45.モブ少女はとんでもない集いに参加する(レミ視点)
「おはようございます。今日、みなさんと一緒にお料理を作ります、サッチモといいます。このお屋敷で料理長をさせていただいています」
ステラのお屋敷の料理長らしき人物が喋っているが、何も頭に入ってこない。
今日私は、ステラが訪ねてくるとシスターから聞いてとにかくはしゃいでいた。
前回ステラが訪問してくれた際は最後私が倒れてしまったことで込み入った話はできないままだった。
私が生まれ変わった世界はあきらかに乙女ゲーム『学園のヒロイン』の世界で、けれどもゲームの登場人物たちは私が知っているのとは違っている可能性が出てきた。
それについて、何か知っているかもしれないのがステラだ。
ゲームでは成人してなお暗殺組織の人間だったはずのチャーリーがステラの従者をしているし、人が変わったように明るい顔をしていた。
なぜかバード侯爵令息を名乗っていたデイヴィス王子ともステラは面識があるみたいだし、何よりあの時ステラが歌った歌は日本語の歌詞で、日本の童謡だった。
ステラの歌を聞いたときは懐かしさやらなんやら、たくさんの記憶が一度に押し寄せて取り乱してしまったのを悔やんでいたの。
だから今日、ステラと遊べることも嬉しいけれど、何よりステラと二人で話ができると期待していた。
だから。
ステラと一緒に馬車を乗り継ぎ、チャーリーの引率でもってステラと彼女のお屋敷に着いたときの私の気持ちがわかるかしら。
「遅い! 私が来るのに屋敷にいないとはどういうことだ」
偉そうな子どもの声が聞こえたと思うと同時、その声や話し方になぜかデジャブを感じた。
直線距離とはいえ、まだお屋敷までには距離がある。
やっとお屋敷の全貌が見える距離、その玄関先、門番の立っている場所に何人かの小さな人影が見えている。
遅いと文句を言ったのはその中の一人だろう。
そのシルエットだって、見覚えなんかないはずなのにおかしな既視感があった。
「ステラ! 今日は何かやるんだってな!」
「ステラのお友達と一緒なんて、楽しみね」
まだ離れた場所にいるステラに向かって声を張るのは先ほどとは違う男の子、それに続くように女の子の声もした。
んんんんん?
なぜだろう、特に女の子の声にめちゃくちゃ聞き覚えがある。
私と手を繋いだステラが、彼らの声に応え嬉しそうにブンブンと繋いでいないほうの手を振った。
それから彼らの元へ駆け出そうとするのを、チャーリーがやんわり引き留めながら私たちは歩みを進める。
その間にも、門に立つ彼らの容姿がはっきりと見えてきた。
「マッ!? ミッ!??」
素っ頓狂な声がして、遅れてそれが私の口から出た声だと自覚する。
なんで!? なんで彼らがこんなところにいるの!?
驚きのあまり、マルクス、ミシェル、と初対面のはずの彼らの名前を叫びそうになってしまう。
そういえば、ステラはマルクスと友達だとかなんだとか言っていたと今更になって気づいた。
目を見開き、ステラに手を振る彼らを見る。
一人はゲームよりもずっと幼いけれど、間違いなく攻略対象で騎士枠のマルクス・ミラー。
そしてその隣にいるのは、おそらくヒロインのミシェル・ペトルチア。
ミシェルの顔は乙女ゲームの中ではぼかされてあまりはっきりとは書かれていなかったけど、淡いピンクの髪も、声も、明らかにヒロイン・ミシェルのものだ。
マルクスの声は変声期前なのか、記憶にあるよりずっと高い。
本物だ!
やっぱりここは乙女ゲームの世界なんだ!
チャーリーやデイヴィス王子を見た時にも感じた衝撃を再び受け、混乱で立ち止まりそうになる私だけど、ステラはそんな私の様子には気付かず繋いだ手でぐいぐい引いて彼らの元へ歩いていく。
さらに先ほど『遅い』と文句を言っていた声の人物が見えてきた。
門で待っていた最後の一人、マルクスよりも小柄な少年は攻略対象にはいなかったような……。
そこでやっと思い至った。
『遅い! 遅いぞ! ノロマで使えん馬鹿どもめ! ハハハハハハハハ』
急速に蘇った記憶と完全に一致した。
ゲーム中盤、高笑いをしながら怪しげな薬品を撒く男の姿がフラッシュバックする。
「ルウウゥゥ!?」
悪役のルイじゃねえか!!
