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107.大天使ステラちゃん、見失う

「──────そしたらね、オアゲがね、それで、ボンボンが!」

「うん、うん、そうなんだ、うん、分かったよステラ。でも、一旦落ち着いてくれるかな」

「うん」

「あ、すごく急に落ち着けるんだね。偉いね。……だったらもう少し早く止めてあげればよかったかな」


 お城でデイヴィスに会えるって思ってなかったから、すごく嬉しくなっちゃった私はすごくはしゃいで、デイヴィスに今日のことを全部お話ししようとしちゃってた。

 しばらく私のお話をびっくりして見開いたおめめのままで聞いてくれてたデイヴィスは落ち着いてって言った。

 私は落ち着いた。


 ふっ、ふふって耐えきれなかったみたいな笑ったお声がいくつかした気がしてそっちを見ると、デイヴィスがいることにびっくりしすぎて私は気が付いていなかったけど、デイヴィスの隣には孤児院でデイヴィスと会ったときにもデイヴィスの隣にいたアヤドさんもいたみたいだった。

 アヤドさんは肩を震わせて、笑いをかみ殺してるみたい。


 よく周囲を見てみたら、デイヴィスは他にもたくさんの大人の人と一緒にいたみたいで、お城の警備の騎士さんの格好をしているお兄さんも、メイドさんの格好をしたお姉さんも、みんなお顔を少し赤くして笑うのをこらえているみたい。

 私がたくさん人がいたんだなあって今さら気が付いてみんなを見回していると、アヤドさんが笑いを隠しきれないご様子のまま私に話しかけてくれた。


「ふ、ふふ。いやあ、相変わらず元気いっぱいやね。お久しぶりです、アヤドといいます。覚えてるかな」

「アヤドさん、おひさしぶりです!」

「いいお返事やなあ」


 それから、アヤドさんは私が今ずっとデイヴィスに向かって教えてあげてた今日の出来事を一緒に聞いていてくれたみたいで、「楽しかったみたいで何よりやね」って言ってくれたから、私も「うん!」って返したの。

 そうか、私がデイヴィスに会えた嬉しさがぐんぐん増していって、いきなりデイヴィスに詰め寄って今日会った楽しかったことを全部教えてあげ始めちゃったから、アヤドさんやデイヴィスと一緒に歩いていたみんなもデイヴィスと一緒に私の今日あった出来事のお話を聞いて『よかったね』って思って笑ってくれていたんだね。


 私がやっと笑いが収まったらしい騎士さんやメイドさんにお話聞いていてくれてありがとうってお気持ちを込めて笑顔を向けると、私のそんな笑顔に気が付いた騎士さんやメイドさんが今度はふわっと笑顔を見せて返してくれた。

 にこにこ見守ってくれているのを私がくすぐったいお気持ちになりながら嬉しくてニコニコしていると、なんだか少しだけ居心地の悪そうなデイヴィスが口を開いた。


「す、ステラが城を楽しんでくれていたみたいで僕もその、嬉しいよ」

「うん! デイヴィスは? デイヴィスはどうしてお城(ここ)にいるの? デイヴィスのパパのバードさんも偉いだれかに呼び出されたのかなあ」


 私は、デイヴィスも私と一緒でデイヴィスのパパのバードさんと一緒に今日お城のご用事で来ていて、バードさんがご用事の間に何か楽しいことをしていて私と会ったのかなって思って聞いてみたんだけど、私が言った途端にそれまでにこにこ笑顔だった騎士さんやメイドさんのお顔が一気にぎょっとしたみたいな、びっくりなお顔に変わった。

 さっきデイヴィスが来てからずっと逃げ腰だから右手で捕まえておいてるボンボンも、目を剝いたお顔をこっちに向けて、お口をハクハクさせながら私を見てるみたい。


「それなんだけど……」


 私の発言にも特に驚く様子がなかったデイヴィスは、何か言い淀むようにしてから同じく仕方なさそうに笑うだけのアヤドさんに視線を向けた。

 アヤドさんは視線だけでデイヴィスの言いたいことが分かったみたいで、すぐさま「坊、勇気ですよ!」って、まるでデイヴィスを励ますみたいにお言葉をかけてあげてる。


 首を傾げる私に、デイヴィスは私が右手で掴んでいたボンボンを離させボンボンをポイッと放ると、私の右手と左手を両方とって胸の前で握ってから、私よりも背の高いその体を屈めてそっと私の目を覗き込むみたいに上目で見てきた。

