21.大天使ステラちゃん、内緒のお手紙を渡し始める
チャーリーが尻もちをついて、その音でマルクスとルイが様子を見に来てくれたとき。
部屋の中には、おろおろする私と、絨毯の上に座って手紙を抱え、飾りボタンを光に透かし見るチャーリー。
その状況を、部屋の入口から見ただけで理解したらしいマルクスは、苦笑いした。
マルクスと一緒に部屋に戻ってきたルイは、私と一緒におろおろしていた。
マルクスが、茫然自失のチャーリーの肩に手を置いて、私に言ってきた。
「ステラ、ちょっとオレとチャーリーだけで話してもいーか? ほら、大丈夫だから」
「うん、じゃあお願い、マルクス」
私には、チャーリーがどうしてこうなったのかわからない。
もしお手紙や飾りボタンが何か悪かったとしても、私が聞いたらチャーリーは我慢しちゃうかもしれないから。
何かわかっているらしいマルクスに、よろしくねって言って、私はルイとお部屋のはじっこのリリーのところに移動した。
チャーリーを揺すっているマルクスを見ながら、寝ているリリーのそばに座る。
怪訝な顔のルイが聞いてきた。
「何をしたらああなるんだ?」
「お手紙読んでね、飾りボタンと一緒に渡したら、チャーリーがどすんって尻もちついたの」
「なんでそうなるんだか。それにしても、飾りボタンか。なかなか洒落ているな。チャーリーのやつ、深刻そうな顔で飾りボタン見てたけど、あれは大丈夫なのか?」
「どうかなあ、わかんないよねえ」
私もわかんないのは一緒だ。
眉がへちょってなっちゃう。
「あ……、マルクスが大丈夫って言ってただろ、大丈夫だ。たぶん」
ルイは落ち込んでしまった私を見て、慌てたようにルイなりの励ましをしてくれた。
ルイと二人、チャーリーを心配する。
私が片手間にリリーを撫で始めると、ルイも手を出してきた。
「ルイは、リリーのこともう平気になったの?」
「べ、別に可愛いと思ってるわけじゃない」
「ふーん。変なの」
私は寝ているリリーに、「こんなに大人しくて可愛いのにねえ」って言った。
リリーに伸ばそうとしたルイの手は、寝ているはずのリリーのしっぽに叩き落された。
私がリリーの頭のあたりを撫でていると、かすかにリリーは身をよじって、私の手にあごの下を向けるような体勢になった。
私は誘われるまま、リリーのあご下、喉のあたりをスリスリさする。
かすかに、リリーの喉の奥から振動するような感覚が伝わってきた。
リリー、気持ちよさそう。
私が寝ているリリーを撫でて目を細め、ルイがそれを羨ましそうに見ている間に、マルクスとチャーリーのお話は終わったみたいだった。
マルクスがやってきたけど、チャーリーの姿がなくなっている。
「マルクス、チャーリーは?」
「部屋に手紙とボタンをしまいにいった。興奮してたから、少し部屋で休むように言った。勝手に悪いな」
「ううん、ありがとうマルクス! チャーリーどうしちゃったのかな」
「嬉しかったんだと」
「うれしかった?」
私はキョトンとしてしまう。
「嬉しすぎて、泣きそうだって。どう見ても泣いてたけどな」
マルクスは笑った。
「泣いてたよねえ」
そっか、チャーリーは嬉しかったのね。
よかったなあ。
私はほっとして、ニヨニヨになった。
そんなに喜んでくれたなら、内緒のお手紙を用意してよかったなあ。
それから、マルクスは小声でこっそりチャーリーの気持ちを教えてくれた。
「なんか、チャーリー、ステラに嫌われたんじゃないかと思ってたみたいだぞ」
「ええ!?」
私はびっくりしてしまう。
私がチャーリーを嫌いになんて、なるはずないのに。
でも、思い返してみれば、勘違いさせちゃった理由に心当たりがあった。
内緒のお手紙を用意するために、ここのところ私は一人でいることが多かった。
いつもは、お勉強の合間やお勉強のない日は、いつもチャーリーと一緒だったもんね。
続けてマルクスが教えてくれたことで、やっぱりそのせいだって確信した。
「祭りの翌日からステラが部屋にこもるようになって、使用人みんなで心配してたって。チャーリー個人も避けられてる気がしてたってさ。それがさっき、内緒のプレゼントのためだったんだって分かって、心配やら不安やらが全部嬉しさに反転して、あいつ、嬉しさのあまり訳が分からなくなってたぞ」
マルクスは苦笑いだ。
「あ、そうなんだ。失敗しちゃったなあ。びっくりさせたかっただけなのに」
私はまたもやしょんぼりだ。
マルクスはポンって、私の頭を撫でてくれた。
「普通に渡すより何倍も喜んでんだから、成功ってことでいいだろ」
