97.大天使ステラちゃん、王都へ乗り込む
次章突入です。
「うーん、『私ステラです。』、『ステラなの。』、『ステラだよ。』…………」
「ステラ?」
「うーん」
「ステラ? ねえそれ、何を書いてるの?」
「うーん」
私が一生懸命に頭を捻っていると、誰もいなくなって一人きりだったはずのお部屋で、何かお声がしている気がする。
けれど、考えごと真っ最中の私はそのお声が心の中にまでは届かなくって、空返事をしちゃっていた。
「ステラってば」
「うーん」
「ねーえ、何書いてるのってば」
「あ! 見ちゃダメだよぅ」
気が付けば、何度か声をかけられていたみたい。
私に話しかけてくれていたのはさっきまで探検してくるねって言って出かけていたはずのレミで、そんなレミが私の手元を覗き込もうとしているのに気が付いた私はそこでやっとハッとして、慌てて隠すみたいに手元の紙を体で覆ったんだ。
レミは「何でよ」って、少し拗ねちゃうみたいに口を尖らせてる。
レミに見せられないものはほとんどないけど、今書いているコレはまだ見せちゃダメなような、照れくさいような、そんな気持ちがしたんだから仕方ないんだもん。
「見ちゃダメだよぅ」
「いーじゃない、私と二人っきりなんだから。あっ、もしかして誰かにお手紙だった?」
「うんそう」
「やだごめんなさいっ」
レミにお手紙かって聞かれて、私が素直にそうだよって答えると、レミはあっさりと身を引いた。
お部屋に二人きりで暇になってただけで、お手紙を見ちゃうつもりじゃなかったのって慌ててる。
私が、咄嗟に隠しちゃったけど実はまだ何にも書いてないのって言うと、レミはほっとしたみたいに胸を撫で下ろしてた。
「………それにしても、王都の中心地でこんな立派なお宿に泊まれるなんて、流石はステラのお父様よね」
「うふふ。あのね、お向かいのね、あの黄色い屋根のところがねえ、パパのお店なんだよぅ」
「流石にそれくらいは知ってるわよ。王都にあんなに大きな店舗を構えてるのなんて、老舗以外じゃステラのお父様のやってるジャレット商会くらいでしょう? いつか行きたいって、院の子たちとも話していたのよ」
「うふふ」
「まあ嬉しそうに笑っちゃって」
「ねえねえ、後でパパのお店にもお土産見に行こうねえ」
「いいの? 嬉しい!」
私の提案にレミがわっと喜びの声を上げた。
まだ王都についたばかりでこの後のご予定はパパたちから教えてもらっていないけれど、王都にいる間のどこかでお友達のみんなや使用人さんのみんなにお土産を見つけられたらいいなって思ってる。
窓を見るとまだ日は高く、お部屋には暖かな日差しが差し込んでいる。
今日から私たちが泊まるこのお部屋は窓が高い位置にあって、カーペットに座って画用紙を囲んでいる私たちの目線からはその窓の向こうに道向かいの建物の外壁と黄色っぽい茶々けた大きな屋根が見えた。
パパが国中にいくつも持っているお店の中でも一番に大きなお店であるそこは、『ジャレット商会王都本店』って呼ばれてる。
パパのお友達で副店長さんのチックが普段は仕切りを任せられている『王都本店』は、何でも揃うって評判なんだ。
お向かいのこの宿も実はパパの商会と繋がりがあって、今回みたいにパパやパパの商会の人が王都にしばらく滞在するときなんかにはこうして部屋が使えるようにいつも準備してるんだって。
そう、今私たちは王都にいるの。
しかも、今日から短くても数日間は王都でお泊まりして生活するんだ。
今回のご旅行の目的は、アリスのパパのワンダー侯爵様と一緒にお城に行くこと。
パパと、私もお城にお呼ばれするんだ。
お呼ばれするまでの何日かとお城でのご用事の間は、このご旅行に一緒に来てくれたみんなは今いるこのお宿がお家の代わりになる。
私たちが普段いる街から王都までは馬車でゆっくり半日くらいかかった。
チャーリーとのお散歩の日なんかに王都まで来たことは何度かあったから初めてじゃないけれど、私もレミも王都でお宿にお泊まりするのは初めてだったから二人でワクワクそわそわ、王都に着いた今もまだ落ち着けていないんだ。
お宿に着いて早々、パパやママは王都のお店に顔を出したり、お呼ばれしているお城に到着の知らせをしたりとバタバタみたいで、慌ただしく出かけてしまった。
私とレミはその間の時間お部屋で待ちぼうけなんだ。
だから私はこのご旅行の間に書こうと思っていたお手紙を取り出して、荷物の中に入っていたお絵描きセットで色々と書いたりしていたんだ。
