22.大天使ステラちゃん、お手紙が渡し終わらない
ポーギーとレイチェルとヴァダと別れ、お庭にあるおじいちゃんの小屋に向かった。
それまでだんまりだったルイが、口を開いた。
「お前の家は、使用人との距離が近いな」
「そうなのかな。他のおうちは知らないからなあ」
ルイも、自分のおうちのことしか知らなかったみたいで、私たちは一緒に歩いているもうひとり、マルクスを見た。
「うちに使用人はいないぞ」
マルクスは呆れたってお顔をした。
マルクスのパパは騎士団長のフリューゲル・ミラーさんで偉い人だけど、マルクスのおうちはマルクスと、マルクスのパパとママの三人暮らしなんだって。
私は、そっかあと思って、それからルイに言う。
「普通かは分かんないけど、使用人さんたちとも、仲良しのほうが楽しいよ」
「……そうだろうな」
「ルイは、使用人さんと仲良くないの?」
「なんてことを聞くんだ!」
ルイがちょっと怒った。
ルイは怒りんぼなの。
でも、大きい声を出すつもりじゃなかったみたいで、すぐにむぅと口をつぐむと、「これから仲良くなるんだ」って言った。
「ふふ、一緒にご飯を食べると、早く仲良しになれるよ」
私は、ルイにみんなで朝ごはんを食べる話をした。
パパも朝は必ず一緒に食べてくれるのって言って、「情報共有がスムーズで助かるんだって!」って、前にパパに褒めてもらったことをそのまま言ってみた。
ルイは、ルイの家でも朝ごはん作戦ができないか、パパで宰相のニール・レッグウィークさんに提案してみるって意気込んでた。
+ + +
「おじいちゃん、いますか?」
呼びかけて、お庭の小屋の扉をコンコンってする。
一拍も置かずに、すぐにガチャっと扉が開いた。
「敵襲か怪我か」
「っ!」
「えっ」
「えっ」
怖いお顔の庭師のおじいちゃんが現れた。
一瞬、別人かと思った。
出された声は、地を這うように低い。
私とルイはびっくりして、マルクスは普段は模擬剣を差している腰の位置に手をやって、何も着けていないから空振っていた。
おじいちゃんは氷のように冷たい目線をマルクスとルイに向け、しばらくじっと二人を見てから、途端に相貌を崩した。
「……敵、は、いないようですね。これは、驚かせて申し訳ない。じじいの癖みたいなものですじゃ」
申し訳なさそうな庭師のおじいちゃんは、いつもの優しいお声とお顔に戻った。
「びっくりしちゃったあ。変なお癖ね、ふふ」
私はほっとしたんだけど、マルクスの顔色が悪い気がする。
お手々も腰の位置にやったままで、カタカタと震えているし。
さっきぐるぐるしたときに酔ったルイみたいなお顔の色になってる。
もしかして、マルクスは人見知りをするのかな。
たしかにさっきのおじいちゃんはちょっと怖かったもんなあ。
「マルクス、庭師のおじいちゃんだよ。おじいちゃん、お友達のマルクスとルイなの。一緒に来ちゃったんだけど、今はお邪魔じゃないかなあ?」
「もちろんですじゃ。どうぞ、お二方も中へ。お嬢様の大切なご友人をもてなせるなんて、光栄なことですじゃ」
「ありがとう!」
小屋に入れてもらって、お庭で育てたハーブのお茶を淹れてもらった。
椅子に登るときはマルクスが手伝ってくれた。
マルクスは私と三つしか違わないけど、背も大きいし力持ちですごいのよ。
みんなで囲んだ机に、庭師のおじいちゃんが淹れてくれたお茶を置いてくれる。
おじいちゃんは「カップが揃いでなくて申し訳ないですじゃ」って言ってたけど、私のカップはくまさん柄で、他のみんなも大きさや柄が違ってなんだかそれもいいなって思った。
「わ、とっても美味しいね! 甘いお味がする!」
「気に入っていただけて何よりですじゃ。葉だけでも甘味のある品種ができたので、今度旦那様が商会でも扱うとおっしゃっておりましたぞ。いつでも飲めるようになりますが、今はまだ、ここだけの特別な茶ですじゃ」
庭師のおじいちゃんは、ぽわりと微笑んでくれた。
「そうなんだ! おじいちゃんはすごいんだねえ!」
私、やっぱり庭師のおじいちゃんは優しくてあったかくて好きだなあ。
この小屋の中にいれば、絶対安心って、不思議と思えちゃうの。
マルクスも、ルイとお茶を飲ませてもらって落ち着いたみたい。
「あのね、今日は渡したいものがあって来たの」
私は、不思議そうなお顔をしているおじいちゃんの前に、お手紙を広げて置いた。
おじいちゃんはお手紙をキョトンとして見ていたと思ったら、ぴしっと固まってしまった。
せっかくお手紙を出したんだけど、おじいちゃんのほうへ向けて机の上に置いたら、読めなくなっちゃった。
逆さまはまだちょっとむずかしい。
お首をひねって見ようとしたけど、やっぱりむずかしそうだったから、私はお手紙を一度回収して手に持った。
