44.大天使ステラちゃん、みんなで自己紹介
久しぶりの登場人物もいるので、おさらいも兼ねた自己紹介回です。
「おはようございます。今日、みなさんと一緒にお料理を作ります、サッチモといいます。このお屋敷で料理長をさせていただいています」
そう言った料理人さんのサッチモは、それから「よろしくお願いします」と明るい声で言ってニッと笑顔になった。
その声に返すように、私たちみんなで声を揃えて『よろしくおねがいします!』と大きくお返事する。
それを聞いて、サッチモの補佐をしてくれている料理人さん二人が「まぁ、かわいい」「元気だなあ」とそれぞれ楽しそうに笑ってくれた。
みんなを誘おうと決めた私はお着換えを済ませた後、チャーリーとチックと一緒に街へと繰り出した。
今日の私は紺色のシンプルなワンピースと、運動するときにも使えるようなお靴。
チャーリーが、お料理するときにもエプロンを付けるだけで大丈夫なようにって選んでくれた動きやすいお洋服だ。
お着換えを手伝ってくれた女性の使用人さんに「今日はお料理をするの!」って教えてあげたら、「素敵です!」って返してくれて、それからお料理の邪魔にならないようにってきれいなまとめ髪にしてくれた。
みんなのおうちを回って、そのあとはその格好のままでもお料理を始められるように準備万端な服装だ。
街へ出た私は、チャーリーと手を繋いでもらって、チックを先導するように歩いた。
チックは私のお友達とは初めて会うから、みんなのおうちまで道案内してあげないといけないのだ。
初めは一番近くにあるミシェルのおうちに。
それから、乗合馬車を使ってレミたちのいる孤児院に行く。
歩いている間は、行先が分からないだろうチックを置いてきぼりにしないように、時々振り返りながら歩いた。
ミシェルは訪ねていったその場で快諾してくれて、お着換えや出かける準備をしたらおうちに来てくれるって。
そのあと行った孤児院では、みんなが掃除や朝食の片づけに慌ただしそうにしていたからどうかなって思ったんだけど、すでにシスターに連絡が行って伝わっていたみたいで、支度を済ませたレミがすぐ出て来てくれた。
レミは他の子と今日のお当番を代わってもらったらしくて、「誘ってくれてありがとう」って言ってくれた。
シドとソラはレミに行ってらっしゃいって言って、お留守番らしい。
二人とはまた今度遊ぼうねって約束した。
シドとソラとレミの三人は孤児院の中では小さな子の面倒を見るお兄さんお姉さんだから、三人いっぺんに出かけるのは難しいらしい。
そうしてレミと一緒にまた乗合馬車に乗っておうちに帰ってくると、やっぱり予想通り、マルクスとルイが遊びに来てくれていて、ミシェルも先に着いて待ってくれていた。
私のおうちに向かっている間、乗合馬車の中でとっても楽しみだってはしゃいでたレミは、待ってくれていたマルクスたち三人を見た途端に「マッミッルウウゥ!?」っておかしな声を出して、それ以降なんだか様子がおかしい気がする。
どうしちゃったのかな。
大丈夫かなって思って聞いたら「ダイジョウブ、ダイジョウブ」って言ってくれたから大丈夫だとは思うんだけど。
心配だから、お料理中は隣にいようって決めた。
そうして集まった私たちは、使用人さんたちにエプロンを着せてもらい、頭に三角巾を付けてもらってキッチン横のお部屋に集まっている。
料理人さんたちは私たち家族の分だけじゃなくて十三人いる使用人さんみんなのお食事も作ってくれてるから、キッチンは結構広い。
そこでは普段、住み込みの専属で料理人さんをしてくれているサッチモを筆頭に、通いの料理人さんが何人かでご飯を作ってくれていた。
パパの商会のお客さまを呼んだりするときは通いの料理人さんもたくさん来るけど、今日はサッチモ以外には、男性と女性の料理人さんが来てくれているみたいだ。
今私たちが集まっているのはキッチンの隣のお部屋。
勝手口から運び込まれた食材を整理したりお料理以外の作業をするためのお部屋で、お部屋の中央には表面がツルツルした大きな机が置いてある。
机はキッチンにあるシンクと同じような素材でできていて、触るとひんやりする。
私とミシェルとレミ、それにマルクスとルイは大きな机を囲むように椅子を置いてもらい、そこに座っていた。
壁際には、チャーリーとチック。
二人とも、この後のお料理で汚れるのを防ぐために執事服やジャケットの上着を脱いで立っている。
それからチャーリーとチックに並ぶように、小さな使用人服と小さなメイド服を着た二人がいた。