私の口からまたしてもゲーム登場人物の名前が、悲鳴だか奇声だか分からない声になって漏れる。
ルイ、彼は悪役。
それも、恋愛絡みでもなんでもなくただ妙に高慢ちきなバイオテロ野郎だ。
宰相子息で、ゲームではデイヴィス王子の取り巻き。
周囲を見下している高飛車なインテリキャラだった。
ひどい選民思想の持ち主で口にするのは嫌味ばかり、最後には自分以外の生徒みんなを害する事件を起こした狂人だ。
理系インテリ眼鏡枠だと思ったのに全然攻略ルート解放されないし、誰のルート行っても学園内テロ起こすしで、なんだこいつって思ってたのを思い出した。
ファンサイトだかどっかの掲示板で、全キャラエンド回収後にルイルートが解放されるとか見た気がするけど、結局私は検証することもないままだった。
正直、誰得なんだよって思ってた。
ステラったら、あんなのとまで仲良くしてるの!?
顔が引き攣る。
もしかして、私これからあそこに行くの?
ヒロインと、攻略対象者、それから悪役までいるあそこで遊ぼうって??
ドッと冷や汗が出るのが分かる。
寒いのか暑いのか分からなくなって、ステラに力強く引かれている手以外、体中から力が抜けそうだ。
心の準備なんて全くできていない。
乙女ゲームの登場人物たちに、深く関わることなんて孤児の私には絶対ないと思っていたのに!
どうしてこうなった!
+ + +
広すぎる屋敷の中を案内され、私なんかよりよっぽどいい服を着た美人メイドさんたちに着せ替えさせられてやってきた広すぎる厨房準備室の中。
集まった面々を見て、私は混乱に拍車をかけていた。
(ダニーまでいるじゃあああああん!)
そういえば、ダニーとも友達だとか、住み込みの使用人さんになったとか言ってた気がする。
私はますます気が遠くなるのが分かった。
ダニーの隣でニコニコしている元気っ娘な少女は、もしかしてゲームで亡くなってダニーの心の傷になっているダニー妹(生存)なのだろうか……。
私はどんな顔をしてこの場にいればいいのか分からず、完全にキャパオーバーしている。
隣にずっとステラがいてくれて、なんとなくこちらを気にしてくれているのがありがたかった。
私はもうステラに「ダイジョウブ」と壊れた機械のように返し続けるしかできない。
逃げ出したい。
けれど、こんな絶好の機会を逃したら、もう二度とゲームと現状の乖離を確認することも、好きだったゲームの登場人物たちと接することだってできないかもしれない。
欲張りな私は、とにかく動揺を抑え込んでステラが集めてくれたこの集いを見届けたいとそればかりを考えていた。
でも、なんでか明らかにみんながこっちを見ている気がする!
私なにかした!?
モブだから!? それとも転生者オーラ出ちゃってる!?
その原因が、私を心配してくれているステラがずっと隣にいるからだって気づいたのはもっとずっと後になってからのことだった。
「では、参加されるみなさんは初対面の人同士も多いということなので、自己紹介からしましょう」
『はーい』
みんなが揃ったことで、料理長さんの司会で料理教室が始まる。
自己紹介をするらしい。
私は人前でしゃべるのが苦手だ。
憂鬱な気分にはなったけど、このメンバーと顔見知りになるのは願ってもないことだし、今日一緒に過ごす彼らのことが知れるのは素直に嬉しかった。
私が気合を入れている間にも、お手本をかねて大人たちから自己紹介が進んでいく。
ステラのおうちの商会の偉い人だというワイルドなイケメンチックさんが自己紹介を終えると、次はいよいよチャーリーの番だ。
私は聞くだけだというのに、期待と緊張で心臓がばくばく鳴ってしまう。
大げさではない会釈をした彼は、まだ少年といっていい年齢なのにとても優雅で品がある。
「私はステラお嬢様のフットマン、チャーリーです。年齢は十五」
いやいやチャーリーさん。
あなたステラを見すぎでは??
チャーリーはひと通りみんなへ目配せしたあとはひたすらステラを見つめて自己紹介をしている。
私の隣に座るステラもステラだ。
アンニュイな美少年から繰り出される誰もが赤面してしまいそうな熱い視線を、ステラはポカンと口を半開きにして見返している。
いや、かわいいな!