「えっとね、
“ヤードランドおじいちゃんへ。
おまつりのひはしんぱいかけてごめんね。
おじいちゃんのおにわもかだんも、
やさしいおててもだいすきだよ。”」
おじいちゃんはびっくりしたお顔だ。
おじいちゃんは、手紙を出したときのまま、固まったまんまだから、喜んでもらうにはもう一押しかなって思って、似顔絵の説明もする。
「このね、おひげがむずかしかったの。でも、優しそうなお顔は似てるかなあって思うんだけど、どうかなあ」
見せながら指さして説明するけど、おじいちゃんは固まったままだ。
あれ? 似てなかったかな、マルクスも褒めてくれて、結構うまく描けたと思ったんだけど。
「それからね、これ、飾りボタンなの」
私はおじいちゃんに喜んでほしくて、ちょっと必死になった。
封筒から飾りボタンを出して、動かないおじいちゃんの顔の前、机の上に体を乗り出して、間近に見せつけるみたいに差し出す。
「ん! 見てみて、お花がぎっしりでしょう? おじいちゃんのお庭みたいなの。ボタンはね、みんなと、私とも、お揃いなのよ」
おじいちゃんはびっくりしたお顔のまま動かない。
さすがにどうしたのかなって思って、ルイも「大丈夫なのか、じいさん」って心配した言葉をかけてくれたとき。
バタンッって、誰かが勢いよく内開きの入口扉を開いた。
私もマルクスもルイもびっくりしてそちらを向くと、いたのは門番さんの一人だ。
「翁! 無事か、って、え、お嬢様!?」
私は心臓がどきどきしたけど、門番さんかあ、良かったってほっとした。
今度は、小屋にいたのが私たちだって分かった門番さんがびっくりする番で、「あれ、合図が上がったんだけど、あれ?」と慌てている。
少し落ち着いた門番さんによると、門番さんは庭師のおじいちゃんに呼ばれた気がしたらしい。
庭師のおじいちゃんに何か緊急のご用事ができると、門番さんに合図がいくようになってるんだって。
呼んだはずのおじいちゃんは、やっと動き始めてくれたけど、机の上の手紙と飾りボタンの上で、わなわなと震える手をうろうろさせるだけで、門番さんのことに気づいているかも分からない。
「おじいちゃん、いらなかったのかな」
私がその様子を見て、ちょっと不満な気持ちでこぼすと、門番さんが「どうされました」って話を聞いてくれた。
お手紙を読んで渡したんだけど、お返事がないのって説明する。
「あー、それは心臓に悪い」
やってきてくれた門番さんは、すらっと背の高い人で、私のためにわざわざ屈んでくれている。
門番さんは、笑って教えてくれた。
「いえね、突然のお手紙なんて、我々にはご褒美すぎ、いえ、心の準備ができていなかったのかと。今は、目の前の幸福を噛み締めてらっしゃる時間ですよ。まだ時間がかかりそうですし、そっとしておきましょうや」
「そうなんだね。びっくりさせちゃったかあ」
「本当に、羨ましい。心臓が止まるのも納得だ」
そう言って門番さんは立ち上がると、机の上のお手紙を覗き込んで、「似顔絵まである、いいなあ」って言ってくれる。
門番さんは褒めてくれてるみたいだけど、たとえがちょっと物騒だなって。
心臓が止まったら大変だよぅ。
私は面白くて、ふふってこっそり笑っちゃった。
私は、今渡しちゃおうかなって、目の前の門番さんの分のお手紙を取り出した。
机の上の、庭師のおじいちゃんへのお手紙に視線を送っている門番さんの服のすそを、ちょいちょいってひっぱる。
「ん?」
門番さんは嬉しそうに、何ですか? ってこっちを見てくれた。
「あのね。門番さんへの分もあるの」
門番さんが固まった。
すぐにもうひとりの門番さんが飛んできた。
+ + +
庭師のおじいちゃんにお手紙を渡したら、門番さんが来て、門番さんにお手紙を見せたら、もうひとりの門番さんが来た。
やっぱりすごく急いで飛んできた様子の、もうひとりの門番さんも怖いお顔をしていたけど、いるのが私たちだって分かったらキョトンとしていた。
最初に来てくれた、背の高い門番さんが、後から来た大柄な門番さんに向かって説明しようとしてくれている。
「手紙……、俺たちの分もあるって……」
「あ?」
震える手で机の上のお手紙と庭師のおじいちゃんを指さしていて、声も震えている。
大柄な門番さんは、危険なことが起きていると思って来てくれたんだって。
何事もなさそうだとわかってからは肩の力を抜いて、背の高い門番さんの説明も、なんのことかわからないってお顔をしてる。
マルクスが「門番がふたりとも来たらダメなんじゃないか」って言って、それもそうだねってなった。
元々、門まで行くつもりだったから、先に戻って待っててって言って、門番さんには持ち場に戻ってもらった。