「ダニーとポーギーもこっちに座らないの?」
「お仕事中ですから」
私がかけた言葉に、小さな使用人着を着たダニーが答えた。
お医者の先生のところにもお料理の会のことは伝えてもらえたらしく、ダニーとポーギーもこちらに集まってくれていた。
けれど、お仕事がお休みというわけではないらしい。
そうなんだ、と、私が少し残念な気持ちで二人を見ていると、サッチモが声をかけた。
「今日は、使用人から二人お手伝いに来てもらっています。ダニー、ポーギー、こっちに来て一緒に座りましょうね。みんな揃ったところで自己紹介しますから」
「えっ」
「はい、サッチモさん」
すまし顔していたダニーはサッチモの言葉に不意をつかれたらしく驚いて固まり、一方ポーギーは嬉しそうにトコトコやってきて私の正面の椅子まで来た。
すかさずチャーリーが手を貸してポーギーを座らせてくれ、壁際に残っていたダニーも、チックが脇に手を入れ持ち上げてポーギーの隣に座らせる。
「みんなでお料理だ」
嬉しくなって私がそう言うと、正面のポーギーがニコっと笑い、その隣のダニーもそんなポーギーと私を交互に見た後、観念したように力んでいた体から力を抜いて笑顔になった。
使用人さんモードの二人も好きだけど、リラックスしてくれていたほうが私も嬉しい。
「では、参加されるみなさんは初対面の人同士も多いということなので、自己紹介からしましょう」
『はーい』
サッチモが今日のお料理の会を進行してくれるようだ。
自己紹介をしましょうと言って、座っている私たちを見まわした。
「まずは私、先ほども申しましたがサッチモといいます。年齢はステラお嬢様の父君より十は上で、こちらでお世話になる前は料理人だった父の跡を継いでたくさんの人たちと料理を作る仕事をしていました。得意なことは料理、好きな料理は卵焼きと唐揚げです」
サッチモは見本を見せてくれるみたいに自己紹介をしてくれた。
サッチモはここに来るまでもっと大きなキッチンのある場所で料理人さんをしていたのかなあ、今度聞いてみよう。
それに、卵焼きと唐揚げは私やマルクスもお気に入りのお弁当の中身だ。
サッチモも好きなんだなって思ったら嬉しくなった。
「さあ、こんな風にみなさんもご自分のことを他の人に分かってもらえるように紹介してみましょう。とはいえ、これはなかなか難しいですよ。はりきっていきましょう」
サッチモはなんだかイキイキしてる。
大勢でこうしてわいわいするのが好きなのかもしれない。
わくわくしてきた私、隣ではおうちに着いた時から様子のおかしいレミが「ふふ、ふふふ」と小さく笑っている気がする。
大丈夫かなあ。
サッチモが僕の隣から順に、と言って男性と女性の料理人さんに促した。
二人は通いで来てくれている料理人さんで、男性も女性も自分でお店をやっていて、都合がつく時に来てくれているらしい。
私も聞いたことのあるお店でびっくりした。
なんでも、サッチモとお料理を作るともっとお料理が上達するから来ているんだって。
二人が上手に自己紹介をしてくれて、順番は壁沿いに隣へ移る。
チックとチャーリーの番だ。
「チックだ。ステラお嬢さんの父親、ゲイリーと商会をやっている。歳はあいつと同じ二十五。あいつの補佐役だ。帳簿つけたり金策練ったりするのが得意だ。まあ、実際に店舗にも立ってるし、ゲイリー会長に頼まれればなんでもやる。このガタイだから面倒な客が来たときは警備員みたいなこともするし、今日みたいに休日返上でステラお嬢さんとの留守番を頼まれることもある」
チックの自己紹介に、サッチモや料理人さんたちのいるあたりから「ハハ」と小さく笑いが起きた。
チックはなんだか自己紹介に慣れてる感じ。
流れるようにスラスラと言って、最後は「よろしく」と言って締めくくった。
心の中で「おおー」と感心してぱちぱちと手を叩くと、みんなもそんな私を真似するみたいにパラパラと拍手を鳴らした。
「次は僭越ながら私が。私はステラお嬢様のフットマン、チャーリーです。年齢は十五」
チャーリーは言いながら机に座る私たち一人ひとりと目を合わせる。
そうしてから私へじっと目を留め見つめた。
「親を亡くし養父の元で教育を受けていましたが、その能力をお嬢様専属の使用人として生かすべく、ジャレット家当主ゲイリー・ジャレット様に引き取っていただきました。若輩者ですが、今後ともよろしくお願い致します」
ぱちぱちと拍手が鳴る。
チャーリーの自己紹介を聞きながら、私はそういえばチャーリーのことをあまり知らないってことに気が付いた。
