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(閑話)ジャレット家の料理人によれば

閑話は読まなくても本編に影響ありません。

 俺の料理人としての人生は、成功が約束されたようなスタートだったと思う。

 父と母は王都で料理店を開いていて、上流階級向けのその店では毎日のようにスターと呼ばれるような人々が来店した。

 今流行りの劇団のスター俳優、名をお呼びするのも恐れ多いお貴族様、噂の騎士のホープの君、エトセトラエトセトラ……。


 子どもながらに存在感のある彼らを目にして育った俺は、随分目の肥えた子どもだったと思う。

 王都で料理店を成功させている両親ももちろん、成功者たちが集い憩う場であった実家の料理店こそが、俺の原点であり根っこの部分だったのだ。


 成人する頃には俺自身もすっかり立派な料理人になるための修業中の身となり、両親の手によっていくつか王都の店舗を修行して回らさせられていた。

 今勢いのある料理店もあれば、古くからある老舗店もあった。

 それらの店での下働き仕事を取り付けてきた両親に、ろくな説明もないまま着の身着のまま放り込まれては様々な調理方法や作法を叩きこまれる日々。

 両親の店を継いで当たり前といった風情でほとんど強制的に送り込まれるものだから、俺はたびたび脱走し、反発してあらん限りの抵抗を示した。


 今思えば青かったな、と遠い目にもなる。

 結局、三十代半ばを過ぎた今こうして料理人として働いている自身を振り返ってみれば、あれは料理人になりたくなかったわけではなくただ、強制されたくなかっただけなのだと思えた。


 俺は料理が好きだ。

 料理を極めたいと、思う。


 成人したてであり、そんな反発ばかりでひねくれていた俺を真っ直ぐ料理の道へ導いてくれた明確な存在との出会いがあった。


 その人は俺よりもずっと年下で、いつもニコニコと笑顔を絶やさない。

 苦労なんて知らないような顔をして、街で会えばいつも元気に俺に声をかけてくれていた。


 初めてその料理を食べた時の衝撃といったらなかった。

 未だに思い出せばよだれが止まらなくなってしまうほど、その料理は美味(うま)すぎた。

 新鮮な食材、適切な調理、こだわられた味付け。

 そして、それらを満たすだけではない、強烈な何か。

 俺が未だに至れない究極ともいえる美味しさに隠された何かに触れた瞬間、俺は料理人を目指すしかないと、この料理に並ぶような至高の一皿を作るしかないと、そう決めてしまっていた。

 それは天啓のようだった。

 その味を知った瞬間から、俺は心からそうなりたいと、作ってみたいと、そう強く望んでしまったのだった。


 それまで強制されて料理人になどなりたくないと、親の店など継いでやるものかと意固地になっていた俺だったが結局、根っこの部分は料理人でしかなかったらしい。

 俺よりずっと年下のにこやかなその人から差し出された究極の美味を前に、その美味しさに陶酔しながらも何故この味が完成するのか、食材は、味付けは、技法は、道具はと、頭の中で目まぐるしくその再現を試みてしまっていた。




 それから今に至るまで、料理人として腕を振るう傍ら、考えるのはあの料理のことばかりだった。

 そしてようやく、俺の人生を決定づけたあの人に、あの料理に近づける、最大のチャンスをこの手にした。


 ジャレット商会の運営をしているジャレット家で料理人として働けることになったのだ。


 本当に狭き門だった。

 国中に広く店舗を展開している大商家ジャレット家というだけで求人の応募はとんでもない倍率である。

 ジャレット家で定期的に雇い変えられる料理人の募集に、俺は毎度毎度精一杯のアピールでもって臨んでは採用担当者らしい老齢の執事にご活躍を祈られることを繰り返した。

 しかし、諦めずに臨んだ今回、ついに採用となったのだ。


 採用の通知を見た時には飛び上がって喜んだものだ。

 これであの人に近づける。

 これであの料理のヒミツの一端を知ることが出来るかもしれない、と。


 そして、ジャレット家で働き始めてしばらく。

 あの人のそばで料理ができる毎日が、信じられないくらい幸福だった。

 ニコニコといつも笑顔で気さくに話してくださるあの人は、いざ調理開始となると人が変わったように研ぎ澄まされた雰囲気を纏う。

 熟練の職人のようにも見えてしまいそうなその姿で、その背中で、俺にその技術を盗めとでも言っているようだった。

 

『“美味しさ”を求めるなら、食べる相手のことを知るべきでしょう』


 いつか、まっすぐ澄んだ目で言われた言葉の意味は、今日この日まで俺には分からなかった。

 その言葉に、間違いなく至高の一皿に至るための真髄があると分かったのに、気付けていたのに、足りない俺には理解が出来ないでいた。

 今日、ジャレット家のお嬢様であるステラお嬢様とそのご友人方のお料理会の補助をするまでは、分からなかったんだ。

 


『私はずっと『美味しい』は味のことを指すのだと思っていました。けれど、ステラお嬢様に『美味しい』は毎日変わるのだと教えてもらったのです』


『本当の『美味しい』は、食べる人次第なんです。だから、私たち料理人は知らなきゃいけない。この料理を食べる人はどんな人だろうって。辛いものが苦手な人にどんなに辛くて美味しいと思うものを作っても『美味しい』にはならないでしょう。お腹がいっぱいの人には、どんなに美味しく作ったって山盛りの肉料理は美味しく食べてもらえないでしょう』


『『喉が渇いた人にはどんな優れた料理よりも一杯の水が勝る』という考え方は、今もずっと胸に刻んでいます』



 小さな子たちに分かるよう、噛んで言い含めるあの人の、至高の料理人たるサッチモ料理長の言葉が、俺の脳に染み渡った。

 お嬢様方のお遊びの補助なんて、と、今日の業務に残念がっていたさっきまでの自分をぶん殴ってやりたい。

 今日こうしてもう一人の通いの料理人とともに、ここでお嬢様方と一緒にサッチモ料理長から料理の真髄を一から優しく教えてもらうことが出来るなんて、なんという幸運なんだろうと、感動がこの身に広がり満たされていく。

 相手を知るとは、そういうことか。

 なんと深い世界なのだろう。

 思えば、サッチモ料理長は、彼の料理を知りたいと言う私の話をいつもとてもよく聞いてくれていた。

 理解しようと努めてくれていた。

 それも、もしかしたら至高の一皿、彼の言うところの『美味しい』に至るための“調理”の一端だったのかもしれないと今なら思えた。



 俺は、両親から継いだ王都の料理店『First Dish』の料理長として、ただ一人の料理人として、残り少なくなってしまった貴重なジャレット家への出仕の機会を、もっともっと有意義なものにしなければと改めて強く誓うのだった。



お前かい!!



(・・・っていう叙述トリックに憧れがあったんです。すみません。)

(ジャレット家ではサッチモさんを料理長に、通いの料理人さんを常時二人雇い入れ、入れ替えながら働いてもらっています。サッチモさんのお料理は評判で、名店からも通いで習いに来る料理人さんがたくさんいます。)

(連続更新はここまで。本当のサッチモさん視点のお話は来週7/5(水)に投稿予定です。そろそろ忍者ズを書きたい欲求が限界)

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