私はますますステラは最強なのではないかという思いを強めた。
「親を亡くし養父の元で教育を受けていましたが、その能力をお嬢様専属の使用人として生かすべく、ジャレット家当主ゲイリー・ジャレット様に引き取っていただきました。若輩者ですが、今後ともよろしくお願い致します」
チャーリーの丁寧な挨拶にみんなが拍手を送る。
チャーリーの自己紹介は、かなりぼかされてはいるけど、私が知っているゲーム知識とも合致している。
ゲームでは暗殺稼業をしている組織に拾われただか買われたかだったはずだけど、現実ではそこから抜け出してステラのおうちに雇われているってことでいいのかな。
というか、チャーリー。
ゲームの厨二病っぽい言動はどうしたんだ。
妖しげな保健医かと思えば、裏の顔がヒロインにバレてからは月を背景に背負って『俺は殺すことでしか生きていけない……』とか言ってたくせに!
保健医のくせに疼く右腕に巻かれた包帯はボロボロでめっちゃ雑な仕上がりだったくせに!
ゲームだと二十三歳だったチャーリーは、今のほうがよっぽど“中二”なお年頃のはずなのに、めちゃくちゃしっかり者になっている。
ステラへの執着が若干強めに見えるのがアレだけど、色気というか、雰囲気のある美少年に影がなくなって、彼の執事姿はひたすら眼福である。
というか、この部屋の顔面偏差値が高すぎて私はずっと及び腰、緊張しっぱなしである。
さすが乙女ゲームの登場人物たちだ。
そんな中でも、ニパッと満面の笑顔でチャーリーを自慢するステラの明るさは特別だと思えるのがすごい。
続いて、自己紹介はダニーの番になった。
隣の女の子も一緒に立ち上がる。
自己紹介を聞いて、私は自分の予想が当たっていたことが分かった。
「ダニー……、ダニー・ショーター、です。七歳です。侍医のショーター医師の元で医者になるための勉強中です。ステラ、ステラお嬢様が友人にと望んでくださり、一年と少し前からこちらでお世話になっています」
「ポーギー・ショーターです。五歳です。兄のダニーと同じく、縁あってショーター先生の家族にしていただき、ステラお嬢様のお屋敷でお世話になっています。メイド見習いです。みなさまどうぞ兄ともどもよろしくお願いいたします」
生存ルートだ……!
私は神に感謝した。
ダニーの妹ポーギーは今ここで生きている。
ゲームでは、庶民ながらに優秀な成績で特待生となってヒロインと同学年で学園に通っていたダニー。
彼には妹や両親を病気で亡くした過去があり、それを悔やんでいつか立派な医師になることを目標に懸命に生きていた。
そのダニーが、妹と一緒にこうして元気に生きている。
最初、養父となった侍医さんと同じファミリーネームを言うのに言葉を詰まらせたダニーだったけど、耳を赤くして最後まで名乗りきった彼のその表情からは、気恥ずかしさや幸せでいっぱいの温かな感情が感じられるばかりだ。
私は、思わず熱くなってしまう目頭にぎゅっと力を籠めて涙を耐えた。
家族みんなを亡くして天涯孤独だったはずのダニーは、妹ポーギーと一緒にステラのお屋敷の侍医さんに引き取られ、兄妹でステラのお屋敷の使用人をしているらしい。
そうして必要な教育も受けていると。
ゲームの中では医学を学びながら自力で生活費を工面していた苦労人のダニー。
貧しくとも志を持って強く生きる彼はいつだって前向きで、まさに清貧の象徴のような人物だった。
乙女ゲームの中、彼のそんな姿は確かに魅力的だったけれど、その影にあるのは十五歳の少年が一人で背負うには重すぎる苦悩と努力の日々だっただろう。
精悍で親しみやすい見た目の彼は他の攻略者に比べて着飾ることも少なかった。
そんなダニーは今、ゲームでいつも本を持ち歩いていたのと同じように手元に手帳を携えてはいるけど、その格好はゲームとは違って綺麗に整えられた服装だ。
小さな使用人服と小さなメイド服。
それは彼ら兄妹に誂えられたものらしくサイズもぴったり。