そうだよね、最後には喜んでくれたから、半分失敗で、半分成功ってことにしよう。
「内緒のプレゼントってむずかしいんだねえ」
私がムムってなってると、マルクスが「はじめてにしては上出来じゃないか?」って頭を撫でながら励ましてくれた。
それから、私はマルクスとルイに付き添ってもらって、使用人さんたちにお手紙と飾りボタンを渡して回ることにした。
+ + +
「ポーギー、いま、少しいいかなあ。それ、なにしてるの?」
マルクスとルイを連れて現れた私たちに、洗濯物を干し終わったところだったポーギーは、驚きながらも迎え入れてくれた。
ポーギーがいたのは、お庭の洗濯物を干すための場所だ。
地面に布が大きく敷かれていて、その上でロープに洗濯物を引っ掛けていって、最後はロープを張って干せるようになっている。
この時間なら、女性の使用人さんと三人でここにいるかなって思ったけど、もう作業は終わって、ポーギーは、ロープを張るための滑車を回しているところだった。
滑車は庭師のおじいちゃんが作ってくれたんだって。
ポーギーは私と同じ五歳だけど、ポーギーの力でも、重たそうな洗濯物のかかったロープはするする張られていく。
私は、作業がひと段落してからでいいよって言って、その作業を見せてもらった。
「使用人のお二人もお呼びしますね」
作業が終わって、洗濯物を干し終わったポーギーはそう言ってくれたけど、先にポーギーにお手紙を渡そうって思って、呼び止めた。
「ポーギー、聞いててね」
私がかしこまって手紙を出すと、ポーギーも、何かなって感じで、エプロンで手を拭いて身だしなみを整えてから向き合ってくれた。
「“ポーギーへ。
おともだちになってくれてありがとう。
やさしくてかわいいポーギーと、
がくえんにかよえるのをとってもたのしみにしてるよ。”」
私は、読み終わったお手紙をポーギーに渡す。
「ステラ……様……。あ、これ、私の顔……?」
ポーギーはほっぺがふくふくになって、ポッポって赤くなった。
私は、ポーギーの目の前まで近づくと、受け取った手紙を胸の前で持っているポーギーの手を、手紙の上から包むように握った。
さっきまでお水に濡れた洗濯物を触っていたポーギーの手は、柔らかいけど冷たくなっちゃってる。
「私と同い年なのに、いつもおうちのお仕事をしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
私より少しだけ背の高いポーギーに、笑顔を向ける。
ポーギーは私の手ごと手紙を胸に当てて、大事そうにぎゅってしてくれている。
「あのね、そのお手紙の中に飾りボタンが入ってるの。みんなでお揃いよ」
ポーギーは、そろりと私の手から離れると、お手紙が入っていた封筒を開けて、とても大事そうに、そうっと飾りボタンを出してくれた。
チャーリーには、先に飾りボタンを見せてびっくりさせすぎちゃったから、説明してから渡す作戦だ。
ポーギーは、「とってもきれい……」って、すごく優しい笑顔になってくれた。
「私とポーギーは、同じ薄ピンクのお花が入ってるやつにしたの。ふんわりで可愛いのよ」
「本当、ふんわりなピンクね。すっごく嬉しい。すっごく嬉しいわ、ステラ」
んふふ、ポーギーったら、前は「ステラお嬢様って呼ばなきゃだめなんです」って、絶対呼び捨てにしてくれなかったのに。
「これからもよろしくね、ポーギー」
「ええ。よろしくね」
少しだけ目が潤んだポーギーは、エプロンの大きなポケットに手紙をしまうと、ニヤッと悪い笑顔になってから、ガバっと両手を広げた。
「っステラ大好き!」
ポーギーは、我慢できなくなったって様子で突進してくる。
体重もほとんど変わらないポーギーからのハグなら、私にだって抱き留められちゃうのよ。
勢いよく抱き着いてきたポーギーを私は受け止めて、二人で「ふふ」「うふふ」って言いながら抱き合ったままぴょこぴょこ飛んで、そのうち二人でぐるぐる回り始めた。
「仲いいな~」
マルクスが笑ってる。
ルイははしゃぐ私たちを見るのが気恥ずかしいのか、視線を泳がせて見ないふりをしている。
「マルクスも、ルイも一緒にやろう~! 楽しいよ!」
私は無理やりマルクスとルイを巻き込んだ。
「お、いいな」
マルクスは乗り気だ。
「うわ! 私はいい! こら、やめろ!」
マルクスにかかれば、体重の軽いルイはひょいって持ち上げられてすぐに円の中だ。
「ふふ、ぎゅーぎゅーだねえ」
「そうね、ステラ、ぎゅーぎゅーね」
