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108.大天使ステラちゃん、順番違い

 オアゲが見つからなくて、私はオアゲのパパとママを見つけてあげるつもりだったから大丈夫かなって思ったんだけど、今日一緒にいたオアゲが不思議なお力のある子なんだってことは私にも分かっていたから、私はお別れのご挨拶をしてどこかに行ってしまったオアゲのことをあまり心配しないでいようって決めた。

 きっと、またご用事が終わったら、私のところに会いに来てくれるような気もしたから。


「デイヴィス、アヤドさん、オアゲのことはまた今度ご紹介するね」

「うん、楽しみにしてる」

「フワフワで、白金と茶の毛並みの小さい子かあ~、楽しみですねえ」


 私がまた今度オアゲに会えた時にご紹介するねって言うと、デイヴィスとアヤドさんはオアゲの正体を考えて不思議そうにしながらも、心から楽しみにしてるって雰囲気で頷いてくれた。


 ボンボンはオアゲを探す私を見ているうちにちゃんと落ち着いたみたいで、隅っこでぶっすりむくれてる。

 さっきまでデイヴィス相手に緊張していたのに、私とデイヴィスがお友達のお喋りをしているのを見ているうちに何かが一周回って腹が立ってきたんだって言ってた。


「お、オアゲは、見えなくするやつができるんだぞ……!」


 ぼそっと言ったボンボンのお言葉に私も、そうなのって思ってお話ししたくなる。


「オアゲってね、すごくてね、鍵のかかったお部屋も開けれちゃうし、透明になってお話し合いにも参加できちゃうのよ!」

「……へえ、すごいね」

「髪の毛をフサフサにする偉い人たちのお話も、私たちが見えないからね、それからね、メイドのお姉さんがカートを押してズザーッって、暖簾をくぐったらそこは戦場で!」

「す、すごいね……? のれん……?」

「キッチンも戦場でねえ、ボンボンが鴨を食べたいって─────」

「こ、コラッ、王子に言うんじゃないぞ!」

「鴨??」


 また私はデイヴィスにいっぱい今日の楽しいことを全部聞いてほしくなっちゃって、さっきもお話ししたはずなのにまたたくさんお話をし始めちゃう。

 ちゃんと説明しなきゃと思ううちにボンボンも私のお話を慌てて止めにきたりして、なんでお邪魔するのって私もわあってお話を続けようとすると、しっちゃかめっちゃかで訳がわからなくなってきちゃった。


「でね、それでね、私の料理人さんに料理長さんが会いたくて、えっと、えっと、わあどうしよう、お話ししたいの止まらくなっちゃった、あ、そうだデイヴィスあれやって! 『落ち着いて』のやつやってっやって!」

「え? ええ?? その、ステラ、ちょっと『落ち着こうか』?」

「────うん」

「す、すごいね……。ステラは自分を落ち着かせるために、相手に落ち着くよう言ってもらうこともできるんだ……?」

「いやすごいんですかねえこれ、めっちゃ真顔でスンってしてはりますけど。いやすごいんか? ん? よう分からんなってきましたわ」


 私はいっぱい話し始めちゃったら止まらなくなっちゃったけど、さっきデイヴィスに落ち着いてって言われたら止まれたことを思い出して、デイヴィスにお願いして落ち着かせてもらった。

 デイヴィスはポカンとしたままだったけど、私を褒めてくれたし、アヤドさんもなんか笑っているけど私を褒めてくれてるみたいだった。


 私に鴨のお話をされたくなかったらしくて慌てていたボンボンも、私が止まったらハアハア息をしながらお喋りするのを止めていた。

 さっきは私のお話を遮るのに夢中でこっちに来ちゃったボンボンだったけど、落ち着いたらデイヴィスが思うよりもずっと近くにいたのか、そばにいるデイヴィスに気が付いてまたズザザーって隅のほうまで下がっていく。


 前に出たり後ろに下がったりするボンボンを変なのって思って見っていた私は、そういえばって思ってデイヴィスに向かってお口を開いた。


「デイヴィスは私に会いに来てくれて、何かご用事はあったのかなあ?」

「え? あ、ああ」


 私の問いかけに一瞬不意をつかれたようなお顔をしたデイヴィスは、ちょっと考えてから微笑んで言った。


「……うん、そうだね。色々、話がしたかったのかな」

「お話?」

「うん。僕は本当は王子だってこともそうだけど。ずっと身分を黙っていて、ステラに嘘をついているみたいなのが嫌だったんだ。だけど、それ以上に久しぶりにステラに会って話がしたかったのかも」


