106.名探偵ステラちゃん、ズバッと解決
『────人間とは不思議なものよの』
「?」
『あれほど会いたい相手がおるというのも面白い。それに、つい先ほどまで平気な顔で仕事をしておったろうに、行方が分かった途端にああなるというのもまたのう』
スキャットさんと料理人さんたちが押し問答するのを可笑しそうに見ていたオアゲが言った。
私は少し考えて、会えないって思うほど会いたくなる感じは分かるなあって思って口を開く。
「どうしても会いたくなっちゃったのかもなあ」
『ま、分からんでもないがの』
「オアゲもパパとママに会いたいよねぇ」
『ふむ。………まあ、会えるのならまた会いたいと願う相手くらいは吾にもおる、か』
少し考えて、どこか遠くを見て言ったオアゲはもう会えない誰かを思っているみたいに見えて私は不思議に思った。
そんな私の視線を感じたのか、オアゲは私に何でもないというみたいに私の視線を切って、それから聞いてくる。
『そなたはもし、そなたに会いたいと、どうしてもと探しておる者がおるとしたらどうする?』
「会いに行くかなぁ」
『会えば良いことばかりではないとすれば? 会えばそなたにも、その探しておる者にとっても望ましい結果が得られぬとすれば?』
「うーん、じゃあ会わないほうがいいのかな。でもその人はとっても会いたいんだよねえ、うーん……」
オアゲのご質問は難しくて私は悩んじゃった。
私がうーんうーんって悩むのを見たオアゲは小さく笑って、それから私に聞くことじゃなかったから忘れなさいって言う。
しばらくの間そんな風に話しながらスキャットさんとスキャットさんを止める料理人さんたちの攻防を見ていた私たちだったけど、騒ぎはしばらく収まりそうにないねってことになって、私たちは若い料理人さんに断ってその場を後にすることにした。
美味しそうな匂いだけ嗅いだから私もお腹が空いてきちゃったんだけどなあ。
「オアゲ、お腹空いてない? 大丈夫かな?」
『吾は食わんと言うておるだろうが』
「食べられないの?」
『フン。必要ないだけじゃ』
私がこっそりオアゲに聞くと、オアゲはお腹は空いてないみたいなお返事をした。
でも食べられないってわけでもないのかな?
「食べられるならね、お家の料理人さんにお願いしておいなりさんを作ってもらいましょうねえ」
『そなた、いなり寿司が好きよのう。そんなに吾に食べさせたいか?』
「うふふ。私のお家の料理人さんがね、窯炊きのごはんを炊いてくれるんだよぅ。とっても美味しいからねえ、私もお揚げさん包むからね、お手伝いするからねえ、一緒に食べましょうねえ」
『……ああそうかえ』
私が私のおうちでおいなりさん食べようねって言うと、オアゲも想像したのか満更でもないようなお顔をした気がした。
もしもオアゲのパパとママが見つからなくっても、王都から私のお家に一緒に帰って、私のお家でオアゲも一緒に暮らせたらいいなって思う。
私がそんなことをオアゲと話していると、行き先も決めないままに何となく先を行っていたボンボンがふと立ち止まった。
くるりと私へ体ごと振り返ると、何だかお顔を上に向けながら両手で自分のポケットをごそごそとやり始める。
「はーあ、楽しかった。こんなに満足したのは初めてなんだぞ。でももう腹が減ったから部屋に戻るんだぞ」
「そっか、もうすぐお昼のお時間だもんねえ。私もお腹空いてきちゃった」
「だぞ。おい庶民、これ元あったとこに付けるんだぞ」
ボンボンはお腹が空いたと言う割にはほくほくと満たされたようなお顔をしていて、ポケットから外していた服の装飾のジャラジャラを取り出し私のほうに差し出した。
私はそれに「ステラだよ」って言ってから、付けてって言われたけど出来るかなあって困っちゃう。
「出来なかったら放っておけばいいぞ。部屋で使用人に付けてもらう……」
そこまで言ったボンボンは言葉を途中で止め、私に付けてって差し出してきていた手をジャラジャラごとふいっと下げちゃった。
どうしたのかなって思って見ていると、ボンボンは何か考えるみたいに手に持っているジャラジャラをじっと見てる。
「ボンボンどうしたの?」
「…………これ、やるんだぞ」
「え?」
ボンボンは手に持ったジャラジャラを私にあげるって押し付けるみたいにしてきた。
私が急にどうしちゃったのかなって思ってボンボンとその押し付けられた手を交互に見ていると、ボンボンはちょっと顎を上げて促すようにしながら、続けて言う。
「これ、やるんだぞ。だから、ステラは僕と一緒に屋敷に帰ったらいいんだぞ」
「ええ」
「雇ってやるんだぞ。特別に」
「私ボンボンのお家でお仕事をするの? 嫌だなあ」
「い、嫌なら仕事はしなくていいぞ……! で、でも、僕の屋敷に一緒に帰ってそれで、それで、そうだ! 屋敷で僕と遊ぶ係なんだぞっ! 僕の屋敷にいて、毎日僕と遊んだりするんだぞ」
ボンボンは私のことをお屋敷で遊ぶ係さんのお仕事で雇ってくれようとしているみたいだった。
お隣でオアゲが『ませておるなあ』と小さなお手々で口元を隠して面白そうに笑ったけれど、どういう意味かは私には分からなかった。
