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30.大天使ステラちゃん、新しい遊びを教えてもらう

 三人との遊びは、マルクスやルイ、ダニーやポーギーと遊ぶのとは全然違っていた。

 私は、マルクスたちと遊んで、お友達との遊びってこうなんだって思ってたんだけど、シドたちとの遊びは、もっとなんていうか、荒々しい。

 きっと、マルクスやルイは私よりお兄さんだし、ダニーやポーギーはお友達だけど使用人さんだから、私に合わせて遊んでくれてたんだなって気づいた。


 最初、私は、シドたちにピアノのある場所に連れて行ってもらった。

 そこにあるピアノの椅子によじ登って、私が考えた『リリーのおうた』を弾いてあげようと思ったんだけど、鍵盤を押さえた途端、変な感触がして、ピアノはとってもヘンテコな音を出した。

 私はびっくりして、あっちの鍵盤もこっちの鍵盤も押してみる。

 鍵盤によっては、一度押すとヘコヘコになって返ってこなかったり、ボエーンって変な音が鳴ったり、とっても面白い。

「私の知ってるピアノと違う!」

 私が興奮してあれこれ押してると、シドに「ピアノはダメだな」ってピアノの椅子から降ろされちゃった。

 突然、シドに抱えられるみたいに引きずりおろされて、私はびっくりしちゃう。

「教会だったときのピアノらしいんだけど、ここじゃ誰も弾かないから」

 そう言ったレミを見ると、うるさそうにお耳をふさぎながら言っていた。

 そういえば、ママのピアノは定期的に業者さんが点検してくれてるなあ。

 点検しないと、ピアノってこんな風になるんだなあって、私はシドにピアノから離されながら思った。

 ソラがトコトコ、ピアノに歩いていくから見ていると、私が押して返ってこなくなった鍵盤を一個ずつ戻して、カバーをかけ直してくれていた。

「ソラ、ありがとお」

「うん」

 ソラは無表情だけど、優しいんだなって思った。


 + + +


 そのあと、シドが「“鶏とヒヨコ”しようぜ」って言った。

 私はその遊びを知らなかったんだけどシドは「教えてやるよ」って言ってくれた。

 近くで遊んでた他の子たちも呼んで、私は、初めてやる“鶏とヒヨコ”に挑戦することになった。


 最初はシドが鶏さんをやるらしい。

 私と他の子たち十人くらいはヒヨコさん。

 ヒヨコさんの私は、同じくヒヨコさんなレミとソラと一緒に、床に大きな円の模様がある場所に立った。

 床の円の模様は大きくて、ヒヨコの子たち十人くらいで円の中に入っても、まだだいぶ余裕がある。

 円の模様は床の模様の一部で、円を四分割するみたいに十字の線の模様も入っているやつだ。

 シドがルールを説明してくれた。

「最初は俺が鶏な。俺にタッチされたら次はそいつが鶏、俺はヒヨコに交代。ヒヨコは円の中を移動できるけど、鶏は円と十字の線の上しか走れないから注意。だけど、片足でも線に触れてたら腕伸ばしてタッチできるから。ま、やってみようぜ」