 へにょっと下がった眉で笑ったお顔はどこか困っているみたいで、だけど少しだけ嬉しそうな、少しだけ不安そうな、そんなお顔をしてデイヴィスはお口を開く。

 ボンボンがベシャっと床に落ちる音がした。


「僕、王子なんだ。この国の……」

「え」


 言われたことがすぐには分からなくて私が固まっていると、私の手を握るデイヴィスの力がわずかに強くなる。

 離さないって言うみたいに、だけど振りほどけてしまう程度には弱い力で握る手からデイヴィスのご不安なお気持ちが伝わってくるみたい。


「黙っていてごめんね。父が国王で、僕は二番目の王子なんだ」


 デイヴィスが教えてくれるけど、すぐに全部は分からないみたい。

 デイヴィスは貴族の子で、デイヴィスのパパはバードさんだって思っていたけれど、本当はお勉強の先生が教えてくれたお城に住む偉い王様なんだ。


「え、じゃあ、デイヴィスは…………デイヴィスじゃない?」


 私はよく分かんなくなっちゃって、お勉強の先生が教えてくれた王様はバードさんじゃないから、じゃあデイヴィスもデイヴィスじゃないんじゃないのかなって思ってデイヴィスにそう聞いたの。

 だけど、デイヴィスは一瞬虚を突かれたようなお顔になって、それから、『ふはっ』って空気が漏れるみたいに笑った。


「ううん、僕がデイヴィスなのは、本当。ふふ」


 デイヴィスが笑ったから、私はほっとした。

 デイヴィスがデイヴィスじゃなかったらどうしようって思ったけれど、デイヴィスはやっぱりデイヴィスだったから、それならよかったって思ったんだ。


「よかったあ、デイヴィスはデイヴィスだったんだねえ」

「ふふ、そうか、よかったか」

「うん、よかったあ」


 私がほっと胸を撫でおろしてると、デイヴィスはそんな私を見てまだ嬉しそうに笑ってる。

 なんで笑ってるのかは私は分かんなかったんだけど、私はご不安そうなお顔をしていたデイヴィスが笑ったからよかったなあって思ったんだ。


 それから、優しい笑顔になったデイヴィスが、「他に、僕が王子でステラは心配ごとはあるかい?」って私の目を見て聞くから、私がしばらく考えたあとで特に思いつかないよって首を横に振ってみせたら、デイヴィスはまた笑って、握ったままだった私の両手を自分の胸元にきゅって引き寄せるみたいにした。

 デイヴィスに引かれるまま私が前のめりになると、デイヴィスはお首をちょっとだけ傾げるみたいにして私のお顔をしばらく覗き込んだあと、ゆっくり私の手を離して私をまっすぐに立たせてくれたの。


「急に引き寄せちゃってごめんね」

「ううん」

「城に、僕の家があるんだ。だから今日ステラが来ることも聞いていて、会いに来たんだよ」

「そうなんだ! だから会えたんだねえ」


 私はデイヴィスがどうしてここにいたのかも、どうして今日会えたのかも分かって一気にすっきりとした気持ちになった。

 デイヴィスは王子さまだからお城に住んでて、だから会いにきてくれたんだねえ。


 見れば、デイヴィスもなんだかすっきりしたお顔をしてるみたい。

 デイヴィスの横で、ボンボンを立たせてあげていたらしいアヤドさんがからかうみたいにデイヴィスの肩のところをつっつく。


 ニマって笑って「よかったですね坊」って言うと、デイヴィスはお口にむって少しだけ力を込めてから、何も言わずにアヤドさんのほうを見もせずに肩だけをくいって上げていて、それが照れくさいからやめてって言ってるみたいで面白かった。

 ボンボンが眉を寄せて私とデイヴィスを交互に見てる。


「ボンボン転んじゃったね、大丈夫?」


 私が声を掛けると、ボンボンは声を掛けられると思ってなかったみたいでびくっとして、すぐにびくっとしたのを隠すみたいに慌てたみたいに小さく潜めたお声で『大丈夫だからっ、声掛けてくるんじゃないぞ!』ってこしょこしょ言った。