ボンボンが言いたいのはもっと私と遊びたいってことなんだろうなっていうのが分かった私はそのお気持ちが嬉しかったけど、でも私はたくさんお勉強してパパと同じお店の店長さんになりたいから、ボンボンのお家には行けないんだ。
私は押し付けられるみたいに差し出されているジャラジャラの上から、ボンボンのお手手をぎゅって握った。
それからそっと押し返す。
「ボンボンあのね、私ね、パパのお店のお勉強があるからボンボンのお家には─────」
「っ嫌だぞ! ステラは僕ともっと一緒にいるんだぞ!」
お断りしようと思って私が口を開くと、手を握られたことに一瞬びっくりしたボンボンが断られることに気が付いた途端に大きなお声を出した。
ボンボンは最初出会ったときみたいにまたカッと頭に血が登っちゃっているみたい。
怖いお顔になったボンボンは、私が触れていた手ともう反対の手もこちらへ伸ばすと私の腕を乱暴に掴んで引っ張るみたいにした。
ボンボンが持っていたジャラジャラの装飾品が床に落ちて音を立てる。
私の腕を掴むボンボンは言うことを聞けって言うみたいにぐいぐいと私の腕を引っ張っていて、私とボンボンとで私の腕を綱引きをしているみたいになっちゃった。
「ボンボン」
「うるさい! 平民のくせに生意気だぞ! いいからステラは僕の屋敷に一緒に帰るんだぞ!」
「ボンボン離して」
「逆らうなんて無礼だぞ! 貴族の言うことは絶対聞かなきゃいけないんだぞ!!」
どうしようか、カッカしたボンボンは腕綱引きに負ける気がないみたい。
私も負けてボンボンのお家で働くのは嫌だから腕を引かれながらも直立不動でどうしようかって悩んでいると、隣にいるオアゲが『子どもと思うて甘く見ておれば手を上げるとは……』って、聞いたことのない低いお声で何かを言ったのが聞こえた。
オアゲもご様子が変だ。
もしかしてオアゲ、ボンボンに怒って何かしようとしてる?
不思議なお力のあるオアゲが怒ってすることって何だろう。
ボンボンはお友達なのに、何か痛いこととかしたら嫌だよ。
私はオアゲにもボンボンにも落ち着いてほしくって、でもどうすればいいか分かんなくって。
また確保して拘束して現行犯すれば落ち着いてくれるかな。
でも両手が掴まれてて、お力が強くて、でも、でも。
私が興奮するボンボンと雰囲気の変わっちゃったオアゲに挟まれて、どうしていいか分かんなくなっちゃっていた。
─────その時。
「そこで何をしているのかな」
ヒヤリと、冷たい風が通り過ぎた気がした。
「!」
『!』
ひゅっと、声にならずに息を呑む。
突然の声と冷えた気配に、みんなが反射的に声のした方を見た。
声のした方向、そこには一人の男の子が立っていた。
供の人を何人も連れ、薄く微笑を浮かべて立つ彼はそこで佇んだままじっと私たちを見つめている。
私より年上のその子は、今年十歳になるはずだ。
サラリと涼やかな白のシャツの上、この国一番の仕立て屋が用意したのだろう子ども用の貴族服を羽織った気品溢れる美しい少年を、私はよく知っていた。
穏やかで優しい人。
そんな彼がどんなことに喜び、愉しみ、心弾ませるのかを、私はもう知っているんだ。
高く昇った陽の光が天窓から差し込んで、揺れるその金の髪を透かしてる。
美しいという表現がよく似合う立ち姿は絵になって、自然体であってもピンと伸びた背筋も、人の目を惹きつけるその容姿も以前会った時よりも大人びたように見えた。
醸すその雰囲気だけで彼が徒人でないと誰もが気付くだろう。
理知的な碧の瞳が何もかもを見透かすみたいに私たちを見つめていた。
「そこで、何をしているの、かな?」
静かに、しかし今度は短く区切られ発された声は妙な迫力を孕んでいる。
声量は大したことがないはずなのにその言葉はお城の廊下にやたら大きく響いた。
気が付けば、ボンボンの手はいつの間にか私の腕から離れていたみたいだった。
自由になっていた腕を自然と体へ引き寄せた私は、こちらを向く少年の両の目を真っ直ぐ見返す。
久しぶりの再会に、不思議と鼓動が速くなるみたい。
困っていたところに現れてくれたからか助けに来てくれたんだって、そんな風に思っちゃって嬉しくなった。
「デイヴィス、様…………………」
思わずというように、その名前を零したのはボンボンだった。
呆然と呟くボンボンの隣で、私もそっとそれに続く。
「デイヴィス」
「久しぶり、ステラ」
私の呼びかけに、デイヴィスはすぐに応えてくれた。
初めて会ったのはママのピアノの発表会だった。
それから、レミの孤児院で再会して仲良くなって以降はしばらく会えていなかった。
「何だか少し背が伸びたみたい」
「そうかな。ステラは変わらないね、僕の知ってるステラのままだ」
「うふふ」
また会えた嬉しさに私が笑顔になると、デイヴィスも嬉しそうに笑ってくれた。
ずっとこちらを見つめたままだった碧の瞳が細められていくのを見て、何だか胸の端っこがこそばゆい。
会えて嬉しいな、と。
それだけ言ったデイヴィスが、迷いのない足取りでこちらへ向かって踏み出した。
乱れのない、少しだけ早い歩調で私たちの元までやってくるデイヴィス。
隣に立つボンボンが青い顔をして後退りするのに、私は気が付かなかった。
現行犯逮捕。