チャーリーのパパやママのことは聞いたことがなかったから、今のお話でそうなんだって気づかされた気持ち。
今日の夜か、明日か、もっとチャーリーのことを聞いてみようと思った。
それから、チャーリーはここにいるみんなと顔見知りだから“今後とも”なんだねって納得する。
自己紹介を終えて私ににっこり笑ってくれるチャーリーに、私も笑顔で返した。
それから、チャーリーのことをもっとみんなに知ってもらいたくて、あれもこれもって言いたくなっちゃう。
「チャーリーはねえ! 運動も勉強も得意だし、お店まで連れてってくれたりね、色んなことを知ってて教えてくれてね、それから、私のお洋服を選ぶのもとっても上手なんだよう!」
みんなに聞こえるよう大きな声で言って、それから私はエプロンをめくって今日のお洋服を見せてあげる。
みんな一瞬驚いたみたいだったけど、すぐに目元を優しくした。
マルクスやミシェルは「よかったなステラ」とか「可愛いし、お料理もしやすそうね」とか言って褒めてくれるし、ダニーやポーギーもうんうん頷いてくれる。
ルイは目だけでこっちを一瞬見た後「フンっ」って言うだけだったし、レミはなぜか全身で小さく振動しながらぎこちなく笑うだけだったけど。
レミ本当に大丈夫かなって思っていると、「さて」と場を区切るようにサッチモのよく通る声がした。
「さあ、立っている人は自己紹介が終わりましたので、次は──」
サッチモは座る私たちを見回す。
そうだ、私たちも自己紹介しなきゃなのに、考えてなかった。
どうしよう、ドキドキする。
サッチモの視線が止まる。
「では、まずはダニー、次にポーギー。どうです? できそうですか?」
「「はい」」
サッチモの指名に、ダニーとポーギーの声が重なった。
二人の声は兄妹だからか似ていて、重なった声も綺麗に響き合っている。
初めにダニーがその場に立ち上がり、それからポーギーがチャーリーの手を借りて立ち上がった。
私も立とうかなって思ったけど、正面のポーギーを手伝っていたチャーリーと目が合って『座ったままでいいですよ』と視線で教えてもらった。
「ダニー……」
ダニーは名前を言うと一度黙って視線を彷徨わせた。
それから、ぐっと一度口元に力を込めると、少しだけお耳を赤くして口を開く。
「ダニー……、ダニー・ショーター、です。七歳です。侍医のショーター医師の元で医者になるための勉強中です。ステラ、ステラお嬢様が友人にと望んでくださり、一年と少し前からこちらでお世話になっています」
ダニーの自己紹介にぱちぱちと拍手が鳴ると、続いて隣のポーギーが嬉しそうにはにかみ笑顔になってからスカートをちょんとつまみ、その場で膝を軽く曲げて会釈をした。
その動きはお人形さんみたいでかわいい。
「ポーギー・ショーターです。五歳です。兄のダニーと同じく、縁あってショーター先生の家族にしていただき、ステラお嬢様のお屋敷でお世話になっています。メイド見習いです。みなさまどうぞ兄ともどもよろしくお願いいたします」
ポーギーの自己紹介には拍手と同時、大人たちから「ほお」と小さく感嘆の声が出た。
ポーギーはしっかり者で、自己紹介もとってもお上手だった。
拍手を受けたポーギーは改めて椅子に座ってから、私と目が合い笑顔を見せてくれる。
私もダニーやポーギーみたいに上手にしなきゃ。
隣でずっと変なお顔をしているレミも、緊張してきたのか「ふぐぅ」って変なお声で唸ってる。
自己紹介の順番は私の後だから、きっと今から緊張しているんだろうなあ、少し涙目に見える気がした。
そう思っている間にも、自己紹介の順番はポーギーの隣、マルクスに移る。
立ち上がったマルクスは溌溂とした表情と声で自己紹介を始めた。
「オレはマルクス。マルクス・ミラー。八歳だ。得意なことは剣。父ちゃんが騎士団長をしていて、俺も父ちゃんみたいな格好良くて大切な人たちを守れる騎士になりたいと思ってる。料理はたまに母ちゃんの手伝いをするくれーだから今日はあんま期待すんな」
マルクスはとっても堂々としている。
最後は照れるように少しぶっきらぼうに言って、それからわざとドスンと音を立てるようにして椅子に座った。
勢いよく自己紹介したけど、やっぱり緊張はしてたみたいで、終わってほっとしたみたいだった。
私の横、レミはポカンとお口を開けているし、レミと反対隣に座っているミシェルは「騎士団長……、ほあー……」と目を丸くしている。
二人とも、騎士団長さんのフリューゲル・ミラーさんのことを知ってたのか驚いてるみたいだ。
