47.大天使ステラちゃん、班分けと仲良し
サッチモが主導して班分けをしてくれて、チックが主な調理を担当、それからサッチモと二人の料理人さんが補助をしてくれて、私たちはそれぞれ数人ずつでチックのお手伝いを担当することになった。
班分けはダニー・マルクス・ルイの『作業担当』の男の子チーム、ポーギー・ミシェル・レミの『調達担当』の女の子チーム、それから私はチャーリーと『サプライズ担当』チームだ。
『作業担当』の男の子チームは、チックが一人じゃ難しかったり一人で作業をするのが寂しい時にお手伝いをするチーム。
『調達担当』の女の子チームは、次の調理に必要な材料や道具をチックのところまで持っていったり時間を測ったりチックが寂しい時に応援するチーム。
そして私はチャーリーと『サプライズ担当』チームで、サッチモは私とチャーリーを“遊撃隊”だって言ってた。
今日初めましての子たちがお友達同士になるお手伝いをしたり、人手が足りないチームをお手伝いしたり、それから、こっそり重要なサプライズ任務も任されてる。
班分けの説明が行き渡ったのを確認して、サッチモが張りのある声で告げた。
「さあ、今日チックさんに作っていただくおやつは、卵と牛乳たっぷりの、フワフワ、甘〜いパンケーキです!」
「わあ!」
サッチモが情感たっぷりにおやつ発表をしてみんなが歓声を上げてすぐ、間を置かずに号令を続けた。
「位置について。よーい、ドン!」
わ! と、サッチモの合図でみんなが担当の料理人さんのところにチームごとに集合する。
チックは厨房でもお誕生日席に当たる場所に案内されると、サッチモとこれからの流れを確認するようにいくつか会話をしてから、早速『調達担当』の女の子チームに卵と牛乳を持ってきてくれるようにお願いしていた。
五歳のポーギーとレミに、二歳上で七歳のミシェルが二人に一緒に行こうって声をかけてあげている。
ミシェルは私にとってもお友達だけどお姉さんみたいな存在で、今日もミシェルがいるからきっと大丈夫って私は思った。
女の子チームが二人いる料理人さんのうち、女性の料理人さんの案内で卵や牛乳がしまってある冷蔵庫のところに向かう。
冷蔵庫は壁の代わりみたいに何台も並べて置いてあって、私くらいの身長の子には開けるのも難しいとっても大きなやつだ。
女性の料理人さんはこっちが温度が低めでこっちは涼しいくらいの温度で野菜用でって教えてくれながら卵や牛乳、その他今日使う食材の場所を教えてあげてる。
冷蔵庫にも色んな種類があるんだねって、私もそれを見ながらなるほどって思った。
私が女の子チームを見ている間に、今度はチックが男の子チームにもお願いをしているみたい。
「男子たちはこっちで氷をボウルに出してくれ」
「はい!」
大きな声でハキハキしたお返事をしたのはマルクスだ。
マルクスのお声にダニーやルイはびっくりしたみたいだけど、なんだかお返事したマルクス自身もびっくりしたお顔をして口に手をやっている。
「ワリィ、ついいつもの鍛錬の時の癖で……、チックさんの声、なんとなく父ちゃんの声に似てるから」
少し恥ずかし気な様子になったマルクスに、サッチモが寄っていってニコニコ笑顔で言った。
「良い返事でしたよ。指示をもらって動く人は、指示をちゃんと受けましたと分かるように伝えるのも大事な役割ですからね」
その言葉にはルイが「あー、そうだな。うん。伝わってるかわかんなかったら指揮側が混乱するからな」と納得した様子で言った。
それがマルクスをフォローしてるみたいで、やっぱり二人は仲良しさんねと思う。
ルイは班分けしてから自己紹介のときよりも元気になったみたいだった。
マルクスとは私と知り合うより前からのお友達みたいだし、ルイは最近うちに遊びに来てもダニーとお勉強のお話をしてくると言ってお医者の先生のところに行っちゃうことが多かったから、ダニーとも普段からとっても仲良しさんだ。
二人と一緒の班になって楽しそうに見えるから、良かったなあって思う。
男の子チームがチックと一緒に冷凍室から氷を運んできて、チックがそれを慣れた手付きでピックと、包丁の背や柄の部分を使ってガッガッガッって砕いていった。
それには男の子たちが揃って「ほわあっ」ってキラキラお目めを輝かせて、それにチックが「大人になるまで真似すんなよ」って言って悪い感じに笑う。
