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104.名探偵ステラちゃん、容疑者確保


「確保」


 私はその人物を冷静に捕まえた。


「な、何するんだぞ!」

「ボンボンつまみ食いしようとした。“げんこーはん”だ」

「ま、まだやってないぞっ」

「“いちもーだじん”だ」

「いちも……!? 何なんだぞ!?」


 私はつまみ食いをしようと動き出したボンボンをノーモーションで抑え込んでいた。

 小説の中で名探偵ケイニーがそうしていたように私が抵抗する犯人を取り押さえていると、一通り調理場に並ぶお料理を見て回ってきていたらしいオアゲが戻ってくる。


『ふむ、なかなかに面妖な。こちらの世も流石に城ともなれば並ぶ料理は目を見張るものがあるのじゃ。と、何をしておる?』

「犯人逮捕だよぅ。ねえオアゲ、おいなりさんあったかなぁ?」

『は? いなり寿司かえ? 何じゃそなた食べたいのか』

「うーん、オアゲがね、おいなりさん好きかなと思ったの」

『吾は食べぬよ』


 戻ってきたオアゲに私はオアゲの好きそうなお料理はあったかなって聞いたんだけど、オアゲはお料理を食べないんだって言って笑った。

 小説の名探偵ケイニーは犬さんだけど飼い主さんが作ったお芋のおやつを食べたりしていたから、ケイニーに似ているオアゲも何か好きな食べ物を食べたらいいと思ったんだけどなあ。


「い、いいから離すんだぞっ。これだけいっぱい食べ物があるんだから、ちょっとくらい無くなってもバレないんだぞ」

「駄目だよボンボン。たくさんあってもきっと全部誰か食べる人のためのものなんだよぅ」

 

 抵抗する犯人には反省の色が無かった。

 私は犯人を確保したまま、懸命な説得を続ける。


 私たちがそうこうしていると、料理人さんのうちの何人か、ご自分の担当している作業を終えたらしい人が順に前掛けを外して調理室から出ていくのが見えた。

 聞こえてくるお話の内容からして、これからお昼になって本格的に忙しくなる前の、料理人さんたちが休憩を取るタイミングだったみたいだ。

 私はオアゲに向かって聞いてみる。


「オアゲ、何かここで食べさせてもらえるかなあ」

『ふむそうじゃな、いっそここで術を解いてしまって、料理人どもに直接聞くがよかろうよ。この術は一度解ければしばらくかけ直せぬが、どうせ放置しておってももう程なく効力は切れるゆえな』

「うん、そうしよっか」


 オアゲが私たちに使ってくれた見えなくなるお力のおかげでここまで来られたけれど、見えないまんまで食べ物をもらうのは無理だ。

 ボンボンみたいにつまみ食いしちゃうことになるし、オアゲの言うとおり私たちは姿を見せて料理人さんの誰かに何か食べ物をもらえないかを聞いてみることにした。


『────もう時間稼ぎも十分できたしの』

「え?」

『何でもない。ほれ術を解くでな、小童を離してやれ』

「うん」


 オアゲが小さく何かを言ったみたい。

 それを聞き取れなかった私が聞き返すのに被せるみたいに、オアゲは私たちにかけてくれていた不思議なお力を解いたみたいだった。

 スッと、また体を見えない何かが通り抜けたような感じがする。

 