 私たちヒヨコさんは円の中にいて、円の縁や十字の上を走る鶏さんのシドに触れられないように逃げる遊びみたい。

 シドが、「じゃあスタート!」って言った途端、ぼーっとしていた私は、ヒヨコのみんなにもみくちゃにされていた。

「うわ! わ! え!」

「はいタッチ、次はステラが鶏だぜ」

 私が、もみくちゃになってびっくりしてたら、次の瞬間には他のヒヨコの子は誰もいなくて、私はシドにタッチされていた。

 シドは、円の真ん中を走る線の上を移動してきたみたいで、片足だけ線の上に残して体を伸ばし、私の肩にタッチしていた。

「ええええ! いつの間に!」

「ステラって鈍くさそうね」

 私がびっくりしていると、レミが円の中の反対側でやれやれって感じで首を振っていた。

「かほごのだいしょう」

 ソラがその隣でぽつりと言った。

 私はさっそく鶏さんに捕まっちゃった。

 次は私が鶏さんで、誰かを捕まえる番だ。


 + + +


「ねえ、次は? もっとやろうよ~!」

 私は大興奮だった。

「ステラ、一回休みましょ。ね?」

「なんで体力だけはそんなあんだよ」

「たいりょくおばけ……」

 シドたちは、ハァハァと息を切らして座り込んでいる。

 あれから私たちはずっと“鶏とヒヨコ”をしていた。

 一緒に遊んでた子たちは、私たちより小さい子ばかりだったからか、すぐに疲れて一人、また一人と別の遊びに行っちゃった。

 最後まで一緒に鶏とヒヨコをしてくれてたのは、同い年の三人だけになっていた。

 すぐ鶏になっちゃった私は、なんとかヒヨコの子を捕まえてヒヨコに戻った。

 それから、何回も鶏をやって、ヒヨコをやって。

 慣れてきてからはヒヨコ同士で作戦会議をやったりして、すっかり鶏とヒヨコの遊びに夢中になっちゃった。

「私、こんなに体を動かす遊びをしたの、初めて!」

「そんな気はしてたけど、ステラ元気ね」

 大はしゃぎな私に、座って伸びているレミは笑った。

 お顔も熱いし息も切れてて、汗で髪がお顔に引っ付いてるけど、私はそんな髪も手でどけてもっとやりたくて仕方ない。

 シドがまだ元気そうに見えたから、座っているシドの腕をぐいぐい引っ張ってみたんだけど、逆に「きゅーけー」と言って引っ張り返されて座らされちゃった。

「ちょっと引っ張ったら座るくらい、力は全然ないくせにな。なんでそんなに体力あるんだよ」

 シドがあぐらで座ったまま頬杖をついて、私を見て呆れたお顔になった。

「週に一回は運動の先生が来てくれてね、一緒に走ったり、体操とかをするからかなあ」

「わ、体動かすのまで先生なのかよ。ったく、お前ほんと大変だな」

 シドは苦笑いだ。

「シド笑った!」

「な、別にいーだろ」

 シドが笑ったのが嬉しくて私も笑ったら、シドはぎょっとしたお顔をしてプイっとお顔をそらしちゃった。


 休んでいたら、チャーリーがみんなの分のお水を用意してくれて、私のお顔の汗も、冷たい水で絞った布で拭ってくれた。

 お水が冷たくておいしくてびっくりしちゃった。

「おうちのお水よりずっとおいしい!」

 本当に、体に染み込んでいくみたいに、とってもおいしくてたくさん飲めちゃう。

 チャーリーに聞いたら、この孤児院で飲まれてるのと同じお水で、中庭にある井戸から汲んでるお水なんだって。

 チャーリーはニッコリ笑ってくれた。

「ご友人と飲まれるから、より美味しく感じるんですね」

 私も、きっとそうだねって思って、うんうん頷いてたら、シドたち三人も嬉しそうに笑って「動いたあとの水はおいしいよな」って言ってくれた。


 お水を飲んで休んでいると、無口なソラがご用事があるみたいで、ちょんちょんって私の肩を突いてきた。

「それ、なに?」

 そちらを見ると、ソラは私が脱いで抱えていたジャケットを指さしていた。

「ジャケットだよ?」

「それ、そのマークなに?」

 よく見ると、ソラはジャケットについてるジャレット商会のロゴを指していた。

「これはパパのお店のロゴだよ。ここにね、おうちのジャレットって名前が書いてあるんだよ」

 私が説明すると、ソラはロゴをじっと見てからすくっと立って、トコトコどこかに行った。

 どうしたのかな? って思って目で追っていたら、ソラはすぐにトコトコ戻ってきて、どこかから持ってきた、手のひらサイズくらいの木の箱を見せてくれた。

「?」

 中をのぞくと、木の箱には、小さくなった鉛筆がいっぱい入っていた。

 何度も削って使ったみたいで、もう小指よりもずっと短くなってコロンとしたのが何個も入ってる。

「鉛筆?」

 私が聞くと、ソラはそのうちの一つを取り出して、私より小さめの手のひらに乗せて鉛筆を見せてくれた。

「おなじマーク」

「そっか、プレゼントの鉛筆なんだね! あ、そうだ、今日もみんなにプレゼントを持ってきたんだよ~」

「「え」」

 その鉛筆が去年までのプレゼントの物だってわかって、私は今日もこれから配るよって教えてあげる。

 そしたら、ソラも、レミもシドもびっくりしたみたいに顔を上げて私を見た。

 ちょっと慌てた様子のシドが、ソラから鉛筆の入った木の箱を受け取ると、私に見せる。

「ステラ、お前、このプレゼントくれるとこの子なのか!?」

 お声がちょっと大きくてびっくりして、でもそうだよって頷いた。

 シドは鉛筆と、私のジャケットのロゴを見比べる。

 それから、シドはいきなり自分の着ていたシャツを脱ぎだした。

 ぎょっとする間もなく、私の視界は誰かに遮られて見えなくなった。

「……チャーリー?」

「はい、正解です」

 チャーリーに“だーれだ”の目隠しをされちゃった。

 手もおっきいし、チャーリーってすぐ分かっちゃうのに、変なチャーリー。

 チャーリーも一緒に遊びたくなっちゃったのかな?

