイ様』って言わなきゃダメか?」
「いいいいい、いい! か、か、構わない! 人前で、ないのなら……」
「やったっ! ありがと!」
「ふ、フンっ!」
ダニーが大きな笑顔で笑い、ポーギーも一瞬驚いたようだったが続けて私たちの様子に相貌を崩した。
それがなんだか気恥ずかしくて私は両腕を組んで二人から顔を思いきり逸らす。
似た顔ふたりがニコニコとこちらを見る気配が止まず、誰も何も言っていない空間のくせになんだか五月蝿い!
笑うとダニーとポーギーは本当に同じ顔で、その顔は少しステラに似ていて、私はまんまと二人を喜ばせてしまったのが妙に悔しくて顔を逸らしたままもう一度「フンっ!」と鼻を鳴らした。
「にゃあ」
「わっ!」
足にゴツッと強い衝撃を受けて思わずたたらを踏み、それから私たちの足元をすり抜けて行ったリリーの姿に気付いて、今の衝撃がリリーの頭突きだったのだと理解する。
すり抜けざま、リリーのピンと立った長く白い尾が足をするりと撫でていった。
「!!」
初めてリリーに触れた。
触れられた。
私が急転直下の衝撃と感動に打ち震えていると、リリーに気付いたダニーが何の気無しにリリーをひょいと持ち上げた。
「!!!」
「リリー、ステラ様のとこにいたんだな。飯は? まだいいか?」
「にゃー」
だ! 抱き上げた……! だと……っ!?
リリーが抱き上げられるところなど、見たことが無い。
ステラでさえ拒否されていたはずだ。
それを、ダニーが、まるで当然のように!
リリーもリリーでダニーに抱き上げられるのを当たり前かのように受け入れている。
ダニーの手で無抵抗ににょーんと伸びながら持ち上げられたリリーはよいしょと抱えられると、濡れた鼻先をダニーの顔へ近づけふんふん匂いを嗅いでいる。
なんだかとてつもなく親密そう!
い、一体、いつの間に……!
「だ、ダニー……、リリーと、その、親しいのだ、な………?」
「ん? ああ、ルイは知らなかったか。俺、リリーの毎日の飯の係なんだ。こうして飯どきだけ懐いてくるんだぜ、ずるいよな」
「ぐぬぅ……」
見ている間にも、リリーは白くて狭いおでこをダニーのあごにぶつけるようにして擦り付けている。
う、う、羨ましくなんて、ないんだからな!!!
あ! リリーの顎下を指先でこちょこちょだと!?
そんなっ、目の前で、見せつけるようにぃ!!
ぐぬぅ! ぐぬうぅ!!
よしよしと特段に優しげな声で抱いたリリーを撫でていたダニーが「ちょっと飯やってくる」とリリーを連れて出て行ってしまい、そんな彼らをハンカチを噛んで見ていた私に、ポーギーが肩を震わせ隠しきれない笑いをかみ殺していた。
「ふふ……、私も、リリーには素っ気なくされてます、から、ふふ……」
「笑うなら笑え! これっぽっちも、く、悔しくなんて、ないんだからなっ!」
「お兄ちゃんも、ふふ、あんなに引っ付かれてるのは珍しいです、から」
「それではまるでリリーがわざと見せつけたようではないか…………ま、まさか!」
「リリーってば、ふふ、やりかねないですよね」
「ぬぅ、確かに、やりかねないな、彼女なら」
「はい。うふふ」
リリーめ……!
相変わらず笑いをかみ殺し切れないらしいポーギーを前に、私は絶対にリベンジしてやると決めた。
いっそ、私がリリーを虜にしないことにはこの決着はつかないだろう。
リリーをいつかメロメロにしてやるため、まずはダニーのように食事で釣るという手段も有効そうだと考える。
今度来るときは猫が好むという食べ物をいくつか持ってきてみようと、そうして私が決意を新たにしている最中、ジャレット家の玄関ではミシェル、マルクス、レミと、一時帰宅していた面々が次々と泊まり荷物を抱えて戻ってきていたのだった。
長くなるだろう夜はまだ始まったばかり。
後日、良いおやつをもらうリリー(策士)
ルイ(二人きり………)
チャーリー「いますが?」