「ん? 何だぞ? 見えなくなった時の感じが今またしたんだぞ」

「うん、オアゲがね、見えなくなるの解いてくれたんだって」

「無くなっちゃったんだぞ?」

「だってお料理つまみ食いになっちゃうでしょう」


  私とオアゲのやり取りを知らないボンボンは不思議そうにしてたけど、私が説明すると分かってくれたみたいで「そうか」と言ってお口を尖らせて黙った。

 それから、私はどうやって食べ物をもらおうかってボンボンとも相談しようと思っていたんだけど、それより早くにボンボンは動き出す。

 若い料理人さんの一人がちょうどご休憩に入るところだったのかキッチンから出てくるのを見つけて、猛然と駆け出した。


「おいそこの!」

「うわっ、は、はい? 私ですか?」

「そうだそこのコック。何か寄越せ、腹が減ったぞ」

「は、はあ……」


 突然やってきたボンボンに話しかけられた若い料理人さんはボンボンや私がそこにいることに今初めて気が付いたみたいで相当驚いてた。

 それから、矢継ぎ早に何か頂戴って言うボンボンに面食らってる。


 ボンボンの服装を上から下まで見てちょっとお顔の色を悪くした若い料理人さんは、それからキョロキョロと周囲を見回した。

 途中私と目が合うと無理やりみたいに口角の端っこを持ち上げて、下手くそだけど笑って見せてくれる。


「へ、へへ……。あの、お二人だけでここへ? 大人の方とかはご一緒ではないですか?」

「ステラと僕だけだ! いいから早くしろっ! 僕はエートコノ家の者だぞ!」

「え! エートコノって……!? は、はい只今っ!」

「鴨がいいんだぞ」


 ボンボンが話しかけた若い料理人さんは私とボンボンが二人だけと知って周囲に誰か助けてくれる人はとでも言うみたいに背後のキッチンに視線を送ろうとしたけれど、続けてボンボンがご名字を名乗ると、慌てたようにボンボンを二度見した。

 驚き、そして慌てたご様子で食べ物を取りにキッチンに戻っていく。


 そんな若い料理人さんの背中に向かって鴨のリクエストをしたボンボンのところに私とオアゲは寄っていった。

 オアゲがあからさまに嫌そうなお顔をしてる。


『この小童、こんな(よわい)で権力を振りかざしおって……。ろくな大人にならんぞえ』

「ボンボン、権力を振りかざしたの?」

「むっ! 人聞きの悪いことを言うんじゃないぞ! パパに言いつけてやるぞ!?」

『ほらの』

「うわあ、ボンボンろくにならないんだあ」

「な、何なんだぞその目! 庶民のくせに無礼だぞ! ろくって何なんだぞ!」


 私たちがギャーギャー言い争っていると、さっきの若い料理人さんが戻ってきた。

 手にトレーを持っていて、本当に焼きたての鴨を持ってきてくれたのか香ばしく焼かれた茶色い皮が覗いている。


「お、お、お待たせ、いたしました……」


 はあはあと息を切らせた若い料理人さんは、よほど急いできたみたいで肩で息をしながらその手に持ったトレーをボンボンへと差し出そうとした。

 ────そのとき。


「おいそこ! 何やってる!?」


 大きな怒声が響き、私たちは驚いて動きを止めた。

 膝に手をつくように身を屈めていた若い料理人さんも、その声に背中がピッとなる。


「おい、そこテメエ! 何を持ってやがる!」


 ズンズンズンと、一歩飛ばしの大股歩きでやって来たのは、さっきまで料理人さんたちへ指示を出していた一際大きな体をした年かさの男の人だ。

 頭に乗せた白いお帽子には、他の料理人さんたちのお帽子には無い何かの階級を示すらしい三つの黒い線が入っている。


「答えろ! 今何してやがった!?」

「ひ、ひぃっ! もも、申し訳ありません! こちらのエートコノ家のお坊ちゃまが鴨をと申されまして、わ、私がお出ししようかと────」

「馬鹿野郎!」

「ひぃ! 申し訳ありません!」


 私たちの前にいた若い料理人さんの後ろ首をむんずと掴むと、廊下の脇へ引っ張っていってすぐに怒鳴り始めた。

 怒鳴りながらもたまに私たちのいるほうを見て、私たちの反応や他に誰か大人がいないのかを探すような視線も感じる。


 二、三のやり取りですっかりしょげた若い料理人さんを連れて私たちの元へ戻ってきたその年かさの料理人さんは、ここのキッチンを任されている料理長のスキャットさんと言うらしかった。

 スキャットさんの話によると、ここはお城のキッチンの中でも大事な会議のご来客や偉い貴族様に付いてきた使用人さんをおもてなしするお料理をお作りする場所で、お城で働く人たちや私たち普通のお客さんがご飯を食べるお城の食堂とはご飯を作っている場所が違うんだって。