チックはそれ以外でもなんだか調理器具の扱いとかが慣れている感じがして、きっと普段からお料理してるのねって分かった。
チックが砕いた氷を男の子チームがボウルに移すのを確認した私は、よし私もサプライズの準備だって、サッチモに視線を送ったの。
サッチモは分かっていますともとでも言うように、私とチャーリーに手招きして厨房の端に案内してくれた。
そこにあったのは一台の“お釜”。
直接火にかけられる鉄のお鍋に、木の板を組み合わせて作ったお釜は、このあいだの朝食の席で門番さんたちとお話ししているときに知った、東国の調理道具だ。
お釜で炊いたお米、門番さんたち曰く『ご飯』だというそれをこの国でも食べられたらと、うっとり語る門番さんたちのお話に、私はなぜかすっごく夢中になっちゃったの。
今までお米は煮てあったり、お粥で食べたりしたことはあったけど、なぜだか食べたことが無いはずの“窯焚きのご飯”って言葉を聞く度に、門番さんだけじゃなくって私までうっとりとしてきて、そのうち、何か突起を押しこんで、そしたら蓋のような部分がパカッと開いて、むわっと香る炊きたてご飯の匂いを知っているような気までしてきてしまった。
私や門番さんが窯焚きご飯の想像にあまりにうっとりしていたからか、最初に料理人さんのサッチモがやってきて『ご飯』のことで盛り上がって、更に騒ぎを聞きつけたおじいちゃん執事さんのヘイデンや庭師のヤードランドお爺ちゃん、それに若い執事さんのイソシギまでやってきて、お釜を作ろうそうしようっていっぱい盛り上がったのよ。
サッチモは窯焚きのご飯のことは詳しくなかったそうで、なぜかお釜に詳しかったらしいヤードランドお爺ちゃんに教えてもらって一台誂えることになったの。
今目の前にあるお釜はそうやって作った特別製で、木の板で出来た蓋はヤードランドお爺ちゃんのお手製なのよ。
サッチモはそれからお釜を馴染ませるために、まずはお米以外のものを炊いたりして使い心地を確かめているところなんだって。
近いうちに窯焚きのご飯を食べさせてくれる約束をサッチモとしてたからすっごく楽しみにしてたんだけど、今日チックとお料理することになって、何かお釜を使えないかなあって相談したらサッチモがとっても素敵なサプライズを考えてくれたの。
「ステラお嬢様、そうっと蓋を開けてみてくださいね」
「うん……!」
サッチモに促されてお釜の蓋をそうっと開けると、想像していたような湯気は現れなかった。
中にあったのは、白くてふんわりの─────
◇ ◇ ◇
サプライズの準備を終えた私とチャーリーがサッチモと一緒にチックたちみんなのところに戻ると、そこには行列が出来ていた。
三つ並べたボウル、向かって一番右端でチックが黙々と何かを掻き回してる。
真ん中と左端のボウルには男の子チームも女の子チームもごちゃまぜで並んでいて、今もダニーが「俺にはこれが限界……」と言って次のミシェルにボウルの前を譲り、ミシェルが「任せて!」と元気な声で調理器具を受け取るところだった。
「何してるの?」
「メレンゲ作ってるの。それと生クリームホイップ」
私が聞いたのに答えてくれたのは、ボウルの中身を掻き回す手を止めないチックだった。
私がメレンゲやホイップっていうのが何か分かんなくって「めれんげ? ほいっぷ?」と言ったら、隣のサッチモが「メレンゲは卵の白身を泡立てて作るクリームの事で、ホイップは生クリームを泡立てたものですよ」と教えてくれた。
「生クリームっていうのは採れたての牛乳のうちで更に脂肪分の多い濃厚なもののことです」
「そうなんだ」
サッチモが教えてくれる話にうんうん頷きながら、サッチモが作ってくれるケーキに添えてくれているやつがそうかなって思って聞いたら、甘くしたホイップがおやつのやつなんだって。
メレンゲはホイップに似ているけれど、メレンゲのクリームだけじゃ食べなくて、パンケーキをふわふわにするために混ぜるんだよって教えてくれた。
「あ、チャーリー! こっち変わってくれよー」
「ステラ~、ごめん私ももう限界~」
ボウルで卵白や生クリームを掻き混ぜるのはかなりの重労働みたいで、私たちが戻ってきたときから頑張っていたマルクスと、さっきダニーから交代してから頑張っていたミシェルが同時に私とチャーリーを呼んだ。
『サプライズ担当』の“遊撃隊”出動だ!