 私はなんでこしょこしょなんだろうって思って、「ボンボン今は別に隠れてないよ、見えてるからね」って言ったらボンボンはさらに慌てて私の言葉を遮ろうとする。


『っいいから、今はボク様のことは無視しっ……』

「二人でお喋りかい?」

「ヒェッ」


 二人でお喋りする私とボンボンにデイヴィスがお話に入れてってすると、ボンボンはまた逃げ腰になった。

 私はすぐ右手でボンボンのズボンのベルトを掴んで逃げないようにする。


「なんで僕こんなにエートコノ家の末の子息に怖がられてるのかな」

「ヒュッ」

「そら、あんま面識もないのに初手で威嚇するからでしょう」

「アヤドお前────」

「あ! デイヴィスはボンボンとはじめましてかな! あのね、ボンボンだよ! お友達なの!」

「ヒョッ」

「ああ、ありがとうステラ。やあ、ボンボン・エートコノくんだね。僕は第二王子のデイヴィス・ビ・バップ」

「ヒュッ、エッ」

「君の三番目のお兄さんとはピアノの大会なんかでよくご一緒させてもらっているよ。ご家族で社交の場で会うことはあっても、こうして君と直接話すのは初めてだったかな」

「ヒュオエッ! ひゃい! しゅみましぇっ」

「ボンボン、あのね、デイヴィスなの、デイヴィスは私のお友達なのよ。それでね、えっとデイヴィスのパパはバード様じゃなくってね、えっと、王様だったの」

「しゅみましぇっ、エッ、エッ」

「この子過呼吸起こしてへんか? 大丈夫?」


 私が二人の間に入ってお互いをご紹介してあげると、ボンボンはどんどん緊張していっちゃうみたいだった。

 そんなボンボンを心配したご様子のアヤドさんはデイヴィスに目配せを送ると、その視線の意味が分かったらしいデイヴィスが「ああ」って言って、一歩分ボンボンから距離を取る。

 それから、普段お話しするのとは違った種類の優しいお声で言ったの。


「ボンボン・エートコノ、『楽にしていい』」

「あ、ふう、はああ……………」


 それまで、どうやって立っていたらいいのかも分かんないくらいに緊張しちゃってたご様子だったボンボンは、デイヴィスのそのお言葉を聞いた途端にやっと長く息を吐いた。

 アヤドさんがお隣でボンボンにお声をかけて、ゆっくり吸って、吐いて、吸って、吐いてってお背中に手を当て合図を送ってる。

 数秒間そうやって、やっとボンボンはお気持ちが落ち着いたみたいだった。


 そんなやり取りが不思議で見てた私のところに、ボンボンを落ち着け終わったアヤドさんはとことこやってきて隣に立った。

 私を見て、ニコッと笑ってくれる。

 デイヴィスたちのやり取りも、アヤドさんがどうして笑ってくれたのかもよく分からなかったけど、私はアヤドさんに笑ってもらって嬉しかったからそんなアヤドさんに笑ってお返したの。


『こんな幼い時分からよう躾けられとるようじゃのお。まあ、あれだけ大層に権力を振りかざしとっただけのことはあるということか』


 ふと、それまで黙っていたオアゲのお声がした。


「オアゲ? あ、そうだ、オアゲもデイヴィスに紹介してあげるね!」

『よい。では吾はもう行くでの。達者でな』

「え? あれ、オアゲ? オアゲ??」

「ステラ? どうしたの?」


 オアゲの声がしたほうを振り返る。

 そうだ、オアゲもデイヴィスに紹介してあげなくちゃ。


 だけれど、振り返ったそこにはオアゲの姿はなくって、ついさっきまですぐそばをフワフワ飛んでたはずのオアゲは、どこを探してもどこにも見えなくなっちゃっていたんだ。

 デイヴィスも、周りのみんなも不思議そうに私がきょろきょろ見回すのに合わせて周囲を見てる。


「あれ? オアゲ? おーい」

「ステラどうしたの? オアゲって誰だい?」

「うん、あれ? さっきまでそこにいてね、でも……いなくなっちゃったみたい」

「動物か何かかな?」

「うん、ううん、あのね、お友達なの……。小さくて、ふわふわの……白くってね……」


 デイヴィスに説明しながら、私はオアゲを探す。

 だけど、きょろきょろ、しばらく周りを探しても、それからデイヴィスにもアヤドさんたちにもご協力してもらってもらっても、オアゲの姿はもうどこにもなかったんだ。


儀礼には慣れっこのデイヴィス


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