 最初に現れた時にすぐ若い料理人さんを叱っていたから怖い人なのかと思ったけれど、私たちへそう説明してくれるスキャットさんは丁寧にお話してくれていて、全然怖そうな人じゃなかった。

 むしろ。


「いいか若いの。これくらいのご年齢のお子さんは食べられない物があるのが普通だ。好き嫌いだけじゃねえ、体質によっては体調を崩しちまうことだってあるんだ」

「あっ!」

「冷静になればそれくらいお前も知っていることだったはずだ。ったく。どれだけお腹を空かしていると言われても、保護者の目のない場所でむやみに食べ物を食べさせることはあっちゃいかん」

「申し訳ありませんでした。自分が軽率でした」

「……分かったならいい、今回は未遂だ。しかし次はない。イレギュラーがあればまずは俺に確認を取るようにしろ、分かったな」

「はい!」

「よし、お前はもう行っていい」


 しょげていた若い料理人さんにも丁寧に諭してやるように駄目だったことを指摘してあげていて、最後は若い料理人さんも元気とやる気を取り戻したみたいになっていた。

 何だか頼りになりそうな人だなと思う。


 私は、この人ならボンボンがお腹が空いているのを説明したら何かご飯をくれるんじゃないかなって思って聞いてみることにした。

 若い料理人さんを送り出した大きな背中の服の裾をつまんでくいくい引いてみる。


「ん? どうしましたかエートコノのお嬢様」

「んーん。私ね、ボンボンとはお家は違うの、あのね、私ステラっていうのよ」

「ああお友達でしたか。ステラ様、どうされましたか?」

「あのね、ボンボンがお腹空いちゃったみたいなの。あとね、私とオアゲもね、何かもらえないかなあ」

「ははは。ここの匂いは腹が空きますよね。そうか、どうして差し上げようか……。お二人とも、親御さんや使用人の方はご一緒じゃありませんか?」


 スキャットさんは子ども好きなのか、さっきの若い料理人さんよりも私たちに向けてくれる笑顔が柔らかい気がする。

 私たちが身を屈めて聞いてくれるスキャットさんからの誰かご一緒じゃないのかの質問に首を横に振ってみせると、言い聞かせるみたいに私たちにご説明してくれた。


「申し訳ありませんが、私からお二人に何か差し上げることはできないんです」

「ケチんぼだぞ」

「ボンボン、めっ」

「ハハハ。勝手に差し上げられないのには理由がありまして、私たちはお二人の保護者の方にお話を聞いてからでないとお出しするものを決められないのですよ」

「鴨がいいぞ!」


 鴨が食べたいって言って、さっき若い料理人さんが持ってきてくれて近くに置いたままになっていたトレーにまたボンボンが向かっていこうとするのを、私はダメって言われたよって言って現行犯な確保をする。

 同じくボンボンを制しようと腕を差し出しかけていたスキャットさんはそんな私を見てちょっと目を丸くすると、またハハハって笑って続きを説明してくれた。


「お二人がどんなものを食べていいのか、駄目なのか。それが把握できないうちには何もお出しするわけにはいきません、体の調子をお悪くされてはいけませんから。それが確認できさえすれば、ここは王のお膝元ですケチなことは申しません、鴨でもお出ししますとも」

「そうなんだ」

「ちぇっ」


 スキャットさんのしてくれた説明にボンボンも分かってくれたのか私の確保に抵抗をするのを止める。

 そこで私はふと思いついたことがあった。


 私は斜めがけにして下げているポシェットを見る。

 王都へのご旅行が決まってから、使用人さんたちにもご相談に乗ってもらって、しっかりとご準備をしてきた時のことを思い出した。


 私たちが納得したらしいと分かり、さてと屈めていた身を起こしかけていたスキャットさんを引き止める。

 くいくいと目の前の服の裾を引くと、気が付いたスキャットさんが不思議そうに私を見た。


「ん? どうしました」

「あのね、これ」


 私はこちらを見てくれているスキャットさんの前でポシェットの蓋を開けて、ごそごそと中身を探る。

 そうして見つけた目的の物を取り出すと、スキャットさんへと差し出した。


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