ポーギーも協力してくれて、四人で腕をまわし合って、円陣を組んでぐるぐる回る。
「よし、逆回りだ!」
マルクスが強引に向きを変える。
楽しくて、夢中で、しばらくしてルイが「よ、酔った、きぼちわ゛るいぃ」って言いだすまで私たちはぐるぐるぐるぐる回って笑っていたの。
+ + +
ポーギーがママ付きの女性の使用人さんと、若い女性の使用人さんのことを呼んできてくれた。
ポーギーは、お手紙のことは内緒にしたまま呼んできてくれたみたい。
でも、ポーギーも私たちもにこにこだから、二人は何かなって思いつつも、悪い話じゃないだろうなって分かってるみたい。
二通のお手紙を取り出すと、私はまず、若い女性の使用人さん、レイチェルに向き直る。
「“レイチェルへ。
いつもかみをかわいくしてくれてありがとう。
リリーのししゅう、とってもすきよ。
わたしのたからもの。ありがとう。”」
「まあ、お嬢様。まあ。なんて、ああ、すき」
「え! お鼻! 血が出てるよ!」
「しっかりおし!」
レイチェルはなんと、鼻血を出した。
それも、両方のお鼻の穴からダラって出た。
さっきまでお庭掃除してたって聞いたけど、のぼせちゃったんだ。
大変だ。
私も、マルクスとルイも、ポーギーも固まる中、ママ付きの女性の使用人さんのヴァダが、すぐさま持っていたタオルをレイチェルの顔に押し当てた。
私、使用人さんたちにお手紙を書いているとき、みんなのことをあんまり知らないなって気づいたの。
だから、使用人さんたちのことをヘイデンにおしえてもらえないかなって、それとなく聞いてみたの。
ヘイデンは、「雇用時の簡単な紹介状ですが」って言って、みんなが私のおうちに提出している紹介状を読んでくれた。
レイチェルとヴァダは年の離れた姉妹で、二人ともおうちの名前だとパウエルさん。
ヴァダが、レイチェルの親代わりだったんだって。
小さいときのレイチェルは体が弱かったって、前に聞いたことがある。
鼻血、大丈夫かな。
私が心配していると、ヴァダはその場にレイチェルを寝かせた。
洗濯物のための布は敷かれたままだけど、お外の地面に横向きに寝たレイチェルは、いいのかな。
それに、レイチェルが鼻血を抑えてるタオル、お掃除用のだと思うんだけど、大丈夫かな。
「妹にこんなに素敵なお手紙をありがとうございます。喜びのあまり妹の鼻がおいたをしましたね、大丈夫ですよ」
ヴァダが、満面の笑みで言ってくれた。
「お手紙ね、ヴァダにもあるのよ」
私はレイチェルのことは気になったけど、ヴァダが大丈夫っていうから、任せようって思った。
ヴァダの分のお手紙を開いて「ほら」って見せながら、書いた文章を読んだ。
「“ヴァダへ。
ヴァダは、わたしのもうひとりのおかあさんみたい。
ママのことこれからもよろしくね。
これからもっとおはなしできたらうれしいな。”」
お手紙を一緒に覗き込んでくれていたヴァダは、口を手で覆った。
お手紙はどうだったかなって思って、ヴァダのお顔を見ると、お目目はまんまるに見開かれている。
「……! ……っ!」
お口が覆われているから、くぐもった声はわからなかった。
「?」
「……っ、ステラお嬢様、とても嬉しいです。あらいやだ、涙が。嬉しい涙ですよ。ああ、お優しいね、ステラ様は、本当に、大きくなって」
ヴァダの柔らかいお胸にすっぽり包んでもらう。
喜んでもらえてよかったなあ。
「なんだかこうしてもらうの、久しぶりだねえ。お祭りの日は心配させてごめんね?」
「大きくなられて。お気になさらないでくださいな。でもまたこうして、抱きしめさせてくださいね」
「うん」
ふたりでニコニコ、ぎゅって抱っこしてもらっていた。
それから私は、ヴァダとレイチェル二人の、対になっている飾りボタンの説明をした。
レイチェルも鼻血から復帰して、二人ともとっても喜んでくれた。
「飾りボタン、付けてほしいんだけど、いいかなあ」
レイチェルは、手で丸を作って、ニッコリ笑顔で答えてくれる。
「もちろんです。他の使用人の分も、旦那様も奥様も、どうするかお聞きして完璧に仕上げてみせますよ」
「本当? うれしいぃ、ありがとう」
これからみんなに渡すから、レイチェルにつけてもらえるよって言うねって約束した。
リリーの分はどうしようって相談したら、首輪に付ける細工なら、庭師のおじいちゃんのほうが得意だって教えてもらえた。
レイチェルは「依頼しておきましょうか?」って言ってくれたけど、「これから行くからお願いしてみる」って言った。
じゃあ次は、庭師のおじいちゃんのところに行こうかな。