「おい、次ルイだぞ」
そのマルクスが隣のルイを肘で突く。
ルイはといえば、めちゃくちゃ渋いお顔をしている。
ルイはさっき、自己紹介をすると決まった時から乗り気じゃないお顔になっていたけど、今はなんだか苦いものを間違って食べちゃったときみたいなお顔になっている。
「ルイ。九歳。父は宰相のニール・レッグウィークだ」
ルイは立ち上がりもせずにそれだけ言った。
それから腕を組んで顔を肩ごと丸め込むみたいに俯いてしまった。
体全体で『終わりだ!』って主張しているみたい。
隣に座っているミシェルがこそっと話しかけてくる。
「騎士団長様に、宰相様……、ステラのお友達ってすごいのね」
「フリューゲル・ミラーさんも、ニール・レッグウィークさんもとっても優しくていい人なんだよ!」
隣でミシェルが感心したみたいに私に言って、私は二人のお父さんが褒められて嬉しくなっちゃった。
「次は私ね。何を言ったらいいのかしら」
「ミシェルだよって言えばいいんだよ。お母さんが優しいのも教えてあげたらどうかなあ?」
「ふふ。わかった、そうする」
不安そうなミシェルに答えると、ミシェルはおかしそうに笑って、それから静かに立ち上がった。
やっぱり緊張はしているのか、こく、と小さく飲み込む音がしてからミシェルは口を開いた。
「はじめまして。ミシェル・ペトルチアです。七歳です」
ミシェルはそこでダニーを見て「同い年ですね」と小首をかしげながらはにかんだ。
そうしてもう一度前を向きなおすと続ける。
「ステラとはお友達で、仲良くしていただいています。今日はみなさんとご一緒できてとても嬉しいです。お母さんに教えてもらってお菓子を作ったりもするので、何か少しでもみなさんのお手伝いができたらいいなと思っています」
それからミシェルは「よろしくお願いします」と頭を下げて、その勢いのままに椅子に座った。
「~~っ! 緊張しちゃったぁっ」
キャーと、小さい声ながらも話しかけてくれるのがとってもかわいい。
「すごくいい自己紹介だったよ~! ほら、みんなも拍手してくれてる」
「え、あっ、ありがとうございます!」
私が落ち着くよう腕に手を添えて促すと、顔を上げたミシェルはみんなの優しい笑顔と拍手に気づいてハッとして、座ったまままたぺこりと頭を下げた。
次は私、と思っていると、私が立ち上がって口を開くより先に別の場所から声がした。
「ステラ。五歳。ジャレット商会長とピアニストのディジョネッタ夫人の一人娘」
「え」
「だろ。みんな知ってる」
言ったのはやっと顔を上げたルイだ。
それから、そう言われて気づいた。
私がみんなに集まってもらったんだから、ここにいるみんな私のこと知ってるんだった。
「そっかあ」
私がそれに気づいて笑うと、マルクスが「あとステラは、色んなこと知ってて発想がすごいよな」と言ってくれる。
私の代わりに自己紹介してくれてるみたいだ。
続くように「優しいです」「友達思いだよな」とポーギーとダニーも言ってくれた。
その後もミシェルが「私の自慢のお友達よ」って言ってくれて、みんなが私のこと知ってくれてるんだってわかってこそばゆい。
「ステラお嬢様は天使のようにお可愛らしいです」
不意に壁に立つチャーリーが発した声が、叫んだわけでもないのにやたらと大きく響いて、一瞬場が静かになったあと大人たちから「確かに」「ステラお嬢様はおかわいらしいですわ」と賛同する声が続いた。
「えへへ。ありがとー」
座ったままだったけど私はそうお礼を言って、それからお膝に両手を置いてぺこりとお辞儀をした。
さあ、あとはレミの自己紹介でおしまいだ。
隣のレミを見ると、レミはいよいよ変になっちゃってた。
震えなのか何なのかわからないくらい小刻みに、座ったままで上下に振動している。
「レミ?」
私の声が聞こえているかも分からない状態のレミは、振動しながら目だけで左、右、とせわしなくみんなを見てダラダラと汗をかいている。
みんなは自己紹介するレミに注目しているけど、レミのその様子にざわついた。
「レ、レレレレ、レミ! レミですぅ!」
やっぱり今日のレミは変で、みんなもそれに気が付いたみたいで「緊張してるの?」「大丈夫だよ、息をゆっくり吸って」「落ち着け」「顔の色が変だぞ」と口々に声をかけて場は少し騒然となった。
そうしてしばらく、レミは「慣れる、慣れてみせる」と力強くこぶしを握って自分に言い聞かせたかと思うとやっと落ち着き、なんとか無事、全員の自己紹介を終えることができたのだった。





