43:別解の天才-3
「痛い……」
まさか復活と同時に鼻血が出るほど殴られるとは思っていなかった。
いやまあ、俺自身あの復活タイミングはどうかと思うが……『月が昇る度に』に復活のタイミングを選ぶ機能なんて付いていないからな……。
「まあ、銃で撃たれなかっただけマシだと思っておくか」
とは言え、俺が鼻血を流すだけで済んだのであれば、まだいいと思うべきだろう。
ラルガはショットガンを持っていた。
そして、あの錯乱具合を見る限り、俺に向けて発砲する可能性は決して低くなかった。
その中で俺に殴りかかるという選択肢を選んだのは、極僅かではあっても、まだ正気が残っていたからだろう。
そう考えれば……うん、やはりだいぶマシな流れだな。
「とりあえずこの場を離れるか」
ラルガの方が背が高いので少々ツラくはあるが、俺は『魔女の裁血』のレゲスによって全身の力が抜け、身動きが取れなくなっているラルガを背負うと、その場から移動を始める。
なお、既にラルガの体に付いている『魔女の裁血』は拭ってあるので、ラルガの体からこれ以上力が抜けて心臓まで止まってしまうようなことは無い。
それと『魔女の裁血』の俺自身に対する効果は今回は確認できなかった。
きっとラルガの行動が衝撃的過ぎたからだろう。
「外は……駄目だな」
さて、ラルガを背負って向かうべきは?
境界である黒い壁がすぐ近くにあるから、第8氾濫区域の外に出ることは容易である。
だが、今のラルガを外に出すのは得策ではない。
あの錯乱具合からすると……俺と言う自分と命を共有している相手が居なくなると同時に自殺しかねない。
それとは別に幾つかの懸念事項がある。
外は止めておいた方が無難だろう。
「南は沈んでる。北は火口。東は……逆に安全か」
南は現地当局が前線基地を築いていたエリアである。
だが、多少見通しのいい場所から見た限りでは、新月の時にラルガが観測したとおり、しっかりとエリア全体が沈んでしまっている。
北は現在俺たちが居る火山の火口があり、今も噴煙を上げていて、見るからに人が生きていられる環境ではない。
この辺りに生えているマグマの中でも平然と生育している植物の姿も見えないことからして、上の危険度は此処を遥かに上回るのだろう。
東は……クライムが放ったフィラがこれ以上居ないのであれば、逆に安全かもしれない。
少なくともこの場に留まり続けて、何もしないでいるよりかは遥かにいいだろう。
「行くか」
そうして俺はゆっくりと移動を始めた。
----------
「ここは……」
「起きたか」
「っつ!?イーダ!!」
休憩を挟みつつ歩くことおよそ6時間。
幸いにして新たなフィラに見つかることなく移動を続ける事が出来た。
そして、ラルガも目を覚ました。
「わた、私様は……ギーリは……カーラは……」
「落ち着け。そうすれば、お前の頭だ。今の状況は分かるだろう」
「ううっ……ええ、そうね……分かるわ……分かってしまうわ……だって、全部覚えているもの……ああっ……うぐっ……」
「そうか」
ラルガが俺の背中ですすり泣いているのはさておくとしてだ。
流石に6時間も移動を続けていると、俺の足でもそれなりの距離を移動できる。
と言うわけで、現在は火山のエリアの外周を東周りで半分近く周り、苔むした石造りの砦が複雑に絡み合いつつ乱立しているエリアを目前にしている。
位置としては……第8氾濫区域の北西部。
沈んでしまった南西部と対を為す形で、氾濫当初に脱出できた人間が居るエリアである。
「さて、どうしたものか……」
「ひぐっ……えぐっ……」
俺たちが居る高台から見る限り、現地当局の人間はそのエリアに入ってきている。
入ってきていて、フィラとの戦闘を始めている。
その事を示すように、微かではあるが銃声のようなものも聞こえてきている。
なので可能ならば彼らと合流したいところではあるのだが……
「何か……問題が起きているの?」
「今の俺たちだとこの火山のエリアから迂闊に出られない」
「どういう……ああそうか、ここのローカルレゲスね。そっか、中に居る時は有益な効果しかないローカルレゲスだけど、効果範囲外に出る時に気を付けていないと消し炭だものね……ふふふ、それでもいいんじゃないかしら。どうせイーダは復活するし、私様だって……あいだ!?」
とりあえず馬鹿なことを言ったラルガについては地面に落とした上で本気でぶん殴っておく。
「な、何を……」
「カラジェとギーリの死を無駄にする気か。お前は。もし本気でそのつもりなら……俺も本気で怒るぞ」
「……」
「二人の死を惜しむのなら生きろ。生きてクライムを討つ手を考えろ。それがお前が生かされた理由だ」
「っつ……」
「頭を動かせ。働かせろ。止めるな。カラジェは……カーラは言っていたぞ。そういうものだからと思考停止をするのはよくない事だと、お前が言っていたとな」
「……」
そして襟首を掴んで顔を寄せ、言い切る。
あの二人の死を無駄にするなと。
俺にはもう存在しない選択肢を選ぶなと。
「いいわよ……」
俺の言葉にラルガは目を瞑る。
そして目を見開くと同時に、俺の額に自身の額をぶつけて言い切る。
「考えてやろうじゃない。あの変態犯罪者をぼろ雑巾のような死体にして見せることで、私様が天才だって証明してやろうじゃない!私様のために死んだカーラのためにも!ギーリのためにもね!」
クライムを打倒するというその決心を。