チャーリーがマルクスと、私はミシェルとボウルの前を交代した。
マルクスが泡立てていた生クリームをチャーリーが、ミシェルが泡立てていたメレンゲを私が引き継ぐ。
私たちが作業しやすいようにか、厨房の作業台の足元には踏み台が置いてあって、私はその上に登ってボウルに向かった。
ボウルは、触るととっても冷えてる。
よく見ると、チャーリーの生クリームのとは違って、大きなボウルの中に小さなボウルが重なって入っていた。
さっきチックと男の子チームが用意していた氷はボウル同士の間、卵白を外側から冷やすために使うものだったみたいだ。
「生クリームには少しのレモン汁を入れていて、卵白は冷やして泡立ちやすいようにしてあるんですよ」
補助してくれている女性の料理人さんがそう教えてくれながら白身を泡立てるのに使う調理器具を渡してくれた。
棒の先端に曲がった金属を組み合わせたものを付けた形状をしていて、泡立て器っていうんだって。
チャーリーが隣でボウルに手を添え、泡立て器で掻き混ぜ始めるのを見て、私も真似してやってみる。
すぐ補助が出来るように、女性の料理人さんがすぐそばまで手を差し出してくれていて心強い。
「わあっぷ」
「はい、左手でボウルをしっかり持ってね。みんながもう随分混ぜてくれたから、もたっとして重たいでしょう」
「重たいねえ、びっくりしたぁ」
女性の料理人さんは、最初のひと混ぜでバランスを崩しかけた私の、ボウルに添えた左手をさらに外側から包むようにして支えると、右手も同じように私の手の上から泡立て器をしっかり握って一回二回三回と何度か動かして見せてくれる。
なるほど、掬って、空気を入れるみたいにしっかり混ぜるんだねえ。
卵の白身だったはずのそれはもうだいぶんもったりとしていて、全体的に白っぽくなっている。
ミシェルやマルクスが後ろから「速くかき混ぜるのよ」「『うおお!』って感じだぞ」って教えてくれてる。
実はお料理が初めてでちょっとだけ緊張していた私だったけど、年上でお姉さんやお兄さんみたいなミシェルやマルクスが応援してくれてるって思うとなんだか大丈夫って思えた。
私の左に並んで同じくメレンゲ作りをしているらしいチックは相変わらずカチャカチャと一定のリズムで泡立て器を掻き混ぜ続けている。
そっと覗き込んだら、おやつの時間に見たことがあるクリームに似ているきめの細かいクリームができてきていて、きっともう出来上がりだねって分かった。
チックはやっぱりお料理の手際が良いし、補助の料理人さんもついてないけど最初から上手に出来てるみたい。
やっぱりおやつ作りにも慣れてるんだなあって分かった。
それから今度は右側、チャーリーを見てみる。
「どうされましたか、ステラお嬢様」
「! チャーリーすごおい!」
チャチャチャチャチャチャチャチャって、全く手元を見てないのにすっごく速く泡立て器が動いてる!