大きなお屋敷に相応しく、ほつれ一つなく上質な布で作られたその服が、二人にはよく似合っていた。
ダニーとポーギーはチラリとステラの反応を気にするように見ながら再び椅子に腰を下ろす。
ステラと目が合って、子どもらしい小さな笑顔がこぼれたのが見えた。
生きることと生かすことに必死だったゲームのダニーはそこにはいなくて、攻略対象者らしく整った容姿ながらも、ただ普通の七歳の少年として家族に囲まれ生きる彼がいるのだと思うと、私の気持ちはたまらなく温かくなる。
「ふぐぅ……ッ」
泣いちゃう。
私は唇を噛み締め必死で涙をこらえていた。
前世生きた年齢と今世の五年、精神年齢だけでいえば成人した大人の感性を持っているのだ。
ゲームの設定では、こんな小さな子が親兄弟を亡くして一人で彷徨い、必死に生きながらも特待生になれるほどに勉強もしていたのかと思うと本当にたまらない気持ちになってしまう。
ゲームをしていたときはそこまで深くキャラの設定について考えていなかったけれど、ゲームが現実になった今、ステラがいてくれて良かったと心から思った。
私の様子がおかしいことに気づいているらしい隣のステラは心配そうにこちらを見てくるけれど、私はといえば「ダイジョウブ、ダイジョウブぅ」と涙声で伝えるので精いっぱいなのだった。
ダニー達の番が終わり、次はマルクスの番になった。
成長後、ゲームのビジュアルではヤンチャを通り超して厳つい風貌で“俺様”だったマルクス。
不器用で強引、たまに乱暴なところがあって傍若無人な彼だけど、本当は立派な騎士団長であるお父さんに憧れていて、ピュアな一面もあるのた。
私はそのギャップがとても好きだった。
ゲームでは、私の最推しは彼だった。
ヒロインが大切なのに伝わらなくてもどかしくて、また誤解されるような言動をしてしまう恋愛下手な彼のルートは、じれったいけれどキュンキュンしてしまうのだ。
自己紹介のために立ち上がったマルクスの顔を見れば、ゲームの推しがそのまま小さくなった容姿は幼さの中にも将来の彼の姿が見えそうだ。
やっぱりマルクス格好いいなあ。
きっと、自己紹介だってふんぞり返って『俺様!』って感じなんだろうなと想像する。
私が期待に胸を膨らませて見ていると、マルクスは両手を背中に回して胸を張り、ハキハキとした声で自己紹介を始めた。
「オレはマルクス。マルクス・ミラー。八歳だ。得意なことは剣。父ちゃんが騎士団長をしていて、俺も父ちゃんみたいな格好良くて大切な人たちを守れる騎士になりたいと思ってる。料理はたまに母ちゃんの手伝いをするくれーだから今日はあんま期待すんな」
思わず、口がポカンと開いた。
えっ、良い子。
口を開いたマルクスが、あまりに私の知っているマルクスと違ってびっくりした。
騎士団長のお父さんを慕っていることは知っていたけど、ゲームの彼は「父上のように強くなりたい!」とそればかりで、ヒロインと出会うまではいつもむやみに力を奮っていたのに。
比べて目の前のマルクスは気恥ずかしそうに自己紹介を終えるとすぐに落ち着いた様子に戻って姿勢を正す。
隣に座るルイに順番を譲って促している。
なんだあの、お兄ちゃんっぽい雰囲気。
チャーリーとは違う方向で年齢以上に落ち着いた雰囲気のマルクスは、背伸びをして小さな子の面倒を見ていそうなタイプに見える。
自己紹介からしてしっかり者って感じだ。
現実になればこんなに違うのかと驚いた。
加えて、マルクスの言いぶりでは彼のお母さんも仲良く一緒に暮らしているらしい。
たしか、騎士団長のお父さんが家庭を省みないタイプでマルクスも乱暴者、それで家族がうまくいかなくなっちゃったって話だったと思うんだけど、これも現実になって変わったみたいだ。
家族仲がいいからか、まっすぐお父さんを慕う言葉を口にした彼はひねくれたところなんてない、とても良い子に見えた。
(あのマルクスが! 爽やかイケメン騎士なお兄さんじゃん!)
