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43.大天使ステラちゃん、お留守番計画

 朝。

 私のおうちで、私とチャーリー。

 それから。


「どうして今日はチックがいるの?」

「んー? そうだなあ、ステラお嬢さんのパパが、ちょっと使いモンになんなくなったからかなあー」


 私のおうちに、今日は珍しい人が来ている。

 チクチクおひげのチックだ。


 ついこの間も孤児院で一緒だったチックは、パパのお店の中でも一番大きな店舗を任されている店長さん。

 パパとチックは学生時代からの友達で、とっても仲がいいの。


 でも、チックが私のおうちに来るのはとっても珍しい。

 なにより、今日はパパはおうちにいないのに。

 知らなくて遊びに来ちゃったのかなあ。



 朝起きるとチックがいて、おはようのご挨拶をした。

 さっき一緒に朝食を食べてきたところ。

 そのあと、一緒に私のお部屋まで来たんだけど、チックはなぜか私の隣にしゃがんでしまっている。


 チックは体が大きいけど、しゃがんでいる今は横に並ぶ私と頭の位置が近くなっている。

 肩幅に開いた足で立っていたチックは、そのまま膝を外側に折り曲げてのっそりとしゃがみ、膝の上に両腕を乗せる形で脱力している。

 普段はお客さんや従業員さんたちの前でハキハキ元気なチックも、今日は力が抜けてだらけているみたい。


「パパとママ、今日からおでかけだって言ってたよ。ステラお留守番なの」

「んー、そうだなあ、だからチックのおじさん呼ばれたんだよなあ」


 パパがいないのは知ってたんだ。


 なんだか、今日のチックは元気がない。

 私と同じ方向を向いている隣のチックを見るけど、横顔しか見えない。

 私に見られているのにも気づいてないみたい。

 チックは何もないお部屋の角のほうを見ているのか、見ていないのか分からないボーっとした様子で、たまに小さくため息みたいなのを吐いている。


「……」

「……」


 ピチチ…って、お外から鳥さんの声が聞こえる。

 静かだなあ。

 私は、一歩離れた場所に控えてくれているチャーリーを見た。

 チャーリーは私と目が合うと「ん?」とかすかに微笑み首を傾けてくれる。

 小さなその動きは「どうされました?」って聞いてくれてるみたい。


 どうしようかな、何か提案してみようかなって思っていると、ボーっと虚空を見ていたチックがぽつりと小さな声で話し始めた。


「チックのおじさんはなあ、結構心配してたんだよ」

「パパのお話?」

「ああ。ステラお嬢さんのパパとチックのおじさんは友達でなあ。ご飯を食べながら聞いてほしい話があるんだーって、パパのほうから誘ってきたんだぜ」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」


 チックは私に話しかけてるけど、お返事が欲しいっていうよりただ話を聞いてほしいみたい。

 なんだかかわいそうだから聞いてあげよう。


「週末、つまり昨日の夜、チックのおじさんは待ってたんだよ。パパからの誘いだ。最後に会った時のパパの様子も変な気がしたから、予定を空けて待っていたんだ」

「うん」

「どうなったと思う?」

「パパ昨日一緒にごはん食べたよ」

「だよなあ」

「パパ忘れちゃってたのかなあ」

「たぶんなー」


 チックが苦笑いしながら言って、ふーっと長く息を吐く。

 パパったら、チックと約束してたの忘れちゃってたみたい。

 かわいそうなチック。


「ママとね、こーんなに引っ付いて食べてたよ」

「……バカめ」


 身振りと手を使って、昨日のご飯の時のパパとママの様子を教えてあげる。

 それを見たチックはすんごいお顔になって毒々しく言葉を吐いた。

 チクチクおひげのお口がひん曲がっていて、眉毛もすっごくハの字。

 しかめたお顔と苦い声で『バカ』だって。


「パパね、ママのこと大好きだから、許してあげて」

「……みたいだな。ていうか娘にも開けっぴろげなのかよアレ」

「この間からね、すごいんだよう」

「昨日二人には直接会ったからな。察するよ」


 チックは一度だらりと頭を下げてハァと息を吐き、それからやっと顔ごと視線を私の方へと向けた。

 ニッと口元で笑顔を作ったチックはいつもより元気がないけど、悲しいお顔はしてなくてよかった。

 それからチックは重そうに腕をゆっくり上げると、私の頭にポンと手を置いた。

 そのままワッシ、ワッシと髪を混ぜるみたいに数往復させる。


「親だけで仲良くしてて、ステラお嬢さんは寂しくねえか?」

「平気だよ!」


 私がニパッと笑って言うと、チックは「そうか」と言って同じように笑ってくれた。

 

「ってーわけで、すっかりおじさんとの約束を忘れてくれやがったパパは、夜中になってからいきなり来たかと思えば明日ステラお嬢さんと一緒に留守番してくれーって言ってきたわけだ。デートだデート。あいつ、嫁さんと二人で出かけたくて我慢できなくなったらしい」

「うん、デートしてくるって言ってた。パパね、ニコニコだったよ」

「俺も見た。ニッコニコのデレッデレだったな。あいつあんな顔できたんだなっておじさんはちょっとびっくりしちゃったかな」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」

「……ごはん作ろうチック!!」


 ガバっと、両手を上げて大きく宣言した。

 チックは突然の私の大声にびっくりしたみたいで一瞬動きを止めたけど、「お? 急だな」と言って、でも特に反対はしないみたいだった。


 チックは、パパと一緒においしいご飯が食べられると思ってたのにパパに忘れられちゃって残念だったんだ。

 だから、パパの代わりに私がチックと一緒にいて、ごはんを用意してあげようと思った。


 私のご飯は、いつも料理人さんのサッチモたちが作ってくれる。

 サッチモのお料理はとっても美味しくて最高だから、きっとチックも嬉しいはずだ。


 今日は私もお勉強のない日だから、せっかくだからご飯を作って食べるのはどうかなあ。

 そうだ、お勉強のない日だからマルクスとルイも遊びに来るかもしれないし、他にもたくさん呼んで、みんなでチックと一緒に居てあげればチックも寂しくないかも!