すらっとした門番さんが、心臓あたりを押さえながら「やるならいっそ一気にやってくれェ! なぶりごろしはいやだァ」って悲鳴じみた声を上げていて、大柄な門番さんに「何言ってんだお前」って抱えられて連れていかれたのが不思議だった。
庭師のおじいちゃんは、まだ机の上のお手紙を見つめて口をわななかせ、震わせた手をその上にかざして、触れようかどうしようか迷っているみたいに見える。
私が「気に入ってくれてたら嬉しいなあ。ゆっくり見てね」って声を掛けたら、まだお手紙を見たままだったけど、何度もコクコク頷いてくれていた。
リリーの飾りボタンは、次に来たときにお願いすることにして、私はおじいちゃんに「またくるねぇ」って言って門に向かうことにした。
門まで向かう時、マルクスが恐る恐るって感じで聞いてきた。
「……使用人っていうのは、みんなあんなに強いものなのか?」
私もルイも、言われていることがわからなくてキョトンとする。
マルクスはすごく思いつめた顔で、「オレの家も使用人を雇えば、稽古つけてもらえる……? 父さんに頼んでみるか?」って自問自答してるみたいだった。
使用人さんたちはおうちのお手伝いをしてくれる人で、お稽古の先生は別じゃないかなあって思ったけど、そういう使用人さんもいるかもしれないから、黙っておいた。
マルクスはきっと、チャーリーみたいに強い使用人さんがそばにいたらって思いついたんだね。
それとも、私のおうちの使用人さんのことを見て羨ましくなっちゃったのかな。
私のおうちの使用人さんたちは、みんないい人たちばかりだもんなあと、私は納得した。
門についたら、大柄な門番さんが迎えてくれた。
もうひとりの門番さんは、いつもはすらっと高い背をまっすぐ伸ばしているのに、今は胸を押さえてゼェゼェ、門にもたれかかっている。
さっき駆けつけてくれたから、疲れちゃったのかな。
私は大柄な門番さんに向かってお手紙を取り出す。
「うふふ、門番さんたちに、お手紙です!」
「それは、わざわざどうも……? 一体誰から手紙なんて」
大柄な門番さんは不思議そうにしている。
門番さんたちは、ヘイデンに紹介状を見せてもらって名前を知ったんだけど、なんとびっくり、あの村の二人と名前が同じ、ナベテルとヒノサダだったの!
おうちの名前は違うだろうけど、村の人にはおうちの名前まで聞かなかったからなあ。
大柄な門番さんの名前は、ナベテルっていうんだって。
村のナベテルさんも大柄な人だったから、背格好だけじゃなくて名前まで同じでびっくりした。
私はお手紙を広げると、息を吸って、丁寧に読み始める。
「“ナベテルへ。
いつもわたしのかぞくをまもってくれてありがとう。
チャーリーのうんどうのせんせいだってきいたよ。
つよいんだね。すごいね。
これからもよろしくね。”」
私は、驚いているナベテルに「はい、これどうぞ」って言って、お手紙を渡した。
それから、もうひとり、すらっとした門番さん、ヒノサダに向き直ってお手紙を広げる。
「“ヒノサダへ。
いってきますのバイバイしてくれるヒノサダ
いつもうれしいよ。
またまえみたいに、
たかいたかいもしてね。”」
「ぐふぅ」
ヒノサダは、変な音を口から出して、ぐったりと、ずるずる門にもたれたままずり落ちた。
庭師のおじいちゃんの手紙は羨ましいって言ってたのに、喜んでくれないのかな。
「ヒノサダ、喜んでくれないの?」
「刺激が、刺激が強いんですって! 嬉しいに決まってるじゃないですかぁ、ありがとうございますううう」
「わ! ヒノサダ泣いてる!」
ガバっと顔を上げ、突然号泣し始めたヒノサダにびっくりする。
お手紙を渡そうとした体勢のままでいたら、勢いよく起き上がったヒノサダが、泣いたままパッパッと手の汚れを服で拭った。
お手紙を受け取ってくれるのかなって思ったら、私の脇の下に手を差し入れて、勢いよく高い高いしてくれた。
「うわぁ! たかぁい! ふふっ、ありがと、ヒノサダ。うふふ」
「あーもー、お嬢様にお仕えできて、最高ですよ俺たちゃあ~も~〜、こちらこそありがとうございますですよーぉだ~!」
泣きながら私を持ち上げ、やけくそみたいにわぁわぁ言うヒノサダは、とっても喜んでくれてるみたいで、良かったなあって私も笑顔になる。
でもヒノサダ、涙とお鼻でお顔がぐずぐずだよ。
背の高いヒノサダに持ち上げてもらうと、お空を飛んでるみたいな気持ちになるの。
「きゃーっ! うふふ」
お庭を見渡して、私のおうちも全部見えちゃうみたい。
私より背の高いマルクスもルイも、今は私よりずっと下にいる。
それから、地面にへたり込んでるナベテル。
え、へたり込んでる、なんで!?