さっき宿の中の探検を済ませてきたらしいレミは、いよいよすることがないみたいで、まだずっとソワソワしてる。
「ねえ、ねえステラ。そうだ、お手紙は誰へのお手紙なの? それも聞いちゃだめ?」
落ち着かない様子のレミはしきりに私に話しかけてくる。
私は再び真剣にお手紙に向き合い始めていたけれど、レミにもちゃんとお返事した。
「アリスとね、それからね、うーん……」
「ん、アリス? ああ、この間お屋敷にお邪魔したときのお礼のお手紙を出すの?」
「うん。それとね、今日はアリス来れなかったでしょう。だからこれね、アリスに書いたのよぅ」
私は今書いているのとは違う、さっき完成させて横に置いてあったお手紙をレミに差し出して見せる。
書いているお手紙を見ないようにしてくれていたらしいレミはちょっと焦って「こっちは見てもいいの?」って聞いてくれるから、私は「いーよぅ」って言って、完成しているアリス宛のほうのお手紙を開いてレミに読んでみせてあげた。
「『ごほんありがとう。たんていさんかっこういいね。つぎは、おうと、いっしょにいこうね』」
「あら可愛い」
「んふふ」
「アリスの似顔絵も上手だわ」
「ふふ、横にね、レミも描いてあげましょうねえ」
レミが褒めてくれるから嬉しくなって、私は持っていた色鉛筆を太いクレヨンに持ち替えて一度は歓声したアリスのお手紙にレミのお顔を描き足してみる。
『まーるかいて、ちょん』
即興でレミの似顔絵のお絵かき歌を作って口ずさみながら描けば、レミもそんな私と出来上がる絵を見てすごく嬉しそうに笑ってくれた。
そうしてアリスのほうのお手紙を本当に完成させた私は、お手紙を書くために出していたお絵描きセットはもうしまっちゃおうかなって思ってお片付けをすることにする。
片付け始めた私を見たレミはあれってお顔をして、それから今書きかけていたお手紙の続きはいいのって聞いてくれた。
私はそれに『うん』って返す。
本当は、虎さんのご本の作者さまのスティーブ様へ、虎さんのご本が好きですってお手紙を書こうと思っていたんだ。
だけど、書きたいお言葉がすらすら出てきていたアリスへのお手紙とは違って、スティーブ様へのお手紙はどう書いたらいいのか分かんなくなっちゃって、一文字も書けないまんまにうーんって悩んじゃうばっかりだったんだ。
アリスのお家でスティーブ様が虎さんのご本の作者さまだって知ったときには緊張しちゃって、私がよく分かんなくなっちゃったりしたから、ちゃんと虎さんのご本のファンですって改めて伝えたくって、お手紙ならちゃんと伝えられるかなって思って挑戦してみたんだけど、お手紙でもやっぱり難しいみたい。
私がこのご旅行の間にお手紙が書けるようになったらいいのになって思っていると、私がお片付けするのを手伝ってくれたレミが、そういえばって言ってお口を開いた。
「結局、チャーリーたちも私たちと同じ宿に泊まることになったのよね?」
「うん」
このご旅行には、私とパパとママとレミだけじゃなく、お家からはお手伝いのためにおじいちゃん執事さんのヘイデンとフットマンさんのチャーリーが付いてきてくれている。
洗濯や寝具、ご飯のことなんかはお宿の人がお世話をしてくれるけど、今回のご旅行はしなくちゃいけないことがたくさんになるかもしれないからって、パパがお仕事のできる二人も一緒に行くんだよって言っていた。
私は詳しいことを教えてもらっていないけれど、お城からお呼ばれしたワンダー侯爵様がパパや私にも一緒に来て欲しいって言ったくらいだから、パパはワンダー侯爵様とお城で何か難しいことをしないといけないのかもしれなかった。
そんなときチャーリーやヘイデンが王都に来てくれていたらきっと力になってくれるもんねって私は納得したんだ。
そんなことを思い出しながら、私は思い立って壁際に沿うように置かれている大きなベッドに向かい、ベッドの上によじ登った。
壁に正面に向き合い、扉にするみたいに二回、コンコンとゆっくりノックする。
「ねえチャーリー、今いいかなあ?」
私が壁に向かってそうお声をかけると、一拍と間を置かずに私たちの部屋の前の廊下で「はい。いかがなさいましたか、お嬢様」とお声がした。
チャーリーだ。
「っちょ、ちょっとステラ、わざわざ呼ばなくてもよかったのに……!」
ベッドへ移動する私が何をするのかと不思議そうに見ていたレミが、焦ったように言う。
