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105.名探偵ステラちゃん、探し人見つけます

「ん? どうしました」

「あのね、これ」


 私が取り出した物を見たスキャットさんは、私が差し出すままにそれを受け取ってくれた。

 不思議そうにそれを見る。


「これはノート、いやメモですかな?」

「うん。あのね、そこに『食事』のページがあるでしょう」

「はい? あ、なるほど付箋に見出し語が書けるようになっているのか、レシピ帳にも使えそうで便利な作りだな」


 スキャットさんはしばらくメモ帳を観察するとお店のロゴを見つけたのか「ああジャレット商会製か」と言って感心してくれたみたいだった。

 私がポシェットから取り出したのは一冊の小ぶりなメモ帳で、パパの商会から出ている持ち運びがしやすくて丈夫なやつだ。


 実は、このポシェットの中に入っているのは、今回のご旅行が決まったときに使用人さんたちみんなと厳選して準備した私の『秘密道具』たちなんだ。

 七つある秘密道具にはどれもお家の使用人さんたちの手が入っていて、最近ケイニーさんごっこにハマっている私には欠かせない大事な相棒たちなの。


 スキャットさんは、そんな七つ道具のうちの一つである特別製のメモ帳の観察を終えると、私の言ったとおりに項目ごとにページからちょんと飛び出している付箋の見出し語を見て『食事』と書いてある項目のページを開いてくれた。

 そしてすぐ、カッと目を見開く。


「こ、これは……!」


 メモ帳のお食事のページ。

 それは、私のお家で料理人さんをしてくれているサッチモと女性使用人さんのヴァダが合作で作ってくれたページだ。


 二人からは私の好きなもの、食べられない物、直近の食事内容、まだ食べたことのない物なんかが全部書いてあるんだよって教えてもらってる。

 これをお料理を出してくれる人に見せれば、外出先でのご飯には困らないって二人から言ってもらったのを私は思い出したんだ。


 中身を見るなり驚いて固まってしまったようだったスキャットさんだったけど、よくよく見てみればその目はお食事のページに書いてある文字を追うために右、左、右と、せわしなく動いているのが分かった。


「この書き込みの量、尋常じゃない……! 子どもに与えるのには不安な代表的な食品に関しては過去に食べて問題のなかったものとその調理法、量、まだ食べたことのないもの、その全てを余すことなく示してある……! その上で彼女が好む食事とその傾向、また手に入りやすい材料とそれを使った実践の容易な調理法のみで作るこのレシピは食事から得られる栄養のことまで考えられている上文句なしに美味だろうことが分かる……! 何より、この文字……! 間違いない……っ!!」


 スキャットさんは固まっていたんじゃなくって、メモ帳の料理のページに書いてある内容をとっても熱心に読んでくれていたみたいだった。

 スキャットさんと私のやり取りをぼんやり見ていたボンボンが、そんなスキャットさんのご様子に眉をしかめてこっそり私に聞いてくる。


「どうしたんだぞこのコック。お前平民、何のメモを渡したんだぞ?」

「ステラだよ。えっとね、お家の使用人さんたちがご協力してくれて、私が旅先で困らないようにってお食事のこととかを色々と書いてくれた特別なメモ帳なの」

「ふうん」


 私がしてあげたご説明に納得したのかしないのか、ボンボンは微妙なお返事をした。

 そんな風に私がボンボンとお話ししていたら、集中したご様子だったスキャットさんがお口を開いて聞いてくる。


「あ、あの……」

「うん」


 スキャットさんは私にお話しかけてくれたみたいだったけど、そのお目目はまだメモ帳の文字をなぞりながらだ。

 スキャットさんはお声だけどこか慎重に、震えてしまうのを抑えているみたいにしてそっと言う。


「ステラ様は、どちらのお嬢様でしたでしょうか……?」

「あのね、私ねステラ。ステラ・ジャレットっていうのよ。パパのお名前はゲイリー・ジャレット。パパはジャレット商会っていうお店をやっていて、王都にも大きなお店があるからねえ、スキャットさんもご興味あればぜひご利用ください」