私はびっくりして、急いでヒノサダに下ろしてもらった。
しゃがみこんで下を向いて、顔を覆っているナベテルの広い背中をゆさゆさ揺する。
ナベテルの背中は、服越しでもすごく熱い。
「どうしたの? 痛い? どこか痛い?」
「あ゛ーー、ぐす、お嬢様、大丈夫です。うぅ、ぐす、すきです、お慕いしております……」
顔を覆っているから、泣きながら言っているらしい言葉はくぐもっていて聞き取れない。
声は元気そうだから、ちょっとほっとする。
「ナベテル、マジ泣きだぁ。わかる、わかるぞ」
ヒノサダは、ナベテルが泣いていてもへっちゃらみたいで、ナベテルの隣にしゃがみこむと、しゃがんだまま肩を組んで左右に揺れる。
「俺達は、ぐす、幸せ者だ」
「そうだなぁ、幸せだなあ」
ナベテルはうつむいたままだけど、片手を顔から離してヒノサダの背中に回して一緒に揺れた。
二人とも喜んでくれたんだね。
良かったなあ。
それから、飾りボタンも見せて、説明もした。
門番さんの飾りボタンは、みんな赤と白のお花のやつにした。
黒い服が多い門番さんたちに似合うと思ったの。
二人は大喜びしてくれて、どこに付ければ失くさず身につけていられるかって大はしゃぎで話し合っていた。
腕だといざというとき腕ごと無くすとか言い始めてからは、冗談なのか、よく分かんない話になっていた。
改めて、二人に飾りボタンを手渡そうとしたら、二人は「少しお待ちを」って言って、涙をゴシゴシ拭ってから、地面に片足ずつ、足を畳むように揃えて、その上に座った。
座っているのにしゃんと伸びた背がなんだか素敵に見えた。
「それ足、痛くないの?」
「大丈夫です。正座といいます。私たちの生まれた場所では、かしこまって物を受け取るときはこの姿勢がいいんです」
二人の出身は、ヘイデンが読み聞かせてくれたご本にあった東国のほうなんだって。
正座の二人に、一人ずつ飾りボタンを渡す。
二人は、お皿のように合わせた両手を、下げた頭の上に差し出して、仰々しく飾りボタンを受け取ってくれた。
「自分でつけてもいいし、レイチェルに頼めばつけてくれるよ」
「ありがとうございます、お嬢様」
正座の二人は、キリリってしてて格好いいなあ。
様になるって、こういうことねって思った。
それから、「私ともお揃いなのよ」って教えてあげたら、キリリってしてたはずの二人は、正座の体勢からゆっくり体を丸めてぶるぶる震えだした。
私、もうびっくりしないよ。
これもきっと、喜んでくれているはずだ。
「それは、嬉しいのポーズ?」
「嬉しいの、ポーズですぅ、ぐすん、ずるいぃ」
「ああ……、お嬢様……、好きだぁ……」
私は、みんなにはそれぞれ色んな喜び方があるのねって分かって、今日はすごく勉強になるなあって思っていた。
二人の背中を落ち着くようになでなでして、そしたら二人がびくんってして、それからかなり時間がかかって二人が落ち着いてから、私は、夜の門番さんの分の手紙を二人に預けた。
明日の朝ごはんの時に夜の門番さんには説明するねって言って、昼と夜の交代のときにお手紙を渡してもらうことにした。
ナベテルが「今日夜襲してくるやつは不運だ」って言ってたけど、どういう意味かな?
それから二人とバイバイして(ヒノサダはいつもの倍は大きなバイバイをしてくれた)、私たちは、次は料理人さんのところに行くことにした。
生命の危機に陥るとお互い感知できるようになっている忍者ネットワーク。