 ぽつぽつと、考えながらお気持ちを聞かせてくれるデイヴィスに私はうんうんって頷く。


「分かるなあ。私もね、会えるって知っていなかったけれど、デイヴィスに会えたからたくさんお話ししたくなっちゃったもんねぇ」

「よかった。僕たち一緒だね」


 私の言葉にデイヴィスはまた嬉しそうに笑った。

 私はよく変わるデイヴィスの表情がいいねって思うから、もっとデイヴィスのお話が聞きたくなって聞いてみる。


「どんなお話をしたかったの?」

「うーん、そうだね。ステラがここへ呼ばれた理由は知っている? そのことは聞いてみようと思っていたかな」

「え? うーんとね、パパがね、アリスのパパのワンダー侯爵様に、一緒に王都に行こうってお誘いされたんだって言ってね……、あれ? どうして私も一緒にお城なのか、私分かんないかもなあ」


 デイヴィスは、私がどうしてお城に来ることになったのか、知ってるみたいだった。

 そうか、お城はデイヴィスのお家だから、お客さまをどうして呼んでるのかデイヴィスは知っているのねって思う。


「サーカスで、ワンダー侯爵の娘さん、アリス嬢かな? と一緒だったって僕は聞いたよ」

「そうなの! 誰に教えてもらったの?」

「誰って……」


 私の質問に、次に詰まったのはデイヴィスのほうだった。

 私はワンダー侯爵様に教えてもらったのかなって思って、デイヴィスもワンダー侯爵様とお知り合いだったのかなって思ったから聞いたんだけど、デイヴィスは答えられないっていうよりも、答え方に困ってるって感じだった。


「そうだな、軍部の……。元帥って言って分かるかい?」

「? 分かんない」

「そうだよね……。困ったな」


 私に、私のことを教えてくれた人のことを教えてくれようとしたデイヴィスがどう説明しようかなって困った様子で悩んでいると、またすっかりお部屋の隅まで後退しちゃっていたらしいボンボンがまたお暇になったのか小さいお声で言葉を挟んでくる。


「知らないやつがステラの話をしてるなんて、なんか変だぞ」

「……元帥に失礼だよボンボンくん」

「ヒョエッ」


 何か気に入らないのを八つ当たりするみたいにボンボンがムスっと言った言葉はちゃんとデイヴィスに聞こえちゃってたみたいで、デイヴィスは笑顔だけどちょっとだけ怖い笑顔でボンボンを見た。

 またボンボンがすくみ上がる。


 ふと、私はそれまでそんな私たちのやり取りを見守ってくれていたアヤドさんがさっきから黙っていることに気が付いた。

 顎のところに手を当てて、何かお考え事をしてるみたい。


 私がそのポーズって名探偵ケイニーの推理ポーズみたいって思ってじっと見ていると、私がアヤドさんを見ていることに気が付いたデイヴィスもボンボンを怖い笑顔で見るのを止めてアヤドさんのほうを見る。


「どうしたアヤド? 何か考え事か?」

「……坊」

「人前で坊はやめろと言ってるだろう」


 呆れたみたいにいつもの呼び方を変えてって言うのを言ったデイヴィスに、アヤドさんはいつもみたいにヘラリと笑うことはなくお考え事のお顔のままで「デイヴィス様」と言い直した。

 アヤドさんから軽口が帰ってこなかったのがデイヴィスには意外だったみたいで、きゅっと眉を寄せる。


「どうした、言え」

「はい。思い過ごしならええんですけど、エートコノ家のお坊ちゃんの言うことも一理あるなと思います。────どないして元帥はんは急に、デイヴィス様にサーカス団の件を勧めてきはったんでしょう」

「それは……、裁判で最初に手掛けるなら簡単なケースがいいだろうと……。それに……」

「それに?」


 アヤドさんにかしこまって言われてデイヴィスは返答を慎重に選ぶみたいにゆっくりと答えていく。

 言葉に詰まったデイヴィスに、アヤドさんは先を促した。


「それに、その事件は僕の友人のステラが関わっているから、と」

「はい。そうでしたね。むしろそちらが本筋とでも言いたげでしたでしょう」

「ああ。気を利かせてくれたのだとばかり思ったんだが……」

「ええ、でも順序が逆です」

「…………ああ。ああ、そうだな」


 デイヴィスとアヤドさんは、お話についていけていない私とボンボンを置いて、二人で何かに気が付いたように頷き合う。

 二人によると、私がお城に来ることを教えてくれたのも、私をお城に呼ぶように手配してくれたのも、軍っていう、騎士さんとは別の国を守るお仕事をしているところの一番偉い人だったんだって。


 私は、パパとワンダー侯爵様を呼びにきたいじわるなマッチョマンのことを思い出した。

 あのマッチョマンをお使いに出した人だ、と思うと知らず眉毛と眉毛の間のところがむむむってなっちゃう。


 難しいお顔をしたデイヴィスとアヤドさん、それにむむむな私の顔を見回して、お話に付いていけていないらしいボンボンも一応って感じで眉毛をへの字に力を入れてるのが見えた。