「……ステラ変な商人みたいな喋り方なんだぞ」

「ボンボンもね、ぜひご利用ください」

「プッ、やめるんだぞ、何か変な感じがするんだぞ」


 私がスキャットさんから聞かれたことに最近習ったばかりの言い回しも使ってお答えしていると、ボンボンが変な商人さんみたいだって言ってお邪魔してくる。

 あ、ボンボンが笑って、変なあだ名をやめて私のことステラって呼んだみたい。


「フ、フフ…………」


 私たちがそんなやり取りをしていると、メモ帳を見終わったのかパタンと表紙を閉じたスキャットさんがしっかりとメモ帳を握ったままでお顔を俯かせた。

 何か言っているみたい。


「フフ……」

「え?」

「何だぞ?」

「フフ、フフフ…………」


 俯いたスキャットさんは肩を小刻みに震わせ、鼻から短く息を吐くみたいにフッフッフッフッってしてるみたいだ。

 ご体調でも悪くなっちゃったかなって私が思ってスキャットさんを下から覗き込もうとしたとき、スキャットさんはガバッと勢いよくお顔を上げた。


「やあっと見つけたぞッ!! 」

「「!?」」

「見つけた、見つけたぞ……ッ! あっンの嫌味なエリート野郎ッ!! 待っていろ、待っていろよお……フフフ、ハハ、ハハハ……! ハーッハッハッハッハッ!!」


 突然発された高らかな大笑いに、驚いた私たちは体をビクつかせて固まっちゃう。

 これにはオアゲも虚を突かれたみたいでびっくりして尻尾を爆発させてた。


 スキャットさんはといえばそんな私たちの反応に気付いた様子もなく、メモ帳を高く捧げ持って天に向かって高笑いをしている。

 どうしよう、スキャットさん壊れちゃったみたい。


 スキャットさんの大声に驚いた料理人さんたちが何だ何だと休憩室から廊下へわらわらと出てきてくれた。

 私たちは料理人さんたちから口々に何があったのかって質問をされるけれどどうしたのか上手くご説明もできないまま、料理人さんたちがどうどうとスキャットさんを落ち着けてくれるまでその場で呆然と立ち尽くしているしかなかったんだ。




 ◇ ◇ ◇




「アンタ料理長でしょいなくなってどうすんですか」

「料理長の立場なんざ返上してやる! 俺は一言言ってやんねえといけねえ奴がいるんだよ!!」

「料理長落ち着いてくださいよ~~」

「うるせえ知るか! やっと見つけたんだ、絶対ェ逃がさねえからなあ~~~」


 休憩室から現れた料理人さんたちが総出でスキャットさんを引き止めにかかってる。

 さっきは笑っていたスキャットさんは今はお目目をギラつかせてみんなの制止も聞かない勢いでどこかへ向かおうとしていた。


「やばいこの人コック帽脱いだぞ! 本気でお止めしろっ!」

「おいこっちもっと人数集めろ! 流石はあんだけ鉄鍋振ってるだけある、筋肉だるまみてえな重さだ! 止めらんねえ!」

「押せー! とにかくこれ以上進ませるなー!」


 わーわーと奮闘する料理人さんたちに囲まれて私たちからはほとんど姿の見えなくなったスキャットさんは、それでも大人数を押し返してジリジリとだけど進んでいるみたい。

 すごいパワーだ。


「あれ私たちもお手伝いしに行った方がいいのかなあ」

「バカ言うなっ死んじゃうんだぞっ」

『はあ、よいから子どもは離れておれ』


 一体何がどうなっているかも分からない私たちがそんな彼らの攻防をただただ眺めていることしかできないでいると、そんな白いコック服の塊の中から一人、抜け出してこちらへやって来る人がいた。