 私は見えないままだけど、シドの「やっぱり! 服も同じマークだ」とかレミの「布団もじゃなかった?」って声が聞こえる。

 それから、「え! 目隠し!?」ってシドがびっくりした声がして、レミが「あんたが裸だからでしょ、着なさいよ」って呆れたお声がしてからやっと、チャーリーの目隠しは外してもらえた。

 目隠しのついでに、チャーリーが私の、汗でぐちゃってなってた前髪を直してくれた。

「チャーリーありがと~」

「いえ。髪を一度ほどかれますか? まとめ直しますよ?」

 チャーリーはそう聞いてくれたけど、汗も乾いたしもう大丈夫だと思う。

 でも、パパも戻ってくるだろうし、ぐちゃぐちゃだと良くないよねって思って、鏡もないからチャーリーに確認してみた。

「髪の毛、ひどくなってる?」

「いいえ、お可愛らしいです」

 チャーリーが笑顔で即答してくれたから、このままでいいやってなった。

「お前さあ……」

 シドは何か言いたげに、げんなりと私とチャーリーのやり取りを見ていた。

 だけどそのあと、持っていた木の箱を見て、それをゆっくり床に置いてから、あぐらを崩して前のめりの体勢になった。

「俺らさ、お前んとこのプレゼント、すげー楽しみにしてたんだ。……ありがとな」

 シドはそう言って、「寄付とかくれる人もいて、シスターは金も助かるんだろうけどさ、俺ら一人ずつに物がもらえることってないしさ」って言ってくれた。

 喜んでもらえてたんだって分かって、私も嬉しくなった。


 シドたちは、今年はいつもの時期に配られなかったから、もうプレゼントはないんだと思ってたらしい。

 だから短くなった鉛筆を集めて置いてあったんだね。

「シドたちは私と遊んでくれたから、プレゼント作戦成功だ」

 私は嬉しくなって言ったんだけど、三人はよく分かんないってお顔をした。

 だから、みんなへのプレゼントは、私の誕生日プレゼントの代わりなこと、私とお友達になってくれるように始めたこと、今年は私が直接渡したかったから時期がずれちゃったことを説明した。

 三人はポカンとして聞いてくれてたけど、話を聞き終えたレミが、私の手を取って、両手でぎゅって握ってくれる。

「ステラ、あんたいい子ねえ~」

 それが街のお店のおばちゃんみたいな話し方で、私はちょっとおかしくて笑っちゃった。


 + + +


 それから、孤児院での生活のこととか、プレゼントをどんな風に使ってくれてるのかとか、たくさんお話を聞かせてもらった。

 シドは服が選べるようになったのが嬉しくて、他の友達と交換したり、お兄さんの子の去年の服を譲ってもらったことを話してくれた。

 レミはとにかく大きな布が温かくて嬉しかったらしくて、なのに去年のレミの布は年少の子に汚されて臭うようになったんだって嘆いてた。

 ソラは、シスターのファウスティナさんが作ってくれた字の一覧の紙を、鉛筆でいっぱい書き写して字を覚えたんだって。

「じゃあ、ソラは自分で字が書けるようになっちゃったの!? すごい!」

 私はびっくりしちゃった。

 私もちょうど今、字を上手に書く練習をしてるけど、先生に教えてもらってやっと全部書けるようになったばっかりなのに。

 ソラは一覧を見ながら自分で覚えたんだね。

「すごい」

 ソラはそう言って、嬉しそうに頷いてくれた。

「じゃ、じゃあ、ご本も自分で読めちゃうの?」

「よめる」

 ソラはむふーって鼻息を吐いて、無表情のままだけどなんだか誇らしげだった。

 私は「すごい、すごいよ~」って、羨ましい気持ち。

 レミが「ソラの音読は淡々としてるのよね」って言ってたけど、読み聞かせできるくらいスラスラ読めるだけでとってもすごい。

 私は読んでもらってばっかりなのがよくないのか、字は書けるのに、読むのはまだ苦手。

 ソラを見習って、今度からは自分で読む練習もしようって思った。


「プレゼントって、渡すのももらうのも嬉しいよねえ」

 私が言ったら、シドがちょっと考えるお顔になった。

「俺らも、できるなら、したいけどさ」

 シドの、少しもどかしいみたいなその言葉をきっかけに、レミとソラも少しだけ静かになった。

 どうしたのかなって思って聞いてみたら、三人はプレゼントできるような物を持ってないから、プレゼントできないのが残念なんだって教えてくれた。

「プレゼントは、誰にあげたいの?」

「「シスター」」

 三人とも、この孤児院の切り盛りをしてくれているシスターのファウスティナさんにいつもありがとうって、プレゼントをしてみたいんだって。

 私もその気持ち、よく分かるなあって思った。

 私がこの間、パパやママや使用人さんたちにしたみたいに、お手紙を渡すのはどうかなって思ったんだけど、お手紙を書けるような紙も用意するのが難しいんだって。

 ソラが字を練習してた紙も、真っ黒になるくらい小さい字を重ねながら書いたらしい。

 この後チラシを配るけど、裏に絵や字がいっぱいだしなあって思って考えてたら、私は閃いた。


「じゃあさ、物じゃないものをプレゼントするのはどうかな」



チャーリーは、お世話しすぎるのもあれかと思って、途中まで一歩引いて見守るのに徹していましたが、シドが脱ぎだしたあたりで我慢できなくなりました。

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