 アヤドさんは私にも分かるように説明をしてくれる。


「元帥はんがデイヴィス様へオススメしたんは、裁判っていう、軍とは関係ないお仕事のことやったんです。提案自体は悪いもんやなかったけど、提案してくる人がちぐはぐや。やから、なんでそれを元帥はんがオススメするんやろって不思議に思って聞いたデイヴィス様に、元帥はんが言うたんがステラ様のことやったんです」

「友人が関わっているなら僕も興味を持ちやすいだろうと、そういう言い方だったんだよ」


 アヤドさんの言葉に、デイヴィスも続けて説明してくれる。

 私は半分くらい分かった気がしたからなるほどと思ってうんうんって頷いていたんだけど、そこでアヤドさんとデイヴィスのお話は終わりじゃなかった。


「でも、逆だよステラ」

「逆?」

「うん。元帥が僕にその提案をするというのは、元々卿がステラと僕のことをよく知っていないとおかしいんだ」

「そうなの?」

「そうなんだ」


 私がこてんと首を傾げて分かんなくなっちゃったなあと思っていると、ボンボンのほうが先にお話の意味が分かったみたいで、お口を開く。


「ステラは元帥とも知り合いなんだぞ……!?」


 ドン引き、って言葉がぴったりくるようなお顔をして私を見るボンボンに、私は違うよって言ってそのお顔やめてって、手でボンボンのお顔をぐちゃって押す。

 ボンボンはフガフガ言った。


「そうなんです。ステラ様を知らないはずの元帥はんがサーカス団絡みの事件を知ったとして、じゃあその事件をデイヴィス様に任せるのがいい、やなんて思いつくはずがないんです」


 アヤドさんがさっきのデイヴィスの言葉のあとを引き継ぐように言うと、デイヴィスも数度頷く。


「僕はあのときどうして気が付かなかったんだろう。元帥はおそらく先に僕と僕の周囲を調べさせていた。僕がステラのことを気にし……、いや、僕がステラを気に掛けていることを知った元帥が、事件を口実に僕に何かをさせるためステラを城へ呼んだ……?」

「デイヴィス様、まだ結論を出せるほどに何かが分かったわけやありませんよ。事実だけを拾っていった方がええ」

「そうだな。まず分かっているのは、ステラが城へ呼ばれたのは、元帥の何かしらの思惑があってのことだった。そしてそれは、単純に第二王子である僕のため、よかれと思って、などといった話ではなさそうだということだ」

「……まあ、そんなとこですね」


 及第点、とでもいうように話をまとめたアヤドさんは、次にデイヴィスが何を口にするのか、その言葉を待っているみたいだった。

 デイヴィスはアヤドさんが待っていることが分かっているとでもいうように一度しっかり頷いてから、しばらく考えて、それから判断を下した。


「ステラ、少し話す程度のつもりだったけれど状況が変わった。一緒に行動してもらいたいんだけどいいかな、考えたくはないが君の安全のために」

「? いーよぅ」


 分からないけど頷いた私に、アヤドさんはよしよしと頷いて、それから改めてデイヴィスに問いかけた。


「デイヴィス様、それで、どうしてこんな場所でステラ様は保護者も付けずにウロウロされとるんでしょうね?」


 ピシリと、デイヴィスが固まる。

 決意のお顔をしたままで固まってしまったデイヴィスは数秒間固まり、それからゆっくりとアヤドさんを見た。


 私の隣に立っていたアヤドさんはデイヴィスと目が合うとニコッとわざとらしく見えるくらい明るい笑顔を返して、そしてデイヴィスに見えるように私を手のひらで示して見せた。

 私がキョトンとしてそんな二人のやり取りを見ていると、ギギギと音が鳴りそうなぎこちない動きでデイヴィスが私に顔を向ける。


 デイヴィスのお口はパクパクと動くだけでお声は出ていないみたいだったけれど、私に『どうして』って聞いているみたいだった。

 私はキョトンとしたまま、もう一度説明するのがいいのかなって思って、今日何度かデイヴィスにそうお話ししてあげたように、今度は勢いがつきすぎないように気を付けながら、今日いま、どうしてここでお城を探検することになったのかをデイヴィスに説明してあげることにしたんだ。



「あのねパパとね、侯爵様とね、お部屋で待ってるってお約束をして、メイドのお姉さんがお部屋に連れて行ってくれたの。そうしたらオアゲと会って、それで探偵さんごっこをしてね、そしたらオアゲが鍵を開けて、私たちはお部屋の外に出れたのよ!」



 今度こそきちんとご説明できて胸を張る私に、デイヴィスは穏やかに目を瞑り、ゆっくりと長く息を吐いた。



壮大な大活劇の前の、サラッと語られたエグい前日譚の部分。


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