これは名案だ。

 私が自分のアイデアがなかなか良いんじゃないかとうんうん頷いていると、チックがゆっくり立ち上がった。


「フットマンの、あー、チャーリーだったか?」

「はい」

「お嬢さんは作ってくれるって言ってるが」

「はい、記念すべき初めての試みですね」

「やっぱそうか」


 一言二言チャーリーと言葉を交わしたチックは、さっきよりも少し元気が出たみたい。

 それか、気合が入った感じかな。


「じゃあお嬢さん、何から始める?」

「みんなを呼ぼう! チック、期待してて!」

「ん? なんだ? どういうこった、料理するんじゃなかったのか?」

「チックが寂しくないようにねえ、みんなで囲んであげるからねえ」

「待て待て、それ四とか五だろう。一から話してくれんと分からん。なんかとんでもねえこと始めようとしてねえか」

「チャーリー! 今日は忙しくなるよう!」

「はい、お嬢様」

「おい待てフットマン、快活な返事をするんじゃない。待ってくれ。俺を置いていくな。説明をしろ」


「早速行こう! みんなに声をかけなくちゃ!」

「それではお嬢様、お出かけ前にお仕度をいたしましょう」

「うん、サッチモにも、みんなでお料理してもいいか聞いてみないとなあ」

「そうですね、お仕度の間に確認しておきましょう」


「お嬢さん、フットマン、頼むから展開のペースを落としてくれ。おじさん付いてけねえから。あとフットマン! お前、チャーリー、わざとだろ! おじさん分かるんだぞそういうの!」

「任せてチック! おいしいご飯みんなで食べようねえ!」

「ステラお嬢さんは本当に百パーセントの善意だなあ! ありがとよ! そのまままっすぐ育ってくれよ!」



 こうして、今日の私の予定は、チックのためにみんなとご飯を作ることに決まった。

 チックのために、なるべくたくさんで一緒にいてあげたいなあ。


 マルクスは、騎士団長さんのパパさんとのご予定がなければきっと遊びに来てくれるはず。

 私がお勉強のない日はたいてい遊びに来てくれるから。

 それにマルクスは私がした遊びの提案はなんだって一緒にやってみてくれる。


 ルイは、宰相のパパさんとのご予定がないときは、マルクスと一緒に来るけど、今日はどうかなあ。

 もし来てなかったら、それから考えよう。


 他には、ダニーとポーギーはどうだろう。

 お医者の先生のところに行って、今日の予定を聞いてみよう。

 ダニーとポーギーは今日も使用人さんとしてのお仕事があるからずっとは無理かもしれない。

 だけど、作ったご飯を一緒に食べてほしいなあ。


 あと誘って来てくれそうなのは、ミシェル!

 ミシェルはお祭りで仲良くなって以降もよく遊んでいるけど、当日に誘っても大丈夫だよって言ってくれるから、今日も誘ってみよう。

 ミシェルは前にママさんとお菓子を作るお話をしてくれたから、きっと心強い助っ人になってくれるはずだ。


 それから、お友達といえば。


 私はそこまで考えて、チャーリーに話しかけようと思った。

 けど、チャーリーはお出かけの支度のために女性の使用人さんを呼びに行ってくれたみたいで、いなくなってる。


「ねえチック」

「なんだいステラお嬢さん」

「レミたちいたでしょう?」

「…………あ、孤児院の友達か?」


 レミの名前ではピンとこなかったのか、しばらく考えたチックは思い至ったように答えてくれた。


「そう、レミたちね、今日誘ったら来てくれるかなあ」

「おお、あの子ら呼ぶのか。うーん、どうだろうなあ。聞いてみるだけ聞いてみたらいいんじゃねえか?」

「そっか、そうだね! うん、そうする!」

「うん、それと、先にシスターに言ってたほうがいいかもな。屋敷の人らも人を呼ぶなら準備がいるだろう、だいたいの人数やシスターへの連絡を執事の人に頼んどけよ」

「うん! ありがとチック」

「おうよ」


 それから、戻ってきたチャーリーにその話をして、私は女性の使用人さんに身支度をしてもらう。

 その間にチャーリーは料理人さんのサッチモや執事のヘイデンにそういう色々を連絡して、手配してくれたみたいだった。


 そういえば、おうちにこんなにたくさんみんなを招待するのは初めてだ。

 初めて会う子同士もいるし、みんなで楽しくご飯ができたらとっても素敵だろうなあ。


 今日はパパとママもいないお留守番の日だから、みんながいいって言ったら、お泊りしてもらうのはどうだろう。

 ミシェルとは、馬車で運ばれちゃって村でお泊りすることになっちゃったことはあったけど、もしみんなでお泊りできたらどうなるんだろう。


 チックのための会のつもりだったけど、気づけばとっても楽しい会になりそうだと、私はどんどんウキウキした気持ちになってきた。

 どうしよう、とっても楽しみ!


 チャーリーが一通りの連絡を終えてもう一度戻ってきたときには、私はすっかりお着換えも終えて、チックも一緒に出掛ける準備万端だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんなに優しい子が、ゲームだとパパママと一緒に殺されちゃうのか・・・クソゲーにも程がある 開発者出てこーい!(ンД´)ノ
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