 あれはここに来た時にボンボンが最初に話しかけた若い料理人さんだ。


「ハア、ハア、坊ちゃま、お嬢様……」

「こんにちは!」

「え、あはは。こんにちは……。これ、お嬢様の物ですよね、念のため取り返しておきました」

「メモ帳だ! ありがとう」


 私がご挨拶すると、人に揉まれたせいでボロッとなってる若い料理人さんは苦笑いを浮かべながら手に持った物を私に差し出してくれた。

 若い料理人さんはスキャットさんが持ったままになっていた私のメモ帳を、今のうちにって取り返してきてくれたんだね。


 お礼を伝えた私は、メモ帳が無事なことを確認してからメモ帳をポシェットにしまい直しておいた。

 これを見せたら何かご飯がもらえるかなって思っただけだったんだけど、何だか大変なことになっちゃってそれどころじゃなくなったねえ。


 そんな風に思っていると、顔見知りの大人がそばに来てくれたことで安心したのか、スキャットさんの勢いに引いていたボンボンの肩の力が抜けたのが分かる。

 それから、気を取り直すように若い料理人さんに「おい」とお声を掛けた。


「あれは何に騒いでいるんだぞ」

「は、はい……。エートコノ家の坊ちゃまにお聞かせするほどの話でもないのですが……」

「いいから話すんだぞ!」

「は、はいい!」


 若い料理人さんはちょっとボンボンのことが苦手なのかな、ボンボンが大きなお声を出すと畏まった感じに身をすくませちゃってる。

 それから、ボンボンに尋ねられるままにスキャットさんがああなっちゃった理由がこうじゃないかなって思うことを私たちに説明してくれた。


「料理長は普段は頼もしい上司なのですが、一つ難がありまして」

「ナン? とは何だ?」

「一つ、“これ”に関しては周囲が見えなくなるというか、なりふり構わなくなる部分があると言いますか……」


 若い料理人さんはスキャットさんのことをかなり慕っているらしいく、有名な噂なんだと前置きしながらスキャットさんについてのことを教えてくれる。

 噂によると、スキャットさんにはかつて因縁の相手とも呼べる料理人の人がこの王城にいて、たまにああしてそのお相手の話題なんかが出ると周囲が見えなくなるほどに夢中になっちゃうことがあるんだって。


「どうやらそのお相手の方は不当に陥れられて王城で料理人を続けられなくなったとかで……。僕が入る前のことなんで詳細までは知りませんが、噂ではその陥れの首謀者らしいやつを相手に憤慨したスキャットさんが暴れて、まあ、その、そういうことがあったみたいです。……スキャットさんは本当は今頃もっと上の階級で働ける能力のある方なんです。ですがその件のこともあって、今でも城料理人の調理場なんかにいらっしゃるのが僕はもどかしくて────」

「何だかよく分からないし、あんまり興味ない話なんだぞ」

「そ、そんなあ」


 ボンボンは聞いたくせに説明してくれていた最中の若い料理人さんのお話をばっさり終わらせちゃった。

 でも結論は欲しかったみたいで先は促す。


「今のあれは何なのか、もっと簡単に言うんだぞ」

「えっと要は、ずっと会いたいと思って行方知れずになっていた元仕事仲間の方がいらしてですね、どうやらお嬢様のメモ帳をきっかけにその方の居場所が分かったものだから今すぐ会いに行きたいと、そういうことみたいです」

「わがまま言うな、あいつ仕事中なんだぞ」

「全くもってごもっともで……」


 ボンボンはなんだそんなことかとばかりにフンとお鼻を鳴らした。

 私はそんなお話を聞いていてよく分からなかったけど、スキャットさんが探している人がいたのなら私が探偵さんみたいに見つけるのをやってあげたかったのになあって思ったんだ。


その頃ステラちゃんのお屋敷でくしゃみしてる料理人が一人。


震えて眠れ。

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