チャーリーは顔だけで私のほうをしっかり見ながら、ホイップ作りをしちゃってたみたい。
チャーリーとばっちり目が合って、びっくりしちゃった。
音も軽やかでずっと途切れない。
見たら、さっきマルクスと代わるまでは私の担当のボウルと同じくらいの完成度だった生クリームホイップが、もうチックのと同じくらいかそれよりももっと白くてふわふわになっていて、おやつのときに食べたことがあるのと同じくらいのふわふわモクモクだ。
「ステラ! 貸してくれ! オレも! オレもやる!」
「マルクス? もうお休みしなくていいの?」
「やるから! 貸して!」
何故だかマルクスのやる気が復活したみたい。
チャーリーに場所を譲ってから、並んでたみんなの最後尾に並び直してたのに、今はぐいぐい前に出て来て私のボウルを混ぜたいみたいだ。
並んでたみんなは、泡立てが疲れちゃうから代わりばんこで作業できるように控えていたみたいで、マルクスがやりたいならどうぞって場所を譲ってくれる。
マルクスはきっとチックとチャーリーが泡立てるのを完成させそうだから、張り切ってくれたんだね。
「うおお、うおおおおおお! 負けるかあっ!!」
「マルクスがんばれえー」
私と場所を交代したマルクスは一心不乱にメレンゲを掻き混ぜ始めた。
全身を使って混ぜていて、本当にさっきマルクスが言ってたみたいに『うおお!』って感じだねって納得する。
私が並んでたみんなのところに行くと、みんな初めまして同士の子たちも打ち解けたみたいでみんなでお話ししていた。
「ステラおかえりなさい。チャーリーは相変わらず高スペックねぇ」
「こうすぺ?」
「なんでも出来ちゃうってこと。料理まで出来るってもはや原作超えてるんじゃないかしら。さすがだわ」
レミがチャーリーを見ながら難しい言葉で何かチャーリーを色々と褒めてくれた。
やっぱりレミは物知りさんだなあって思う。
レミが言うには、女の子チームが今日使う材料を集めている間に、男の子チームはみんなの分のパンケーキに足りるようにたくさん卵を割って、生クリームを用意して、メレンゲと生クリームホイップ作りに取り掛かってたんだって。
女の子チームの手が空いた頃には男の子チームは混ぜ続けるのに疲れ果てていて、女の子チームも混ざって、少しの時間ずつをみんなで代わりばんこして混ぜる事にしてたみたい。
「マルクスったらとってもすごかったのよね、ポーギー、ミシェル」
「うん、すごかった」
「さすが一番年上ね。鍛えてるからって言って、他のみんなよりも長い時間マルクスが一人で混ぜるのを担当してくれていたのよ」
「………私のほうが年上だ」
はしゃぐレミとミシェルに、ルイが苦々しそうに言った。
ミシェルが「あ! そっか!」と悪気なく答えて、ルイも同年代より背の大きなマルクス相手だからしょうがないと思ったのか、ダニーに寄って行って「私たちは頭脳担当だからな」とすました顔をしてる。
ルイは普段から体を動かすよりもお勉強したりお話ししたりするほうが得意だから、さっきみたいに力を入れて何か混ぜたりするのはマルクスのほうが得意だったんだなあと思った。
それを聞いていたら、何か思いついたみたいにポーギーが私のそばまで来て「お兄ちゃんもすごかったんだよ、ステラ」と教えてくれる。
私がダニーに「ダニーも頑張ったんだねえ」と言うと、話を聞いていたダニーも照れたみたいにはにかんでくれた。
なぜだかレミが「ぐふぅ……兄思いの妹(生存)、尊い……、ありがとう、世界…………」って何かをブツブツ言いながら天を仰いでいたけどなんだったのかな。
ダニーは村で暮らしていた頃からお野菜づくりを手伝っていたし、この街に来てからも荷運びの仕事現場でお手伝いをしていたって言っていたし、お医者の先生のところでも毎日お薬やたくさんの専門書を運んだりして体を動かしているから、もしかしたらルイより力持ちさんかもしれない。
そんな話をしていると、ふらりとルイが前に一歩踏み出した。
「……わかった、私の本気を見せてやろう」
そう言ったルイがマルクスたちボウルを混ぜている三人の元へ一歩一歩近づいて行くのと、マルクスが「おわったあっ!!」と大きな声を上げて泡だて器を振り上げるのは同時だった。
『ブックマーク』や『評価』や『いいね』をくださっている方、感想をくださる方、本当に励みになっています。ありがとうこざいます。
一話の分量多めで、不定期にはなりますが更新していけたらなと思っています。