私は心の中で絶叫する。
変われば変わるものだと思う中、心の片隅では推しだった彼、ひねくれ乱暴者で素直じゃないマルクスがどこか恋しかったりもして。
そう私が内心で大いに動揺しているうちに、部屋の雰囲気が変わったのに気づいた。
どうやらマルクスの次にルイが自己紹介をしていたらしい。
立ち上がる様子がないから気づかなかった。
ルイはむすっと拗ねたような顔で短く自己紹介をしたようで、そのあとは誰にも何も言わせんとばかりに腕組みして顔を俯けてしまった。
そうそう、ゲームのマルクスもこんな感じで素直じゃないんだよね。
そういう偏屈さもキャラクターとして見れば可愛い。
そう思ってから、いやいやこいつはゲームでの根暗バイオテロな悪役野郎で、推しだったマルクスと同一視するなんてと頭をブンブンと振った。
そしていよいよ自己紹介の順番はヒロインのミシェル、ステラ、私を残すのみとなる。
いそいそと立ち上がったのは、ヒロインのミシェルだ。
柔らかい色のワンピースの上からエプロンを着せてもらい、淡いピンクの髪は三角巾の中に上手にしまわれている。
ステラも元気いっぱいで明るくかわいいけれど、ヒロインもほわっとした雰囲気をした女の子らしい可愛らしい子だ。
「はじめまして。ミシェル・ペトルチアです。七歳です」
この声、ゲームで何度も聞いた声優さんの声にそっくりだ。
とっても可憐で、鈴を転がすようなって表現がぴったりくるかわいらしい声。
ゲームのキャラが現実になるとこうなるのかとまざまざと感じさせられる。
将来美人になるんだろうなと思いながら彼女を見ていた私は、そこであることに気づいた。
乙女ゲーム『学園のヒロイン』。
ゲームで全てのヒーロー共通のヒロインである彼女は具体的な容姿への言及は少なかった。
そんな彼女の外見の特徴として描かれていたのが、ピンクの髪ともう一つ。
(傷痕がない?)
ゲームのパッケージにも描かれていた彼女の姿。
ピンクの髪をして学園の制服に身を包む彼女はお転婆なキャラなのか、たびたび事件に巻き込まれるという設定があった。
小さなころに誘拐されかけたこともあり、そのせいで体のあちこちに残る小さな傷を、何より額に目立つ傷を負ってしまうのだ。
ヒロインの心の傷にもなった額の傷は星型をしていて、はっきりと描かれることのない彼女の外見の中でもその傷についてはストーリーの中で時折触れられ、ヒロインが今一つ自分に自信を持てないでいる大きな原因になっていたはずだ。
(顔に傷ができちゃうのはかわいそうだし、そんなゲーム設定が回避されたのなら良かった)
内心で思いながらミシェルの自己紹介の続きを聞く。
「ステラとはお友達で、仲良くしていただいています。今日はみなさんとご一緒できてとても嬉しいです。お母さんに教えてもらってお菓子を作ったりもするので、何か少しでもみなさんのお手伝いができたらいいなと思っています」
お菓子作りが得意なんて、さすがヒロイン、女子力が高いなあ。
ミシェルは親しみやすそうな優しい雰囲気が話し方や仕草からにじみ出ていて、すぐに仲良くなれそうだと思った。
それにしても。
私は思う。
変わったゲームの登場人物たち、その変化はみんな良い方に変わっている。
ゲームでは過去の悲劇や傷に心を痛めていた彼らはもういない。
(やっぱり、ステラなのかしら)
彼らの中心にいるのはステラだ。
ゲームにはいなかったステラがここにいて、みんなの中心で笑っている。
ステラが彼らを悲劇から救ったのかしら。
まさかとは思いつつ私は、なんだかステラならやりそうね、なんておかしい気持ちで思ったのだった。
そうして、ずいぶん緊張もほぐれたつもりでいた私は、ステラの自己紹介のあと、自分の番が回ってきた瞬間に頭が真っ白になってしまった。
みんなの視線がまっすぐこちらを見たのだ。
チャーリーが、ダニーが、マルクスが、ルイが、ミシェルが、みんなが私を見てる。
見る側だった私が見られる側に回るなんて想像もしていなくて、私は自己紹介の番になるまで相変わらず傍観者のような気分でいたのだ。
大好きだったゲームの登場人物たちに一斉に注目された私の動揺は今日一番のピークとなった。
ガクガクと震え、白目を剥きそうになる。
「レ、レレレレ、レミ! レミですぅ!」
何もかも頭から吹っ飛び、なんとか捻りだした名乗りも噛みまくった私は、優しいみんなに励まされ心配されてしばらく、なんとか正気を取り戻すに至ったのだった。
ステラによる、攻略対象者ばかりのお料理会は始まったばかり。
慣れるのよ! 私!!