けれど、せっかく同じお宿のお隣同士にいるんだから、チャーリーもご一緒にいたいなあって私も思っていたところだったんだ。
ちょうどいいから一緒にお話しましょうねえ。
「チャーリーどうぞぅ。お部屋のドア使わなかったんだねえ。あのね、レミがチャーリーたちお隣にいるかなって言っててねぇ、一緒にお喋りしたらいいんじゃないかなって思ったんだよぅ」
「はい、失礼いたします」
わちゃわちゃと慌てるレミの向こうで、ゆっくりと廊下に面した入口のドアが開く。
私たちの泊まるお部屋とチャーリーたちの泊まるお隣のお部屋の間の壁には扉があって、そこからでもお互いに行き来ができるんだよって聞いていたけど、チャーリーは一度部屋を出てから私たちのお部屋に来てくれたみたいだった。
それから、見えたチャーリーの後ろにもう一人、チャーリーよりも小柄な少年の姿があった。
「あ、アーマッドもいらっしゃいだ」
「……部屋で一人でいてもしょうがねえだろ」
「うふふ。あれ、ヘイデンはご一緒じゃなかったかぁ」
「旦那様たちと一緒」
「そっかぁ」
チャーリーと一緒にお部屋に来てくれたのは、日に焼けたような肌の少年、アーマッドだ。
アーマッドはパパのお店の新商品のモデルさんをするための準備中で、普段はパパのお店でお手伝いをしている。
出会った頃はざんばらのようだった白い髪は働くようになってから整えられて清潔で、今日はお店に出入りする用に仕立てたお仕事着とも違う、それよりももっとピッシリした感じのお洋服を着ていた。
出会った時も周囲と一線を画す存在感を持っていたアーマッドだけど、身なりを整えるようになった最近では一層に格好良くなっている。
ヘイデンが誘ってパパのお店に来てくれたアーマッドだけど、パパもアーマッドを見て一目で採用したくらい、やっぱり雰囲気があって目を引く容姿をしてる。
これまで働いた経験のほとんどなかったアーマッドは今は色々なお仕事をやってみて覚えている最中で、今回のご旅行への同行もお勉強と、王都の店舗への顔見せを兼ねているんだって。
アーマッドは色々と街での過ごし方に慣れなきゃいけないって忙しそうだけど、王都への道中ではチャーリーとヘイデンがお馬さんの手綱を握って馬車を動かしてくれているのに引っ付いていたり、そんな二人に御者席で色々と教えてもらったりしてたみたいだった。
ちょっと素っ気なかったりぶっきらぼうなところのあるアーマッドだけど、パパのことは『旦那様』って呼んでいたり、ヘイデンやチャーリーと話すときはお兄さんっぽいというか、よそ行き用のちょっとかしこまった感じの話し方をしていたりして、それが私には何だか面白くて嬉しい。
まだママやレミとは親しく話したことがなくて距離を取っているご様子のアーマッドだけど、ママやレミともこの旅行の間に仲良くなってくれたらいいなって私は思った。
「マルクスも一緒に来られたらよかったのにねえ」
「あ? ……ああ。まあ、あいつにはジュニアを任せてきたからな」
私が、アーマッドとも仲良しのマルクスもご一緒だったらもっと楽しいご旅行になったよねって思ってアーマッドに言うと、アーマッドは怪訝そうにしてから何か思い出すみたいにして、それから少しだけ表情を柔らかくしてくれた。
アーマッドの妹さんのジュニアはこのご旅行には付いて来ておらず、お家のある街でお留守番だ。
ジュニアはまだ小さくて一人でお留守番はできないから、使用人さんのいる私のおうちか、アーマッドが普段暮らしているパパのお店の従業員さんが住む寮で寮母さんに預かってもらうかのご予定だったんだけど、そのことを知ったマルクスが『それならうちで預かるよ』って言ってくれたんだって。
ジュニアも、マルクスのことはもう一人のお兄ちゃんみたいに思っているみたいですごく懐いているし、マルクスのパパとママも賛成してくれて、ジュニアはご旅行の間マルクスのお家にいることになったみたい。
今回は王都に何日いるのか、お家に帰るのがいつになるのかがはっきりしないご旅行だから、アーマッドもジュニアを安心して預けられる場所があってよかったなって思ったよ。
「マルクスにも、みんなにも、お土産探しに行こう!」
「ん。そうだな」
私がパパの王都のお店でお土産を探してみようって言うと、アーマッドも小さく笑んで応えてくれる。
私とレミが期待を込めた目でチャーリーを見ると、チャーリーも優しい笑顔で頷いてくれたんだ。
王都の街へ、出発だー!(向かいのお店まで)





